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カテゴリー「書籍・雑誌」の41件の記事

2018年5月 6日 (日)

続、続『ネガティブ・ケイパビリテイ…』を読む

現代の教育が目指しているものは、平たい言い方をすれば、問題解決のための教育であって、しかも電光石火の解決が推賞されている、しかし、教育とは、本来、もっと未知なものへの畏怖を伴うものであるべきではないか、と著者は問いかける。

「しかも今日の教育が画一的であり、到達目標とその達成度に重点をおいている。ところてん式の進級と進学に輪をかけているのが、試験で、試験突破こそが学習の最終目標と化してしまった…教育の現場に働いているのは教える側の思惑、端的に言えば、「欲望」である…しかし、ここには何かが決定的に抜け落ちている…世の中にはそう簡単には解決できない問題が満ち満ちているという事実が伝達されていない…」大きくうなずきたくなる指摘であった。

「学習といえば、学校の課題、塾の課題をこなすことだと、早合点され…世の中にはもっと学ぶべきこと…星の美しさ、朝日や夕日の荘厳さ、木々の芽吹きの季節のすこやかさ、花々の名前や木々を飛び交う鳥の姿と鳴き声を、大人の感受性がとらえられなくなっていれば、子供に伝えようもない…」

「研究の分野でも長い長い助走期間があるのが通常で、すぐには結果が出ない実験、出口が見えない研究をやりとげるには、ネガティブ・ケイパビリティの別な表現、運,鈍、根、今すぐには解決できなくても、何とか持ちこたえていくのがひとつの大きな能力であると、大人が教えれば、子供の心はずっと軽くなるのではないか?」

ポジティブ・ケイパビリティの頂点を究めた、役人たちが最近あらわにした国会での失態を思い、この提唱を深く、大きく受けとめたのであった。

2018年5月 4日 (金)

続『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力」を読む 

イギリスのビオンという精神科医は第二次大戦後、このネガティブ・ケイパビリティの理論を提唱して、精神分析学に多大な貢献をもたらすことになった。
著者は小説家であるかたわら、現役の精神分析医でもあるので、この理論がどれほど、精神分析の診断の現場で励みとなるかを実証していて、興味深い。
身の上相談も含まれる現場で解決法を見つけようにも見つけられない実例が山ほどあり、そこで、じっと耐え、相手の苦労をよく知っているという主治医がいるというだけで、患者にもネガティブ・ケイパビリティを持たせることをする、それには、患者の身になって共感を分かつことができる、もうひとつの能力、エンパシーが大きな力となることを詳述している。

このエンパシー(empathy)と言う語は精神医学用語であるが、わたしが四十年まえアメリカ生活を四年したときに、学んだ英語のうちで一番の収穫はこの言葉であった。アメリカでは、「わたしはエンパシーを持てるのよ」と自慢するぐらい、そのひとの身になって考えられる感情移入は、尊ばれるのである。

本書の後半、紫式部がシェークスピアに比肩できるほどのネガティブ・ケイパビリティを備えていたという、『源氏物語』の分析は日本人としても誇らしく、物語の構成、人物群の描き分け、絡み合いの分析の評価が素晴らしいのだが、それにも増して、現在の殺伐としている教育がこのネガティブ・ケイパビリティには見向きもせず、ポジティブ・ケイパビリティ一色にそまっていることへの警鐘論は、一読に値するものである。

本書の構成をより効果的にするには、むしろ、この論理を初めにかかげて、過去へ遡ってほしかったとさえ、思われるくらいである。(続く)

2018年5月 3日 (木)

『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』を読む

幸せなことに、自分ではおよそ目にしないような、良書を、紹介してくれる友人が三人もいるのだけれど、同窓の、英文学を教えていた彼女がぜひ読んでと言ってそのタイトルを教えてくれて、アマゾンから取り寄せたものの、中途で挫折しかけ、ようやく完読したのが、この『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』箒木蓬生著である。

このタイトルの反語、ポジティブ・ケイパビリティは問題解決の能力、すなわち受験戦争の現代社会で一番尊ばれているものである。けれども、著者は言う、素養や教養、あるいはたしなみは、問題に対して早急に解答をだすことではない、むしろ逆で、解決できない問題があってもじっくり耐えて熟慮するのが教養である、と。

古くはイギリスの詩人キーツの私信の中に、この言葉の記述があり、キーツは「不確実さや不思議さ、懐疑の中にいられる」能力の保持者としてシェクスピアの名をあげていると伝えられる。

英文科の授業でその作品を暗唱するのに苦労したキーツがこれほど人生を深読みするひとだったかを、初めて知って驚いた。アルコール依存症の母から生まれた彼は七か月の未熟児で、胎児性アルコール症候群だったという。家族の望みで医者の道を達成しかけたものの、詩作への情熱は消えず、詩人として名を成した彼は、わずか二十五年の生涯だったが、感じないことを感じ得る詩作にネガティブ・ケイパビリティの達成感を味わったのだった。

