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カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の316件の記事

2019年6月 9日 (日)

教会さまざま

所属教会は都内でも多くの信徒をかかえる大教会として名高く、礼拝は常時、百人を超す出席者で満席に近い。建物も美しく設備万全で環境も申し分のないところだが、わたしは受洗してから、この六年、礼拝で感動することが少ないのに悩んでいた。礼拝がともかく長い。二ページにもわたる、信仰告白、使徒信条を音読しなければならないし、月初めや、イースターその他のメイン行事に行う聖餐式も、“ご一緒に食しましょう”ということで、パンの細切れを手で持ったまま、百人に配り終るまで待って食し、杯のほうもみんなそろって飲み干すので、それが終ってからまた空のグラスを集めにくるという手間がかかり、長い、と感じてしまう。この二つはなんとか短くできるのではないか、と他教会の礼拝に参加してみて、実感したので、総会のときに提案してみたが、一般信徒の意見や提案など、問答無用という冷ややかな対応で、もうあきらめの境地になっていた。

 

週一度の礼拝は感謝と祈りをささげる場所として、音楽が美しいこと、説教の論旨が明確で心にうったえる内容であること、その二つが望ましいのは第一条件だが、無駄を省くという、合理性も、礼拝の進行がリズムよく速やかな運びになり、感動を増す。

 

わたしはきょう、バスで十分ほどの、しかも降車してから徒歩二分という、高齢者にとって望ましい立地条件に恵まれた小さな教会に行ってみて、感動した。パイプオルガンはなくても、CDを利用した音楽効果なのだろうか、美しいバッハの前奏に圧倒される。必要な交読文や唱和する祈りなどはすべてまとめて小冊子になっているわかりやすく合理的な配慮。奏楽者の伴奏もメリハリが響いて美しく、説教も論旨の強調するところが明確で心に浸みた。ペンテコステの聖餐式もパンは十字架のマークのついた丸いウエハース状のもの。配られてすぐ食し、祈りのくり返しが少ない。献金はこれにお入れください、と小さな封筒を渡されたのも好ましかった。礼拝後のビュッフェ形式の祝会にぜひ、とさそわれ、手製らしいおいしいサンドイッチや果物、デザートなどのお相伴をさせてもらう。

自分が異分子であるのを忘れてしまいそうなほど、問いかけをされ、話の輪に入れてもらったり、若い牧師夫妻のやさしい笑顔に心のなごみが増すひとときであった。

 

教会礼拝は、建物や設備よりも、何よりも内容、中身、初めての来訪者への心配りだとつくづく感じた。

 

バイブルクラスも旧約を読む会だそうで、日曜礼拝後にあるとか、またぜひ再訪したいと、思わせてくれる愛に満ちた教会体験であった。

2019年6月 4日 (火)

内村鑑三の至言

「人類は時代と共に進歩するとは、皮相な観察にすぎない。道徳のことも、信仰のこともとくに人道のことにおいては、時代と共に退歩する」という内村鑑三の言葉は、この百年以上もまえに思想家、聖書学者、伝道者、文学者として活躍したひとが、まさしく現代を言い当てている名言であると、驚き、惹きこまれた。

 

「人生の目的は…品性を完成させることである」「真理を証するものは三つあり、すなわち

天然、人、聖書」これらもまた、わたしの求めていた至言である。

 

「書を読まざる日は損失の日なり」耳の痛い言葉だ。

 

「一日は尊い一生、これを空費してはならない」というわけで、なおもネット検索をしていたら、内村鑑三の旧居住地が都立大学にあり、現在は内村鑑三記念今井館教友会となっていることを知り、さっそく出かけてみることにした。

都立大学下車左、線路にそって自由が丘方向に行き、最初の踏切右、すぐ左三ブロック先の右側、それを、都立大ならよく知っているとばかりに、左、右、左、とうろ覚えで、出かけたそこつが祟り、うっかり踏切を渡ってしまって、迷子になり、また駅まで逆戻り、駅員さんに訊いても知らないと言われ、交番に行ってくださいというので、探し当てて、オマワリさんに訊いたが、内村鑑三ってだれですか?と言われ、パソコンの前に座っているのに、インターネットできないと威張ってのたまい、あなた、スマホないの?と逆に居直られる始末。

