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カテゴリー「文化・芸術」の20件の記事

2019年7月 5日 (金)

不安な出来事

昨日はアジア会館というところでブリッジの一日トーナメントがあったのだが、最寄りの駅の青山一丁目というところは渋谷から銀座線の接続がややこしいので、とても行きにくいところになっている。乗り換えをなるべく簡単にしたくて、二子までバスで行き、半蔵門線で行くことにしたのだが、青山一丁目に着くと、改札口に出るまで何度も階段を上り下りしなければならず、往生した。おまけに雨が急に吹き降りになって、外に出たとたん、ひどいビル風で傘が危うく飛ばされそうになり、おちょこになってしまった。

結局さすのをあきらめて、濡れてしまったのだが、こういう吹き降りの日はイギリス式の頑丈なカサにすればよかったと後悔したり、それよりフードつきの防水のきいたパーカーでしのいだほうが、高齢者にはカサに体をとられることがなくて安全なのではないか、などと思ったりもした。

幸い、欠席者もなく、開始されたのだけれど、ギリギリに来たひとたちは、青山一丁目の複雑な経路を考えると、なるべくなら、もう来たくないなどと言っているひともいて、みな同じような経験をしたのだな、と思った。

 

きょうは朝から一カ月ぶりでホームドクターのところにコレステロールの薬を処方してもらいに出かけた。ところがクリニックはシャッターが閉まっていて、7月1日から一カ月休診、との張り紙があり、びっくりした。

一カ月休診とはただならぬこと、先生急病なのかしら?と患者数の多さゆえの、ご多忙ぶりを察していたので、心配になった。

急遽、数年まえに通ったことがある老先生(と言ってもわたしくらいのお歳かしらと思うのだが)の診療所に行った。こういうわけできましたと、看護婦さんに話したら、T先生、長い休診なのですってね、ともうとっくに伝わっていて、そのせいか、待合室の席は高齢者で埋まっている。

患者より先に医師が入院ということもあり得る、開業医の先生の多忙ぶり、今は診察や往診のほかにコンピューターの管理が加わるから、昔より医師はずっと、疲労が重なるのではないか、などと今という時代の生き方の苦労を思わないではいられなかった。

 

 

2019年2月27日 (水)

柳家喬太郎プロデュース、とみん特選寄席、堪能

昨年末からチケット購入して、楽しみにしていた柳家喬太郎師匠の落語、しかも彼がプロデュース「とみん特選落語」を聴きに、紀伊国屋ホールに行く。Photo

伊勢丹前の大通りも変わった。三越もなくなり、新しいビルばかり、古色蒼然の紀伊国屋ビルはそのまま、四階のホールは客席まで階段、これはちょっと避けたい観劇状況だが、客席内部はそういう階段苦手の高齢者で満員、でも若者観客数もかなり。大したものである。
前座を含め若手の落語四人は、いずれも達者に口は動くが、字の読めない店員が届け先を人に訊いてそれをくり返していく、いまどき考えられない想定の内容や、釣り禁止の場所で大量に釣り上げた魚の言い訳をする二人、など、クスッとも笑えぬ内容多々、懸命に面白くしようと表情まじえて努力すればするほど、しらけてしまう。

間に入った、ギター漫談、期待していなかったのに、この、八十は過ぎているという高齢芸人、ペペ桜井というひとの舞台が前半、一番面白くて笑ってしまった。ギターの腕が達者、長調と短調の差を演奏してみせて、シャープを会社名ともじってシャレでユーモアにして笑わせてくれたり、客席が初めて湧いた。芸にこのひとの人生が詰まっているのを感じさせたからだと思う。