今また、キーツの原文を読み解くならば、学生時代とは違った深い感慨を得られるのではないか、この本との、出会いを感謝せずにはいられなかった。(続く)

2017年12月 6日 (水)

『夫の後始末』読後感 2

この本に期待した、介護にまつわる冷静な知恵のほうは、確かに語られている。
付箋をかなり貼った部分だ。
著者が尊敬する老医師から学んだ人間の最期に臨んでやってはいけないこと三つ。
1. 点滴ないしは胃瘻によって延命すること
2. 器官切開をすること
3. 酸素吸入

聴力を失うと認知度が早まる。
よい習慣は幼いうちからつけておかないと、認知度が落ちてくるにつれて、それが顕著にあらわれてくる。
会話力は若い時からやしなっておくべきである。高齢になっての幸不幸にかかわってくる。

著者に大きく共感した部分。
60歳ぐらいから医療機関での検診を受けなくなったこと。
「特権階級だけ」が享受できる現生の快楽、たとえば、高級レストランの食事の贅沢や、高級旅館、ホテルの宿泊など、そういうけたはずれな贅沢を求めずに死ぬのが爽やかな人生であるという主張。

曽野綾子さんが文壇に登場したときから、わたしは熱烈なフアンになった。初期の作品がすべて購入して楽しみつつ、共感を持って読んだ。中、上流家庭にひそむ、危機感を表現することが巧みで、描写力ばかりでなく、独特の人生観が語られているのに惹かれた。出版社もそれを鋭く見抜いていて、その至言ばかりを集めたアンソロージーのような本も何冊が出版され、その人生をとらえる力量が前面にでてきて、時代のオピニオンリーダーのような存在になってきた。
その時点から彼女の作品を好んで読むことをしなくなっていたのだけれど、やはり専業主婦がすがりたくなるような、人生とは、を語る指摘の鋭さには脱帽する。

作家としても評論家としても名声を得て、この著書もすでに9万部を超える売れ行きというから、著者の何不自由ない生活を想像するが、「物質面では人並みか、ほんの少しゆとりがあるくらいが一番幸福」という至言がどこからくるのか、その実例や、エピソードの詳述がもっとほしかったと、切に思った。

2017年12月 4日 (月)

『夫の後始末』読後感 1

一カ月半前に、書店では売り切れ、版元からもいつ入るか不明という情報に、あえて、アマゾンからプレミアムつきの値段で購入したこの本、およそ一日で読破してしまったのに、すぐ感想を書く気にならず、放ってあった。

それほど感動が少なく、突き動かされるような読後感が湧いてこなかったからだ。

『夫の後始末』とはかなり過激なタイトルである。さぞかし、介護の詳細とそれに伴う、著者独特の冷静な知恵が語られているのだろうと期待したのだが、エピソードは少なめで、自身の経験から発想するオピニオンリーダー的記述がきわめて多い。

なぜなのか? 本の後ろのほうに小さい字で、2016年、つまり朱門氏が亡くなる半年前から『週刊現代』にすでに三回、関連記事を載せていたという記述があり、今回のこの著書は、それに加筆、修正を加えたものであることがわかった。
著者にはすでにいつかこの日がくるという予感があって、介護時の記事を執筆し始めていたのである。

長年連れ添った配偶者を失い、ひたひたと押し寄せてくる回顧の情に書かずにはいられない、衝動を持ち続ける、というような感情があらわれていないのは、そのせいなのではないかと判断した。

三浦朱門さんにもかつて1991年に『親は子のために死すべし』という強烈なタイトルの著書がある。私は過激なタイトルにばかされるミーハーで、このときもこの著書を真っ先に買って読んだ。92歳の父親を介護する息子65歳の実情。老いの悲劇は当人の悲劇ではなく傍らにいる者の悲劇である、という記述があった。曽野夫人ともども、死ぬなら85歳が頃合いだと合意しており、それを過ぎたら活かすより、軟着陸を考えるべきだという主張もあった。それが91歳まで生きられ、夫人ももう85を過ぎている。その感想を知りたかったと思った。(続く)


2017年11月15日 (水)

『蜜蜂と遠雷』読後感 2

内なるなにかに突き動かされるように言葉がほとばしっているこの作品、著者はそれほどにクラシックのピアノに魅せられているのだろうと想像して、経歴を調べたら、クラシック音楽好きの家庭に育ち、ピアノを習っており、その教師はディヌ・リパッティのピアノを聴かせたというから、これは幼くしてよほど音楽性を養われていると推測できた。

