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カテゴリー「書籍・雑誌」の42件の記事

2021年5月 6日 (木)

『なぜ、生きているのかと考えてみるのが今かもしれない』を読む 1.

身体不調の数日間、テレビよりは読書を優先した。とりわけ読みふけったのは、辻仁成著のこの長いタイトルの本、よく長電話を楽しむ、同い年の友人から教えられてアマゾン経由で買い求めた一冊。

わたしが一番知りたかったのは、コロナ禍の海外の日本人生活者の暮らしだったのだが、それがとても丁寧に書かれていて、最初の20ページは息もつかせぬ迫力だった。まだマスク不足にあえいでいた日本の描写で始まるから一年以上の時間のズレはあるのだけれど、この六十代の作家の文章はとても心地よく頭に吸い込むのに、それでいて、人がどう生きるかを真剣なまなざしで問うているのがひしひしと伝わってくるので、すぐさま心をわしずかみにされた。

まず豚まんを手作りするパリの暮らし、そう、五十年前イリノイ州エヴァンストンに私たち家族が住み始めたときも、ビスケットミックスという粉が、豚まんの皮にピッタリの代物で、日本で食べた肉まんより、数段上品で、味のよい出来上がりを狂喜した覚えがある。

あの何とも言えない食につながる喜びを、男性、とりわけこの人のように、いつも言葉を模索しているひとは、子供とこれほどの会話の喜びを分かつことができるのだな、と感じ入ってしまった。

彼の愛息のママはかの有名女優さんだが、そのことには一切ふれていない。12歳の少年と二人で暮らすようになった日々の記述で満ちている日記ブログ風の読み物、「寒い日の朝に、子供を起こし、着替えさせて、朝ご飯を食べさせ、学校まで送る…自分は志半ばだけれど、これまで好き勝手に生きてきたのだから、せめてこの子をしっかりと育てて世の中に送りださなきゃ、となぜか思うようになった」とある。「ある日、研いでいる米や、たたんでいる洗濯ものや、…スーパーの列に並んでいる時に、思うことがあった。これが生きるということじゃないのか、と」私もよく思う、生きるということを、このコロナ禍で外出を制限されているときに、日常の暮らしのはしばしに、しみじみと思う。(続く)

 

 

 

2021年2月17日 (水)

83歳になる直前に読んだ『831/4歳の素晴らしき日々」

まもなく83歳になるというある日、図書館でこの本を見つけた。『831/4歳の素晴らしき日々』、アムステルダムの老人ホームで暮らす男性の日記で、32万部も売れて、ドラマにもなったという本である。Kimg0174

オランダはブリッジ人口がおよそ11万人、老人ホームにもクラブがあるくらいだというのを知って、オランダ人だったらよかったとさえ思ったことがある。そのホームの全貌がわかるのなら、と読み始めたのだが、たんたんと描かれてある日常は必ずしも、恵まれたものではない。月曜はエンダイブのマッシュポテト,火曜はカリフラワーのホワイトソース、水曜はミートボール、木曜はインゲン、金曜は魚、土曜はスープとパン、日曜はローストビーフとメニューが決まっているのに、土曜に、インドネシアのチャーハン、ナシゴレンが供されて、嫌がる人が続出したという描写に驚いた。

食事がどんな状況なのかは大いに興味があったが、オランダの高齢者は外国の料理を喜ばない人が多いことがわかって、日本との違いを改めて自覚させられた。

日本では和食ばかりではなく、洋食と称して外国料理が供されることが当然となっているから、メニューのレパートリーが広いのはそれだけ、厨房の頭痛となるのではないかと、想像ができた。

その決まりきった食事の味が薄くてまずいのも入居者の悩み、個性的な入居者を好まず、ことあるごとに経営側と対立する著者の悩みなど、高齢となっての集団生活の大変さが、あますところなく綴られて、身につまされる。

それでも数少ない同好の士をさそってオムニド(年寄だがまだ死んでやしない)クラブを結成、楽しい企画をする。

しかし、健康を損なうメンバーが一人去り、二人去りと身辺がさみしくなる描写は日常の出来事として、たんたんと述べられれば、なおさら、その深刻さが浮き彫りになる。

何気なく述べられる「人間は生まれ、やがて死ぬ。その間は余暇だ」の言葉や、「人生はなるべく愉しく時間をつぶすこと以上のなにものでもない」の叙述に、わたしは旧約聖書の

