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カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の365件の記事

2022年1月 1日 (土)

寅年でがんばろう

Happy New Year

暮れのクリスマス疲れも癒えぬうちに、おせち準備の買い物と料理の超多忙な数日が続く。27日までに、ともかく黒豆と田作り、昆布巻きと小さいきんとんくらいまでは買っておき、27日夜、黒豆一晩漬けておいて、28日の午前、目をはなさずやわらかくなるまで煮る。ミツにつけこみ、一晩おいて29日にミツを、さらにトロッとなるまで煮て、冷めてから漬け込む。29日に青果店から配達届き、野菜の多さに、それを使い切る料理の労力を思い、それだけで疲れを感じる。そのあいだにもあちこち小さい汚れが目につき、掃除もしたりするから、また疲れる。五目きんぴらはゴボウ、ニンジン、レンコン、干しシイタケ、シラタキの五種、シラタキの太さに千切りしするので、結構肩凝りがふえる。ここで大切なのはゴボウとレンコンのあく抜きをしっかりすること。

その大仕事を終えてから、この年最後のマッサージ、最後の買い物、大晦日はプレッセまで車エビの天ぷらを買いにいく。昨年気に入っていた小さいサイズのお餅を探したが、見当たらない。なお雪が谷まで足をのばしたが、見つからなかった。レモンを買い忘れていたので、一つほしいのに、どのスーパーも二つあるいは三つも袋に入ったものを買わせようとする商売根性に腹が立つ。大晦日は年越しそばの準備も。そのまえにフルーツケーキを焼く。

我ながらよく働き、来年この労働を果たしてできるだろうかと考え、すべてを辞めてしまおうか、とまで思った。腰も痛くなっていて、湿布薬を張り続けている。

年越しそばに黒豆ときんぴらをサイドディッシュにしたら、黒豆がちょっとかため、キンピラはあく抜きが足りなかったのが判明、落ち込む。夫はどれもいつもの味おいしいよと、慰めてはくれたが、七十代の味と比べると満足度が下がっているのが、悔しく、哀しい。

元日、娘がようやく最終予定を知らせてきた。それほどに孫息子夫婦は忙しいらしい。お客接待などは無理、と思ったけど、結局やってしまう。

おせちをお重にしっかり詰め、おでんの準備をし、彼らがたとえ食べなくてももって帰れるように、揚げ、シイタケ、人参の炊き込みご飯を炊く。一年ぶりで会う孫夫婦は仲むつまじく、孫息子はしっかり三十代に入れそうな容貌になっていたので、まずは安心、出したものを、おいしいおいしいと、すべて完食、お嫁さんはわたしの田作りがとりわけ気に入って、レシピをスマホで写していた。疲れたけれど、まずはちょっと安堵。

別の問題も発生。夫は部分入れ歯のささえが怪しくなっており、お餅がうまく食べられない。このところ、おかゆ、おじやなどで済ますことが多くなっている。すべてをやわらか食にしなければならない、危機がそこまできている新年である。

わたしは寅年うまれ、七回目の年女を迎えたわけだが、この年が我が肉体にはさらに厳しいものがあることは歴然としている。

 

2021年11月 4日 (木)

家庭の中の孤独感

二週間前ぐらいの、朝日新聞「声」欄に掲載された、「子や孫がいても、私は孤独だ」という投書が、こころに残った。長期間の引きこもりから認知症になられたご主人の介護をし、五年まえ、看取りをされてから、山林や畑の仕事をして、現在は独り暮らしのこの方はわたしと同じ83歳、お子さんがいても、気軽に物事を頼めない、親子のかかわり方が異なる現在を語っている。人に愚痴をこぼすわけにもいかない、と語る彼女は気丈な方なのだろう。「元気だね」とひとには言われても、心はいつも孤独だ、と締めくくられた言葉に共感をおぼえた。

