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カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の298件の記事

2018年10月18日 (木)

いろいろあった日

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きのうは午前中に、ずっと放ってあったドライフラワーを使ってで秋向けのスワッグをつくった。
夕方ネコシッターに行くため、身体の凝りをほぐしておきたいと、マッサージを受け、買い物をすまし、夜のトリの水炊きの用意をして一時間に一本のバスに乗った。
娘の家の前でカギを入れた小銭入れをとりだしてファスナーを開けたが、あれ~っ、ないのだ、カギが…
小銭と一緒に入れたままにしていると、いつかすり落ちるということがあるかも知れないと不安がよぎっていたのだが、鎖にとりつけるには、細かい力仕事がいるので、先延ばしにしていたのが、不安は現実になってしまった。もしやバッグの中に落ちているのでは、と探してみたが、やはりない。

マッサージのときにすり抜けたのかもしれない、と電話してみたが、見当たりませんという返事。

夫に電話して、マッサージのときに持っていった買い物袋を探してもらう。中にはなかった、の返事。
 
ネコちゃん、ごめんね、と思いながら、とぼとぼ緑ヶ丘駅まで歩く。あ、そうだ、もしかしたら、きのう使った黒いトートバッグの中かも知れない。もう一度夫に電話、あった、という返事、小銭がいっぱいこぼれてたぞ、と言われた。

あってよかった、でもこのまま帰るのはなんだか、残念、そうだ、雪ヶ谷の東急スーパーがきょう開店だった、田園調布からバスで寄ってみよう、バス停の真ん前、便利なのである。スゴい繁盛ぶり、レジの行列が長い、でも果物が、種なし柿一個72円、安い、牛肉も二百グラム800円が立派だったので、買う。その他、夫の好みのビールの小缶があったり、ソーセージのコレクションが豊富だったり、陳列もわかりやすく、バターやチーズもいいものがそろっている。それに惣菜の調理品がほかにない充実ぶりだ。ちょっと重かったが、いろいろ二千円ぐらい買って気持ちが晴れた。

戻ってカギを鎖につける仕事を息子に頼んでやってもらった。

お鍋で夕食をすましたあと、ネットでブリッジゲーム、20ボードのかなりの激戦、同い年の男性パートナーとがんばって、ツキにも恵まれ優勝した。

明日は、きっと行くからね、ネコちゃん…


2018年10月15日 (月)

スマホはまだ…

先日、12月に結婚式を挙げる孫息子が婚約者を連れて挨拶に訪れた。彼はやせっぽっちのヒョロっとした成人男性となったのに、二人そろった姿はなぜかさわやかで男ぶりが上がったように見えた。
二人を前にわたしは教えてほしいことを訊いてみた。わたしにスマホが必要かどうかを。
二人は異口同音に応えた。数年まえ、孫息子のほうに訊いた応えと同じだった。必要ない、というのである。彼女のほうが付け加えた。「今はスマホからガラケーに戻ろうとしている人もいますよ」
電車の中などで、両隣がスマホの画面に見入っているとき、ガラケーを出して、ふたをパチンと開ける気おくれは、もうなくなるような気がした。

ときどき、隣の席の女性が見入っているスマホの画面が衣類のネットブティックだったりすると、あの小さな画面での検索は目に悪いのではないだろうかと想像してしまう。

デスクトップのパソコンの画面での検索は楽だ。
海外のLands' Endとの付き合いは長い。通信販売だけだったときからだから、もう二十年以上だろうか。そのときは寝具のシーツ部類の別部門コーナーだけだった。当時アメリカのシーツはとても耐久性もあり、デザインもしゃれていて、日本製はとても追いつけていなかった。未だにそのとき購入した一部は使用可能だから、驚く。

現在Lands' Endで購入するのはもっぱら水着だけである。水着のデザインと種類の多様さはこれまた日本製をはるかにしのぐ。それに配送料を加えても日本のより安い。とりわけ、デザインはカラー、スタイル、模様なども、ストライプ、チェック、花柄、実に豊富なヴァリエーション、わたしはサイズ10がぴったり、プールで、どちらで買われたのですか?とよく訊かれたりする。

映画のチケット、コンサートのチケット、ホテルから、レストランまで予約の数々、これもネットからで、スマホの小さい画面から、など、想像もしたくない。さぞ目が疲れるだろう、と思ってしまう。

それよりも何よりも、スマホにしたら、ガラケーの二倍の経費がかかるのが、ばからしいと思ってしまうケチ心が先なのである。


2018年10月 9日 (火)