『コヘレトの言葉』3章を思い出した。

「何事にも時がある。

 天の下の出来事にはすべて定められた時がある。

 生まれる時、死ぬ時、

 植える時、植えたものを抜く時…

 (ずっと時が示され)

 愛する時、憎む時

 戦いの時、平和の時…

 

人が労苦してみたところで、何になろう。

 

わたしは知った。

人間にとって最も幸福なのは、

   喜び楽しんで一生をおくることだ、と。

人だれもが飲み食いし

   その労苦によって満足するのは

神の賜物だ、と。」

 

今、全世界が同じようにコロナ禍という災厄に自由を奪われているときだからこそ、これらの言葉が胸にしみいる。

 

この本の著者ははからずも、このみ言葉の数々を実践しているのではないか、と感じたからである。

 

2020年5月15日 (金)

今こそ読むルース・レンデル

今から四十年ぐらい前、NHKで『ウエクスフォード警部シリーズ』という白黒の素晴らしく上質の刑事ドラマが放送されていたことがある。ゆったりとしていて、それでいて、当時の英国社会の細部にするどく切り込むスリリングな展開と、主役のウエクスフォード警部を演じるジョージ・ベイカーの風貌と、演技力にも魅了され、毎回楽しみに視聴していたのだが、意外に早くシリーズが終わってしまい、あまりにもがっかりしたので、NHKにぜひ、続けてほしいと、手紙を出したほどだった。Photo_20200515102601

 

その原作者が当時、英国のサスペンスの女王とまで言われたルース・レンデルだったということは、後になって知った。

 

当時わたしはアメリカのサスペンスの女王と称されたメアリー・ヒギンス・クラークに夢中だったからである。サスペンスとはゾクゾクからクライマックスの恐怖へ、とジワジワからゾクゾク、クライマックスの恐怖への二種があるとすれば、せっかちのわたしは前者を好み、クラーク女史のリズムは正しく、前者のわかりやすい、私の望みどおりのスピード感だった。

 

英国のサスペンスの女王と称されているのが、レンデルだと知って、読みかけたこともあったのだが、ジワジワが長くて、中途で挫折していたのだ。

 

カレンダー真っ白、食事の支度以外は全部自分の時間のいま、最良のステイホームの過ごし方は読書だ、と思い立ったとき、なぜか今こそ、レンデルだと、その名が浮かんだ。およそ一か月半まえ、図書館がクローズする最後の日に間に合ってわたしはハヤカワポケットミステリーのレンデル本四冊を借りることができた。

 

女流翻訳家の第一人者、深町真理子さんの解説によれば、レンデルの作品には大別して二つの流れがあるという。一つは作家としての感性を対象の隅々にまでゆきわたらせ、均整の取れた古典的な世界とつくりあげる、先に述べたジワジワの長いもの、と、感性を一点に凝縮させてその部分だけを拡大して見せる傾向のもの、レンデルはほぼ一年に一作の割合で、この二つを交互に書いているのだという。

 

図書館の四冊はどれも前者のジワジワものばかりで、そのうちの二冊、『悪意の傷跡』と『街への鍵』を完読した。前者にはウエクスフォード警部が登場するが、登場する人物の名が四ページにわたるという、大長編で、女性のDVを取り上げた、当時としては画期的な社会問題を深く掘り下げている。

後者は二十世紀最後のほうに執筆された晩年の作品で、これまたジワジワものではあるが、リージェントパーク周辺で起きる謎多きホームレスの殺人事件も入り混じった、美しいい女性の恋物語、こちらも地図を片手に読めば、リージェントパークの全容がレンデル女史の描写力ですべて把握できるほどの、長いジワジワがあって、完読するのに時間がかかった。

 

もう一つのレンデルもの、一点に凝縮させたものがぜひ読みたいとアマゾンから購入したのが『ローフィールド館の惨劇』。「ユーニス・パーチマンがカヴァデイル一家を殺したのは読み書きができなかったためである」という衝撃の一節から始まるゾクゾクものである。

現在一気に半分まで読了、この種に最初出会えたなら、もっと早くにレンデルフアンになれたものを、とも思うが、今この年齢、この時期だかこその出会いを感謝したい気持ちにもなるのである。

