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カテゴリー「旅行・地域」の139件の記事

2019年12月10日 (火)

京都駅のトイレは〇☓方式

一泊旅行は翌日も列車に乗るギリギリまであちこち歩きまわって有効に過ごしてこそ、値打を増すものだが、この日はもう、その馬力がなくなっており、しかも目的は十分果たしたので、どうしようか、と迷っていたとき、テレビの声が耳に入った。関東で三日、12回もの地震が起きている、というのである。何かの異変の予兆かもしれない、これは不安それに土、日と予定満載、早めに帰ることにしよう、と決心がついた。

 

今回は食事を大倹約、きのうの夕食はホテル前の伊勢丹の地下で買ったお弁当ですましたし、朝は嵯峨のベーカリーのパンと部屋のコーヒーにするつもりである。朝食を早めにとって、12時近辺の列車にチケット変更して、せめて最後の京の味、「松葉」でにしんそばを食べよう、と決める。

 

京都駅はさほど混んでいなかった。

トイレで面白いことに気づく。ドアの上のほうに〇☓の印がついているので、☓印は使用不能なのか、と思ったら、そうではなく、使用中の意味だった。Img_2534

確かにドアが閉まっていると、使用中かそうでないかはドアのそばの印が赤かどうか見定めねばならず、これが見にくい場合がある。

〇☓をドア上にかかげて知らせてくれるのは、親切、かつ巧妙なアイディアだと感心した。

 

 

2019年11月25日 (月)

わたしのソーイングビー時代

五十年前のアメリカはソーイングビーの主婦が健在で、シンプリシティ、マッコール、ヴォーグなどの型紙が沢山販売されており、端切れのセールを年中している生地店や、高級な生地、珍しいボタンやテープなどをそろえている、郊外の街の中心地の店舗など、店ぞろいもすごかった。

ネイティブの主婦たちに比べて、小柄で、スリムな日本人駐在員妻のわたしたちは、デパートや衣類専門のブティックなどでも、自分のサイズに合う服を見つけることがむずかしかったので、情報を交換しあい、子供服や自分の服を縫い競った。

 

ハロウィンの衣装も手作り、赤ずきんのマント、ゴーストの衣裳など、すべて型紙どおり縫ったものである。

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娘とおそろいのワンピース、大人柄なのだけれど、娘はママと一緒を、とても喜んで着てくれた。

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帰国直前に、ライラックの花ざかりの公園にドライブしたときに着ているワンピースは、これ以後ワンピースなど縫うことなどなくなってしまったから、アメリカ駐在時代の最後を飾る難関のワンピース作品ということになるだろうか。

 

 

2019年9月25日 (水)

三軒茶屋へ

日曜に三軒茶屋の教会に行った。転会の報告をするためである。

牧師は日曜学校当時からの同級生だが、昨年のクリスマス前に大腿骨を骨折して入院手術、しかもインフルエンザも感染、これはもう一大事、果たして再帰できるかどうか、危ぶまれてならないほどだった。それでも一応回復したあとの彼と、転会の相談のために自由が丘で会えたのだったが、そのときも、松葉杖が離せぬ姿だったので、曲がりくねった階段のついた礼拝堂のことを思って、これはやはり容易ならざる危機だと感じてしまっていた。

 

それがどうだろう、この日はもう会堂の中をスタスタ歩いていて、大腿骨に入っていたボルト摘出の手術が終わったことを知らされたのだった。介護疲れで一時は転倒して回復が大変だったという牧師夫人もその日はさわやかな笑顔で、奏楽の名演奏を聴かせてくれた。

 

ああ、やはり神は必要なひとを守ってくださる、その実証をまざまざと目撃した思いだった。

 

帰りに通った表の三茶銀座通りはまたモダンなベーカリーがふえていて、わたしの娘時代から営業している懐かしい店は、今や園芸店と金物店と精肉店ぐらいになってしまったけれど、園芸店では、見渡したところ、コリウスと、ケイトウが自由が丘などと比べてとても品種もよく安価だったので、四鉢買った。〆て6百円ちょっと、当時店に出ていた跡取り息子のひとがとてもハンサムで、この店の前を通るのが楽しみだったことを、店員のひとに話したら、今年で三回忌になります、との返事。Img_2470

 

あの当時の母よりもずっと年上になって、ここをぶらついている今の自分がなんだか不思議な気がする。徒歩距離に兄一家が住んではいるが、ふいの訪問は迷惑だろうと考え、結局そちらのほうには足が向かぬまま、いろいろ昔のことを思い出しながら、かなりの道を歩いてようやくバス停にたどりついた。

 

2019年4月26日 (金)

