2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
フォト
無料ブログはココログ

カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の246件の記事

2017年9月21日 (木)

アクセス情報

衆議院会館で開かれる講演会に行くことになったのだが、これまで行ったこともないところなので、主催者にも訊き、ネットからもアクセスを探した。地下鉄の国会議事堂前か、永田町から、ということだったが、前者は渋谷を通らなければならず、後者は構内が複雑で、エスカレーターや階段の接続有無もよくわからない。迷っていたら、夫が母校の日比谷高校の近くじゃないか、と思いだしてくれて、溜池山王から、というルートが見つかった。六番出口、これがエスカレーターの接続がよく、出てからもすぐ左の坂をのぼって信号、また左、という容易い道順、危なげなく到着した。

グーグルマップの一つ目小僧みたいなしるしが嫌いだ。いざ徒歩の項目をクリックしてたどろうにも、私はスマホを持っていないので、いまひとつ確かさが足りない。実際に行ってみたことがあるひとから、訊くのが一番なのだが、道案内の言葉をわかりやすく、的確に話すひとが少ないことを痛感する。

澁谷に行くのはまだ、できれば避けたい。でも大好きな東横のれん街には、ときどき無性に行きたくなる。いい漬物店と、菓子店、おせんべいの店が充実しているし、独りご飯用のおいしい店も各種そろっている。
澁谷へ行くのに、中目黒で途中下車してバスを使うというルートを知った。教会の婦人会で、出会ったある高齢者のメンバーからの情報である。これを試した。中目黒を降りるとすぐ右手に渋谷行きのバスが待っている。二種類あるから、頻繁に来る。乗ってからおよそ十分、ガード下のちょっと先に停車してくれるので、のれん街にも近いし、ブリッジクラブにも近道になる。

いつも耳をそばだてて、好奇心をはりめぐらし、情報を得ながら、暮らしていかないと、高齢者はどんどん出遅れて、便利さへは遠回りになってしまう世の中である。

2017年9月17日 (日)

ピカール食品入りのランチ

夫が落ち込んでいる。
マージャンの会が四組あったのに、メンバーは亡くなったり、重病だったりで、今や二組だけ、その、残り一組のほうを企画してくれている高校時代からの親友が駅のホームで転倒して入院したのだ。夫も転倒しそうなのに、二本杖で品川の救急病院に馳せつけた。幸い命に別状はないとのことだったが、会は復活しそうにない。

仲良しがみんないなくなりそう・・と沈んでいる。カレンダーの丸印は最後の一組のマージャン会と、歯科医の予約だけ。わたしのほうは○のない日のほうが少ないくらいなのに。

なんとか新しい楽しみをと、高齢者「憩の家」で、ビリヤードはどお?
よく通る声をしているので詩吟でもやってみたら?
とすすめてみるのだが、今さら新しいことなんて、と首をふる。
つきあっているのは学生時代か、ビジネスを共にした人たちだけ、偏屈で、頑固なのである。
それどころじゃない、このごろすごく疲れるとも言いだすし、ごひいきDeNAベイスターズも四位に落ちてしまったので、これは何とかしなければ、と思った。

娘に緊急メールし、孫たちとそろって三人、ランチに来ることになった。六人分を手作りするのは、正直、シンドい。というわけで、出かけた帰りに麻布十番のピカールに寄ってラザーニャとカナッペを買ってきた。冷凍食品二つはドライアイスもついて重たい。ネットから注文するほうがよさそうだ。

オーブンで五十分、かなり時間がかかる。この二品とあと手作りの玉子とキューリのサンドイッチ、コーンとグリンピースのオリーブオイルいために、ゴーヤのピクルス。
娘も孫たちも褒め上手だけど、それだけではなさそう、おいしい~っつ、こういうの食べたかったんだといいながら、あっというまに平らげてくれた。002_2


夫は歴史にくわしく、終戦直後は天津にいたので、料理人がつくる家庭料理のことや、いまだに覚えている中国語の発音の指導をうけたときのことなど、一度も咳こまずに饒舌に語った。いま問題の北朝鮮の情勢なども説得力ある見解を述べる。孫たちもじいじのためだから、と興味を示すふりをするのではなく、本当に面白そうに聴き入っていた。

高齢者はみな記憶をよびさましてそれぞれの過去を語ることを必要としているのではないか?そういう場はだれかが用意しなければ、わたしにも、子供や孫たちはそういうときをつくるだろうか?でもわたしにはそれを語るブログという場がある・・・などと思いながら耳を傾けていた。

2017年8月14日 (月)

ようやく咲いた

004

二か月まえに阿佐ヶ谷で買ったユウガオの苗、十倍ぐらいに伸びて蕾がつき、ようやく開花した。
花も美しい白色だが、これこそ芳香というのか、やさしくて、清らかな香りがする。