狂い咲き

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今年ほど暑くてつらい夏はなかった。
体温以上の気温の日はほとんど外出せず、夕方少し暑さがおさまってから、買い物に出るという日が続いた。
九月になって、その変則的な暮らしの影響か、胃がおかしくなったり、腸がおかしくなったり、背中が痛くなったりしたので、『家庭の医学』をみたら、すい臓がんの症状にピタリだったので、『もしもの時のために』ノートを完成させなければ、などとあせったりした。

背中の痛みはモーラステープを貼って寝たら、おさまったが、十月になっても陽が射すと、またあの真夏みたいにギラギラの陽射しなので、ドキドキしてくる。

自然の威力、変容ぶりが怖くなってくる。

『隅田の花火』のアジサイが狂い咲きするのも、なんだか、不気味でコワイ。

2018年10月 4日 (木)

晴れとケ

『対岸のヴェネチア』には度々、「晴れ」と「ケ」という表現が出てきて戸惑った。何かそれについて説明があっただろうか、とページを繰ったが見つからない。ネットで検索したら、柳田国男氏によって見出された時間論をともなう、日本人の伝統的世界観、ハレは非日常、儀礼、祭りなどで、ケは普段の生活、なのだそうだ。
わたし以外の方がみなご存じの常識だとしたら、恥じ入るしかない。

内田さんは本島を「晴れ」とし、ジュデッカなどの島々の庶民の生活を「ケ」と表現している。

高齢になってくるとハレのときが億劫になってくる。衣服をととのえ、緊張感と共に、いつもの自分でないようなときを過ごすのが疲れる。
最近のわたしのハレは行きつけている、国際婦人クラブの昼食会とか出身学校の同窓会程度で、あとはコンサートだろうか。衣服もカジュアルにちょっとアクセサリーだけ、凝ったものや、自分の持ち物の中では、高価ではないが、あまりほかの人が身につけていない、珍しいデザインのものなどで、ハレを表現する。
着やすい、肩がこらない、ウエストもゴム、などの衣服、もちろん靴もヒールのない、少しおしゃれなデザインのウオーキングシューズ、美容院でセットもせず、自分で充分、似合う髪型をつくることができるようになっている。

先日、大石静さんがパリに出かけて、あちこちこれは、というエレガントな場所を探訪して歩く『エレガンスの舞台裏』という番組を観た。
有名な宝石店、『ショーメ』や香水店、下着店などを訪問する彼女の服装は、スタイリストがついているのか、それとも彼女の趣味なのか、とてもエレガントだった。
インタビューの質問なども、『ショーメ』店で、ネックレスなどをデザインさせて買うひとはどのように値段を知りたがる質問をするのか、とわたしなどが一番訊きたいことをさりげなく訊いてくれて好感が持てた。相手側はにこやかに笑みをたやさず、そういう質問はまったくでない、と言ったのには、反発をおぼえた。そういうところが、高級店を誇る店のいやらしい、ところよ、と言ってやりたくなった。

やたらゴージャスな、アクセサリーや下着や香水、自分にはもう永久に縁はなさそうだが、形のよいほっそりした足に趣味のよさそうなヒールの靴をはきこなし、大き目のしゃれたデザインのトートバッグを肩にかけた、大石さんのスタイルだいずれも見とれるばかりで、見事だった。

このときの番組についてネットで検索していたら、横に広告が出て「老け手の対策」という写真の血管の浮き出た手が自分のにそっくり、なんでも定期的に購入すると安くなるクリームの宣伝らしいのだが、そういえば、手の手入れなどついぞしたことがない。
クリーム系なら、見本の美容液やクリームが一杯とってあるから、それで済ませばいい、などと、思うわたしはまったくケの人間、エレガンスとはほど遠いケチンボなのである。

2018年9月21日 (金)

紫の贈りもの

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植えたおぼえはないのに、いつのまにか咲いてくれたこの紫の小花たち、コリウスとの配色もよく、プランターがにぎわった。
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伊豆の吉浦先生に頂いた苗、もう三年ちかく、花が開かなかったが、今年はどういうわけか、開花。
紫はわたしの一番好きな色、紫の花たちに癒されて、酷暑をのりきれることができたとも言えそうだ。

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とかく夏枯れのプランター花壇なのに、コリウスを増やし、ところどころ配色したせいで、思いがけず、美しいにぎわいをつくってくれた、わたしの小さなウッドデッキ。
毎日、何度目をやったことだろう。

2018年9月 9日 (日)

