2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
フォト
無料ブログはココログ

カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の233件の記事

2017年3月24日 (金)

招かれて

スエーデン・アイビーの苗や花ダイコンのタネなどをくれた友人の家に招かれた。
ランチを一緒に、ということで、わたしが近頃得意にしているウィートブラウンブレッドのサンドイッチを持参し、彼女はパンプキンスープとキッシュとサラダを用意してくれていた。

表に面した広い前庭に、白モクレンが満開、しだれ桜の蕾もふくらんでいる。
これ見て、と指さされた先の家屋の裏手に紫色の花ダイコンが、ぎっしり咲き乱れていて、あとで写真に撮らせてね、と言っていたのに、ご馳走に気をとられて忘れてしまった。

しだれ桜の下に小さい池もあって、鯉と金魚が泳いでいた。でも上に粗い金網がかぶせてある。トリが食べにくるのだそうだ。きっとカラスのことだろう、と想像した。

食事が終わって、ゆったりした応接間に移動した。
ゆったりした間取りと無縁になった我が家から、こういう広いお宅に来るといつも、癒されるような気がする。うらやましいとは思わない。あちこち痛いからだで、こういう広い空間を維持するのはもう、無理とわかっているから。でもこのゆとりに身をおいているだけで、まもなく盛りとなる春を思いながら、お茶をのむ至福を共有する幸せに浸る寛容な気分を持てることが、うれしく思えるようになった自分も意識する。

ふいに大きな羽ばたきが聞こえたので、思わず立ち上がって前庭を見たら、びっくりした。
嘴の長いサギのような鳥が、降り立ったのである。
多摩川に住む野生のサギで、これが鯉や金魚を食べにくるのだそうだ。鯉がつっつかれて、傷だらけになっていたこともあったとか。
信じられない生態系の脅威を目撃した一瞬だった。

2017年3月18日 (土)

続、危うい買い物

夫のオデコの傷はまだカサブタがとれるまでになっていないが、今回のことがあって、彼もいろいろ考えたらしく、これからはリュックをしょって、両手に杖を持って歩く、ポールウオーキングをやってみようかと思う、と言い出した。
彼の運動不足がとても気になっていたので、まずは大賛成。

たまたま介護センターのケアマネージャーさんが三か月に一度の訪問をしてくれる日だったので、相談してみることにした。
ちょうどこの月末、「ポールウオークでお花見」という催しがあるとかで、ぜひ、ということになり、参加の申し込みをしてくれるという。
およそ、近所とのつきあいや、催しなどははなから毛嫌いしていたのに、どういうかぜのふきまわしか、一大変革である。

このごろスキーのストックを両手に持って、歩いているひとをよく見かける。きょうもバス停でそういう出で立ちの高齢男性がいたので、話しかけてみると、若い時のスキーのストックの先に一個500円のゴムカバーをつけて、使っているのだという。

我が家のスキー用品はもう、引越のとき処分してしまったので、ポールは買わなければならないのだけれど、とりあえずはレンタルで様子を見ると、夫はかなり積極的に計画をたてているようだ。

ゆうがた、娘が孫息子と二人して、ビールの缶や、ポカリスエットなどを大量に届けてくれた。食料品もこれからはネットで買ったら?を提案しながら、夫の傷を見て、いまはどうもなくても医師に診てもらったほうがいいとすすめる。

孫娘のオーディションのその後の話になり、彼女は予想どおり選ばれなかったけれど、あのあと、審査員の説明のとき、予選のときは彼女が一位だったのだそうで、励ましをもらったのだという。いまは、オーケストラの一員になるべく、オーディションを受けまくると、張り切っているらしい。

東京以外できまってしまうと、わたしがひとりになるのも、もうすぐという気がする、と娘はちょっぴりさみしそうな顔を見せた。

2017年3月13日 (月)

危うい買い物


土曜日はブリッジトーナメントの日で、夕食はオレがつくるよ、と言ってもらえたので,夫にまかすことにした.。

帰宅すると夫がおでこの真ん中にヒエピタを貼っているので、どうしたの?と訊くと、タクシーに乗ろうとして転んだのだという。
あぶなかったよ、ショウちゃん帽かぶってたから、この程度ですんだけどさ、オマワリサン三人に助けてもらって、車乗ったんだ・・・