意外だったのは、一龍齋貞橘の講談、よどみない語り、張り扇叩きの迫力、カタいばかりでなく、ユーモアもあったりして、引き込まれて聴いた。

さて、喬太郎師匠、登場するなり歓声がとび、掛け声しきり。それにしっかりこたえるマクラの笑、すでに観客を自分のものにしている。『品川心中』お女郎さんの悲劇なのに、おかしい、所作、せりふまわし、どれをとってみても、完璧、ごく自然で、昔を今におきかえて笑いにさせる天才的な芸、声の調子も、ゆったりした緩急自在の表現力。日本の話芸のなんと素晴らしいことか。
なかなか羽織を脱がない、いつか、と見守るうち、お女郎が白装束に着がえるまえに、それをする。そこまで、観客を集中させる実力、心中という悲劇をいかに落語にするか、いや、もう、お見事でした。

平成の名人誕生、もっと聴きたい、追っかけになろうと思って、ネットから5月14日、春風亭一乃輔と桃月庵白酒の三人会を予約。

師匠、もっともチケットが取りにくいひとなのだとか、これはもう大変。

2018年11月 1日 (木)

ポピーの輝き

幼なじみの友の芸術への芽生えをずっと見守ってきたという実感がある。
カナ子ちゃんは家が近かったこともあり、母親同士が親しかったし、ピアノの先生がずっとおなじだったので、結婚するまで交流が続いていた。
女子大の付属で学校も一緒だったが、彼女は国文学を専攻したのだけれど、結婚後、子育ての手が離れたころから木版を始めたということは、展示会の案内をもらって初めて知った。
木版界の長老と言われる船坂芳助氏に師事するグループに属していて、注目される存在になっていたのである。
CWAJの現代版画展に入選することは今や、版画家として世に認められる登竜門とさえ言われるようになっているが、カナ子ちゃんはもう二十年以上前から入選を果たしている。
草花の好きな彼女がテーマをポピー絞ってからは、順調だった成長ぶりがちょっと中断して、作品に迷いが見られ、花の表情が怖いようなときがあったと記憶している。
この数年CWAJの入選は確実になって、昨年のポピーの花はもう明確にある境地に到達したという華やかで独特の魅力を放つものになっていた。008

版画展での彼女の作品はすべての枚数を売り切り、カード化された製品も売り切れとなって海外からも注文が寄せられたと聞いた。
今年も彼女の新しいポピー作品は入選、すでにポストカードの一枚目を飾っている。002

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第62回CWAJ現代版画展(展示、即売)は現在代官山のヒルサイドフォーラムで11月4日まで開かれているが、体調が回復したので、きょう、友人と訪れ、彼女のポピーをこの目で確認した。60x90の大型作品、ポピーの花は一段とあざやかに、華やかに輝いていた。
昼食を終えて、ボランティアの仕事も一段落したとき、今回の運営に携わる主要メンバーがわざわざ私を呼び止め、カナ子ちゃんが探していると知らせてくれ、私たちは一年ぶりの再会を果たした。

彼女の師の船坂先生が日本の伝統である木版の技術を伝える作家の活躍を望むというその期待が現実となった喜びをCWAJの在籍年数の最古参のメンバーの一人として、こころから共有するものである。

2018年6月20日 (水)

柚木沙弥郎さんの世界 2.

ともかく、どうしても柚木さんの作品展を、この目で見て、素晴らしさを実感しなければ、と思った。24日まで駒場の日本民芸館で開催されている。

昨日はめずらしく梅雨の晴れ間の日だったので、民芸館なら何度も行ったことがあるから、大丈夫と思ってでかけたのだが、澁谷経由の井の頭線には乗りたくない、一番長く複雑に歩かされるから…と、ちょうど二子玉川行のバスが来ていたので、それに乗って、田園都市線から井の頭線への接続がいいのではないかと期待したのが、大間違い、降りてからも結構歩き、駒場東大前の西口からが、また結構歩き、着いた民芸館は、わたし同様、ウイークデイの梅雨の晴れ間をねらってきた人でいっぱいで、靴を脱いで上がらなければならず、その靴を各自、ビニール袋に入れて持ち歩かなければならないので、いろいろ疲れた。001
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それでも作品はどれも、目が吸い寄せられるほどの色彩と形の調和美の極致、とりわけ緑と紺色のものが何とも言えないほどの印象を刻み込む。
1976年作の注染雲文着物は忘れられぬ強烈な美しさだ。
そのそばにあった1998年作の型染草文のれんも、対照的な繊細さに満ちた作品だった。Photo