ネット検索で知るレンデル女史は一代限りの称号「バロネス」を獲得、美しく知的で見事なスピーチをするひと、そのインタビュー記事がYouTubeに数編観られる幸せも、現代だからこそであろう。

Ruth-rendell 

2019年9月20日 (金)

書棚すっきり

自室の大きな書棚には、いつかはわからないひまを当てにして再読するつもりで保存してある本も含めて、もう一年以上も手に取っていない未読の本もいっぱい詰まっているが、この頃のわたしときたら、ケーブルテレビのシネフィルWOWOW の英国ドラマや古い名画ばかりに目を奪われて、本のページをめくるのが楽しみでたまらない、などというワクワク気分をすっかり忘れ、読書生活から遠ざかっている。

雑誌も手にとるのは美容院か、医院の待合室、出版社をおそう読者の活字離れというナイトメア現象は広がるばかりなのではなかろうか。

 

無教会派の家庭に育った友人が内村鑑三の全集がそろっているから、読んでみない?と言ってくれて、何冊も送ってくれたその本は、転会を機に必要にせまられ、目を通しているうちに、むずかしい聖書の解説などだが、文語の美しい旋律に魅せられて、これは読み進むことができた。わたしたちの世代は文語の詩や名文を暗記させられて育った。古い日本語は美しく、なつかしい。書棚の中央にしまいたいと思うようになり、不要になった本を処分する決心がついた。

 

洋書もふくめておよそ三十冊、CDも聴かなくなったものを、値がつくかどうかはともかくこれも三十枚ぐらい、段ボールに詰め、ブックオフに取りに来てもらった。

 

すっきりした書棚を見るのが目の癒しになる。過ごしやすい秋の季節が終わらぬうちにImg_2469

ためこんだ資料、情報などの整理に精を出そうかと思う。

 

2017年12月 6日 (水)

『夫の後始末』読後感 2

この本に期待した、介護にまつわる冷静な知恵のほうは、確かに語られている。
付箋をかなり貼った部分だ。
著者が尊敬する老医師から学んだ人間の最期に臨んでやってはいけないこと三つ。
1. 点滴ないしは胃瘻によって延命すること
2. 器官切開をすること
3. 酸素吸入

聴力を失うと認知度が早まる。
よい習慣は幼いうちからつけておかないと、認知度が落ちてくるにつれて、それが顕著にあらわれてくる。
会話力は若い時からやしなっておくべきである。高齢になっての幸不幸にかかわってくる。

著者に大きく共感した部分。
60歳ぐらいから医療機関での検診を受けなくなったこと。
「特権階級だけ」が享受できる現生の快楽、たとえば、高級レストランの食事の贅沢や、高級旅館、ホテルの宿泊など、そういうけたはずれな贅沢を求めずに死ぬのが爽やかな人生であるという主張。

曽野綾子さんが文壇に登場したときから、わたしは熱烈なフアンになった。初期の作品がすべて購入して楽しみつつ、共感を持って読んだ。中、上流家庭にひそむ、危機感を表現することが巧みで、描写力ばかりでなく、独特の人生観が語られているのに惹かれた。出版社もそれを鋭く見抜いていて、その至言ばかりを集めたアンソロージーのような本も何冊が出版され、その人生をとらえる力量が前面にでてきて、時代のオピニオンリーダーのような存在になってきた。
その時点から彼女の作品を好んで読むことをしなくなっていたのだけれど、やはり専業主婦がすがりたくなるような、人生とは、を語る指摘の鋭さには脱帽する。

作家としても評論家としても名声を得て、この著書もすでに9万部を超える売れ行きというから、著者の何不自由ない生活を想像するが、「物質面では人並みか、ほんの少しゆとりがあるくらいが一番幸福」という至言がどこからくるのか、その実例や、エピソードの詳述がもっとほしかったと、切に思った。

2017年12月 4日 (月)

『夫の後始末』読後感 1

一カ月半前に、書店では売り切れ、版元からもいつ入るか不明という情報に、あえて、アマゾンからプレミアムつきの値段で購入したこの本、およそ一日で読破してしまったのに、すぐ感想を書く気にならず、放ってあった。

それほど感動が少なく、突き動かされるような読後感が湧いてこなかったからだ。

『夫の後始末』とはかなり過激なタイトルである。さぞかし、介護の詳細とそれに伴う、著者独特の冷静な知恵が語られているのだろうと期待したのだが、エピソードは少なめで、自身の経験から発想するオピニオンリーダー的記述がきわめて多い。

