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カテゴリー「音楽」の80件の記事

2022年4月24日 (日)

『魔笛』観劇

オペラ『魔笛』は過去に三回ぐらい観ている。今回日本人歌手のみのこの大作、このところ我が国の声楽レベルの高さには感動しきりなので、観てみたいような、でも三時間の長丁場に耐えられる体調でなければならないので、その確信がなければ、と、迷いつつ、最後の公演があと二回とせまったとき、偶然インターネットで、大野和士さんのオペラ玉手箱に行きついた。彼自らピアノの伴奏をし、『魔笛』の魅力を、熱く語る。出演の歌手たちも、大野さんの熱気が乗り移ったような見事な歌唱で、惹きつけられたまま、ベートーベンが「魔笛」という作品は現存するオペラの最高傑作だと褒めたたえたという事実が語られたとき、決心した。さあ、行こう、魔笛へ…

幸い、私の一番気に入っている席、張り出した二階の最突端、R4-11-1という席を購入できた。Kimg0626

幕が開いたままの舞台はモノトーンの影のような色で、舞台美術はそのままのカラーを維持したまま、変わらない。2018年と今回の演出担当のウイリアム・ケントリッジの演出ノートによれば、陰画を描くという創作方法で、映像投影形式を採用し、影と光の交錯から意味を読み取る効果を望んでいるというのである。Photo_20220424160901

頻繁にあらわれる、幾何学的映像に戸惑うこともあったが、鮮やかなカラーは登場人物の衣裳に頼るというわけで、独特の華やかさも生まれた。

但し、夜の女王が、白いドレスというのが、どうしても違和感が残った。安井さんの歌唱はコロラトゥーラの最高を歌いこなすだけでもすごいのに、それが鬼気をおびるほどの迫力だったから、なおのこと、衣裳の白さが気になった。

あとザラストロの衣裳も太陽の世界の支配者というにしては、洋風の正装なので、部下との区別がつきにくく、おまけにバスバリトンの迫力がイマイチなのが、残念だった。

オケも、タクトが大野さんだったら、違っただろうな、と思うところもあったが、モーツアルトはやはり、スゴイ。少しも飽きさせず、メロディの転換に酔わせてくれる。

 

あのめっぽう明るいところが、苦手な一時期もあったのだが、今のように、現世が暗いことばかりだと、せめてオペラは明るいのがいい。しかも今回は舞台美術の暗さが、どこか毎日テレビに映し出される、爆撃あとの暗さを想わせて、最後のほうの「苦難の後には賢者の道が開かれる…」とかの意味合いの字幕の言葉が、胸にしっかり刻まれて、安堵が広がった。

パパゲーノ役のイケメンの近藤圭さん、いい声で有名アリアをうならせたし、パニーナのソプラノも独特の響きがあって、聴かせどころは全て満足した。

やはり観にきてよかった。しっかり、楽しめた三時間だった。

 

2022年3月 2日 (水)

久しぶりの外出

昨年のショパンコンクールで一躍注目を浴びた、モーツアルトの歌劇『ドンジョヴァンニ』の「お手をどうぞ」のアリアを、なんとしてでも舞台で聴いてみたいという望みが、意外にも早く叶った。新国立劇場オペラ研修所終了公演がこの演目を上演することを知ったからである。

いつものオペラパレスではなく、小さいほうの中劇場で五時からという公演、楽しみにして出かけた。オペラのときの食事はここ、と決めていた『マエストロ』が閉めているので、考えた末、三時ごろから出かけて、渋谷の東急プラザの京都の蕎麦店『竹之内』で食べて、あとは中野行きのバスでオペラシティ南まで行くというコースにした。これが当たりで、竹之内の「赤鶏とセリのつけ汁そば」は絶品の味で久しぶりにおいしいものを食べた幸せを味わった。

オペラの出来もよかった。演出、演技指導は近頃注目している粟國淳氏である。プログラムに書かれている彼の文章、「喜び,悲しみ、怒り、不安、猜疑心という人間の感情、豊かな感性、生きる上での人生の闇、そして暁…」が繰り広げられるアリアに次ぐアリアのメロディの変幻自在の美しさに酔った。2ab666debe965bad9c46410927373ec6

