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カテゴリー「映画・テレビ」の91件の記事

2019年1月11日 (金)

『散り椿』を観る

朝八時半に家を出て、下高井戸シネマで『散り椿』を観てきた。Photo

『あれも観たい、これも聴きたい』ブログの久々の更新が『映画散り椿』で沢山の写真入り、とても褒めてあったので、そこだけ確かめ、あとは映画を観てからのお楽しみと、あまりしっかりは読まずに、まずきょうで終わり(と思いこんでいたのだが、18日まで上映と知った)を見逃すまい、と早起きして駆けつけた。

入りは半分、その少な目のゆったりとした観客席でコーヒーを飲みつつ見るこの映画、本当にしんみり、じっくり、しみじみと味わった。監督作これが三度目という木村大作監督は名撮影技師出身だけあって、すさまじく美しい映像をまことに効果的にちりばめる。
これぞ日本の自然美の粋とも言える、粉雪降りしきる冬、風に揺れる竹林、山山の間に沈みゆく夕日、城を背景にした満開の桜、木漏れ陽までまばゆくさせる紅葉、揺れる群生のススキ、そして、この題名どおりの、五色の絢爛たる花を着飾った「散り椿」という名の椿の大木…ため息しきりである。Photo_2


出演俳優はいずれも主役級がずらりと並ぶ豪華な顔ぶれ。岡田准一、西島秀俊、黒木 華、麻生久美子、緒方直人、富司純子、奥田瑛二、わたしのごひいき柳楽クンも出演していて、道場主という出番は少ないが効果的な役回り、満足した。
ちょっと解説が入るのだが、その声が映画にぴったり、どこかで聴いたことのある美声、と思ったら、やはり、豊川悦司だった。

藩の不正を訴え出てそれが認められず、故郷を出た主人公が、病に倒れた妻の遺言で再び藩に戻り、真相をつきとめようとする。ミステリアスな要素もあり、剣劇シーンもたっぷりあるのだが、その映像が美しい。新たな歴史を刻む「美しい時代劇」とうたっているだけのことはある。

こうなるだろうという予測は容易くできても、それでも日本の時代劇の極みを感じさせずにはおかない、筋運び、映像、出演者すべての好演で、お見事、と拍手したくなりながら、心地よい満足感に浸り、映画館を出た。


2018年12月23日 (日)

ようやく観られた『落語心中』最終回 3

このドラマの原作は賞を総なめにしたマンガだそうだが、このところ出来のよいドラマの原作はほとんどがマンガである。今やストーリーのしっかりした絵読み物としてのマンガは独特な文学の地位を築いているという感じがする。

よほど原作がよかったのだろう、それに惚れ込んだ脚本、演出の意気が合って、演じることを楽しんでいる出演陣の相乗効果が素晴らしい。中でも八雲のライバル助六を演じる山崎育三郎はあざやかなカリスマ噺家を絵にしていて見とれるばかりだ。このひと、ミュージカルのスターだそうで、道理で声の張りが違うとうなずけた。

八雲、助六あとの与太郎はビビるのではないか、などと思っていたら、どうして、どうして、この与太郎役の竜星涼という役者がまた負けていない、スゴさで、生きがよく立派に噺を聴かせる。これからもこの二人、目が離せない、先の楽しみがふえた。Photo


なんとしても見落とした三回を見なければならない。ひまができたら、TSUTAYAに行ってみなければ…。

そして久しぶりに落語を聴いてみようという気にもなった。最近の名人格といわれる、小朝、文珍、文枝の独演会にも出かけたことはあるが、満足感は少なかったので、しばらくご無沙汰なのだが、喬太郎師匠の落語を聴いてみたくて、ネット検索したら、どの公演も売り切れ続出、ようやく二月の紀伊国屋ホールの一枚を手に入れることができた。それにしても、落語っていま人気なのだなあ、とその現象をうれしく思った。(了)

2018年12月22日 (土)

ようやく観られた『落語心中』最終回 2

まだテレビがなかったころ、わたしはラジオにすがりつくようにして、落語を聴いていた。
当時の名人たち、志ん生、金馬、小さん、柳橋等をまだ覚えている。
正に聞かせる話芸に親しんでいたのだった。