なぜなのか? 本の後ろのほうに小さい字で、2016年、つまり朱門氏が亡くなる半年前から『週刊現代』にすでに三回、関連記事を載せていたという記述があり、今回のこの著書は、それに加筆、修正を加えたものであることがわかった。
著者にはすでにいつかこの日がくるという予感があって、介護時の記事を執筆し始めていたのである。

長年連れ添った配偶者を失い、ひたひたと押し寄せてくる回顧の情に書かずにはいられない、衝動を持ち続ける、というような感情があらわれていないのは、そのせいなのではないかと判断した。

三浦朱門さんにもかつて1991年に『親は子のために死すべし』という強烈なタイトルの著書がある。私は過激なタイトルにばかされるミーハーで、このときもこの著書を真っ先に買って読んだ。92歳の父親を介護する息子65歳の実情。老いの悲劇は当人の悲劇ではなく傍らにいる者の悲劇である、という記述があった。曽野夫人ともども、死ぬなら85歳が頃合いだと合意しており、それを過ぎたら活かすより、軟着陸を考えるべきだという主張もあった。それが91歳まで生きられ、夫人ももう85を過ぎている。その感想を知りたかったと思った。(続く)


2017年11月15日 (水)

『蜜蜂と遠雷』読後感 2

内なるなにかに突き動かされるように言葉がほとばしっているこの作品、著者はそれほどにクラシックのピアノに魅せられているのだろうと想像して、経歴を調べたら、クラシック音楽好きの家庭に育ち、ピアノを習っており、その教師はディヌ・リパッティのピアノを聴かせたというから、これは幼くしてよほど音楽性を養われていると推測できた。

 

この小説、構想12年、取材11年、執筆7年をついやしたと、著者担当歴20年の編集者が語っている。モデルと言われている、浜松のピアノコンクールに通い詰めたという逸話もあり、執筆のための、それだけの恵まれた条件と時間とを持ち得ただけの重みは、確かに読み進むにつれてしみじみと伝わってくる。

 

演奏者によって、よく知っている曲がまるで初めて聴くような気がしたり、テクニックはまったく同程度の演奏者でも、雑念がまったく入り込む余地のないほど集中できる場合とそうでないときとがある不思議、そのカギが、この小説の中で明かされているような気がした。
「人間は自然の音の中に音楽を聴いている…弾き手は曲を自然のほうに『還元』する…」
「ショパンのバラードには幼い時の感情、わらべうたを歌うときに感じるさみしさ…が含まれているような気がする…この一瞬一瞬、音の一粒一粒が今たまたま同じ時代、今この時に居合わせた人々に届くとしたら…」

 

「音楽をわかっているという自惚れだけが肥大して…おのれの聴きたいものだけを聴いて生きてきた…鏡の中に自分の都合のいいものだけを映してきた…」という言葉は私自身を言いあらわしているかのように、打ちのめした。
もっと別の自分になるのは、まだ間に合う。苦手だなどと決めてしまわずにどんな音楽にも接していきたい、という思いにもさせてくれた。

 

それをはからずも悟られていたかのような、作中の演奏順に聴けるナクソス・ジャパンの、CD発売宣伝のためのプレイリスト、視聴15分を活用、まずはプロコフィエフとバルトークを堪能した。

 

 

 

 

 

 

2017年11月13日 (月)

『蜜蜂と遠雷』読後感 1.

自分からは手にすることをしなかった本である。「読み始めたらやめられなくなるほどの本だから…」と貸してくれた若い友人、ジュン子さんに、感謝をささげる。彼女は類いまれな本を選ぶ目をもっていて、これまでもどれほど心の栄養をもらったかしれない。Photo


作者恩田陸という名は知っていた。ミステリーの若手女流作家程度の知識でしかない。このひとがクラシックのピアノミュージックにこれほどの造詣があるとは、まさに舌を巻くほどの、描写の連続である。

