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カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の306件の記事

2019年1月 5日 (土)

景気とケーキの話

三日の日、娘の家に行った帰り、タクシーに乗った。正月なのにあまり人が出ていないわね、と運転手さんに話しかけたら、彼は急に饒舌になって、どうも世の中景気が悪いみたいだ、と言うのである。
そういえば、我が家の窓から道路を行き来する人たちが見えるのだが、晴れ着を着たひとなど一人もいないし、歩くひとの数も少なく、ひっそりしているような気がする。
彼はなおも話した。でもね、奥さん、景気のいいところもあって、3000万ぐらいする車がどんどん売れたりしてる、どうも二極化が進んでるようです、という意見にびっくり。
いろいろ話を聴いてみると、孫娘はドイツにピアノ留学していて、タクシーの運転は副業みたいなもんで、自分はほかの専門の仕事がある、と言うので、あれあれ…
今はそういう連中いっぱいいますよ、知らなかった、世の中そんなになっていたのか。

きのうは正月初ブリッジトーナメントで、帰りは自由が丘に降りた。駅のそばの自由が丘デパートの地下はすっかり店が少なくなっていて寂しい。ここにも不景気の風がふいているようだ。でも、あの昔のアメ横の店みたいな、輸入食品やケーキ材料の店はまだ開いていて、顔なじみのオジサンは白髪もなく、ちっとも老けた感じがしない。
フルーツケーキの話で盛り上がって、ああ、やっぱりここに来るべきだった。富澤商店よりよっぽど欲しいものがそろっているし、彼はくわしくて、フルーツケーキにモラセスを少し入れるとコクがでてくる、などと知恵を授けてくれる。
でも、それにしてもお顔の色つやがいいわね、としわも少なく、浅黒い顔をほめたら、山に登ってるんです、と笑顔になった。お店がんばって、ここにくるとなんだがほっとすると言いつつ、グリーンと赤の砂糖漬けチェリーと、ココナッツの粉、あの、なつかしいクレードルのホワイトアスパラの缶詰も買って、満足感に浸る。

手作りのケーキにくわしい店主は稀有な存在、そのことを忘れないようにしなければ…

2019年1月 2日 (水)

元旦に思う

黒豆を煮始めた29日から三日間、年越しそばも自宅で用意したので、料理をし続けながら、思った。こういう料理の伝統技術を授受することが当然と思い、期待もしていたのに、むずかしくなっている。娘は五目きんぴらとナマスは本人が好きなので覚えたけれど、黒豆や、田作りは興味がないらしいし、第一、あの仕事の忙しさでは、それをしたいとも思わず、たとえしたいと思ったとしてもする時間がなく、休みのときはともかく休息が優先だろう。おせちを自宅でつくるという習慣は、女性たちのほとんどが職業を持つことが当然となっている現在、残念ながらすたれていってしまうのではないかと危惧せざるを得ない。S006


娘の運転する車に帰郷している孫娘と新婚孫息子夫婦をのせて、亡夫の墓参りと親戚めぐりをしたあと、我が家に立ち寄ると聞いていたので、手作りのケーキとサンドイッチも用意して待った。
我が家のダイニングキッチンは狭すぎて、くつろげない、という娘と口げんからしきものをしてしまった年末だったが、四人とわたしたち夫婦、なんとか、ぎっしりではあるがおさまって、和気あいあい話し合っている彼らを見ながら、娘はわたしがなれなかった女性の役回り、お姑さんになっているのだな、と思った。
あちらこちらでふるまわれてもうお腹いっぱいのはずなのに、サンドイッチも、ケーキもおいしそうに食べてくれて、孫息子はおとそを飲みながら、やはりばぁばのおせち食べたいと言いながら随分と平らげてくれた。

来年はこれだけのものを用意できるだろうか。でも我ながら、味だけはある域に達したように思う。でもそれを作るだけの気力があるかどうか…今年もなんとか健康を保っていかなければ…

2018年12月30日 (日)

買い出し疲れの日々

この時期、料理をつくるのは、作り慣れたものばかりなので、苦痛ではないけれど、買い物が面倒で疲れる。元旦から開いているコンビニもあるのだから、なにもすべて買い揃える必要はない、と言えるが、三が日は外出しないでリラックス、おせち中心にして、料理もしないで、ゆっくりしたい、と主婦ならだれでも思うのではないだろうか。正月用のものは自分の目で見て買いたい。男どもに、選択を任せられない。
とはいえ、買っても買っても、なにかしら、買い足りないものがでてきて、すでに買い出し疲れがでていた。