仕方なく、しょぼしょぼ帰宅して、あらためてネットのぞき、今度は歩いた場所をおぼえているので、しっかりたどっていける自信がついた。月、水、金オープンなので、水、か金に再訪してみようと思う。

 

それにしてもわたしって、ほんと方向音痴…

 

2019年5月19日 (日)

きょう(5月19日)の日本経済新聞朝刊

橋田壽賀子さんの『私の履歴書』を毎日楽しみに読んでいる。93歳の橋田さん、これはご自分で書かれたものなのだろうか?それも聞き書きなのだろうか?達意の文、語られるエピソードはまさにドラマのクライマックスのような読みどころをとらえていて、目が離せない。

きょうの『となりの芝生』はわたしの注目ドラマだった。美しい芝生の庭がある家をうらやみたくなる傾向の自分にぴったりのタイトル、ドラマの展開が楽しみだった。

『時間ですよ』や、百恵ブームのドラマ『赤い…』シリーズの執筆の降板エピソード、ドラマづくりカナメの役どころの脚本家をないがしろにするような仕打ち、よくぞ、の抗議だったと思う。こういう裏事情的実録が正しく伝えられるこの履歴書の役割は大きい。

 

同じ紙面に飾られる芸術作品はいつも注目しているが、きょうの中林忠良先生の『待ちあぐむ光』、見とれた。モノクロームのお作品の多い中、こんな春らしい彩の一作があったなんて。

 

国際婦人クラブCWAJの版画展の企画委員に携わっていたころ、関連展示の依頼に関して芸大まで、アメリカ人の同僚委員と二人、お願いにうかがったことがある。すでに教授でいらっしゃった先生はにこやかに応対してくださった。お話も、もちろんだが、私たち二人はその魅力的なお姿に圧倒されてしまった。アメリカ人の彼女は目を丸くして、声もでなかったほどである。

先生が同世代でいらっしゃったことは、あとになってわかった。あれから四十年余、版画展でいつもお作品を見続け、個展のときに購入した大判の、壁に伝うブドウの房の腐食作品を自宅の階段踊り場正面に掲げて、毎日見とれている。

 

日本経済新聞の日曜THE STYLEはいつも注目している。美しい映像が多いからだ。きょうの一番は第16面、俵屋宗達画、本阿弥光悦書「鶴図下絵和歌巻」。ツルの群れのたたずむ姿、舞い上がる姿、なんと優美な!!グレイとベージュの和の色彩、そして光悦の品位あふれる書。

一介の町絵師を見込まれた後水尾天皇の慧眼を日本人として誇りに思い、この作品を見に、京都美術館に出かけたくなった。

 

2019年5月16日 (木)

非日常の日

昨日は目白の母校で開かれる附属小学校の同窓会と、夜の落語名人三人会という予定が重なってしまった。

同窓会は少し早めに抜けることにして、夜の外出にそなえるには、どこかでゆっくり体を休めたい、落語会が新百合ヶ丘なので、駅そばのホテルに一泊することにした。

新百合ヶ丘にはホテルモリノという、洗練されている割には、値段も手ごろな老舗ホテルがあるのを知っていたからだ。Photo_10

 

同窓会はこれが最後かも、という案内状の言葉が功を奏して、なんと28名もの出席、受付11時とだけ知らされていたので、なんとなく、開始は12時かな、と思ってしまって着いたときはもう始まっており、後れてきたのはわたしとあと一人くらい、またまた、早合点の失敗をした。去年は20名ぐらいだったので、和気あいあいとして、二次会へのプロセスもスムーズに運んだのだが、今年は、十数年ぶりという珍しいひとたちがいたせいか、まとめる誘導がうまくいかず、親しいひとたちが皆帰りを急いでいたので、しゃべり足りないという心残りを持ったまま、新百合ヶ丘に急ぐことになってしまった。