この小説、構想12年、取材11年、執筆7年をついやしたと、著者担当歴20年の編集者が語っている。モデルと言われている、浜松のピアノコンクールに通い詰めたという逸話もあり、執筆のための、それだけの恵まれた条件と時間とを持ち得ただけの重みは、確かに読み進むにつれてしみじみと伝わってくる。

演奏者によって、よく知っている曲がまるで初めて聴くような気がしたり、テクニックはまったく同程度の演奏者でも、雑念がまったく入り込む余地のないほど集中できる場合とそうでないときとがある不思議、そのカギが、この小説の中で明かされているような気がした。
「人間は自然の音の中に音楽を聴いている…弾き手は曲を自然のほうに『還元』する…」
「ショパンのバラードには幼い時の感情、うらべうたを歌うときに感じるさみしさ…が含まれているような気がする…この一瞬一瞬、音の一粒一粒が今たまたま同じ時代、今この時に居合わせた人々に届くとしたら…」

「音楽をわかっているという自惚れだけが肥大して…おのれの聴きたいものだけを聴いて生きてきた…鏡の中に自分の都合のいいものだけを映してきた…」という言葉は私自身を言いあらわしているかのように、打ちのめした。
もっと別の自分になるのは、まだ間に合う。苦手だなどと決めてしまわずにどんな音楽にも接していきたい、という思いにもさせてくれた。

それをはからずも悟られていたかのような、作中の演奏順に聴けるナクソス・ジャパンの、CD発売宣伝のためのプレイリスト、視聴15分を活用、まずはプロコフィエフとバルトークを堪能した。

2017年11月13日 (月)

『蜜蜂と遠雷』読後感 1.

自分からは手にすることをしなかった本である。「読み始めたらやめられなくなるほどの本だから…」と貸してくれた若い友人、ジュン子さんに、感謝をささげる。彼女は類いまれな本を選ぶ目をもっていて、これまでもどれほど心の栄養をもらったかしれない。Photo


作者恩田陸という名は知っていた。ミステリーの若手女流作家程度の知識でしかない。このひとがクラシックのピアノミュージックにこれほどの造詣があるとは、まさに舌を巻くほどの、描写の連続である。

日本の地方都市で開かれたピアノコンクールが舞台。四人の主要登場人物がどのように第一次、二次、三次、本選へと挑戦していくかが、克明に描かれる。生まれながらの天才としかいいようのない少年、ジュリアードの優等生で、優勝候補と期待されている、日系の容姿も端麗な青年、小さいときから才能を発揮し、将来を嘱望されながら、挫折し、復帰を志す女性、そして表現力と感性には恵まれながら、音楽の道を断念し、就職したが、このコンクールにもう一度挑戦しようとしている成人男性、この四人、それぞれの視点でそれぞれの選曲がどのように演奏されたが、まるでこの目で見、聴いているかのように描写される。
音楽を言葉にすることがどれほどむずかしいかは想像に絶するのに、著者はいとも軽やかに、豊かに、しかも短く、即興的に感性あふれる表現でやってのけている。

わたしには少々苦手だった、プロコフィエフとかバルトークとかの音楽を、ぜひ聴いてみたいと思わせるほどの、表現力なのである。
いや、まったくスゴイと思いながら、この本、507ページを、上毛高原の宿で、一日で読んでしまった。(続く)

2017年2月10日 (金)

老いながらP.D.ジェイムズ

P.D.ジェイムズの三冊目、『皮膚の下の頭蓋骨』を一月半ばから読み始めているのに、さっぱり読み進まない。改行が極端に少なく、しかも一行一行を読みとばせないほど、風景描写も心理描写も深みのある叙述なので、味わっていると時間がかかるのである。
図書館に頼んで、二週間延期してもらった。

高齢で不治の病に侵されている、劇評家のモノローグに感情移入してしまう。「老年特有のいくつかの欠点をさらけ出しはじめた・・・ちょっとした心遣いを好むようになった・・定まった手順を守るのに大騒ぎをする・・・一番の旧友とすら会うのに気乗りがせず・・着替えや入浴まで重荷と感じるほどの不精・・・そして肉体的機能のことばかりが最大の関心事・・」
膝の痛みが一大事だった昨年はうなずけることが多かった。

オリンピックが2020年、田園調布中央病院が多摩川に完成するのも、雪ヶ谷の東急ストアが建て直るのもやはり2020年、そのころ、今のように元気でいられるかどうか・・
あと三年先は夫の今の歳に近い。生活者としてまだなんでもこなす今の彼は立派だと思う。

きょう二か月ぶりにプールで泳いだ。バタ足の力が弱くなっていて、クロールもバックも浮き方が弱い。でも今のわたしの身体を一番ととのえてくれるのは、やはり水泳だと思う。
泳いだ後のすがすがしさは大切な感覚。