二十九日は鎌倉の墓まいりに行く日だったが、私は留守番を申し出て、夫と息子と娘、孫娘の四人にそれを頼んだ。井上蒲鉾店の買い物も指示を書いたリストを渡して、娘が運転する車を見送ってから、黒豆を煮るのにしばしの時を使う。
そのあと、近所のスーパーに野菜や、鍋用の豆腐、肉など買い出しに行き、かなりの量になったので、配達を頼んだ。
この日は近くのベーカリー『アヤパン』で全粒粉のパンが焼ける日なので、立ち寄る。この店、三年まえにオープンした当初は、果たして長続きするか、危ぶまれたが、調理パンや、子供向けの甘いパンなど、メニューも豊富、ときにはちょっとした洋風総菜も並び、見事に客層をひろげ、存続している。

おせち料理に加えて、この日の夕食の用意もしなければならない。
ガラスケースをじっくりのぞいたら、シチューらしきものが目についた。なんのシチューなの?とたずねると、謎シチューなんです、笑い声まじりの応えが返ったが、デミグラ風味だというので、400円也のこれを、夕食用に購入した。夫はデミグラ好きなのである。

帰宅してから、このシチューの量をふやす工夫をする。野菜室に残っていたマッシュルームをきざみ、ブロッコリーをゆでて、冷凍庫にあった豚肉と共にオリーブオイルでいためて、白ワインをかけ、スープで煮て、小麦粉を振り入れ、このシチューを加え、のばす。味見したら、大成功。

かなり量がふえたので、墓参りを無事すませて戻った娘に、シチューはどう?と訊いたら、おいしそう!!と喜び、タッパーを自分でとりだし、彼女の分だけ持って帰った。

すでに黒豆と田作りは完成、次の日、五目きんぴら、ナマス、サーモンマリネ、をそろえれば、我が家のおせちはOK.31日は年越しそばと雑煮の用意で喧騒の家事も終わりとなる。


2018年12月29日 (土)

師走の出来事

昨年の27日は築地の場外に買い出しに出かけている。でも今年はクリスマスの大働きが身体にひびいたのか、その気力が出ない。
主な買い出しは田園調布のプレッセと、富澤商店ですますことにした。
両手に荷物をぶらさげて、この界隈で数十年の老舗つくだ煮店に立ち寄った。ここのシソ昆布は絶品なのだが、それが切れていることを思い出したのだ。店の雰囲気の何かが違うと思ったら、ガラスケースの中に、おせちの品がずらりと並んでいる。それがいかにも手作りで美しい。
シソ昆布100グラムだけを買っているのはわたしだけで、ほかのひとはそのおせちの買い出しが目当てのようなのである。
キントンが好きな息子のことを思い、そのあまりにも美しいキントンがかなり高価だとは思ったが、買うことにした。つくだ煮店は家族勢揃い、孫らしき小学生もいらっしゃいませ、などと挨拶して手伝っている。
一万円を出して、1900円で、8100円のおつりがくるのはわかっていたが、しっかり数えずにつり銭をうけとり、バスに乗った。四つ目の停留所で降りてから、スーパーで野菜を買って、財布を開いたとき、あれ、と思った。千円札三枚のほかに五千円札があるはずなのに、ない。
帰宅して、自分がそこつなのを意識しながら、勘違いかもしれないと改めてバッグの中もさぐったのだが、やはりない。
電話で確認すべきだとは思ったが、言いだしにくいな、と思った。でもやはり…と逡巡しながら、思い切って受話器をとった。あのとき仕切っていた奥さんらしいひとの声に、買い物の状況を詳しく話し、売上を決算するときにチェックしてほしい、と頼み、電話番号と名前をおしえた。
ほどなく電話があった。あれからすぐ店主が計算したら、確かに5千円多かった、と言い、丁寧な詫びの言葉があった。