なんでも六本木の明治屋まで行ってベーコン買い、(夫は六本木の明治屋のベーコンにこだわっている)帰りに自由が丘に出て東急で得意のレシピ、「パプリカポーク」の材料を買い、ついでにビールのどごしの小缶二個、ポカリスエット二缶、おまけにコーラまで買ったら、かなりの重さになったのだという。そうだろう、それに杖ついてるのだから、どだい無理。
東急からタクシー乗り場に歩きながら、相当よろよろしていたらしい。
そして転んでしまった。前に倒れたので、おでこを打った・・・

三人のポリスがさ、オレのこと「おとうさん、大丈夫ですか?」って何度も訊くんだよ。
そうそう、わたしがいつかタクシーにぶつかりそうになったとき検証したオマワリサンも「おかあさん、どのへんにいたのか、おしえてください」って言ってた。

呼称がおかしい。ヘンな呼称で呼ばれるより、主語はぶけばいいのに。
でも神さまにお礼を言わなければ、よく無事で帰ってこられたものだ。それに、クリスマスプレゼントだった、娘からの毛糸編みのショウちゃん帽、これもお守りみたいなもの。

あとでヒエピタはがしたら、赤むけみたいになっていて、そこにヨーチンつけて手当をした。寝るまえはわたしがお風呂に入っていたので、息子がやってくれたという。買い物には行かないほうがいい、とまで言われたらしい。

夫は料理をつくりたいひとなので、ついつい甘えてしまうけど、なるべく材料はそろえておいて、買い物を少なくしなくては、とつくづく思ったのだった。

2017年3月 7日 (火)

咲いた!!

002
ストレプトカーパス・サクソルムという舌をかみそうな名前のケニア産、イワタバコ科の植物。
教会のオルガニストのお宅に招かれ、スタンウエイのピアノとパイプオルガンのある、超豪華なリビングルームにこの植物の大きな鉢があって、薄紫色の花が沢山咲いていたので、きれいですね、とほめたら、これって、葉っぱ水にさしておくと、すぐ根が生えてきて花も咲くのよ、よかったら、持ってかない?と言われ、一束の葉つきの枝をもらうことになった。このゴージャスルームに比べると門番小屋みたいな我が家、そこで、果たして花まで咲くのか、とちょっとひがみたくなったが、言われた通りにしたら、三週間ほどで、ほんとに花ひらいた。
葉っぱはベルベットみたいに分厚く、いかにもお金持ちの家の葉っぱなのが、ちょっと好みじゃないのだけれど・・・
003
我が家のミモザに花を望むのはもう無理かと思っていたら、わずか数か所だけど、花が開いた。やはり、この黄色、独特だな、と思う。ご近所で二軒ほど、ミモザらしい樹が花をつけていたけれど、なんだか勢いがなかった。
日本ではむずかしいのかしら、この花の樹・・・
001
近くの友人がくれたハナダイコンのタネ、撒く場所をようやく探し、陽のあたらない、こんな狭いところなのに、花開いてくれた。毎朝一番にこれを見ると、元気が出てくる。よく育ってくれました。ありがとう。

2017年2月26日 (日)

『花森安治の仕事』展へ

この展示会は、ぜひとも同世代の友と行きたいと思い、同級生をさそったら、二つ返事でOK。
田園調布から千歳船橋行きバスに乗り、彼女は上野毛から乗って出会うという段取りのよさ。
「美術館まえ」まで三十分足らずで到着。
世田谷美術館は建ったときとほとんど変わらない好ましいたたずまいで、レストランも以前と同じハイセンスは雰囲気、終わったら食べにいくことにして、名前を記入する。

展示物は地味すぎるぐらい、時を経たものばかり。原稿はどれも色あせているし、『暮らしの手帖』の表紙はカラフルではあるが、作品ではないから、デザインは素晴らしくてもインパクトが弱い。Photo


強烈な印象はむしろ花森氏の文章にあった。「戦争がないということは・・・夜になると電灯のスイッチをひねり、ねるときはねまきに着がえて眠るということ・・・」これは経験したひとでしかわからない、ようやく得た心の安らぎだったと、あの七歳のときのことをまざまざと思いだした。

「直線裁ち」の服のことを「動きやすく、着てらくで、うすくしい服、こんな服を着たとき、ひとはだれでも、ものごとは素直に考え、生きていることを幸せなことと思い、ひとにはやさしくしてあげようと思うようになる・・」と述べている。
本当にそう、女性はそういう、着る楽しみをもっているけれど、いまこれだけいろいろな服があふれていて、そのうちでどれほど、そういう思いをさせてくれる服があるだろうかと考えさせられ、またそういう服を選択するむずかしさのことも思った。
最後の部屋で大きく掲げられた「見よ、ぼくら一銭五厘の旗」の詩は反戦の思いと、空しさと、あれほどの思いをしたあとの、今の現実への怒りがこめられていて、胸せまる迫力の言葉である。