それでも最初の出だしに笑わせる、いわゆる、「まくら」が楽しみで、ケラケラ笑いながら、もっと「まくら」が長ければいいのに、などとも思った。そういう大衆の反応をとらえて、まるで「まくら」ばかりの落語などを売り物にする噺家も出てきた。円鏡とか、三平はその一派である。
でも「まくら」ばかりでは物足りない。じっくり聴いたという感動が残らない。ひとりで語り、まるで大勢がいるように、語りに変化をあらわし、おどけて見せて笑いもとり、それは安っぽい笑いでなく、芸のかもしだすユーモアであるような真の噺家、それが名人なのだろう。

今思うと最後の真の噺家であった志ん朝や、関西の名人米朝の独演会に落語好きの下町育ちの友人とふたりで駆けつけ、聴き惚れたあのときがなつかしい。(続く)

2018年12月21日 (金)

ようやく観られた『落語心中』最終回 1

今秋のTVドラマは注目作ぞろいだったが、とびぬけた傑作はNHKの『昭和元禄落語心中』だ。

残念なことに、タイトルが奇妙だったので、最初は見ようとも思わず、偶然目にした四作目で、夢中になり、毎週録画の操作をしておいたのにもかかわらず、なぜか予約が重複したのが祟って、最終回が抜けてしまい、あせった。再放送の項目がなかなか見つからず、仕方なく、NHKオンデマンドという見出しに惹かれて、NHKがかかわっているとばかり思って契約したら、そうではなくて、それをダシにしている業者のサイトで、すぐに抜ける操作がまた厄介、ようやく深夜一時の再放送をみつけてしっかり録画、それを翌日の昼間に観たのだが、あらためて見惚れた。

ともかく岡田将生の演技が出色なのである。このひとは端正な容姿だが、口元にニヒルさがあり、二枚目の代表格ではあったけれど、これまでいまひとつ当たり役がなかったような気がするのだが、今回の落語名人八雲はこれほどの適役はいないというほどの、はまりようだった。どこか哀愁を帯びたような影がつきまとう、まなざしといい、めったに笑わないけれど、わずかにほころびるその口元が、あの独特のニヒルさが生きて素晴らしいのである。声もいい。かん高くよくひびく、ライバルの助六とは対照的に低めの落ち着いたバリトンが落語の語りの深みを伝える。

舞台の座布団にすわってからのお辞儀が美しい。あれは教えられたのか、彼独特の演技なのか、横からすべるように前に合わせる美しい動きが冴える。Photo


「心中…」にまつわる噺で、選ばれたのか、『死神』が何度も語られるのだが、この噺がうまく演じられるかどうかは、最初の方に何者かと訊かれて名乗る「死神だよ」のせりふまわしにかかっていると思った。

YouTubeで五代目圓楽、志らく、圓生等を聴きくらべたが、喬太郎が一番見事だった。ゆっくりと、念入りにしかも不気味さをあらわす「死神だよ」。その喬太郎師匠が今回の落語指導をつかさどっている。指導のよさが十二分にもあらわれている場面しきりであった。(続く)

2018年8月12日 (日)

クライブ・オーウェンを見続ける

ノロノロ台風に振り回された三日間だったが、閉じこもるまえ、備えのために電車で十分の蒲田に向かった。
三日分の献立はすでにたてていたので、その買い物をすまし、ツタヤに立ち寄る。
お目当てはクライブ・オーウェンの代表作三本、と『ホームランド』の新シーズン。

ケーブルテレビを何気なく検索していて、映画『エリザベス:ゴールデンエージ』に目が釘付けになった。ウォルター・ローリー役のクライブ・オーウェンに魅せられたのである。Photo


眉間に三本のしわを刻み、あまり笑顔がないニヒルで憂愁をたたえた風貌、けれども表情豊かな大きな瞳にみつめられると、エリザベス一世ならずとも、引き込まれる魅力があふれる。彼の声が好きだ。哀愁のこもった澄んだバリトン…

彼が英国アカデミー賞やゴールデングローブ賞を獲得してその地位を確かなものにしたという『クローサー』をまずは、アマゾンから購入したのだが、これはマイク・ニコルズ監督で、ジュード・ロウやジュリア・ロバーツが共演する、豪華配役のドラマにしては、会話でポルノに仕上げたような下品な中身で、がっかりした。