翌日、スポーツクラブに泳ぎに行くついでに、つくだ煮店に立ち寄った。奥さんに、すぐに計算してくださった、ご主人がご立派ね、と言いながら、カップ入りのつくだ煮二品がそえられて戻った五千円を出して、その一部で翌日墓参りに鎌倉の寺に管理料を収めるときの進物にする品をそろえてもらった。
あらためてガラスケース中のおせちの品をみると、いかにもよくそろっている。来年、もしおせちの用意がつらくなったら、ここでそろえればいい、と安心する気になったことを告げると、彼女が、昔は田園調布の奥さんたちが重箱をかかえて行列なさったものなんです、と答えた。

師走のせわしないときに起こりがちな、出来事の結末としては、なにか、ほっとするような、後味の良い終わり方だったという気持ちを抱きながら、泳いだせいか、これまでの疲れが消えていくように身体がシャンとして、またがんばるぞという気合を得ることができた。


2018年12月25日 (火)

今年のクリスマス

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五十年まえにイリノイ州エヴァンストンに暮らしたときに買ったクリスマス用、ランチョンマット、一年に一回使うか使わないか、なのでちっとも傷んでいない。アメリカが一番よいとき、美しいものが一杯あったあのころのデザイン。

23日にずっとブランデーやラム酒などに漬けこんであったドライフルーツを入れて二個分のフルーツケーキを焼いた。24日は朝からディナーの用意、夫にミートローフ、息子と娘にチキンの骨付き腿をロースト、ほかにチキンスティックのローズマーリー焼き、付け合せのポテトとインゲン、グリーンサラダ、マッシュルームスープ、パプリカライスなどの用意をすべて済ませて、五時からのキャンドルサービスに出かける。バスに乗って一時間の教会、フルーツケーキはその教会の牧師へのプレゼント、かつての日曜学校のクラスメート、別教会で洗礼を受けてから、随分いろいろな疑問の生き字引的存在になってもらった。
ところが彼が数日前に大腿骨骨折で入院したことを知る。ケーキは夫人に託したのだが、そういうことが起きるのが私たちの年齢だとつくづく悟った。礼拝で順調な回復を、と深く祈る。
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帰りの二子玉川のイルミネーション、降車バスストップに、娘が車で出迎えてくれた。
昔の家族メンバーに戻った四人でのディナー。

2018年12月 9日 (日)

孫息子の結婚式

結婚式場は表参道、副都心線明治神宮前駅からすぐなので、夫の歩行がまともなら、電車のほうが早いのだが、初めての場所ではあるし、万一のことも考え、途中からタクシーというプランにする。というのも我が家の近所はなかなか拾えず、近頃は電話予約もむずかしいというのを知っていたので、中目黒まで出て、タクシーに乗ることにした。
ところがいざ一緒に歩き出すと、二本杖で、久しぶりに革靴を履いたせいもあって、彼の歩行があまりにものろいのに衝撃を受けた。孫息子の結婚式が来年だったら、ちょっと無理かも知れない。こういうハレの儀式の外出ギリギリの現状だとつくづく思った。

新郎となった孫はメガネをはずし、髪型をかえて、まるで別人の顔。雑誌のグラビアでよくみかけるモデルもどきのカップルに変身させられているのにはびっくりした。
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式だけその結婚式場でして、そのあと、そこから徒歩五分のイタリーレストランで会食、出席者は親族と友人数人二十名余、新郎新婦がそれぞれの親族を紹介し、そのあとは歓談、スピーチやスライドなどのプログラムなしの、まさに内輪の集まりと言う地味婚。

イタリーレストランは隠れ家的たたずまいの『ダ・フィオーレ』。生産者から直という野菜が新鮮、今評判のキクイモのスープは絶妙なおいしさ、料理は分量がほどよいサイズで、魚、肉、チーズなど、どれもいい味、タリアテッレのパスタはクリーム味で削ったトリフまでもが散らしてあった。Da_fiore


夫は四時間をよく耐え、席を離れて、若い人たちに話に行ったりもして、育ての父親役の面目を果たした。花嫁の祖母というひとが私とまさに同じ歳で健康のことなど共通の話題が豊富でおしゃべりも楽しかった。

我が家にとっての今年最大の行事は内輪の和気あいあいのうちに何とか無事に終了した。

2018年12月 2日 (日)