出席者の半数以上が未亡人で、近況報告のとき、現在の家族状況と、夫の身体の弱りなどを話題にしてしまったのだけれど、自分の言葉が浮いている感じがしつつ、言わなくてもいいことをしゃべってしまったという悔いが残った。

 

落語会は麻生文化センターという1000人以上収容の広いホールだったが、満員御礼の札が出ていた。柳家喬太郎、桃月庵白酒、春風亭一乃輔という三人会は聴きごたえがあった。それぞれ『擬宝珠』『松曳き』『百川』という古典の演目。

かなり長いマクラの話題は売れっ子三人、もっぱら全国あちらこちらへの移動の苦労、食事だけが楽しみなのに、食堂がまったく見当たらない辺鄙な場所だとか、二段重ねの弁当などはめったとなく、圧倒的にオリジン弁当だとか、シャレなどがない、現実的な悩みを茶化す語りが受けて、爆笑の渦が広がっていた。

 

語りの妙味はやはり喬太郎師匠が抜きんでていたが、今回桃月庵白酒という若手の語りに惹きこまれた。『松曳き』というとぼけた殿様と側近との会話が、すさまじく可笑しく、よどみない上下関係の語りに聞き入りつつ、笑いがとまらないほどで、身も心も解放される笑いの効果を実感した。当分落語はやめにしようという気持ちが変り、このひとの独演会のチケットを早速予約する。

 

ホテルモリノの居心地はとてもよかった.八階の客室からの眺めは緑が多く、遠い山の連なりも目にやさしく、朝食も満点に近いメニューで満足した。

こういう風に一日に二つの予定をこなすときは、近くてもホテルに泊まってみるというのもいいものだな、という発見が、この日の収穫。

2019年5月12日 (日)

娘ならばこそ

例年、母の日の前に、娘からなにか欲しいものある?という電話があるのに、今年はなかった。

そのまえに、車を出してもらって、夫が遺言申請の手続きのために法務局へ行くのをつきそってもらい、そのあと図書館に連れていってもらうという予定があったので、そのときに、訊かれるかも知れないと思っていたら、いきなり大きな花束と、ラヴェンダーのポプリと二種の石鹸入りの包みを渡された。

その日は排泄トラブルに苦しむ、機嫌の悪い夫と、言い争いが多く、わたしも車に同乗してスーパーでの大量購入をし終るのに気をとられ、そのプレゼントをゆっくり見定めることもできなかったのだが、別れてから、花を活けようとしてあらためて見直したら、わたしの好きな紫と薄緑の絶妙な組み合わせの花束で、中にローズマリーの枝も入っていたので、それを早速カメラにおさめメールに添付し、ローズマリーチキンをつくることにしたという言葉を添えて感謝をあらわした。001

 

後先の流れが悪くなったのは、実は車の中でちょっとシリアスな問いかけをされて、ショックを感じたこともあったからだ。超多忙な孫息子に一度、パソコンのバックアップを確認してほしいと頼んであったのだが、彼の都合がなかなかはっきりせず、可能性のある日を言われたのに、わたしが記憶違いをして、三回ぐらい問い返したのと、彼女が山形へ行ったときに、ネコシッターに行く日の手順も書いてあったメモをなくしたので、これもまた三回ぐらい問い返したと言って、娘はちょっと言いにくそうに、もし自分で変だという意識があるなら、いつでも病院に付き添うから、などと言いだしたのだ。

 

認知症の始まりだと思ったらしい。

 

娘の花束の色の取り合わせは見れば見るほど美しく、目を和ませてくれる。言葉が足りないと不足を言いたかったりする自分本位の母親だが、それでもネコシッターのときにタケノコご飯も炊いて、煮物といっしょに冷蔵庫に入れておいたのが、喜ばれたので、これまで以上に心を尽くしたプレゼントになったのだろう。