彼の夫人への私信や、お子さんへの絵入りのハガキなどには、率直で優しい、好ましい愛情がにじみでていて、人柄がしのばれた。Photo_2


このひとは編集者でなく、作家や画家としても十分に成功したと思われる逸材だったことは確かだが、『稀代のマルチアーティスト』と称されているように、その才能をフル回転させることに生きがいを感じていたひとなのだろう。

書籍の装填も素晴らしい。一番関心をもって眺めたのは、創元文庫のミステリーの表紙である。Photo_3


ともかく一見の価値ある展示の数々、しかも過ぎ去った過去だけでなく、現在にあってなお、暮らしとは、真に人間が生きるにふさわしい衣食住とは?を考えさせられつつ、時間がすぎていった。


2017年2月17日 (金)

通りすがりに

近くに住む友人からお茶に招待され、車を出すついでがあるからと、拾ってもらえた。
ついでに見せたいところがある、と言って、通った場所が、石原元都知事邸、まえにカメラをかかえたマスコミ陣が列をなしている。
これが毎日続いていて、それを見に来るひとも大勢いるのだそうだ。
「ご苦労さん、ご苦労さん」などと虚勢をはって出てくる当主は、シミも増え、むくんで容貌のおとろえがひどい。

このひとがトップ当選で都知事となったとき、東京をよくしてくれるのではないかと、半信半疑ながら期待しようとした。とりわけ築地の移転問題に真剣にとりくんでくれて、なんとか、豊洲なんぞに行かないようにしてくれればいいのに、と思った。
築地に一度でも足を運んで、日本の市場を代表するあの活気の中を歩いたならば、市場はあそこでなければ、という気持ちを実感できるのに、彼はそれをしたのだろうか。
週三回の出勤では無理だったのだろう。それを助言するひともいなかった、いや、いたとしても怖くて言いだせなかったのかも知れない。

過去の栄光、と自分だけの思い込みに、すがっているひとに哀れをもよおしさえする。

男性は晩年になって過去をふりかえるとき、自分は社会にどれほど認められたか、なにを成し遂げたのかということに思いをめぐらすものなのかもしれない。
それが思い通りでなかったとしても、晩年になってこそ明らかになるのは、社会でどう生きたよりも、毎日ひとりの生活者としてどう生きているか、のほうが、より意味が深い、よりj重要なのではないかと、いうのが実感としてせまってくるのである。

石原氏の虚言、それを追うマスコミ陣のはがゆさを見ながら、むなしさがつのる日々である。

2017年2月 8日 (水)

春めく朝に

陽射しが春めいた今朝、ちょっとうれしいことがあった。

一カ月半ぶりに、ノラだか、ネグレクトネコだか、いまもって不明の白ちゃんがやってきたのだ。この寒さでもしかすると不幸なことが起こっているのではないかと心配していたのだが、ニャオ、二度も啼いて、わたしに来ていることを告げた。
早速餌をやろうとしたのだが、ウッドデッキの下に隠れてしまう。やっぱりノラ化したのかな? でも何度も呼ぶと、顔を出して、目をほそめて微笑んでくれた。パトリシア・ハイスミスが確か、ネコが目をほそめるときは微笑みかけているのだ、と書いていたのをおぼえている。
エサをすぐ食べようとしないで、去ってしまった。
「元気でいるからね」と知らせに来ただけなのだろうか。

うれしいことはもう一つ、トレリスにかけてある寄せ植えバスケットに黄色のプリムラを加えようとしていたら、お隣さんのアフリカ婦人がハローと声をかけてきた。
とても感じの良い、きれいな英語を話すひとで、お子さんたちは元気?と訊くと、みんな遠いインターに通っているので、忙しくしていると答えた。あまり静かなので驚いていると、言ったら、この辺は住宅街なので、騒がないように言っている、というので、高齢者ばかりだから、耳も遠いので、大丈夫、なんでも困ったことがあったら、言ってね、これを、ご主人には言ったのだけれど、奥さんに言っておきたいと思っていたので、よかった、会えて。