次こそはと、その日、ツタヤでレンタルしたのは『トゥモーロー・ワールド』『キラー・エリート』『ラスト・ナイツ』

『トゥモーロー・ワールド』はP・Dジェイムズの原作なので、期待したのに、何と近未来(と言ってもそれは2023年)のストーリーで、子供がほとんど生まれない時代となった英国が舞台、どこもかしこも薄汚れていて、難民や低所得層の紛争があり、安心して道が歩けないような街を、唯一出産をまじかに控えるアフリカ系の女性と出会い、彼女を守りながら逃げまどう役人のオーウェン、彼が出ていなかったら、観終ることはなかっただろう。

『キラー・エリート』は初めから最後まで撃ち合いと殴り合いのシーン満載の映画、ジェイソン・ステイサムと死闘を繰り広げるオーウェン、ロバート・デニーロまで出ている。これまたオーウェンが出ていなかったら、見たくない映画だった。

『ラスト・ナイツ』は紀里谷和明監督が五年の歳月をかけて、制作したという忠臣蔵を中世の舞台に置き換え、騎士を活躍させる作品、批評は芳しくなかったようだったが、大石内蔵助役のオーウェン、適役で、最後まで厭かせず見せた。オーウェンは時代劇が向いているのかな、という気もする。

でもこれであきらめない、まだ現代もの、『私が愛したヘミングウエイ』と『ザ・バンク』も見てみなければ、と思っている。

2018年8月 6日 (月)

『京都人の密かな愉しみ』に魅せられて

観光旅行では見えにくい、京都人の生活文化や習慣を、見事な映像と、ドラマをちりばめて製作されたNHKBSのドキュメンタリー『京都人の密かな愉しみ』が近頃、また不定期に再放送されはじめたので、録画予約して、楽しんで観ている。
見る度にため息の出る美しい映像ばかりで、ああ、京都に行きたいと思ってしまうのだが、実際に出かけてみれば、外国人も混じった観光客で一杯、ここに現れる人情味豊かな京都人には巡り会えず、したたかな商売術にのせられ、高額な費用ばかりを払われされそうになる現実がある。

このシリーズの雛祭りのころ、「祝う春」の映像は本当に素晴らしい。
梅まつりのあとの雛祭り、梅の名所の写真がちらと出るが、これがまた息をのむ美しさ、大覚寺の梅林にぜひ行ってみたい、とメモするのだが、実現しないだろう、という予測しながら、である。

料亭「萩坂」の女将役の高岡早紀が匂うばかりの美しさである。このひと、悪女やら、したたか女の役を演じるとあまりの名演で、実物もこんなひとかしら、とまで思えてくるのだが、『京都人…』の演出家,源孝志さんの、お気に入りなのだろう、このシリーズのドラマにも主役級で出演しているし、『平成細雪』でも主演のひとりだった。
このドキュメントに出演している俳優陣はみな、自分の役どころに惚れ込んでいるのだろう、いい表情、演技を見せてくれる。庭師見習いの、林遣都も、もともと演技派ではあるが、この『京都人…』のオムニバスドラマ、『桐たんすの恋文』のときもいい演技を見せていたが、「祝う春」では苔や、桜の根っこの手入れまで詳しくみせるこの庭師の仕事着のよく似合う彼、見惚れるばかりだ。この母親役の外国生活の長かったバーのマダムもいい。こんなバーに行ってみたいとつくづくと思わせられる、演出がにくい。Photo


あのすさまじく立派な骨董、ともいえる、雛飾りをしつらえて、美しい顔立ちのひな人形をとりそろえ、見るからにおいしそうな雛祭り膳を供する木屋町の料亭の名をぜひ知りたいと、女将、『松井薫』からつきとめた。料理そのものは目がとびでるほどは高額ではなかったけれど、二人以上からの予約のみ、ついでに配達可能なおせちの値段も見たら、すべて40000円以上、これもまた、したたかさのにじむ京都商売である。