怒る自然

まさか、北海道をあれほどの地震が襲うとは思わなかった。

未明のできごとのせいで、ニュースが後れ、一昨日の朝日新聞の朝刊の見出しの大きさに衝撃を受けた。そして緑一面の風景が一夜にして、茶色化し、山肌があらわになり、スーツの男性が液状化した道路の水に胸までつかっている写真が、その恐ろしいまでの深刻さを物語る。ライフラインは復旧しつつあるといっても、まだ水道が出ないところや、在来線の不通の箇所や、道路が寸断されているために物流が停滞している深刻な状況は長引くのではないかと、気になる。

今年ほど、酷暑にあえぎながら、水害や、台風直撃や、そしてこの地震と、自然災害の恐ろしさにあえいだときは、八十年の人生をかえりみても、なかった。

なぜ、日本ばかりがこのような災害に見舞われるのだろうか。天災の罰が下るにふさわしい悪意に満ちた国がほかにあるじゃないか、と言いたくなる。

なかでも恐ろしかったのは関西国際空港の8000人と言われる人々が閉じ込められた状況だ。空港が孤立してしまうなんて、前代未聞の事態である。
それでなくても旅行者は空港で荷物をあずけ、旅立つときは、翼をもぎとられたように不安定な気分なのに、いつ復旧するかわからない、不安をかかえつつの、閉塞感に苛まれる無防備な状況、それは、外国の空港で、早く機上のひとになりたいとあせった旅行者のときの自分を思い出すにつけても、感情移入できる。

目に見えない、恐ろしい力が怒りをぶちまけている…英語でそういう自然を支配する力をなんと言ったっけ、とうすくなった記憶力をふるいおこそうと必死になり、ようやく昨日になってそう、mother natureだ、と思いだした。

2018年8月31日 (金)

去る者は日々に疎く

夫の母親は九人兄弟、両親は海外駐在で、子供たちが親戚のうちに預けられたりしたことが多かったせいか、とても仲がよく、戦争で二人は亡くなったが、あとの七人はいつも定期的に集まって、親交を保っていた。
七人が二、三人ずつ子どもを産んでいるから、いとこたちも多く、親が高齢化してからは「いとこ会」なるものができて、多い時は二十人ぐらいが集まっていた。
それが現在まで一年に一度、何十年も続いていたのだけれど、だんだん出席者は減って、現在では数人程度、七人兄弟の長兄の長男が常任幹事で、集まる場所は学生時代を思い出したいのか、いつも駒場か本郷のレストランと決まっている。
七人の兄弟のいとこ会なるものもあったらしく、現在は当時最年少の従姉妹であった、九十を過ぎる彼女が常連となって、昔話に花が咲く。
わたしの知らない、彼らの昔は関心も湧かないので、欠席したいのだが、夫はなつかしいらしいので、夫の付き添い役で義務のようについていくことが多い。

最近になって、幹事役の彼が何を思ったのか、親戚アルバムなるものを作りたいから、我が家の一族の写真と、経歴をメールで知らせてほしいと言ってきて、それを編集して送るのは、夫がパソコンをしないので、私の仕事となった。

義姉は亡くなり長男は早世し、次男がいるのだが、現在はアメリカに住んでいて、身体障碍者の長男を含む四人の子供がすべてアメリカ育ち、義姉の最期のときもとてもあわただしく往来し、教会で告別ミサもせず、引き揚げ、その後音信不通になってしまっている。

連絡先の住所を幹事の彼に知らせたのだが、やはり、返事なしだったという。義兄と義姉の死亡日と享年を知らせてほしいという再度の依頼に、困惑した。義兄は義母より早くなくなったので、だらしないわたしと違って、そういうことにきちんとしている義母が過去帳に記していたので、判明したのだが、義姉の亡くなった日がわからない。さて…

ふいに思い出して、このブログをたどった。2011年の九月七日に危篤のときの記事『漂うひと』を書いていて、それで判明したのである。家族の大きな出来事はやはり記しておくものだ、ブログは人生の記録として、必要な役を果たしている、と、そのとき、続けていてよかったと思った。

2018年8月19日 (日)

夫の誕生日

8月17日は夫の誕生日だった。数年前までは、孫息子の15日の誕生日と合同の祝いにして家族の食事会などをしていたのだが、孫たちが独立してから、超多忙となって、それが無理になった。
今回は夫が楽しみにしている大学時代のマージャン会と重なったので、いずれまた、機会をつくって集まろうということになった。
娘はお盆休みに一週間のオランダ一人旅にでかけ、戻ったと思ったら、自宅に落ち着かず、孫娘がいる山形に出かけてしまったので留守。その日の夜戻るので、プレゼントを持って訪ねたいという電話はもらってあった。
わたしたちはもう、お互いプレゼント交換などはせず、誕生日は日常の思いをつづったカードを交換することになっているので、わたしは、ハッピーバースデーのオルゴール入りのカードを用意して、食卓においておいた。