母がいまのわたしくらいのとき、ユウガオが咲いたと大喜びだったのが今ならわかる。

きのう、日本映画専門チャンネルで『わが母の記』という映画を観た。井上靖の私小説の映画化であるが、出演者もすべて適役、名演技、場面展開が見事、最後まで目をくぎ付けにして観入ったのだが、「父が亡くなってから、何でもないふとした瞬間に、自分の中に父がいるような気がする・・・」という文章があって、惹かれた。
私のこのごろは、そのような瞬間がしきりとある。

005

朝になっても、花はまだしぼまない。まだ六個ぐらい蕾がついている。
この花たちが芳香をくれ、酷暑をのりきる力をくれることだろう。

2017年8月 9日 (水)

暮らしの変化

7月は我が家に人の出入りが頻繁にあった。
カーテンのはずしと取り付けにシルバーセンターの人を頼んだことに加え、家事労働も新しいひとを頼むことになったからである。
二十年近くも月に二度掃除その他の家事を手伝ってくれていたSさんが足の手術をしたので、替わりのひとを探さなくてはならなくなった。

ネット検索してみたら、家事や料理をパートでしてくれる「タスカジ」という会社が便利そうだったので、登録してみようかと思ったのだが、プラウザを変えねばならず、それにはリスクがありそうに思われたので、また夫のケアマネさんに相談して、情報をもらい、慣れたところで再びシルバーセンターから比較的近くに住むひとに来てもらうことになった。

七十代はじめかと思われるHさんは百円ショップの売れ筋、メラミンスポンジキューブを片手にあらわれた。これ、水でしぼってこするとなんでも落ちるんですよ、と、普段見過ごしている、敷居のすみのゴミまできれいにしてくれる。
その威力については友人から聞いたことがあったのだけれど、自分で試したことはなかった。実際に目にしてみて、それでは、と自分で使ってみていまやみつきになっている。
ちょうど、粉や砂糖、パン粉などの食材を入れておくコンテイナーの粉の引出しにムシがついてしまって、二年ぶりくらいに全部洗って、おいてあった周辺も全部きれいにしなければならなくなったので、それを駆使して完了した。
彼女はまた植物の世話にもくわしく、いまどんどんツルをのばしている夕顔を見ながら壁をはわすようにしたら、よく咲いたという話を聞かせてくれたので、上に向かってどんどんのびるツルの始末に困っていたのだけれど、それをヒントに、後ろのモッコウバラを這わすようにしたら、うまく解決した。

それと、あと、どこか体操に定期的に通うことはできないかと、これもケアマネ―さんに相談したら、通所で介護保険適用がOKされて、週一度、お迎えつきのデイケアの体操に通い始めている。

いろいろなひとの助けを借り、自分の暮らしを少しでも楽にしながら、健康を保つための努力もこころがけ、なんとか、この酷暑をのりきれれば、と願っている。

2017年8月 1日 (火)

たかがカーテン、されど・・・・

階下のトイレの窓に薄地のカーテンがついているのだが、その裾がほどけて、芯になっていたコードが二か所もぶらりと下がっているのを、気にしながら、一年以上も放ってあった。一日の家事を終えることで手一杯で、余分なことをするひまが持てなかったからである。
洗濯をしたあと、すぐ、ヨッコラショと、腰をおろしてしまう。洗い物をしたあともそう。
すべての仕事に余分な時間がかかるようになっている。
おしゃれにだけは積極的で、何を着ていこうかと、ファッションショーをしてみるのだけれど、あとの片づけが手間取り、元のところに服を戻し終わって、またヨッコラショ。
そんな毎日なので、以前は進んでしていた手仕事など、する気にもなれず、裁縫箱を出すのが億劫、針に糸を通すのが更に億劫だから、カーテン直しまでに至らないというわけなのであった。

七月の比較的涼しいある日、一大決心をしてカーテンの裾直しをした。これが結構時間をとり、ほころびかけているところがふえていたりして、ヨッコラショを二度ぐらいして、洗剤を入れた水に漬けおき、真っ黒になった水におどろきつつ、手洗いを終え、乾かして、ようやく真っ白になったカーテンを付け直す。

何とさわやかになったことか。トイレに入る回数は多いから、そのたびに目をやって幸せ気分になる。

こんなにも気分がよくなるなら、思い切って部屋全部のカーテンも洗濯しようと決心したものの、背のとどかないところに、脚立を出す勇気はない。ふらふらしそうで膝のあやしい身体に自信がないのだ。
夫の部屋はもう二年ぐらい、カーテンを洗濯していない。「オレのところはいいよ」と強く主張するので、素直に聞いていたけれど、この際、彼にも幸せ気分を味あわせたいと切に思った。
カーテンはずし、と付け直しを安価に、かつ誠実にしてくれるところ、夫にいつも最良のアドヴァイスをくれる優秀なケアマネージャーさんにも相談して、シルバー人材センターの情報を知り、電話した。
思いのほか早く六十代後半とおぼしき男性が来てくれた。洗濯は自室のものだけ自分でして、夫の部屋のはあまりにも汚れがひどいので、クリーニング店に頼んだ。
カーテンとりつけのときにはシルバーの男性は電話したその日に来てくれて、夫の部屋は二年ぶり見違えるように明るく美しくなった。