コートとスカーフを膝にのせ、飲み物入りのエコバッグを支えつつ、オペラグラスをのぞいていたら、手が滑って、二度も下に落としてしまったり、三時間の長丁場に耐えるべき腰がめずらしく痛みはじめ、このまま、大丈夫かしら、と思ったり、オペラ鑑賞もそろそろ終わりに近いかなという悲観的感情が交錯しながらの、時間だったが、ともかく若いひとたちが、気持ちをそろえて、歌いきった三時間の舞台に満足した。このところおうちごはんで倹約して貯金がたまっていたので、帰りはタクシーを張り込んで早い帰宅ができた。

 

このオペラ、実は十数年以上まえに、英国を代表するバリトン、サイモン・キーンリーサイドが来日してドンジョヴァンニを演じたのを、聴きにいったことがある。期待が大きすぎたのか、まったく感動せず、長時間の舞台に飽きを感じただけだった。彼、長旅の疲れが出ているのではないだろうか、と、友人と話し合ったりしたものだ。

帰宅してから、それを確かめたくなってYouTubeを検索した。キーンリーサイドはやはり迫力不足、圧倒的なのは、若き日のまばゆいように美しいネトレプコのツェルリーナとデンマークのバリトン、ボースコウフスの二人の「お手をどうぞ」、傑作で笑ってしまったのは熟女となったネトレプコが四人のドンジョヴァンニから、花束大小、植木の花、花車を持参した彼らからせまられ、「アンディアーモ(行こうよ)」とさそわれ、最後は舞台上で、タクトを振っていたドミンゴが大声で「アンディアーモ」と叫ぶという一幕の画面。

 

これからの若いひとたちの舞台に堪能し、帰宅してからYouTubeで検索を楽しむ余裕を得て、ここのところの生活の苦労が溶けて行くのを感じた一日だった。

2022年1月 5日 (水)

独特スタイル、横山幸雄ピアノリサイタル

彩の国さいたま芸術劇場は、蜷川シェクスピアの『ペリグリーズ』を観に行ったことがある。今から19年まえのことだから、どういう交通手段を使ったかが定かではない。ただ、京浜東北ではなく、埼京線で行ったような記憶がかすかにある。

今回、横山幸雄ピアノリサイタルに行くのに、なんとなく、京浜東北のほうが、行きやすいような気が、してしまったのは、北浦和からバスが頻繁に出ていて、十五分ぐらい乗ったあと、徒歩二分というのが気に入ったからだ。それが間違いのもとだった。

たしかに建物は見えている。徒歩二分ぐらいのところにそびえている。それなのに、劇場の裏側なので、まわりは駐車場でなかなか表玄関に出ない。今回のポスターも出ておらず、会場に着くのが、ずいぶんとややこしかった。

そして渡されたプログラムを見て、唖然としたのだ。なんと、午後1時半から始まって終演時間7時なのだ。最後までいられそうもない、初めからそう思ってしまった。Img_2930

 

チケットを買うとき、後部の選択もあったのに、少しでも前で聴きたい、と思ってしまって、前から三番目の右端に近い席、この劇場、音響が演劇向きなのか、なんだかピアノのフォルテの音がグァン、グァン響いて、耳が疲れるのだ。

横山さんと若き仲間たち、すなわち愛弟子三人と共につくるプログラム、これは確かに興味深い企画だったが、ピアノ公開レッスンというのが、マイクを持った横山さんの声だけがよく聞こえ、質問に答えるお弟子さん二人の声はまったく聴きとれず、先生がどれほど技量がすぐれているかを、誇示しているのだけが、印象に残り、公開レッスンはテレビ向きで、劇場向きではないという印象が残った。そして、これがなければ、プログラムはもう少し短時間にしぼれたのに、とさえ、思ってしまった。

 

一番素晴らしかったのはバラード全曲演奏、その前のプログラムで先生からいろいろ指摘されていた、二人の演奏も、見違えるほど見事で、そして待ちに待った務川さんのバラード三番は音の冴えが一段と素晴らしく、どんなにフォルテで弾いても、グァン、グァンしない美しい音であるのにほかの人との差を感じた。音のタッチがそれほどに独特の秘術を心得ているのか、ともかく初期の目的達成、この音を聴きたかったのだ。でも第四番の横山先生も、締めにふさわしい、三人の教師にふさわしい、独特の完成度でさすがの音が鳴っていた。

