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カテゴリー「経済・政治・国際」の5件の記事

2016年11月14日 (月)

アメリカを憂う

恐れていたことが起きた。「史上まれにみる不人気候補のどちらがましかを競った大統領選」の勝者はこれだけはあってはならないと思われたほうの人物。
日本経済新聞のワシントン支局長の言葉どおり「米国民は過激な異端児に核兵器のボタンを預け、経済と政治の変革を託した」のだ。

政治や経済は苦手分野だが、アメリカで生活経験のある一主婦としてのわたしは、その後も何度か訪米するたびに、彼らの築いてきた自由で多様なこの超大国が著しく変質し、民主主義が劣化していくのを目撃してきた。
かつて全米の一、二を誇るといわれる文化を有していた郊外の街が、自然も町並みもそのままなのに、デパートも店も姿を消し、住民がそぞろ歩きを楽しめる場所ではなくなっている一例。
四つ星ホテルのフロントの応対や、朝食などのメニューの貧しさに、まだ郊外の邸宅をB&Bにした場所のステイのほうがましだったと思われるような経験もあった。
そのB&Bの経営者は元基礎医学の大学教授だった婦人で、両親の介護のために仕事をやめたと話す、下半身が痛々しいほどの肥満体。福祉制度が貧しいので、近所で助け合いながら、なんとか暮らす毎日、ゲイだという隣りの糖尿病を患う老人のインシュリン注射をしにいく日課を持つ。
「小さい国のほうがよほど福祉が充実している」と“小さい”と言う言葉に戦勝国をにおわせながら、語った。

そう、大きくて資源が豊かでも、あまりに多様な人種のるつぼのアメリカ、現在、それを統治するのを持て余しているかに見える。

トランプ勝利ニュースのあと、「あんな大統領のいる国に暮らすのはもういやだ」と一青年は語った。

わたしも、あの世にも奇妙なヘルメットヘアーの顔を、これから四年も見続けるのが、いやになっている。

2014年10月 5日 (日)

続、愛読者やめたい・・・検証

週刊文春10月9日号を買った。
すごく売れていて、駅のキオスク、最後の一冊。
「朝日新聞問題、私の結論!」の特集記事で、わたしが一番尊敬するお二人の意見を確かめたかったからだ。

まずは昭和と言う時代を生き抜かれた生き証人、現在90歳の大作家、佐藤愛子さん、ご健在だとわかりうれしかった。お小さいときから、「新聞は朝日」と思われていたこと、わたしもそういう認識だった。「その朝日、吉田証言がいい加減なものであることを十分検討もせずに報道し、しかもそれが世界で誤解を産んだことに対して平気でいられるというのが、解せない・・・日本を代表するジャーナリズムとしての誇りはないのかと訊きたい・・朝日には知識人としての誇りがあったとしても、それは権威、権力への誇りであって、ジャーナリズムとしてのまことの誇りではなくなったのではないか」との推察、さすがである。

尊敬するもう一人は関川夏央さん、わたしが文章修業をしたときの先生、わたしより十歳お若いが、いまの言論界を名実ともにリードする批評家兼作家でいらっしゃる。どういうときにどういう言語表現をすべきかということに類まれなる鋭い感性を持った方だが、「強制連行」という言葉は在日コリアンがつくった造語であり、「従軍慰安婦」という言葉も、73年当時の謝罪ブームの中で作られた言葉で、従軍記者や従軍看護婦は制度としてあったが、従軍慰安婦は歴史上存在しない、と言い切っていらっしゃる。
「朝日の新社長がすべきことは、世界に向けて、それが重大な誤解であったと発信し続けることです」

追及キャンペーン保存版と銘打ち、文春は大層強気だが、確かにこのお二人の記事はわたしにとってまさしく、保存に値するものであった。


2014年10月 3日 (金)

愛読者やめたい

朝日新聞は先月25日早朝に集金に来て、封筒に入った、『ご愛読のみなさまへ』という手紙とタオルを一本おいていった。
慰安婦関連記事の取り消しが遅れたことへの影響などについては、新たに立ち上げる第三者委員会に検証していただくことにしております、などと書いてある。

慰安婦強制連行についての吉田証言をうのみにし、十六回もの、我が国日本のイメージを貶めるような記事を書き続け、すでに1992年に証言への疑義の声が上がっていたにもかかわらず、検証もせず、22年もたった今頃になって、ようやく取り消し謝罪するとは、あきれたものである。
読者への詫び状よりも、世界のメディアへ、その国の言語で、虚偽の記事を書いたこと、日本のイメージを傷つけたことを認める書状は送ったのであろうか。そういうことを一番に知りたいのに、こんな上っ面だけの詫び状と、タオル一本なんて、バカにしてるわよ、まったく!!
とわたしが息まいていたら、夫がまじまじと私の顔を見て言った。
「きみは元気だねえ。それほど怒るエネルギーがまだあるなんて」