高齢になると今まで当たり前だった仕事が身体をかばうことで、思うようにできなくなる。そういうことにくわしい先輩に電話したら、「あなた、賢明だったわよ、私の同級生、脚立だして、それしようとして転倒して、入院しちゃったの。それ以来身体の不調が治ってないのよ」という話をしてくれた。
子供たちに頼めば来てくれるかもしれないが、あまりにも多忙な彼ら、すぐに、というわけにはいくまい。
おしゃれをするお金をそちらにまわしても、積極的に人を頼むべきだとつくづく思うこのごろである。

2017年6月15日 (木)

この一週間

鼻かぜは治ったが、阿佐ヶ谷のブリッジ名人のお宅に一日レッスンに出かけたあと、今度はいきなり咳が出始めて、再び体調があやしくなりかけている。
花ダイコンのタネをくれた近くの友人が、庭の桑の実(マルベリー)をシロップ漬けにしたから、あなたに食べてもらいたい、と言ってくれたので、京都から取り寄せた漬物を持ち、中原街道の信号で待ち合わせて物々交換。
毎朝、ヨーグルトにかけて食べる、このマルベリーの色鮮やか、ほどよい甘さの美味に救われ、体調が好転しはじめた。
さわやかな涼しさでありがたいのだけれど、ぞくっとするときに、気をつけないと、風邪がしのびこむ。
パソコンやりすぎで、年齢にしては過労だったのだろう。

CNNのニュースをよく見る。メディア側はトランプ非難が明らか、大統領がいま脅威なのは凄腕のモラー特別検察官なのだろう、きょうのニュースでは、コミー元FBI長官に好意を持つ、この人までをも、解任しようと試みていたのだそうで、さすがにメラニア夫人に止められたとかで、思いとどまったと報道していた。

ロンドンの高層マンションの火災の映像が恐ろしく、どれほどの住民が逃げおくれたかを想像して心が痛む。『タワーリングインフェルノ』という映画があったが、現実のインフェルノは正視に耐えぬほど恐ろしい。

ロンドンの住民は度重なる暗いニュースに心が重いのだろう。インタビューするCNN側の饒舌に圧倒されるように、応えるロンドン当局の役人の表情は硬く、寡黙で、それが返って、衝撃の大きさを伝えていた。

2017年6月 4日 (日)

さ庭べに

母は生前「さ庭べ」という言葉をよく口にした。散歩から帰ると必ず「日本のさ庭べはいいねえ」と言った。
近頃それを痛感する。我が家の庭がまさに「さ庭べ」だからだ。
ネット検索してみたら、正岡子規の「いたつきの癒ゆる日知らにさ庭べに秋草の花の種を蒔かしむ」が源と知った。
母は子規のこのうたを知っていたのだろうか。
003_2

阿佐ヶ谷の小さな生花店で買った小さな花の苗、もう終わりかけていたけれど、まだ咲くかもしれない、と店員の女性が言った言葉を信じた。
苗のカバーを外してみたら、根がのびきって、苗のまわりをかこみ、なおもそとまで顔を出しそうなほど・・・かわいそうに。
やさしく根をはずし、整理して大きな鉢に移し、毎日水をやり肥料も与えた。
二週間後、花が咲き始め、今がこれ・・うれしい、という花の声が聞こえるみたいで、毎日何度も目をやってしまう。
004_2

今年のアジサイ「隅田の花火」はことのほか元気がいい。まだ以前のうちにいたころ、娘が母の日にプレゼントしてくれたもの。これを仮住まいにもっていき、また持ち返って、さ庭べの隅に植えた。
近頃娘はことのほか忙しくてあまり会えない。でもこれを眺めて娘の優しい気持ちを感じ取ろうとしている。

2017年5月25日 (木)

気になる言葉

「何気に」…何気ないを短縮した若者たちのあいだで使われる俗語である。
     何気なく、が、正しい言葉で、さりげないという意味でも使われるのだが、
     テレビのタレントなどが「何気に、何気に・・」を連発するので、巷の若い
     ひとたちの会話でも聞かれるようになった。さすがに私たちの年代ではあまり
     聞かれないと思っていたら、同年代のひとが書いた書き言葉の文章の中に発見
     して驚いた。これは若い人にへつらって、あえて使っているのか、正しい言葉   
     を忘れてしまったのか、知る由もないが、私としては絶対に使いたくない言葉
     である。