現役主婦の実情

共通の知人の記事が新聞に載ったので、そのことを知らせに、しばらくぶりの電話を同級生にしたら、彼女から別の友人の消息を知ることになった。
良妻賢母の鑑のようなそのひとは、料理上手、彼女が作った秘伝の沢庵の味を未だに覚えている。「元気?って言ったら、具合が悪いのよ、と答えた声に尋常ならざる状態が感じられて…」というその描写に、わたしは胸がふさがった。
「今年の夏のあのひどさにも、めげず、草取りしてたのが祟ったと思うの…」という話にそのひとの広い芝生の庭が目にうかんだ。
経済的にも何の不自由もないひとだから、プロを探すころもできただろうけれど、私たちの世代をそれが待てずにしてしまうことが多い。でも実情はそれがひどく身体にこたえるのを実感できる。

主婦の仕事はなんと限りなくあることだろう。いまのわたしの年齢のとき、実母は入退院を繰り返していたし、義母はもう未亡人で夕飯はいつもわたしがつくっていた。二人共、料理や家事を主婦としてすることは卒業していたのだ。
でも、わたしはまだ現役である。そしてそれが疲れるなあ、と思うことも多い。それでも自分しかできない味についつい固執してしまい、つくったあとの片づけや残り物の整理が億劫になるというような現実と共存している。

料理すれば、キッチンは汚れる。食べた後の洗い物は夫や息子がするが、最後のゴミの処理や、料理で汚れたあとのレンジ周囲やシンク回りの洗浄はやはり、汚れに目ざとい私の仕事で、こする仕事が多くてそれが右手の靭帯をいためたあとの、治りを遅くしていたけれど、いまようやく、痛みがおさまった状態である。

出かけると、外出先で、『キャンドゥ』を探す。そして、キッチンクリーナー四十枚入りを買ってくる。001

ため息をつきながら、この必需品を毎日消費している。

2018年10月31日 (水)

突然の…

夕飯に肉じゃがを作ろうと、白滝をゆで、肉や野菜を切る用意をおえたとき、突然すごく気分が悪くなって、あとは夫に頼み、ベッドにもぐった。
ただの疲れではない、まるでつわりのときか何かのような、キッチンからの肉じゃがの臭いがたまらなくいやで窓をあけて外に顔を突き出したくなる。
やがて緊急事態になり、トイレにかけこみ嘔吐と下痢を繰り返す。
嘔吐なんて何年ぶりだろう、と苦しいなか、思った。
それが三回ぐらい続いて、少しおさまったのだけれど、このまま夜を過ごすのが心配だ。夫に相談すると、救急車呼ぼうか、と言うが、それほどの症状ではなさそうに感じた。

「夜間・休日診療案内」という切り抜きが冷蔵庫に貼ってあったのを取り出し、24時間受け付けの「ひまわり」という医療機関案内サービスに電話する。ただ今電話が大変混みあっております、というアナウンスのわりには、返事が早くもらえて、もよりの救急病院の電話を知らされた。

診察券もあり、比較的最近診療してもらった荏原病院が受け付けてくれた。10時ごろだったが、息子はどこかに出かけてしまって連絡つかず、娘も仕事から戻っていなくて電話に出ない。夫がタクシー拾ってくる、と言って出て行き、さいわいすぐ車が来た。
もしものときを考え、最低限度の入院の準備をして、乗り込む。86歳の夫、まだ頼りになる。いまわたしが一番頼りにできるのは、この人、とつくづく思った。

病院では一組、初老の夫婦が子供や孫につきそわれて来ていたが、ほとんど待たずに診てもらえた。血圧がけっこう高めだったけれど、既往症がないのと、本人があまり衰弱していないせいか、食あたりだろうと、いう診断、薬も出されず、またタクシーで帰宅。

翌日、まったく食欲なし。まだなんとなくだるくて、午前中寝ていたが、午後、やはりホームドクターに報告しておいたほうがいいと思い立ち、出かける。
先生に、もしかして原発不明ガンかも、と思って、と言うと、破顔一笑、胃腸にくる風邪だよ、今はやってる、とのこと。
やはりこういう診断は病院より、毎日患者を診断しているローカルの医院のほうが適正な診断なのだな、と思った。
安心したせいか、徐々に食欲もでてきた。

でもいい機会なので、食生活の節制に努めようと思う。

2018年10月18日 (木)