数日前、めずらしくウナギを出前してもらうときがあり、娘が用事で立ち寄ると言ったので、いっしょに食べない、とさそい、久しぶりに四人一緒の食事となった。世間話に笑いもでる食後、夫は早々に二階の自室に去ったのだが、兄妹の会話ははずんでいて、わたしも中に入ろうとした。なんの話題だったか、具体的な記憶が抜け落ちているのだが、私の意見を、ひがみがあらわれている、というようなことを言われて二人が笑ったのに傷ついた。

よせばいいのに、あとで娘に電話したとき、そのことを話したら、世代の相違で、彼女たちは自分を貶めて、笑いにするのはしょっちゅうある、そんなことに傷つくようでは、世間話も気楽にできないと、ピシャリと答えて電話が切れた。

子供をたよりにし、しんみりとした話をしあえるのは、あの、小津映画の時代だ。いまはスマホとラインの世界、わたしが一番避けているSNSの世界も広がっている。

水瓶座は孤独を好む、それがわたしではないか。子供たちは頼りにせず、自分の世界を大事にすることだ。

幸い、ブログの世界で癒されることが多い。そして、聴力の弱った耳を一生懸命かたむけて、唯一私の話をじっくり聞くひと、きみはえらいよ、などと言ってくれる夫はまだ生きている。このひととの関係を大事にしなければ。

夫のところに月一、爪を切りにきてくれる看護師さんが、夫の部屋をじっくりながめて、このデスクは、物置と化しましたね、と感想をもらした、と夫は苦笑いしていた。

わたしが片づけるというと、そのときだけは、目をむき、ほっといてくれ、自分でやるから、と怒っていた彼。何を思ったか、数日かけて、ゴミ袋二杯、見事に片付けを終えた。そしてたまっていた文庫本もブックオフに出したいというので、オンラインから申し込み、取りにきてもらうように手続きした。物置から段ボールを出し、セットする。私も触発されて、およそ三十冊、とCD,DVDなどを入れ、あとは夫の本を入れるだけとなった。ネットから回収依頼をするのはこれで三度目、二階から文庫本をおろすのは、いつのまにか、彼が自分で済ませていた。

体調が安定した今、そろそろ断捨離に手をつけようと思う。そして、コロナ以後初めての温泉ひとり旅を実行すべく、手はずをととのえている。

それをなおも、力づけて、励ましてくれるのは、毎日、寒い日があっても雨の日があっても青の美を見せてくれる西洋朝顔ヘブンリーブルーである。

 

 

 

 

 

2021年9月23日 (木)

みじめな好奇心…

近くにスリランカの滞在歴が長いという女性が時々開く店がある。

シナモンロールが売りで、一時は行列ができたものだ。

わたしも試しに買ってみたことがあるが、十センチ四方くらいのロールが一個450円もするのに、びっくりした。それほどのおいしさではなく、ただやたらと甘いだけで、一度でやめてしまった。

 

これも近くの店、野菜の苗や、庭仕事の道具などを売っているところがカフェを開いていて、そのスイーツを手作りしている奥さんをわたしは応援しているのだが、彼女が焼く一個、270円のシナモンロールはカルダモンの香りたかく、スリランカ産よりよほどおいしい。

 

その、なんでも高めのスリランカクッキングの店はもう行列はできなくなったが、このごろ前より頻繁にオープンするようになって、中で、テーブルができて、午前中から、なにか食べているのに、わたしはまた、懲りずに興味を持った。女主人が、木曜にランチボックスを売ります、というので、1500円とは、また高めの値段だとは思ったが、スリランカのおいしいカレーと野菜がつきます、などというのに、さそわれて、うっかり予約をしてしまった。

 

きょう受け取ったそれは、おおきな葉っぱに包まれた、一見しておおざっぱなちらし寿司と見まがうような、粗く刻んだ野菜や、なんと小粒の煮干しまで入った、なんとも不思議な混ぜご飯風のもので、手羽元のチキンが添えてある。別入りの二色のふりかけのようなものを、食べるとき混ぜて、カリカリせんべいのようなものを砕いて振りかけてくださいと言われた。