連弾は横山先生が左に座って、伴奏の役なのに、速度をリードしてしまうので、ブラームスのハンガリー舞曲はかなりスピードが速すぎて、お弟子さんは苦労しているようだった。

務川さんのときは、横山先生もその技量を認めているらしく、彼は、うまいから、と繰り返し言っていた。横山幸雄氏の編曲だったので、カルメンがちょっと近代風の音になっていて、好みを言えば、あの序曲と闘牛士のトレアドールの主題だけは、美しい和音の達成度を聴きたかったのに、ちょっと残念、でも務川さんの右側リードは本当に立派で、その残念さを消すに値するほどの曲想を完成させていたと思う。

 

横山先生の独奏を聴くには疲れすぎていて、帰途の道が不安でもあり、残るのをあきらめてしまった。受付のひとたちは、このあたりにくわしくなく、道案内もおぼつかない。

路ももうすっかり暗く、店も開いておらず、いかにも地方の大通りという感じ、仕方ない、今度は与野本町に出ようと歩いていたら、ちょうどタクシーが通りかかったので、乗り、なんとか京浜東北に行きたいのだけれど、と言ったら、与野駅に連れていってくれた。

 

横山氏も大変だな、あれほど弾きまくって、このあと、五曲も大曲を弾くなんて、と人気ソリストの体調にまで思いを馳せてしまうほど、この日の聴衆の疲れもどっと出てきた夕暮れであった。

 

 

 

2021年12月19日 (日)

期待通りの「務川慧悟リサイタル」

ショパンコンクールのファイナルを前にして、反田恭平さんは応援に来ていた親友の務川慧悟さんに「レッスンしてください」と楽譜を差し出した。

一楽章を聴き終えて、務川さんは、非和声音を素通りしている、とか、「痛み」の音を聴きたい、とかイントネーションが逆だった、とかスゴイ批評をして、反田さんは「痛みか…」つぶやき、楽譜に書きこんだりしていた。わたしは、こんな鋭い耳をしているひとの演奏をモーレツ聴いてみたくなって、さっそく務川さんのネット検索をした。

18日のサントリー大ホールのリサイタル、すでにほぼ満席、やっと最後のチャンス二階てっぺんの最後尾に近い一席をゲット。きのう格別寒い日にもめげず、いそいそ出かけた。

山の頂上からふもとを見下ろすほど、てっぺんの席、立錐の余地もないほど満員の客席、オペラグラスを調節しながら、肝心の音はどうなのだろう、と不安になったが、そこはさすがサントリー、音響素晴らしく、客席で損をしている、とは感じなかった。それほどに、音が冴え、弾き手の実力が物を言っていたと言える。

第一曲、ドイツ民謡「スイスの少年」による変奏曲ホ長調は響かせるべき音がすべて、これ以上ないほど完璧に鳴らせているので、一瞬にして聴く者を取り込んでしまうほどの達意の演奏で、ロンドの美しい展開に惹き込まれる。

休憩前のプログラムのなかでも遺作のワルツホ短調、かつてピアノを習っていたときに弾いたことがあって、あまり好きな曲ではなかったのだが、まるで違う曲を聴いているように、展開が魅力的で、大曲はもちろんだけれど、こういう小曲で、ひとを酔わせてしまう彼の実力をつくづくと感じた。

そして、そしてラストのソナタ第三番、これほど見事なソナタはショパンコンクールでも聴かなかったような気がするほど、惹き込まれ、酔わされ、心を奪われ、完璧ショパンの美に涙があふれそうになった。

多くの聴衆が同じ感動を分かち合ったと思う。拍手の音で感じた。アンコールは意外にもおさらい会の一曲のようなシンプル極まりない小曲。演奏者の彼はマイクを持って語った。いまの「ダサい」一曲も実はショパンの晩年のブーレの一曲です、こういう曲も含めて自分はショパンを愛してやまない、せっかくあこがれの大ホールで弾くことができるのだから、ショパン以外も一曲弾きたい、と述べて、バッハのフランス組曲のサラバンドで締めくくった。

こういう締めで、あのソナタはより耳の奥に冴え残った。巧みな終わり方だったと思う。Photo_20211219172801

もう少しこの人の演奏を聴きたい、という望みが消えず、わたしは新年早々、埼玉の劇場まで出かけることにしている。

2021年11月12日 (金)