日本の衣食住の粋とも言える、この京都のゆったりした、しきたりと、それを継承する庶民の生活、本当にそれは成り立っているのだろうか?
東京のあまりにもスピードばかりが優先してしまう日常と比較して、ともかく、ため息がまず出てしまうのだが…


2018年7月 8日 (日)

『万引き家族』観

そろそろパルムドール受賞の興奮もおさまったころではないかと、平日のシネコンに
『万引き家族』を観に出かけた。席についたころはちらほらだったが、わたしのような考えの人は多かったらしく、徐々に混み始めて八分くらいの入りとなる。Photo


まるでドキュメンタリーを見ているような前半の一時間、芸達者な出演者たちの演技合戦のようなせりふのやりとり、疑似家族の成り立ちが語られていないもどかしさを抱えながら、万引きのシーンや、風俗のバイトの場面、昼間からの主演二人のうすぎたないようなラブシーンに、日本の恥部がさらけだされているような気もして、うんざりしかけていたら、ある事件から家族がばらばらになってきて、深刻なドラマになり、身をのりだしたくなるような雰囲気に変わった。

あの前半はこの後半を盛り上げるためのものだったとしたら、その効果に、ヤラレタという感じである。

帰宅してからネットのレビューを見まくった。これがパルムドールかとあきれる、とか、演者に頼り過ぎている、とか、金を払って観に来る価値のないものだった、とかの酷評もあったけれど、ohassy というひとの「見えないふりをしてしまいがちの闇をとても見やすい形に作り上げているのは、是枝監督の手腕だ…」という表現に、ご名答だと、思った。

カンヌの女性審査員はこぞって、女優陣をほめたたえた、というのはうなずける。

こんな栄誉を得たのに、政府は賛辞を贈らなかったらしいが、オリンピックだとか、おもてなしだとか、エエカッコしいばかりやってる場合なのだろうか、日本の現実の真実はまだ知られざるかなたにあるような気がする。

2018年5月21日 (月)

三度目の『眺めのいい部屋』

NHKBSのプレミアムシネマで『眺めのいい部屋』を観た。これが三度目である。Photo


一度目は三十年ほどまえ、封切からすぐ、映画館で。
ただただ感動していた。E.M.フォースターは英文科の学生時代に読んでいたので、小説の持つ格調たかい雰囲気を見事にかもしだした、ジェイムズ・アイヴォリーの映像技術に見入った。そして緑美しい英国の風景に魅せられ、英国人たちが魅せられているイタリアのほうにはあまり関心がなかった。
主役の二人の若手俳優が自分好みの美男美女でないのがちょっと不満だった。

二度目はそれから十数年たって、自宅のテレビで。
すでにフィレンツェを知っていたので、その映像のほうが、強烈に印象に残った。彫刻広場のようなシニョーリア広場、レプリカのダビデ像の本物もアカデミア美術館で見ていたし、ド迫力のメドゥーサの首を掲げたペルセウス像に、圧倒され、フィレンツエの旧市街で道に迷う、イギリス人たちに、やっぱりね、と感情移入していた。
そしてトスカーナの自然の中で踊りだす若者の気持ちが痛いほどわかった。
イタリアで人間は本来の自分を取り戻すということが理解できていた。

そして今回の三度目。小説の雰囲気をそのまま取り入れた、場面別のタイトル表示が美しい。アイヴォリー監督さすがである。
マギー・スミスの美しさに目を奪われた。このひと若い時こんなにきれいだったのだ。”Poor Charlotte!”と何度も言われる彼女「可哀そうな」というよりは「どうしようもない」という意味をこめた、生真面目さの故に上手にたちまわれずに、皆に苦笑されている場面がおかしい。このころから演技派だったのだな、と思った。
ダニエル・デイ=ルイスの高等遊民みたいな紳士ぶりの演技が素晴らしい。キスの場面の不器用さ、情熱をほとばしらせるあの若者のキスと何たる対照だろう。
あの主役の若い二人が美しく見えた。適役だとも思った。ヘレナ・ボナム=カーターの英語が美しい、ちょっとした表情が魅力的だ。
英国の池に素っ裸でとびこんではしゃいでしまう、あの牧師がいい。
そしてフィレンツェ、シニョーリア広場も、アルノ川にかかるポンテヴェッキオの眺めも三十年前と今もほとんど変わっていない。それを保たせているイタリアという国の努力を想った。

八十歳の見方はこうも変わるのだということを実感した時間だった。

2018年3月12日 (月)

『西郷どん』がおもしろい!!

