『十二夜』を観る
数あるシェクスピア劇の中でも『十二夜』には格別の思い入れがある。
今から五十数年まえに大学の英文科の卒業公演として上演したことがあるからだ。原文を一年かけて勉強したあとの仕上げの演劇体験は英文科の恒例となっていて、早稲田の演劇科の教授たちが出張してきて指導にあたる、かなり大がかりなものだった。女子大なので、宝塚的な雰囲気も漂っていたけれど、この年は珍しく音楽が生演奏で、弦楽の演奏者三名が道化フェスタの歌を盛り上げ、印象的だったのを覚えている。
わたしはこのとき双子の男役セバスティアンを演じ、オリヴィア姫を演じた村松英子さんの相手役だった。
これまでも『十二夜』の商業公演は、あの有名な蜷川演出の歌舞伎公演を初めとして、ずいぶん見てきたけれど、今回の日生劇場の公演はとりわけ楽しんで観劇した。
トニー賞受賞者ケアード氏演出は思いのほか、正統派で、舞台美術も古風で落ち着きのある美しさ、深みのあるグリーン基調の舞台転換術が効果を奏していた。
観客層がちょっと違った雰囲気に思われたのも道理、主役双子を一人二役で演じる、元宝塚のトップスター、音月桂がお目当ての人が多かったからだ。
宝塚出身だからこその両性を演じ分ける魅力がいかんなく発揮されていて、とりわけセバスティアンのときの殺陣などは、とんぼがえりまでする身の軽やかさ、かっこよさに見とれた。
わたしのときはとてもあのような軽業的なわざは不可能だったけれど、それでもフェンシングのサーベルさばきは指導されて、スパーッと抜きかまえる爽快さは覚えている。舞台が終わったあと、下級生が寄ってきて、「素敵でした、お荷物おもちします」などと言ってくれるハプニングもあった。
今回の出演者中、オリヴィア役の中嶋朋子さんは『北の国から』のときからフアンだったのだけれど、お姫さまは年齢的にちょっと無理があったように思った。彼女はむしろ、侍女マライアを演じたら、演技力も縦横に発揮でき、適役だったのではないだろうか。あの歌舞伎のときに、現在の猿之助が演じて舞台をさらったように。
この『十二夜』という芝居、いずれの役にも見せどころがあって、演じようで舞台をさらうことができる。
道化のフェステを演じた成河というひと、驚愕の演技力だった。ギターも巧み、歌も卓越しているうえに、喜怒哀楽、ふざけを自由自在にスピード感あふれて演じ分ける。
ヴァイオラのせりふに「阿呆は利口だから阿呆の真似ができるのだわ。阿呆をつとめるにはそれだけの知恵が要る」というのがあるが、まさにそれを実感させてくれた。
終幕、「毎日雨が降る」という弾き歌いの独唱で幕が閉じるのだが、この歌、わたしたちの公演のときもフェスタ役の美声の持ち主が歌った正に同じ曲、なつかしさに胸がはずんだ。
“When that was a little tiny boy,,,”で始まるこの曲、あのときのせりふ全部忘れているのに、なぜかこの歌詞だけはおぼえているのを不思議だと思いながら、つい口ずさみつつ、帰途についた。
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