帰宅してジェイムズの続きを読む。ようやく半分、いまかいまかと恐れていた、すさまじい惨劇が起こる。
俄然読み進みやすくなってきた。

読書ができる目の力と根気があることを感謝して、またこの一年を過ごさなければ・・・

2017年1月21日 (土)

ひとり温泉特集

図書館で、ほらね、やっぱり、と言いたくなる雑誌の特集記事を見つけた。
『CREAクレア』2月号の楽しいひとり温泉。
さすが文芸春秋社、およそ百ページに及ぶ美しい写真入りの情報は永久保存的貴重さである。

先日もブログ読者の同級生から、あなた、よくひとりで温泉なんて行くわねえ、とほめられているのか、あきれられているのか、という感想をもらった。
でもこの特集記事に、「旅を通して日々の生活をきちんと見直す・・自分の身体と向き合いととのえるにはやはりひとりがふさわしい・・」この言葉がまさしくわたしがこうしたいから、という気持ちをあらわしてくれていて、大きくうなずきたくなったのだった。

いまからおよそ二十年以上まえ、まだ日本語教師と翻訳業の二束のわらじの仕事をしているとき、わたしはすでにひとり温泉をしていた。当時一番気に入っていたのは、穂高にある『穂高養生園』、疲れたOLのための宿とうたわれていたが、これ以上ないくらいの正統派の玄米自然食で、一度たべたらやめられないくらい、おいしさに夢中になった。二、三度続けて通ったのだが、厨房のかなめ役のひとがやめてから、味が変わり、それでもこの味にこだわり、かなめ役の男性が山梨に玄米食を学べる宿を作ったというのを聞いて、わざわざ訪ねて行ったほどだった。

CREAの特集記事は一万円以下のこじんまりとした宿から、数万円もする贅沢なオーベルジュなるものまで実にさまざま、ここまで進化したのかと感無量である。
 
ひとり温泉はいまやトレンド、すでに数軒の行きたい宿が見つかった。
新刊なので、この雑誌、貸出できず、アマゾンで取り寄せたのである。

八十になってもまだまだ楽しみは尽きそうにないのがうれしい。

2016年12月13日 (火)

P.D.ジェイムズを読む

読み始めたらやめられない、傑作長編ミステリーをかかえている幸福感はなんとも言えないものだ。晩年に足やら腰やらの痛みをかかえていても、いっとき、読書の世界に没入できる楽しみがあれば、小さな悩みは忘れていられる。
P・D・.ジェイムズの本が面白いということを伝えきいて何度が読もうと挑戦したのだが、これまでそれが果たせずにいた。
と、いうのもせっかちなわたし、最初にハートをわしづかみにされないと、前に進んでいかないという、性格がわざわいしていたのだと思う。

実母がちょうとわたしの今の年頃に、P・D・ジェイムズは面白いねえ、と電話をかけてきたのを、思い出し、読書時間が沢山とれそうになった、この二週間、ついに、もう一度挑戦してみようと、まずは英国推理作家協会賞を受賞した『死の味』上下二冊を、図書館から借りてきた。

導入部およそ10ページはやはり長く、ちょっと退屈、上下巻読み終わったいまは、その導入部が重要なのだということがわかるのだが、漢字が多く、翻訳文も古びている。65歳の独身女性を、ウォートン嬢というのが気になる。いまならミス・ウォートンだろう。
訳文につっかかり、登場人物の名前を覚えるのに苦労しつつ進む数十ページ、政界でも活躍した準男爵が浮浪者と共に、教会で惨殺された導入部から、詩人でもあるダルグリッシュ主任警部はじめ、階級制度がくずれつつあるイギリスの赤裸々な様相を明らかにする、登場人物を目配りよく配置させる具体的な描写に、次第に目をうばわれるようになってきた。

ジェイムズ女史は人生を語るのが巧みだ。女性警部とその祖母との関係、死体の目撃者、ミス・ウォートンの孤独な生活、アパートで物音にうるさい階下の家主に気兼ねをして、しびんをつかって排泄し、それをわからぬように、昼間始末するところなど、ミステリーの興味だけではない、重厚な本格小説を読んでいるような筆致に魅せられてくる。
自然の描写も美しい。「ロンドンの東・・・青みがかった深紅に染まっている。深々としたブルー・ブラックの夜に水彩絵の具の筆を注意深く一振りしたような空だった」など。

音楽にも詳しい。病理学専門医が精神浄化のために聴く、テレマンのヴィオラ協奏曲ト長調、それがどうしても聴きたくなってyoutubeを検索、なるほどとうなずく。

犯人は下巻の中途で明らかになるが、それからが目を離せぬ面白さである。いかにしてつかまるか、複雑な人間関係がどう解き明かされるのか、その興味で、ページに目が釘付けとなる。

それぞれの登場人物の人生模様、心理描写がしっかりと描かれているので、読後の満足感は非常に大きいものとなった。

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