ショパンコンクール2021優勝者ブルース・リウピアノリサイタルに行く

オペラシティコンサートホール入り口で渡されたプログラムをまず、確かめる。一番聴きたいと思っていた、あのドン・ジョヴァンニの「お手をどうぞ」の変奏曲が最後に載っていたので、思わず、よし、と声を出してしまった。

二階の前から四番目の席、満席のホールを見渡しながら、こんな状況を目にするのは、三年ぶりだと感慨にふける。オペラグラスの鮮度をしっかり調節した。

強烈な拍手で迎えられた演奏者は長身でスマート、その座高が高すぎるくらいの身体の背を丸めるようにして、ピアノを弾きまくる。前半のプログラム、ノクターン七番、スケルツォ四番、バラード二番、華麗なる大ポロネーズ、ノクターンの最初の音が鳴ってメロディが奏でられ始めた時、何かが違う、という気がした。音だ。聴きなれた彼の冴えた硬質な音でなく、ちょっとくぐもったような音色、そうだ、ピアノが違うのではないか、と思い、あとで休憩のとき確かめたら、彼がずっと好んで弾いていた、ファツィオリでなく、ホール備え付きのスタインウエイなのだそうだ。

ファツィオリは一台を三年かけて手作りするという、今や、一番高級なピアノ、およそ1000万円ぐらいするらしい。優勝者が好んでファツィオリを弾いたあとのこの成果、これからますますピアノ選びに名を馳せるだろう。

好みのピアノではないのに、コンクールのときと同じ大曲ばかりを、弾くプレッシャーはどんなだろう、と想像したりだったが、前半の難曲も危なげなくこなし、大ポロネーズではあのときの、聴衆がゴオ~ッといううなり声をあげたのがよみがえるような曲へのノリを見せて満足した。

後半は四つのマズルカ、ピアノソナタ二番「葬送」、そしてモーツアルトのドン・ジョヴァンニの「お手ぞどうぞ」による変奏曲だったが、一層の落ち着きと、冷静さが加わって、わたしにとってはあまり好みでない「葬送」ソナタも美しくひびいた。ショパンの曲の短調から長調へ転調するフレーズは本当に魅力的だ。その音を待ち望む気持ちが高まる。

最終曲、ドン・ジョヴァンニ変奏曲は序奏がかなり長いので、主題のあのアリアが待ってました、という感じで、聴いているほうもくちずさみたくなる。六つもある変奏曲、ポロネーズもとりいれられている驚くべき変奏、シューマンが「脱帽だ、天才がいる」と絶賛したというこの曲、これまであまり聴かれなかった。それを選んだ彼はスゴイ。曲選びのセンスがスゴイ。

アンコール四曲、ノクターン、黒鍵のエチュード、なんと三曲目にバッハが入った。そして最後に私の一番好きなワルツ五番、一階聴衆は狂ったごとく、立ち上がって、舞台をとりかこみ、拍手をおくった。

ブルース・リウさん、よくこの日本に来てくださいました。そして、わたしの好きな曲ばかりを、聴かせてくださいました。いま、死んでも本望です、とフアンレターを出したいくらい、の感動であった。

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2021年10月23日 (土)

ショパンとリストとドン・ジョヴァンニ

ショパンコンクール、入賞者発表の前日、NHKFMのクラシックカフェから、妙なる調べが響いてきた。ドン・ジョヴァンニのアリアを主題にしたピアノ曲である。題名が知りたい、と最後まで耳を傾け、リスト作曲「ドン・ジョヴァンニの回想」であると知った。

その日は銀座に出かけたので、ヤマハでCDを買おうと調べてもらったが、見つからないとのことだった。事業を縮小しているので、と言われたが、CD売り場の客は極端に少なかった。

 

そして優勝者の発表のあと、彼の三次予選の最終曲が、ドン・ジョヴァンニの、「お手をどうぞ」を主題とした変奏曲だと知って驚く。リストとショパン、作曲はどちらが先にしているのが知りたくなって、ネットを検索した。ショパン1827年、リスト1841年、ショパンとリストは同時期パリに滞在し、友人付き合いをしていた。ショパンはリストの派手な演奏形式を好まなかったらしいが、リストはひたすらショパンを敬愛していたのだそうだ。

だが二人ともが、モーツアルトの数ある作品から、このドン・ジョヴァンニを選び、同じテーマ曲を変奏曲にしている偶然に興味がつきない。

 