こちらは髪をシャンプーしたばかりで、すっぴん、ちょっと恥ずかしかったけれど、黒いお方もお化粧なしだから、ま、いいか・・・

あまり静かなので、お子さんだけ帰国したのか、と思ってしまったり、わたしはつくづく、思い込みがはげしいのだなと苦笑する。

2017年2月 5日 (日)

七十代最後の誕生日

誕生日当日の明け方の夢見が悪く、海外旅行に参加している自分の携帯品がすべて紛失して途方にくれているというものだった。その割に足つきがしっかりしていて、あちこち駆け回っている。夢をまざまざと覚えているというのはよくないというのを気にしながら、目覚めた。

夫がくれたハッピーバースディのオルゴールつきカードに励まされる。
まずは一日ブリッジトーナメントに出かける。夜は夫と二人、浜松町世界貿易センタービル39階の東京会館のレストランで食事をすることになっていた。

ブリッジは急きょ人数がふえたとかで、コンピューター入力が手間取り、およそ一時間遅れの始まり。幸先がよくない、と思えたが、意外、チームメイトが強力で、優勝できるという幸運。もう十年続いているパートナーの見事なプレイにも支えられた。

東京会館のレストラン『レインボー』は丸の内の頃の行き届いたサービスがそのまま再現されていて、しかも目のさめるような夜景に圧倒される。005

夫はポタージュにステーキ、わたしはコンソメとホロホロ鶏のポワレ、デザートだけ、好みがおなじでリンゴのタルト、二人とも趣味や音楽、読書の好みは違うけれど、それでも共通点はあるところを象徴しているような選択。
店は名前入りで、記念写真をとってくれ、わたしのデザートの皿にはチョコレートでHappy Birthdayの文字が飾られていた。006


味、サービス共に、すべて満足感ゆたかな、夕食のひとときであった。

2017年1月27日 (金)

日々好日を

ブリッジトーナメントの朝日新聞社杯も無事にこなし、福島の奨学生選考も楽しく終えた。

新年明けて、過労による膝の痛みが出てからは、いちどもカーブスに行っていない。
接骨院の手当てがとても効果があることがわかったので、週、一、二度通い、現在はスタスタ歩けるようになっている。
生来スポーツのトレーニングが嫌いなので、カーブスにはすすんで行く気になれない。
そろそろやめて、膝が痛くなったら、接骨院、あとの筋トレは水泳のみにしようかと考えている。

明日からでかけるウイメンズ・カンファレンス、二泊三日、勉強会も兼ねているので、荷物が多い。かさばる衣類は中のスーツケースに詰めて、宅急便で送った。
それでも入りきらぬパジャマや、聖書、薬類、化粧ポーチ、などなどはネットのYOOXで購入したバックパックに入れて背負うことにした。
化粧品など使いつけているものを小ケースに移すのが面倒だと思っていたら、接骨院に行く途中に改装オープンしたファミマでお泊りスキンケアセットなるものを見つけ、解決。
二泊用の化粧水、乳液、メイク落としなどの二パックずつ入りである。
コンビニも時間があるとき、じっくり眺めていると、思いがけぬ便利品を見つけたりする。

昨年はこの催し、予約していたのに、キャンセルしたのだった。一月は毎日、杖をついて歩いていた。

今年は七十代最後の年、調子がよくても油断せず、慎重に、一日一日を大切に、過ごしていきたい。

2017年1月15日 (日)

枯れの美

阿佐ヶ谷というところに月に一度通うことになった。
ブリッジレッスンを受けに。
朝日新聞社杯はかなり健闘したけれど、入賞ならず。
パートナーとお互い力不足の点を認め合った上で二人が共に初心者であったときに習ったことのあるブリッジ名人夫妻のところに、一緒にレッスンに通うことで、コミュニケーションをよくしようということになった。
ネコが五匹もいるお宅、癒しも得られる。

この阿佐ヶ谷というところ、杉並の隠れた住宅地、センスのいい個人商店ががんばっている。

レッスンの帰り、わたしは買い物で両手がふさがることになった。
どら焼きで有名な『うさぎや』でお菓子を買い、こじゃれたベーカリーでパンを買う。
そして生花店で目が点になった。
プリムラが見たこともないほど、勢いのある咲き方をしている。買いたいけれど、重さのある荷物は、ちょっと無理。目を上げると、あっと思った。見事なドライフラワー群。
わずか一束103円なのだ。がんばって三束買い、かさばる大きさだったけれど、夕方のラッシュ時にもめげず、持ち帰り、玄関に生けた。

いかにも冬を感じされる美がここにある。001

より以前の記事一覧