「はぁ~っつ?」この間投詞が、あきれたとき、憤慨したとき、頻繁に聞かれるように
     なっている。わたしたちの時代では「はっつ?」という間投詞は、山の手育ち
     の女性が、聞き返すときの言葉だった。小津安二郎の映画で原節子演じるお嬢
     さんが、目上のひとに訊き返すときなどに、よく聞かれたものだ。
     それを長く伸ばして、勢いよく発すると、あきれたとき、憤慨するときに使う
     こと、しきりとなり、現代ではとりわけ若者たちのあいだでは定着している
     きょうも朝ドラ『ひよっこ』で、みね子の叔父さんがミツオにビートルズを
     知らないのかと、二度も、この「はぁ~っつ?」を発していたけれど、この
     時代にすでに、この間投詞が、あきれたときに使われていたのだろうか?
     ここだけせりふが、急に現代風になったようで、私は違和感を持った。

2017年5月22日 (月)

見た目損

朝九時過ぎの東横線はとても混んでいる。
ユニオンチャーチで十時から始まるバイブルクラスに間に合うように明治神宮前まで行くのだが、このラッシュにもまれるのがいやで、足がにぶることがある。
せめて優先席に行けばゆずってもらえる僥倖に恵まれるかもしれないと思って、その日も乗りこんでみると、若い男女がスマホをみながら占領していた。
優先席だからゆずってください、と喉まで出かかったのをのみこんで、中目黒に来るまで我慢した。
座っていたひとりが、席を立ったので、当然座らせてもらえるのだろうと思ったら、前に立っていた、若い男性がすかさず腰をおろしてしまったので、わたしはついにさっきまでのみこんでいた言葉を発して、頼んでみた。それなのに、男性は、なにか足が・・とかなんとか聞き取れぬ言葉を発して、びくともしない。わたしはよっぽどパンツの裾をめくりあげて、サポーターをみせ、このとおり膝が悪いのだから、と言おうと思ったのだが、すでに若い男女はそろって眠ったふりをしてしまったので、悔しさをかかえつつ立ちんぼを続けた

その話を教会の仲間に話したら、「喜びなさい、それほど、あなたが若く見えるってことなんだから」と言われてしまった。でもうれしくなんかない、割り切れないのだ。

六月に教えにいく学校に出かけた。教務の女性が目を丸くして、お若いですねえ~、と何度もいい、何を食べていらっしゃるんですか?などと質問され、当惑した。

頭の中身はかなりボケがきている・・・それがバレてしまわないように、テキストを充実させなければ、と、ありすぎるほどある、準備期間を持て余す日々である。

2017年5月12日 (金)

不十分ゴミ情報

月曜日のリサイクルごみの収集のとき、玄関のベルが鳴り、係りの人があまりにも
間違いゴミが多いのだけど、と知らせてきた。見ると大きな袋が三つ、それにごみ容器まで出されている。
あきらかにアフリカ大使館の隣人のものとわかったので、事情を説明して、ご本人の玄関口に戻してもらった。
中身はペットボトルでない不透明ボトルなどが多いので、リサイクル用が何か、よく理解していないのではと思い、夕方ベルを鳴らした。そのとき、少しは隣人らしい優しさを示したいと、ちょうどヨーグルトケーキを焼いたところだったので、おすそ分けを包み、ベルを押したときに出てきた少年に手渡した。思ったとおり、奥さんはゴミの配分をまだ完全に把握していなかった。

わたしも実は、菓子袋などについているアルミフォイルが燃えるごみだということを最近知った。燃えないゴミにまとめて出したものを、間違いゴミのシールをはられたので、区役所の清掃係に電話してようやく、わかったばかりだった。

翌日区役所にまた電話して、外国人居住者用の案内を送ってほしいと頼み、ついでに日本語のが、我が家にあるのは平成24年のものだけれど、新しいものは出ていないのかと尋ねてみたら、発行されている、と言う返事なので、どうして配ってくれないのか、と言うと、区役所に常時おいてあるので、とりにきてもらえば、などと言うので、あきれてしまった。
「あなたね、区役所まで行くのがつらいほど足を傷めているひとも多いのに、それはないでしょう。回覧板という手段もあるのになぜくばってくださらないの?
収集の方たちが本来のお仕事だって、大変なのに、間違いゴミ集めて、袋につめなおしてシール貼る手間かけてるの、ご存じ? そういう日常生活に大切な情報こそ、すぐ、送ってくださいよ」といきまき、英語用の、とついでに、近所に配るからと言って十枚、『資源のごみの分け方、出し方』のパンフレットを送ってもらうことにした。

夫に腹立ち報告をしたら「怒りんぼバアサンて言われてるぞ、きっと」と笑っていた。


より以前の記事一覧