夕食時、息子は外食にしてもらい、夫には冷やし蕎麦を用意し、さて、と楽しみに食べ始めたのだが、カレーと言われたのに、カレーの風味はまったくせず、ただ、唐辛子のピリ辛を感じるだけで、スパイスの香り一切せず、これはおいしいはずだと、自分に言い聞かせながら食するのだが、おいしくないのである。こんなものが1500円なんて、あのシナモンロールもだが、いい度胸しているな、と思いつつ、空しい食事を終えた。

 

また食べたくなる、というのがおいしさの基本だが、それはまったくなく、自分をアホだと思ったテイクアウトであった。

 

2021年8月31日 (火)

メモからノートへ

パソコンのまわりはメモだらけである。

整理するひまがないので、何をどれに書いたかわかなくなる。おまけに走り書きをするので自分で書いた字が読めない、という悲劇もつきまとう。

先日も、教会の友が手術をするとわかり、その住所を書いたメモがどうしても見つからず、また牧師館に問い合わせるという、恥ずかしいことをしてしまった。

 

まだ生き残っている数少ない賢い友に電話でそのことを話したら、わたしもそうだけどね、もうメモはやめたほうがいいのよ、ノートに変えて日付を書いて残しておくの、という忠告をもらった。

なるほど…ノートにするなら、何かを書きたくなるようなしゃれた、しっかりしたものが欲しい、そう思って探していたら、先日検診で元町のクリニックに行ったとき、元町をぶらぶらしていて、銀座の伊東屋の支店を見つけた。そこで目についた何とも言えないきれいな水色のこのノート、罫の幅もひろく、紙もしっかりしていて、100ページの余裕、ノートよりは小さ目、メモよりは大きめ程よいサイズ、値段は800数十円、ノートにしては高額だったけど、おうちごはんで倹約しているから、余裕の予算である。Kimg0344

買い求めて正解だった。

 

書き残していくのが、なんだかうれしい毎日。その日はまず、元町UNIONでシリアルを買おうと思ったのに、そのシリアルが口から出なくなってアワアワしたので、それを一番に書いた。

今朝の二時間でもう三つのメモ書きがある。

リスト、ヴェネチアとナポリ、ロッシーニ、老いの過ち、この二つはFMで流れてきた音楽の題名の書き写し、

それと、メモノート344,これはパソコンデスクトップに保存した、このメモノートの写真の番号である。

でも何のために書き写したのか、それを記さないといまにわからなくなるかも…

2021年6月19日 (土)

こだわりの赤い針が…1.

 12年まえに書いたエッセイである。

               こだわりの赤い針

 

 今から四十年前、夫のアメリカ駐在に伴い、イリノイ州エヴァンストンで三年八ヶ月の月日を過ごした。帰国するとき、アメリカのアンティーク掛け時計を買い求めた。毎日時を確かめに何度ものぞくことでアメリカの思い出と共に過ごしたいと思ったからだ。

 ところが船便の積荷に不手際があったのか、時計が動かない。修理の看板を出している近くの時計店に依頼したが、当時七千円も払ったのに、動いたかと思うとすぐ止まってしまうということが続き、とうとうあきらめたまま、その存在すら忘れかけ、時が過ぎてしまった。

 ある日、なにげなしにテレビをつけたら、散策番組をやっていて、時計の修理名人をインタビューする場面に眼が釘付けになった。頭の中で鐘が鳴りひびき、この人だ、この人にあの時計を頼まなければと、いてもたってもいられない気持になった。

 テレビ局に電話したが、連絡先はわからないという。でもお名前はわかるでしょう、とフルネームを聞きだし、ネットで検索した。すぐにサイトにつながり、修理依頼の理由を書いて提出するようにという項目があったので、四十年ぶりに時計を動かしてほしいという思いを切々とうったえてみた。とにかく実物を拝見しましょう、という返事が思いのほか早く届いた。