前回の大河ドラマ『おんな城主直虎』を最後まで楽しんで観たので、西郷さん、と聞いて今回はパスしようかと思っていた。

西郷さんは上野の銅像の存在感だけでいい、あの薩長の、対立したり同盟つくったりのややこしい関係に興味はない。大体、もう西田敏行の主人公で一度ドラマ化したんじゃない?今度は一体だれがやるの?とブリッジのテーブルトークで質問したら、ほら、あの…と言ったまま応えたひとは名前が出てこなくなって、ほら、あの外語大出たひと、なんて言う。

エリートでギョロ目のそんな男優、いたっけ?

ようやくだれかが、鈴木亮平という名を思いだしたとき、ああ、あの『花子とアン』に出たひととわかって、あんなソフトなイメージのひと、似合わないじゃない、と思い込んでしまった。

ところが、である。初回の放送で、目をくぎ付けにされた。

全身で西郷を演じる彼に、魅せられてしまったのだ。ギョロ目じゃなくてもいい、これが西郷と思わせてくれる、ひたむきで好ましい演技がいい。語り手にまわったギョロ目の西田さんが控えめで心が入りきったいい語り、それに「まみむめも」の音の美しい薩摩弁が耳になじむ。脚本がすぐれているからだろう。45分が終ってしまうのが惜しいくらいだ。

冒頭の音楽も、タイトル表示も、あの薩摩の美を撮りつくしたような映像もいい。それにしても林真理子さんは大したひとだ。この原作も書き、いままた、日経に『愉楽にて』という連載小説を執筆中だが、これがまた読み進むごとにハマッテしまう面白さなのである。

島津斉彬に、これほどの適役はない、と思わせる、渡辺謙だが、あの不倫報道で苦労したのか、容貌に陰りがみえる。でもそれを、惜しいとみるか、それだからこそ斉彬のあの時代の苦労に臨場感をそえると思うか、それも物語の進行の興味の一つになるのかもしれない。

2018年1月19日 (金)

注目、『平成細雪』

『平成細雪』(BSプレミアム日22時)というタイトルを見たとき、平成はついているけど、また細雪なのか、と何度となく映像化あるいは舞台化されたものを見飽きているので、観たいとも思わなかったのだが、何気なくチャンネルサーチをしていたら、そのドラマ場面に遭遇して、目が釘付けになった。

場面転換がゆったりしていて、神戸言葉の耳障りがよく、舞台となる芦屋や神戸の映像が美しく、演出が素晴らしい。Photo


この雰囲気って、どこかで見たことがある、と思って、演出者を確かめたら、やっぱりね、と思った。『京都人の密かな愉しみ』の源孝志というひとなのである。

『京都人…』は何度となく観たくなってしまうほど魅せられた。京都をこれだけ魅力的に映し出した番組がほかにあろうか。とりわけ、組みこまれたドラマがいい。京都人の良さもあざとさも含めて、ため息が出るほどの、日本という国のひとの立ち居ふるまいの素晴らしさ見事さ、すべてを、映し出してみせている。

その『京都人…』のドラマに出ていた中村ゆりが末娘の妙子、あのときの二枚目の相手役、副士誠治がショウもなしの啓ぼん、演出家のお気に入りなのだろう。似合っている。Photo_2

わたしが好きだった伊藤歩という女優さん、雪子役が打ってつけ、美しい。Photo_3

ともかく、脚本、演出がいいから俳優みなが気合を入れた演技で息がぴったり合い、見せるのである。

柄本一家はあまり好きな一族ではないのだけれど、板倉役の柄本祐、第二話ではとてもいい味を出していて、見直した。

雪子は身体が硬くて、足の爪も切れない、なんて、原作にあったのだろうか。見合い相手がこれまた、芸達者がそろっていて、目を奪う。会話も面白い。

やはり原作がいいからではあるだろうけれど、この源孝志というひと、NHKはどうか厚遇してほしいと思う、逸材である。

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