 

欲しいものは?と訊かれて買ってもらうのも、もちろんうれしいけれど、好きな色やもらってうれしいものを、察して、きちんとそろえてくれるサプライズプレゼントはいつまでも喜びの余韻を長引かせてくれる。

 

 

 

2019年4月30日 (火)

わたしの平成最後の日

わたしの平成最後の日はブリッジ一日トーナメントで過ごした。結果はいつも上位の席にいたにもかかわらず、入賞を逃すという、はかばかしくない終り方だったが、それを癒すために立ち寄った、奥沢の『ポタージュ』店で、身も心も晴れ晴れとして帰宅することができた。Photo_9

五時過ぎごろ行くと、たいてい客はわたし一人、オーナー兼シェフの、息子ぐらいの年齢の彼と旅の話や、食材の話、調理の味付けのこととか、スパイス、メニューのことなど、話題はつきず、そして選んだきょうのポタージュ、緑野菜のそれと、甘めの自家製パン、キャベツにクミンシードの入ったコールスローにカブのおまけもついていて、飲み物はリンゴジュース、きょうは夕べのマカナイの残りという麻婆豆腐にパクチーのきざんだものまでが添えられており、正に「おいし~いっ」と叫んでしまう味の連続なのだが、そういう発声はなかなか聞かれないのだそうで、彼のうれしそうな表情にこちらも喜びと満足感が加わり、一口ごとについつい声を上げてしまう。Potage

 

「手に職」を持ったひとの強みを、植木屋さん、コックさん、美容師さんなど、つくづくと感じることが多い。

 

息子の再就職はまだ果たされていない。アルバイト口は見つけて、けっこう、精神的には安定している様子だが、これまで歯科医にも定期的にかかるということが不可能だったせいか、インプラントの請求書を見つけて、愕然とし、夫とわたしがこの二十数年通っている、良心的な名医のところに行くようにと説得し、そこで、ようやくまともな治療が得られたのだが、わたしの定期健診のとき、息子の歯形の写真を見せられて、黒い場所が歴然とあらわれているそれを正視できないほど茫然としてしまった。

 

医師はわたしの失意に同情したのか、いまの若い方たちは、みんなこういう状況と言えるくらいなんです、と言ってなぐさめてくれたが、それにしても超多忙のサラリーマンの現実は本当に厳しいものがある。

 

ポタージュの彼のフランス料理修行時代、その後あちこちと不安定な仕事の遍歴、聞かせてもらって、それでも自分が好きな仕事についているという幸せにあふれているその姿を見ながら、有名校に入るために、ただただ勉強勉強を追い立てるまえに、親は知るべきことはこれではないかとつくづく思ったのだった。

 

人間は死ぬまで食べなければならない。自分の好きなものを自分の手でつくることができる幸せ、もしかしたら、親が子に教えるべき第一はこのことなのではないだろうか。

 

2019年4月 4日 (木)

さくら、桜

ようやく花見日和になった。

寒の戻りのような天候の中の桜は白々していて、覇気がない。

緑ヶ丘の緑道を歩いていたら、幹にアクセサリーのような桜花が開いているのが目についた。2019040213280001

何と呼ぶのだろう、こういう花のことを。

ネットで調べたら「胴吹き(どうぶき)」と称し、

古木に見られる現象だという。2019040213280000

 

信号待ちしていたら、派手なバスが通りかかった。オリンピック年に先駆けたおもてなし

デザインなのだろうか。2019040213260000

2019年2月 4日 (月)

バースデイは外食モーニングで

朝一番の誕生祝は、niftyとKLMからのメール、夫はカードをくれたけれど、娘や孫たちはメールもなし。忙しいのだろう、それより、行きたかったところに行ける絶好の天候、朝から実行することにする。
それは、おいしい朝食を食べに行くこと。すでに銀座や、有名ホテル、高島屋の新館などをチェックしてあったが、電車で行く気がしない。近場の自由が丘にこれは、というところを見つけてあった。
南口から徒歩一分、『Latte Graphic』同窓会で一度行った場所、けっこう椅子は埋まっていて、パソコン持参の一人客も数人いたので、心強かった。S002