 約束の日は台風が来るという土砂降りの日だったが、夫に頼み込んで車を出してもらった。杉並の住宅地のかなり奥のほうのその家は路地の奥、住宅が密集したそのまた奥で、通りからケイタイで電話し、ご本人に表まで出てきてもらってようやくたどりついた。

 玄関先に大小さまざまな時計に囲まれるようにして、オフィスがあった。夫とあまり年が変わらないような高齢者のご本人は時計を見るなり、これは〇年の〇社のものですね、と言い当て、カレンダー時計ですね、この針は動きませんよ、と赤い針を指さした。振り子もダメです、でも本体の長針と短針は動くようになるということだったので、安心した。奥からメガネをかけた小学生の男子が出てきて、いらっしゃいませ、と挨拶してから、先生、これから塾に行ってまいります、と言ったのに驚いてしまった。お孫さんですか?とたずねるとそうですという返事、まあ、素晴らしい、先生と呼ばれるおじいちゃまなんて。

 三週間後、修理が終わったという葉書が届いたので、また一時間かけてあの路地まで出かけた。時計は動いていたので、感激したが、なにかが足りない。カレンダーの数字を示す赤い針がはずされていたのだった。あの針が好きで買い求めたのに、でも四十年まえと変わらない程度の値段で修理してもらえたのだ。不足を言っては悪い、そう思ってあきらめ、家に持ち帰った。

 だが居間の壁にかけてみると、やはり物足りない、自分が選んだ時計ではなくなってしまったような失意におそわれる。意を決して電話し、動かなくてもいいから、飾りとして赤い針をつけてほしいと頼んでみた。幸いにも依頼はすぐに受け入れられ、宅急便のやりとりで、思い通りの姿となった時計が戻ってきた。

 いまも順調に時を刻んでくれている時計を見ながら思う。アメリカの生活が私を変えたのだ。好奇心が旺盛になり、新しいことにも挑戦している。四十年前は想像もしなかったパソコンを操るようになり、未知のものにも検索でたどりつけるようになった。ケイタイも電話とメールを駆使するので約束の確認が正確、敏速になっている。でも変わらないもの、それは頑固なほどのこだわり、それは動かなくなった赤い針のように私の中にゆるぎなくいすわっているのである。(2009/10/23)

 Kimg0294

 

2021年6月 2日 (水)

テレビ通販体験

テレビの通販は,大げさすぎる宣伝のようで、じっくり見ることもなく、ましてや購入したりすることもなかったのだが、ステイホームになってから、なんと二点も購入して、しかも満足している。

一つはギザ包丁、持ち手が大きく安全でよく切れる。もうひとつは、女性が開発したという、ネイチャークラブのシャンプー、かゆみが全くでなくなり、使用後がさわやかで、サラサラ、というのが気に入っている。

 

そこで最近目にとまったのが、立ったまま、ハンガーにかけた衣服にスチームアイロンをかけられるというスチームプラス。ちょっと重めのブラシのような持ち手の長い形のアイロンは、しわをみるみる伸ばし、セーターはふわふわ、カシミヤのしわくちゃコートでさえ、毛の繊維がよみがえったうつくしい形に仕上げてしまう魔法のような仕上がりに目を奪われ、即断で注文してしまった。

ところが品物が到着して、使い方を説明するDVDもじっくり見たのだが、どうしても使う気が起きない。

 

火傷に注意と書かれた一行が気になって、試す気が起こらないのである。

 

と、いうのも、品物が到着する直前に雑誌の占いを読み、わたしの生年月日の一行、火傷に注意が脳裏をよぎるからだ。

 