いろいろあった日

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きのうは午前中に、ずっと放ってあったドライフラワーを使ってで秋向けのスワッグをつくった。
夕方ネコシッターに行くため、身体の凝りをほぐしておきたいと、マッサージを受け、買い物をすまし、夜のトリの水炊きの用意をして一時間に一本のバスに乗った。
娘の家の前でカギを入れた小銭入れをとりだしてファスナーを開けたが、あれ~っ、ないのだ、カギが…
小銭と一緒に入れたままにしていると、いつかすり落ちるということがあるかも知れないと不安がよぎっていたのだが、鎖にとりつけるには、細かい力仕事がいるので、先延ばしにしていたのが、不安は現実になってしまった。もしやバッグの中に落ちているのでは、と探してみたが、やはりない。

マッサージのときにすり抜けたのかもしれない、と電話してみたが、見当たりませんという返事。

夫に電話して、マッサージのときに持っていった買い物袋を探してもらう。中にはなかった、の返事。
 
ネコちゃん、ごめんね、と思いながら、とぼとぼ緑ヶ丘駅まで歩く。あ、そうだ、もしかしたら、きのう使った黒いトートバッグの中かも知れない。もう一度夫に電話、あった、という返事、小銭がいっぱいこぼれてたぞ、と言われた。

あってよかった、でもこのまま帰るのはなんだか、残念、そうだ、雪ヶ谷の東急スーパーがきょう開店だった、田園調布からバスで寄ってみよう、バス停の真ん前、便利なのである。スゴい繁盛ぶり、レジの行列が長い、でも果物が、種なし柿一個72円、安い、牛肉も二百グラム800円が立派だったので、買う。その他、夫の好みのビールの小缶があったり、ソーセージのコレクションが豊富だったり、陳列もわかりやすく、バターやチーズもいいものがそろっている。それに惣菜の調理品がほかにない充実ぶりだ。ちょっと重かったが、いろいろ二千円ぐらい買って気持ちが晴れた。

戻ってカギを鎖につける仕事を息子に頼んでやってもらった。

お鍋で夕食をすましたあと、ネットでブリッジゲーム、20ボードのかなりの激戦、同い年の男性パートナーとがんばって、ツキにも恵まれ優勝した。

明日は、きっと行くからね、ネコちゃん…


2018年10月15日 (月)

スマホはまだ…

先日、12月に結婚式を挙げる孫息子が婚約者を連れて挨拶に訪れた。彼はやせっぽっちのヒョロっとした成人男性となったのに、二人そろった姿はなぜかさわやかで男ぶりが上がったように見えた。
二人を前にわたしは教えてほしいことを訊いてみた。わたしにスマホが必要かどうかを。
二人は異口同音に応えた。数年まえ、孫息子のほうに訊いた応えと同じだった。必要ない、というのである。彼女のほうが付け加えた。「今はスマホからガラケーに戻ろうとしている人もいますよ」
電車の中などで、両隣がスマホの画面に見入っているとき、ガラケーを出して、ふたをパチンと開ける気おくれは、もうなくなるような気がした。

ときどき、隣の席の女性が見入っているスマホの画面が衣類のネットブティックだったりすると、あの小さな画面での検索は目に悪いのではないだろうかと想像してしまう。

デスクトップのパソコンの画面での検索は楽だ。
海外のLands' Endとの付き合いは長い。通信販売だけだったときからだから、もう二十年以上だろうか。そのときは寝具のシーツ部類の別部門コーナーだけだった。当時アメリカのシーツはとても耐久性もあり、デザインもしゃれていて、日本製はとても追いつけていなかった。未だにそのとき購入した一部は使用可能だから、驚く。

現在Lands' Endで購入するのはもっぱら水着だけである。水着のデザインと種類の多様さはこれまた日本製をはるかにしのぐ。それに配送料を加えても日本のより安い。とりわけ、デザインはカラー、スタイル、模様なども、ストライプ、チェック、花柄、実に豊富なヴァリエーション、わたしはサイズ10がぴったり、プールで、どちらで買われたのですか?とよく訊かれたりする。

映画のチケット、コンサートのチケット、ホテルから、レストランまで予約の数々、これもネットからで、スマホの小さい画面から、など、想像もしたくない。さぞ目が疲れるだろう、と思ってしまう。

それよりも何よりも、スマホにしたら、ガラケーの二倍の経費がかかるのが、ばからしいと思ってしまうケチ心が先なのである。


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