日本の地方都市で開かれたピアノコンクールが舞台。四人の主要登場人物がどのように第一次、二次、三次、本選へと挑戦していくかが、克明に描かれる。生まれながらの天才としかいいようのない少年、ジュリアードの優等生で、優勝候補と期待されている、日系の容姿も端麗な青年、小さいときから才能を発揮し、将来を嘱望されながら、挫折し、復帰を志す女性、そして表現力と感性には恵まれながら、音楽の道を断念し、就職したが、このコンクールにもう一度挑戦しようとしている成人男性、この四人、それぞれの視点でそれぞれの選曲がどのように演奏されたが、まるでこの目で見、聴いているかのように描写される。
音楽を言葉にすることがどれほどむずかしいかは想像に絶するのに、著者はいとも軽やかに、豊かに、しかも短く、即興的に感性あふれる表現でやってのけている。

わたしには少々苦手だった、プロコフィエフとかバルトークとかの音楽を、ぜひ聴いてみたいと思わせるほどの、表現力なのである。
いや、まったくスゴイと思いながら、この本、507ページを、上毛高原の宿で、一日で読んでしまった。(続く)

2017年2月10日 (金)

老いながらP.D.ジェイムズ

P.D.ジェイムズの三冊目、『皮膚の下の頭蓋骨』を一月半ばから読み始めているのに、さっぱり読み進まない。改行が極端に少なく、しかも一行一行を読みとばせないほど、風景描写も心理描写も深みのある叙述なので、味わっていると時間がかかるのである。
図書館に頼んで、二週間延期してもらった。

高齢で不治の病に侵されている、劇評家のモノローグに感情移入してしまう。「老年特有のいくつかの欠点をさらけ出しはじめた・・・ちょっとした心遣いを好むようになった・・定まった手順を守るのに大騒ぎをする・・・一番の旧友とすら会うのに気乗りがせず・・着替えや入浴まで重荷と感じるほどの不精・・・そして肉体的機能のことばかりが最大の関心事・・」
膝の痛みが一大事だった昨年はうなずけることが多かった。

オリンピックが2020年、田園調布中央病院が多摩川に完成するのも、雪ヶ谷の東急ストアが建て直るのもやはり2020年、そのころ、今のように元気でいられるかどうか・・
あと三年先は夫の今の歳に近い。生活者としてまだなんでもこなす今の彼は立派だと思う。

きょう二か月ぶりにプールで泳いだ。バタ足の力が弱くなっていて、クロールもバックも浮き方が弱い。でも今のわたしの身体を一番ととのえてくれるのは、やはり水泳だと思う。
泳いだ後のすがすがしさは大切な感覚。

帰宅してジェイムズの続きを読む。ようやく半分、いまかいまかと恐れていた、すさまじい惨劇が起こる。
俄然読み進みやすくなってきた。

読書ができる目の力と根気があることを感謝して、またこの一年を過ごさなければ・・・

2017年1月21日 (土)

ひとり温泉特集

図書館で、ほらね、やっぱり、と言いたくなる雑誌の特集記事を見つけた。
『CREAクレア』2月号の楽しいひとり温泉。
さすが文芸春秋社、およそ百ページに及ぶ美しい写真入りの情報は永久保存的貴重さである。

先日もブログ読者の同級生から、あなた、よくひとりで温泉なんて行くわねえ、とほめられているのか、あきれられているのか、という感想をもらった。
でもこの特集記事に、「旅を通して日々の生活をきちんと見直す・・自分の身体と向き合いととのえるにはやはりひとりがふさわしい・・」この言葉がまさしくわたしがこうしたいから、という気持ちをあらわしてくれていて、大きくうなずきたくなったのだった。

いまからおよそ二十年以上まえ、まだ日本語教師と翻訳業の二束のわらじの仕事をしているとき、わたしはすでにひとり温泉をしていた。当時一番気に入っていたのは、穂高にある『穂高養生園』、疲れたOLのための宿とうたわれていたが、これ以上ないくらいの正統派の玄米自然食で、一度たべたらやめられないくらい、おいしさに夢中になった。二、三度続けて通ったのだが、厨房のかなめ役のひとがやめてから、味が変わり、それでもこの味にこだわり、かなめ役の男性が山梨に玄米食を学べる宿を作ったというのを聞いて、わざわざ訪ねて行ったほどだった。

CREAの特集記事は一万円以下のこじんまりとした宿から、数万円もする贅沢なオーベルジュなるものまで実にさまざま、ここまで進化したのかと感無量である。
 
ひとり温泉はいまやトレンド、すでに数軒の行きたい宿が見つかった。
新刊なので、この雑誌、貸出できず、アマゾンで取り寄せたのである。

八十になってもまだまだ楽しみは尽きそうにないのがうれしい。

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