注文したのは、ハーフグリル野菜のベーコンエッグサラダ、フレッシュオレンジジュース、季節のパンケーキと紅茶。S001

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どれもおいしかったが、パンケーキが想像したものと違った。アメリカンみたいではなく、フワフワのケーキのような代物、トッピングがチーズ入りクリーム、支払のときそれを言ったら、いまはこれが主流ですからね、と強気の返事。S004

日本人はこういうフワフワ、クリーム系がよほど好きなのだろうか。そういえば奥沢にオープンしたプリンの店にも長い行列ができていた。

食べ終わって十時半、プールに行って三十分泳ぐ。一月の疲れが取れておらず、バックで手を思いきり伸ばそうとすると痛みが走った。無理をせず、続けていたらだんだんに痛みがうすれてきた。

やはり水泳はわたしの活力の源、もっと通わなければ、と思いつつ、この寒さでは足がにぶる。

プールは娘の家のそばなので、ネコちゃんたちの様子を見に立ち寄る。兄ネコのジミはすっかり私に慣れて、喉をゴロゴロ鳴らし甘えるようになっている。

八十一のバースデイは日常の凝縮で、まずは平穏、満足した。

2019年1月29日 (火)

安堵の日

きのうはとてもうれしい日だった。義姉の葬儀からおよそ、七年間、音信不通になっていた甥から、去年の暮、電話があり、年が明けたら会いにくるという約束をしたのだが、それが実現したのである。

かれも60歳、初老の紳士という風格をたたえ、笑みを絶やさず、よい会話ができた。
私大の教授で、アメリカ住まいなので、四人の子どもの父親役、義姉の介護、往ったり来たりの生活は難儀だっただろうと思う。人とのかかわりがいかに大切か、この年齢でしみじみ悟ったといいつつ、無沙汰の詫びの言葉と合わせて、語られる口調はおだやかで、我が家の息子の一番尊敬する従兄弟のオニイチャンだった昔の面影が彷彿とした。

この数日めまいに悩まされている夫は、オレももう長くはないな、などと言ってわたしを脅かすのだけれど、甥とのことは気がかりだったらしく、およそ二時間弱の会話でそれがすっかり解消して、うれしそうだった。

電車で来て、電車で帰ると言う彼、家が三軒分だったところに十一軒も建てこんでしまった変貌ぶりには驚いたようだが、それでも以前の家の、そのまた前の古い家で幼少時代を過ごした思い出が一番懐かしいと言い、ゆっくり散歩しながら、帰ります、と言いながら、また必ず来ますからね、と念をおすことを忘れなかった。

2019年1月22日 (火)

我が家の花たち

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一昨年買ったガーデンシクラメンが二年越しに蕾をつけているのを見つけて、感動した。早く花となるのを見たいと水をやり毎日気にかけていたのだが、なかなか開かない。これは何とかしなくては、と屋内に入れて、もっと陽のあたるところ、自然のぬくもりがあるところを、と探し、夫の部屋のバルコニーの近くにおいてもらった。
一週間近くたって、もうそのことを忘れかけていたころ、夫が「咲いたよ、ほら」と言って鉢を持ってきてくれた。うれしかった。白い蕾だったのに、開いた花がきれいなピンクだったのに喜びが増した。
S009

我が家のシンボルツリー、ミモザはついに時を得た世話が実り、花つきがよくなった。
今年も満開の幸せをくれるだろう。
日本と寒さは変わらないが、イタリアの陽光は格別なのかもしれない。ボーボリ庭園のミモザが一月の寒気のなか、まばゆいほどの黄色に染まっていたのをこの季節になると思い出す。
あれほどとは言わなくても、必ず開く蕾の群生を見るのは、とかく寒さにしぼみがちの心に勇気と希望を与えてくれる。

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