山形花見旅4

前半のクラリネット協奏曲は超絶技巧を駆使した難曲中の難曲だそうだが、メイエは指揮ぶりも加えて、曲目解説にも書かれていたようなジャズ的は雰囲気とモーツアルト的な古典的要素をふんだんに出し切り、圧倒的効果を生み出した。

 

シューベルトの『ザ・グレート』はベートーベンを思わせるような壮大な曲想に満ちている。曲の雰囲気を重んじるためにあえて古楽器を使用させられたそうで、音を出すのがむずかしかったという孫娘の言葉がうなずけた。

 

総じて、楽団員がそれぞれの一番素晴らしい音を生み出すのに最大限の努力をしている統一感が見事で、定期演奏会は常に満席に近い聴衆を呼ぶのもうなずける感動に満ちた演奏会だった。

 

終演は九時を過ぎていたが、わずか十分足らずで帰宅できるので、疲れがたまらずに済む。ドライカレーをあたため、キャベツとリンゴのサラダを用意し、孫娘が市販のコーンスープを用意して、遅い夕食を終えた。孫娘はいつも一人で食べるから、手作りのこんなおいしい料理で幸せだった、と感想を述べた。

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翌朝は外で「モーニング」を。山形市はおいしいベーカリーが多いという。孫娘が選んで連れて行ってくれたのは『メリ・メロmeli-melo

わたしが選んだのは、ミルクパンと、フランスパンのホットドッグ、アップルジュース、コーヒー。なんだろう、このパンの焼き具合のおいしさは!!東京のパンにはない香ばしさ、山小屋のような二階の雰囲気もよく、満足した。

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駅まで送ってもらい10時数分発の新幹線に乗るのに三十分ぐらい余裕があったので、駅中の土産店で沢山買い物をする。

 

なんとか無事に済んだ山形訪問の旅だったが、危うさを感じたこともあった。温泉宿に着いたとき、入口の段差に躓いて危うく、顔面衝突をしそうになったのを踏みとどまったこと。孫娘のアパートで夜中トイレに起きたとき、廊下ですべりそうになって、玄関ドアに衝突しそうになったこと。

 

やはり以前より平衡感覚が弱ってきているのだろうか。山形行二度目は果たしてあるのだろうか、先の体調に、確信が持てそうにない。(了)

 

 

2019年4月24日 (水)

山形花見旅3

昼食におそばが食べたい、と言って、連れて行かれたところはひっきりなしに客が入ってくる大繁盛の店『すぎ』、

 なんとラーメンのメニューも沢山ある。私たちは鴨せいろを食べ、夫のみやげに、蕎麦かりんとうを買った。Photo_5

 

孫娘のアパートはそこから十分もしない距離のところ、真裏にコンビニがあるという至便の場所で、防音室つきの2LDK、ほとんどニトリでそろえたという、家具や日用品は色も使いよさも、なかなか選択眼のあるそろいようで、わたしが彼女の年頃のときは、嫁入り道具のほとんどを母にそろえてもらったことを思うと、隔世の感を抱かないではいられなかった。

 

夕方の外出に備えてすぐ料理にかかり、ドライカレーと筍の調理を終えた。筍は大きいものをゆで、タケノコご飯にも煮物にもできるような味付けにしておいた。孫娘は楽器を背負って早めにホールにでかけ、わたしは彼女が呼んでおいてくれたタクシーに乗って、開場時間の三十分まえに山形テルサに向かった。

 

その日は名実ともに世界のトップに立つというクラリネット奏者のポール・メイエが招かれていて、指揮者としてのキャリアも築いてきた活躍ぶりを披露するプログラムで、リゲティのルーマニア協奏曲とフランセのクラリネット協奏曲、そしてシューベルトの交響曲第八番「ザ・グレート」。孫娘の出番があるのはシューベルトのみである。トロンボーンという脇役の楽器は弦楽器や木管にくらべ、気楽でいられるのではないかと想像した。(続く)

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2019年4月23日 (火)

山形花見旅2

  翌朝チェックアウトの時間ぴったりに、孫娘が若葉マークの白い軽の車でピックアップしてくれた。ナビに合わせて走るハンドルさばきは堂に入っていて、意外にも安定感充分。

若葉マークはこの六月で卒業だというが、これだけあやつれるようになったのは、あまり交通量が多くない、ゆったりしたこの街が「天然」というあだ名の彼女にぴったりだからなのだろう。

 

今日からの週末の二日、彼女は定期演奏会の出番があるのだが、この日はわたしが手料理をふるまう約束をしたので、まずはスーパーへ、ドライカレーの材料と、筍を買う。東京と違って筍は大きいものばかり、値段も700円以上。産地でもある地方のスーパーにしては、野菜の値段は都内の大手とあまり変わらなかった。