2012年6月11日 (月)

ロイヤルビジネス 2

王室の財政改革が可能になったことで、女王さまの表情がかくも晴れやかになったことも驚きではあったが、それより思いもかけないニュースは一連の改革行事の立役者が、なんとチャールズ皇太子であったということだ。
あの水上パレードの発案も皇太子なのである。
そしてご自身のコーンウオール領、五万ヘクタールという広大な放牧地に、次世代のための理想の街づくりを実現された。その名もパウンドバリー。
それだけではない。コッツウオルズ地方の小さい街、ハイグローブの別邸にはご自身が手がけられた庭園があり、ガーデニングの本まで出版。イギリスの原風景を次世代に残す責任があるとおっしゃる。
お見それいたしました、皇太子さま。
ご自身が招いた、いや、ご自身にふりかかった不運の嵐から目をそらさず、しっかり受けとめていらっしゃったのですね。

去年、ロンドンから帰国するとき乗ったタクシーのドライバーはヒースロー空港までの数十分、英国の実情を嘆いてしゃべり続けた。止まらぬ不景気、政府は無能、老人に冷たく、凍るように冷たい冬には暖房費を惜しんで凍死する高齢者が少なくないとか。ロイヤルウエディングなんぞめでたくもない。高額の学費に怒る学生たちはリッツホテルに投石したり、カミラ夫人にレモンをぶつけたりしている。
それももう片方のイギリスの実情、マイク・リー監督の映画にも出てくる。

でも2008年に訪日されたチャールズ皇太子は服装もセンスあふれ、以前より凛々しさが増したように思われた。
レモンをぶつけられても、カミラ夫人は心身症にもならず、内助の功を果たされているのだろう。
昔、昔、王子さまはお姫さまと出会い、その美しさに魅せられ、結婚、めでたし、めでたし。そしてその後、現実には、王子さまの心ははなれ、悲劇が起る。
そして、そして、十五年の月日のあとは、運命から逃げなかったご家族の姿があった。

そういう人生の、なにか普遍の行程を見続けることができた、七十四歳という年齢をとても愛おしく感じるこのごろである。

2012年6月 8日 (金)

ロイヤルビジネス 1.

英国のフィリップ殿下はぼうこう炎でご入院中だとか。
それは、そうだろう。あの水上パレードは絢爛豪華だったが、いかにも寒そうだった。貴婦人方はみなスーツ姿、女王は最後にスカーフを羽織られたにしても、お風邪を召さねばいいが、ヒートテック武装などしておられるのかしら、とあれこれ思い…見ているのが疲れてきて途中で寝てしまった。
それにしても今回の祝賀記念行事で一番驚いたのは、女王がお美しかったこと。これぞ大英帝国の女王陛下。86歳でいらっしゃるのに、凛としていらっしゃる。八十を過ぎると、たいがいの女性は目がしょぼしょぼしてくるものだが、お目目ぱっちり。お孫ちゃまの結婚式のときはお年をとられたなあ、とため息が出たのに、この変わられようは一体どうして???

その謎が、BSプレミアムの『女王様の秘密のおサイフ』という番組を見て解けた。いまや女王は君主経営者、居城四箇所が空いているときに公開することから、不動産活用プロジェクトを着手し、2013年から始まる王室予算カットに備えるべく、財政改革に活路を見出されたのだ。
拝観料、17ポンドおよそ2200円、ちょっとベラボウじゃございませんか、女王さま。
イタリアでもお城の拝観料は10ユーロしないところもあるのに。
もっとも現在、城主がいらっしゃるところということで倍以上の価値になるのかしら?
ともかくそれで一年の収益がたちまち数十億円となり、ウインザー城の火災の修復をまかなえたというからお見事。
女王さまのファッションも一変した。経費削減、若いデザイナーを抜擢、着まわしにも心を配られる。今までのババくさい襟なしではなく、斬新な色使い、襟付きアンサンブル、お帽子もかなり大きく派手やかだが、トータルファッションは際立って美しい。
王冠、宝石、ジュエリーの管理も高額なロンドンをやめて地方の専門店にまかされた。
お城の電気を自ら消して歩かれることもあるとか。
王室PRも大きく改善。王室ホームページも開かれ、女王にメールも出せるとは驚き。

シエクスピアの名句がある。
 今が「最悪の状態」と言えるあいだはまだ最悪ではない。
 楽しんでする苦労は苦痛を癒す。
 世の中に幸も不幸もない。ただ考え方でどうにもなる。
 天は自ら行動しない者に救いの手はさしのべない。

暗黒の時代といわれた90年後半を乗り越えられ、女王陛下、まさしくこの名句の意図するところを立証されましたね。