夫、86歳、杖はつき、背中も丸みをおびてきたけれど、まだ目つきはしっかりしていて、認知症の兆候はない。その日はツワモノ三人、とたたかい、大勝して上機嫌でタクシーで戻った。このところ負け続きのベイスターズの試合の録画をとっておいたのだが、広島との戦い、八回まで負けていたのに、筒香の満塁ホーマーが出て逆転、そのあとも二人がホームランで追加点を増し、勝利するといういい試合で、夫は録画を大層喜んで観入った。

観終ったころに、娘が訪れ、孫娘との寄せ書きのカードと、Tシャツのプレゼント、それにオランダみやげの、コーヒー、わたしにはエコバッグを持ってきてくれた。
夫のプレゼントは何がいいかと相談されていたのだけれど、ポロシャツばかり着ている彼にTシャツを着せたいと思っていたので、それを頼んだ。好みのうるさい夫なのだが、なぜか娘の選択は気に入ることがわかっていたからだ。
墨クロのそのシャツはとても夫に似合った。ダンディと言われたことがある昔がよみがえったようにも思われた。

その日が終ろうとする深夜、孫息子から祝いの電話があった。そして思いがけないニュースを伝えた。年末に結婚式をあげるので、九月に彼女と挨拶に来たいというのである。
去年の春、独立したとき、彼女といっしょに住むということを発表していたのだが、結婚までこぎつけて、よかった。
小学校のクラスのランキングで、「早く結婚するひと」の上位に名前があがっていたのは、本当になったようだ。
反抗ばかりして問題児だったあのころがよみがえって、なんとも深い感慨につつまれた夜となった。

2018年8月 9日 (木)

コリウス、コリウス…

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カラフルな葉っぱの植物、コリウスが好きで、今の季節には必ず買う。今回もグリーンと赤を二鉢買っただけなのに、のびた先を摘んでコップの水につけておいたら、すぐに根が出て、それを鉢に植えていったら、こんなにふえて、ウッドデッキがにぎやかになった。

台風はいつくるのか、そのまえに恵みの水がいっぱい天から落ちできたおかげで、これほどの、鮮やかな色彩の広がりを見せてくれた。

2018年7月12日 (木)

ご無事を

西日本豪雨の被害は日を追って深刻さを増し、その映像は胸ふさがる衝撃を与える。

この炎天下に作業に従事する、自衛隊や、ボランティアの方々の疲労はどれほどのものだろう。そこに自分をおいてみて、想像してみても、泥水が乾いてこびりついた、家の中の惨状を元に戻そうとする被災者の方々の労働がどんなに辛く空しい作業であることか、持病をかかえている高齢者には、とても耐えられるものではないことが真に迫って感情移入できる。

あのたけり狂ったような土色の河の奔流と、見る見るうちに川幅が広がる恐ろしさは、忘れられぬ光景だった。

七月十日、参院ではカジノ法案の審議が行われるはずであったが、こんなときにギャンブルを討論するとはなにごとか、という野党の反論が相次ぎ、なかでも、山本太郎氏の質問、抗議は迫力もあり、数字を沢山示して、先の九州豪雨のときと、東北大震災の事例との比較はまことに説得力充分で迫力があった。
水害は二週間が勝負と言われるのに、政府が本腰を入れて対策本部を設定するのにひまがかかり、あまりにも後手後手にまわってしまったのではないか? 七月五日に気象庁が重大災害の予告をして、168700 世帯に避難勧告を出した時点で、その深刻さを悟るべきだったという指摘、現在50万人のボランティアを必要としているのに、その手続きが現地と最寄りの区域の役所をFAXでやりとりする煩雑さが、迅速な運びを妨げており、なんとか簡素化(これは実際に発言された言葉だが、正しくは簡易化ではないかと思う)すべきだとする意見、泥や流木、石などを撤去する自衛隊の車両はあまりにも大きいために、駐車する場所選びもむずかしい、もっとコンパクトなものを購入する予算なども考慮してほしいなど、具体的な提案もなるほどと思わせた。

地元の水道局も被災していて、水道が使えないための、トイレの悩み、洗濯ができない不便、不快など、察するにあまりある困難の続出である。なんとか政府や官庁の積極的なレスキュー案で解決できないものか。

今はただ、被災された方々と現地で復旧作業にあたっている方々のご健康とご無事を心より祈るものである。

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