製造元に電話して、スチームを出さずにアイロンとしてどの程度機能するのか、質問してみたのだが、確答は得られなかった。まったく電気を通していないので、引き取って返金してもらえないか、尋ねたら、発送して8日以上過ぎてはいるけれど、部品を元通り包装して送れば、発送の代金を差し引いた金額をかえすことはできると言ってもらえた。

 

ニトリで見かけた同様の簡易アイロンで、もっと小型のほうが、使いやすそうだ、という記憶がよみがえったせいもあるのだけれど、占いのことがどうしても脳裏から消えない自分が、不思議で、愚かで、なんともやりきれない体験に終わってしまったのだった。

2021年4月12日 (月)

ちょっとうれしいニュース

今日から、イトーヨーカドー系の「とくし丸」という移動スーパーが週二日、まわってくれるようになった。軽トラックだが、生鮮食品を含む300品目積んでいて、お豆腐、玉子などかさばる取り扱い注意品が家の真ん前で買える便利がうれしい。

週に二日ぐらいは調理を休みたいと思うことも多かったが、夫の歩行能力が落ちているので、どこかで好きなもの買って、と突き放すこともできず、家事の過労がふえるばかりだったが、きょう夫と共に、惣菜品を確かめたら、彼の好きなメンチカツや、かき揚げなど、一個ずつに包装されたものがあったので、安堵した。

隣家二軒ほど、利用したいと、参加したので、ご近所の友好関係もよくなるのではと期待している。

 

近所の密蔵院はしだれ桜で有名なところだが、今は八重桜が満開で、寺の門前には六郷用水も流れているので、水辺のベンチで二番せんじの花見を楽しむことができる。Kimg0251  Kimg0253

 

我が家は今、モッコウバラが満開だが、特筆すべきは、紫色の花ダイコン、我が家のサイドは雑草除けのジャリが敷き詰められているのに、その隙間に根づいて、勢いのいい花を咲かせている。コロナ疲れで、肩が落ちるばかりの毎日だが、目をやるたびに、元気をもらう。Kimg0248

 

 

2021年2月 3日 (水)

うっかり節分

節分の日を三日だとばかり思っていて、豆まきもせず、恵方巻も食べ損ねてしまった。

 

腰痛はほとんど消えているが、念のためリハビリに毎日でかけ、ワイドショーも見ず、コンビニにも立ち寄らなかったので、今年は二日だということを知らずにいた。

 

節分は気候によって決まる立春が最初に定まってその前日ということになるとか、今年の二日制定は37年ぶりなのだそうだ。

 

わたしの小さいころは四日、すなわちわたしの誕生日が節分だった。それが近来三日にかわり、うるう年のときだけ四日になるというような決まりだったから、二日など、思いもせずにいたのだ。

恵方巻だって、それを食べるのが当たり前のようになったのは三、四年まえからではないだろうか。

でも決まりの食べ物があるのは便利、手作りせずにすむからありがたい、ときょう、田園調布の「醍醐」の恵方巻を買いに出かけて、うっかりが判明、醍醐は本店も支店も休業、昨日がよほど繁盛したのだろう。

 

せめて売れ残りでもないかと、自由が丘のピーコックまで行ったけれど、まったくなし。きのうのビラがあります、と言ってくれたのを見たら、驚いた、

アボガド、サーモン巻きとか、大きなヒレカツ巻きとか、八種具材の海鮮太巻きとか、その種類の多いこと…今日食べるものはと探したら、稲荷と海苔巻きのとりわけおいしい詰め合わせの、人形町志乃多のがあったので、それを三人分買ってきた。鬼打ちマメは食べなかったけれど、先日、イワシを食べたから、良しとするか…

 

そのあと、隣の「ドンク」でモーニング食べて、いろいろ手違いはあったけど、いつもの美味しい組み合わせに一息つく。

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2021年1月14日 (木)

掃除革命1、

掃除機が動きません、と二階の掃除を月二回してもらっている、シルバーさんから言われた。次はコードレスがいいです、という助言があってから、急な電話をもらった。

いまテレビで宣伝しているのがいいです、古いのはひきとってくれるんです、急いで電話番号を書いたのだが、そのメモがなくなってしまった。

大晦日も近い昨年の話である。

 