 

そのあと、「ばぁばに、お花見させたい」と言って、ドライブしながらの花見に最適な名所、馬見ヶ崎さくらラインを走る。河に沿って、右に山、前に雪をかぶった奥羽山脈を視界に入れながら花のトンネルを行く極上のドライブ。Photo_3  

 

もう一か所見せたいところがある、と言って案内されたのが、旧市庁舎『文翔館』、022

彼女は駐車も空きのところをすばやく探して一発で入れる。021 019

大正時代の建造物だというが、豪族最上家伝統の豊かさが随所に現れた格調高い豪華さ、まわりの風景もまるでここだけヨーロッパという面影である。 026 033

 

 

 

2019年4月22日 (月)

山形花見旅1

12時発の山形新幹線、米沢を過ぎるあたりから車窓の風景が一変する。山肌にまだ雪が残り、木々は芽吹いた新芽の淡いグリーンに染まり、そして点在するサクラが開花している、四季の彩りが混じった日本独特の山岳情景が連なる。

 

かみのやま温泉駅はちょっとさびれた温泉街、車で五分の、娘に推薦されて選んだ宿『森の音』に到着。

ロビーは薪の炎が燃え立つ大きな暖炉をかこんでお茶とチーズケーキがふるまわれ、その後案内された個室のガラス戸には満開のサクラがあふれんばかり枝を広げている。005 004

 

夕食のメニューは山形の豊富な野菜を工夫した創作料理で、ほどよい量がうまく塩梅されていて、どれも美味。008_1 010 009

ダイニングルームのガラス窓もまばゆい夜桜で埋まっている。(続く)

 

2019年2月17日 (日)

ウイメンズ・コンファレンス2019

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一年に一度のわたしの楽しみ、Women’s Conferenceウイメンズ・コンファレンスに、2月15日から二泊三日、参加した。今回の会場は那須塩原のアジア学院、宿泊場所は乃木温泉ホテルで、温泉三昧の楽しみも倍加する。
テーマはbeatitude(キリストの山上の垂訓・幸福とは?)で、講師として、ベネディクト派のシスターであり、国際的な看護活動者として高名なヴェロニカ・ダニエルズ女史が招かれている。
会場は木造の素朴な建物で、ネコが飛び回っていたり、白いヤギの姿が見えたりするのどかなところ。大食堂には暖炉が赤々と燃えていた。S004

夕食と昼食がどのような料理なのか、興味津々だったが、供されたものは素朴すぎるほどの野菜のいためものと、肉のぶつ切りのソテーで、いつも家で食べている味噌汁とはちょっと違う、出汁のうまみが目立たぬ、茎つきの葉が入った茶色のスープといった感じのものだったが、二度目からは、似たようなレシピではあったが、とても自然でお腹にやさしく、口当たりがよいという感想に替わり、最後のココナッツミルクを加えたカレー味のトリ肉と具だくさんの野菜スープ、炒め野菜のメニューは、皆が一様においしいと言い、人工のうまみ調味料に毒されているような普段の生活の反省しきりとなった。S012


ロニ・ダニエルズ女史の語りは、彼女が選ばれて看取ったとされるマザー・テレサの逸話も加わり、心にしみいる内容があふれるものであった。英語の語尾が聴き取りづらくて、感想をかたりあうところで、内容の確認が必要になり、隣席の南アフリカから来ているメンバーに助けてもらった。現在わたしがかかえている教会に関する悩みも含めて、とても辛抱強く聞き役を果たしてくれて、理解を示してくれたのがうれしかった。
今回の出席者は五十数名、アフリカ諸国、インド、オーストラリア、カナダ、英国、イタリア、アメリカ出身の日本居住者である。なんと今年は日本人が二割程度の少数で、英語の聞き取り力がかなり落ちているのを感じつつ疲労がたまった。S008
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この会の素晴らしいところはキリスト者として経験が浅かろうと深かろうと、まったくの差別も、偏見もなく、皆が心を開いて語り合えることで、この親しみがあふれて雰囲気も一段となごやかで深みのある感動が広がるのだと思う。しかもプロテスタントばかりでなく、今回はカトリックや聖公会からも参加者があり、和気あいあいの風景でうれしく思った。

乃木温泉ホテルの湯は熱すぎずぬるすぎず、実に適温で、あたたまり、しかも整形上の痛みに効果抜群で、脱衣所にはマッサージチェアが二台もあるので、肩凝りのひどいわたしには、大助かりだった。