優勝者ブルース・シャオユ・リウは珍しい変奏曲を選び効果的に最後を飾った。

 

コンサートでは最近、あまりにも聴きなれた曲ばかりが選ばれる。訪日する機会があるなら、彼なら聴衆を驚かせるようなプログラム作りをしてくれるかもしれない。

 

それが実現するのを、楽しみに待ちたいと思う。

 

2021年10月22日 (金)

ショパンコンクールの優勝者に驚愕

今朝の朝日新聞の記述を借りると、今回は「オンライン配信され、世界中に「観客」と「審査員」が生まれた」とあるが、正しく、にわか観客と審査員のワクワク状況でGoogleとYouTubeを何度も行き来してクリックを繰り返していた。

反田さんと小林さんの演奏は聴き逃すことはなかったが、目疲れと耳疲れで、この二人の演奏順から遠いひとまでは聴かずに終わっていた。反田さんと小林さんは間違いなく、入賞はするだろう、でも優勝者はべつにいるかもしれない、それを確かめるほどの気力はないまま、発表を聴いた。

ダン・タイソンの愛弟子、ブルース・シャオユ・リウという優勝者の演奏を、ファイナルから逆に聴き返して、驚愕した。ほかのだれとも違う弾き方、〆の音がすべて、そうあるべきという音で説得してくれている。

客席は審査員同様、正しい判断で、スタンディングオベーションはこれまでで、一番多かった。

三次予選の選曲がスゴい!ラストに、これまでだれも弾かなかった、ヴァリエーション、ドン・ジョヴァンニの「お手をどうぞ」のテーマの変奏曲を弾いたのだ。あのだれもが口ずさまずにはいられない、優美なテーマをショパンは縦横に美しい和音で変じてみせる。酔いしれたのはわたしだけではない、聴衆のゴォ~っという歓声がひびいた。

今回のコンクールは甲乙つけがたい精鋭ぞろいだったが、やはり突出した人は存在していた。

予定をはるかに過ぎた長い審査だったが、たずさわった人々の耳はそれを聴き逃さなかったことに深く納得した。

 

 

2021年10月19日 (火)

本選の完成度

朝起きて、本選出場の反田さんの、協奏曲1番に聴き入った。雑念が入る余地なく、集中して音楽の中に入り切らせてくれるほど完成度が高い演奏だった。一貫した音の美しさ、自分を目立たせることなく、ショパンの音を、オーケストラと一体になって高めている。

二次、三次と、沢山の独奏曲の演奏を聴いてきて、この協奏曲はそれらの行程を完成する、究極のむずかしさを秘めているのを感じた。ショパン自身がたどった人生をも表現する責任がこもっている、重要な試練だ。反田さんは、自らポーランドに留学し、寝る間も惜しんで、ピアノに向かった。

その高みがこの、美しさとなって表現されている、日本人魂だと思ったら、涙が出てきた。

終わって割れるような拍手と、歓声と、スタンディングオベーションもかなり見られた聴衆の反応は正直にその賛辞をあらわしていたと思う。

NHKで「ショパンコンクールのレジェンドたち」という好番組を見た。ブーニンの軽わざのような演奏は当時、すさまじい、反響を呼んだが、彼は結果的に、演奏者としての力量は長く続かなかった。

ショパンの曲の演奏は人間わざとは思われないほどの、演奏術が目立ち、それが話題をさらうけれども、総合的には、ショパンが何を語りたいのか、真摯にたどるのが、正しいのだと思う。

ちょうど人生を生きていくのも、そのことが大事であると同様に。

審査の結果はどうなるだろう?

もうプロの演奏者として成功を収めているひとに、また栄誉を足すだろうか?

それともこれからという、未知数を秘めた才能のほうに、賞を与えるだろうか?