新年明けのシルバーさんの日までに、掃除機を買わねば…

量販店には行くひまがなく、アマゾンから買うことに。夫がダイソンがいいぞ、と言うので、検索して一番に出てきた、スマートな形態のに決めて、注文。

正月の二日に、同じ形の箱が二つ届いたのが不思議だったが、たぶん片方は部品なのだろうと思い込んでしまって、三が日を過ごす。ようやく開ける暇ができて、驚愕!

私の失策で、ボタンを二度押したのか、同じものを二台注文してしまったのだ。息子が、初めにパソコンの注文歴をチェックしなくちゃ、と苦笑しながら、もう一台を返却してくれた。

 

しかも、である。それがダイソンではなかった。よく見ると聞いたこともないエレクトロラックスという製品。

息子がまたもや、苦笑しながら、アマゾンは買わせたい製品が真っ先にでてくるから、ばかされないように、よくチェックしなけりゃ、今度シルバーさんが来たとき、重すぎるかどうか、訊いてみて、使いにくければまた返却すればいい、と言ったのに救われた。

 

エレクトロニクスは北欧の大手メーカー、怪しいものではなかった。シルバーさんも、吸い込みもいいし、いいですよ、これ、と言ってくれたので、まずはやれやれ、となる。(続く)

 

 

2021年1月 2日 (土)

大晦日、そして元日「ボケますから、よろしく…」を観る

大晦日の日は例年なら、夫が年越しそばの海老天を買いに行ってくれるのだが、去年は足が痛むと言って出られなかったのでまたわたしが午前中に買い出しに行った。幸い、またまたプレッセがエビを揚げていて、クルマエビの天ぷら大のものが450円くらいだったが、迷わず三尾買う。これが実においしかった。しっぽの手前までしっかり身が入っていて、揚げ方も言うことなし。あとからの情報では、同じものが高島屋では700円以上したのだそうだ。山形のおそばもコシがあって、ツユもいい味だった。

 

元日、孫息子は来ないはずだったのに、じいじがあまりよくない、と、ちょっと大げさに言ったせいで、どうしても会いたいから、と娘と二人、亡き父親の墓参りの帰り、夕方、一年ぶりで顔を見せる。彼にはお雑煮、娘にはお汁粉、そしておせちでもてなす。疲れているはずなのに、いつのまにか頑張ってしまう自分がある。

 

彼は元気そう、パソコンの問題、グーグルクロームのデフォルトを、確定してもらった。あいかわらずキイさばきがすごいので、ほめたら、ぼくたちの世代はこれくらい普通だよ、と言う。スマホで記念撮影、ついでにラインもセットしてもらった。

今年のまたいつ、会えるものやら…

 

録画しておいた「ボケますから、よろしくお願いします」を観る。普通なら隠したくなるような、台所のすみまでも、あらわにしての撮影、実話ならではの迫真力に感動した。九十を過ぎた、お父さんは背が丸くなっても、足はしっかりしている。呉の住まい、骨密度が多そうなのは、魚ばかりをしっかり食べているからなのだろう。あのお父さんのフアンが大勢いるそうだが、日本男児の誉れのような人だ。ともかく、涙が出るほど、笑いつつ、ため息をつきつつ、自分たちも間もなく彼らの世代、他人事ではない、一場面、一場面が心にしみいる。

 

ご自身がガンの手術をしたとき、髪がすべて抜け去ったところまでさらけだしての、それゆえに母上のやさしさをこの上なく証明できた場面をつくりだす、監督が作家としてのあるべき姿、ほんと、近頃、こういう時代であるからこそ、なおのこと、彼女が語る市井のドキュメントこそ、よりドラマ性があるという言葉に大きくうなずきながらの、鑑賞であった。

 

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