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パペットの余興

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日曜日の礼拝、聖餐用に焼かれたパンが持参されて、それをちぎってグレープジュースに浸して食する儀式

2018年11月12日 (月)

京都一泊旅行 5

錦市場からの帰途はまた五条まで戻って、ホテルまで散策しながら歩いた。
ゲストハウス情報を確かめる。教えてもらった宿はこじんまりして、客室も少なく、居心地よさそうでトイレも近い。しかも朝食つき、周辺に定食屋や、カフェもある、便利なところ。このつぎはここに一泊もいいかもしれない。
そのあたりから路地がのびていて、京都らしい個人商店が軒をならべる。店の歴史が長そうな豆腐店で油揚げを買った。Photo

こういう路地はフィレンツェのアルノ川の向こう側、サントスピリトにホームステイしたときの散策を思い出させる。国は違っても古都には共通したものがありそうだ。


何を食べたかについて
着いてすぐの昼食は駅構内の『松葉』でにしんそばを食べた。夜、ホテルのレストランディナーは食べる気はしなかったので、駅で京都独特のお弁当を見て回る。まさにそれだけを売っている場所があって、庶民的な「おばんさい」弁当から和久伝や辻留の高級品、柿の葉寿司など、種類も豊富、和久伝の炙りサバ寿司、分量もちょうどよさそうだったので、これにしたのだが、サバの生臭みが残っていて、期待したわりにはおいしくなかった。
夜出かけていくのが億劫ならば、ホテルの場合、ルームサービスのメニューがかなり充実豊富なので、高齢者にはこのほうが向いているのかもしれない。
昼食はあのタマゴサンドは失敗だった。大丸ではなく、高島屋まで足を延ばせばよかったのだろうか、研究の余地がありそうだ。『松葉』のニシンそばもまあまあ昔の味だったが、おそばがやわらかくて、東京の田中屋のほうがおいしいと思った。これも京都ではいま、『松葉』より『尾張屋』のほうが人気なのかもしれない。
昼食を京都風にするなら、目的地の寺社のそばの茶店などで食するほうが、できたての土地の味を楽しめるのではないか、と思った。

東急ホテル独自の「京都市市内中心マップ」は素晴らしい。バスで著名な場所にどこにでも行けるように、バス停の位置から、行き先まで見事な分類と地図が網羅されていて、永久保存に値する旅行情報となった。(了)


2018年11月10日 (土)

京都一泊旅行 4

京都御所は烏丸線今出川駅から徒歩五分、手荷物検査があるだけで、入場無料、順路に従って、およそ40分ぐらいで見回ることができる。ガラス戸越しだったが、墨絵あり、極彩色絵模様ありの襖絵を堪能した。玉砂利をふみながら、かなり歩いたわりには膝の痛みもなく、乾御門から出て地下鉄へ。東京と似たつくりの駅、エスカレーターなし、階段を慎重に降りる。
四条駅から大丸までも地下道をかなり歩く。大丸の裏手だと思い込んでいた錦市場にたどりつくのも五分くらい歩く。

それほどまでして着いた目的地の錦市場は以前ほど活気はなく、外国人観光客の立ち食いやら、歩き食いやらが目立って、目当てのウナギ茶漬けの店は閉まっていたし、特長あった惣菜店なども閉店していた。
漬物店は二店ほど入って試食してみたが、あの東寺漬けに匹敵する沢庵は見当たらなかった。わずかにしば漬けとすぐきの刻みはまあまあの味だったので、購入した。
漬物は錦市場より、先日の松尾大社のように有名寺社の近くに店開きしている個人商店のほうが手のこんだおいしい品にめぐりあえるという事情があるような気がする。

お昼どき、この日はパン食にしたかったのだが、近くのベーカリーのパンがちっともおいしそうに見えない。甘いパンばかりが目立ち、サンドイッチはほとんどなく、あってもタマゴサンドばかり。その中身のぎっしり詰まった分量の多さにちょっとうんざり。
大丸の地下のベーカリーで何も食べたいパンがないので、仕方なくそのタマゴサンドを買って食べたが、おいしくなかった。パニーニは並んでいるのだが、サンドイッチの種類は限られていて、東京に負けているという感じがした。

大丸のお弁当は種類が豊富、下鴨茶寮のご飯の量が少ない手ごろなものを夕飯のために購入、あと惣菜のコーナーでふろふき大根を見つけたので、夫の好物だったのを思い出して、土産替わりに買った。

夫は実はわたしの胃腸風邪が治った後、すぐに発病して治りかけたのを見届け、京都にでかけたのだったが、帰って食べてもらったこのふろふき大根がすごく気に入り、おいしい、おいしいと言って二日がかりで味わっていた。(続く)

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