コンクールは最後まで興味を引きずってくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年10月16日 (土)

ショパンコンクール2021、ファイナリストは確実の二人

三次予選合格者の中でまだその演奏を聴いていないカナダのコンテスタントの配信をクリックしてみたら、これこそ、突出した才能ではないかという音を聴くことになった。

 J J Jun Li Biu, アジア系風貌の、なんとコンテスタント中最年少の17歳、大柄で、がっしりしていて手も大きい。風貌はよく見ると、少年の面影を残してはいるが、演奏している時の顔つきは、むしろ老成しているかのように曲の中にのめりこんでいる。

二次予選で演奏したのは、ヴァリエーション、ファンタジー、ワルツ、華麗なる大ポロネーズだったが、選曲もよく、美しいテーマの多い曲ばかりだったから、弾むような音色が効果的にひびき、弾き終わると大歓声と拍手に包まれた。

もう一度聴いてみたい、と三次予選の配信で最初に聴いたのが、またこのひと、彼は日本のカワイのピアノを弾いている。バラード、マズルカ四曲、マズルカ風ロンド、そしてソナタ3番、また選曲がいい。マズルカをワルツのように弾かず、民族的テーマを十分に表現する、余裕ある演奏、ソナタは美しいテーマが三度、異なる音程で繰り返されるが、この大曲を、華麗に、雄大に十分すぎるほど表現していた。演奏が素晴らしいと、聴衆は聴いているというよりはピアノと一緒に歌っているような錯覚をおぼえる。この若者は私たちをそういう境地に連れていってくれるひとだと思った。

終わって、立ち上がりピアノから去るときには、青年になりかけの少年の表情がくっきりと浮かんでいた。

そして、もう一度ぜひ聴きたいと思ったのは、進藤美優さんだ。マスコミはあまりにも反田さんと、角野さんに注目するが、実は今回これほどの才能に出遭えるとは思いがけなかった。このひとは素晴らしい、海外のひとのコメントもそれを証明している。

彼女はまるでダ・ヴィンチの適格さで、キャンバスにペイントするように曲を繰り広げる。聴衆は彼女と共に歌う、審査員たちはどうかこの小さな手の持ち主が、これほどの歌を奏でてくれているのを見逃さず、ファイナリストに選んでほしいと祈る、とまで言わせている。彼女はマズルカをワルツの様な弾き方にしなかった稀有な弾き手だ、と語っているひともいた。

マズルカ四曲、マズルカ風ロンド、ソナタ三番、弾き終わったときの拍手と歓声はJ Jさんと同程度に思われた。

この二人の後で、聴いた反田さんと、角野さんは、ちょっと印象が薄いように、わたしには思われた。

 

 

2021年10月11日 (月)

ショパンコンクール2021二次予選を聴きまくる

ポーランドの実況放送を、日本にいながらにしてYouTubeで聴くことができるなんて、夢のようである。でも、目も耳も疲れた。

中国のHao Raoからの7人を、聴きまくる。大曲が多い、聴かせどころにあふれたスケルツォ2番、バラード一番、そして、私が一番好みの華麗なる大ポロネーズはほとんど全員が演奏した。

音をはずさず、速いフレーズを難なく弾きこなす超人的テクニックはすべてのコンテスタントたちは持ち合わせている。それに違いが出るのは何なのだろう。音楽性の差か?つまり聴かせどころの高みの頂点の音を十分に出し切ってくれること、そこまでに達するあいだにある、音がなぜ、それなのか、その意味を理解して無駄にせず、クライマックスの感激性を増してくれること、聴衆にとっての満足感はそれによって、異なるのを感じた。高い音ばかりではない、ワルツの5番には、低めにも、感動の音がひかえている。左手の鳴り方が大事だ。

沢田さんは、上述のそれらを作り出す感激度がうすかったようだ。本人も認めていた。香港のShamは、Hao Raoより洗練された、満足感をくれたと思う。今回の日本人コンテスタントの注目度は圧倒的に、反田さんと角野さんだが、女性群がどうして、どうしてスゴイと思った。進藤さんは聴かせどころのフォルテをこの上なく響かせ、曲に酔っている彼女のすごみが伝わってきた。

あと超ハンサムなアメリカ人Talonクンはガンガン弾きまくるタイプではないが、大写しに耐えうるととのった美形の迫力もあって、最後にもっていった、大ポロネーズは彼の容姿にふさわしい麗しい出来栄えで、ブラボーの声がとんでいた。

そして反田さん、プロとしてすでに成功を収めている余裕で、曲の配置は見事だった。最初にワルツ3番を、いとも軽やかに弾きこなし、ちょっと珍しいマズルカ風ロンドを、変化に富んだ表現力で聴かせる。そしてバラード2番、さすがのテクニック、最後にほとんど全員が弾いた大ポロネーズ、少しの気負いもなく、まいりました、とこちらに言わせる、満足感にあふれた演奏、聴衆の歓声が響いた、ラストだった。

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