ちょうどお昼すぎだったので、駅そばで食事を、と思ったのだが、このあたりはおよそ入りたいという店はなく、そうかといってまた渋谷に戻る気はしなくなって、かつて何度も通った下北沢に出て、バス、バス接続で戻ることにした。

下北沢でよくランチを食べたイタリアレストランに入ったのだが、味が以前とまったく変わっていてがっかり、駒場の民芸館も、下北沢ももう、もう一度来たい場所ではなくなってしまったことを寂しく感じた。

帰宅してもう一度、録画しておいたあの日曜美術館の映像に浸った。
柚木さんもご立派だが、あの染職人のひとの支えが素晴らしい。六十年以上持続している二人の合作が作品により力を与えている。

柚木さんは芹沢銈介氏と師弟の間柄と知ったが、師より十年近くも長生きして、形と色の染の美を完璧に究める境地にまで達せられたのではないか、そう思った。

2018年6月19日 (火)

柚木沙弥郎さんの世界 1.

ロリポップ(棒つきアメ)をしゃぶりながら、うれしくなくちゃだめだ、と語る95歳の染色工芸作家、柚木沙弥郎さんを特集した日曜美術館を観たとき、わたしは彼の存在感に圧倒された。

染色作品の色といい、デザインといい、配色も形も、全体のバランスも、一度見たら忘れられない、魅力をたたえているが、染色だけにとどまらず、人形作りや、版画も多数の作品がすでにあると知り、ぜひ鑑賞したいものだと思った。
最後のほうで、いま、これが面白くてやめられないと言いながら、糊を塗りたくる作業が映された貼り絵、コラージュは作品としても本当に見事で、これもぜひ、どこかで展示してほしいと願わずにはいられなかった。

形というものはいずれは消え去る宿命だが、そのものが持っている物語、その形の命を感じるかどうかが肝心で、自分の命と形の命とが相互作用で呼応することで、よい作品が生まれるという言葉は忘れがたい。こういう形の命を感じることは家庭生活で家事をしている場合にも、料理の素材や、それを盛り付ける器、縫い物と生地の関係、それらをどこかで見たという形の持つ物語、衣食住すべてに、その観念は存在する。Photo


それを感じ取りながら、家事をすることは、生活への愛着を深めるのではないか、と思った。(続く)

2018年3月31日 (土)

江森ミツコさんの絵画

東銀座、ギャルリーヴィヴァンで開かれている江森ミツコ展、「さくらどき」を見に行く。
二十年前、イタリア語初級のクラスメート、イタリア語が片言のうちから、イタリア人のアートの友人を招いたり、招かれたり、言葉の理解より、彼女の絵に惹かれるものがあって、言葉以上のコミュニケーションが可能だったのだろう、と今になってわかる、それほどの何かをその作品の中に沢山みつける。
自分から求めなくても、個展をしてくださいと、頼まれるというのはそのせいだろう。

ずっと眺めていたいと思われる作品ばかりだった。彼女のお気に入りの清澄庭園の樹木が多いのだけれど、見る者に語りかけてくる力に満ちている。油彩も水彩も、そしてパステル画も…(4月1日最終日17時まで)
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2017年7月 8日 (土)

購読新聞異聞 2

六日夕刊、九州豪雨の朝日の写真は衝撃的だった。二面のページ半分ほどを覆う、土砂崩れの壮絶さ、撮影者の名前入りのショットが三枚、一面にも一枚、惨状が一目で伝わってくる。
日本経済は白黒の小さな写真のみ、テレビの映像は一瞬のものだが、新聞はそれを何度も目にすることができるからこそ、天災の恐ろしさが心に刻まれる。

日本経済の「私の履歴書」は愛読している。このところ、私と同年齢のひとたちが続いているので、自分の育ったころの世情が、よみがえってきて興味がつきない。高田賢三氏のときは、彼がレナート・カステラーニ監督の『ロミオとジュリエット』を観て、ロミオ役のローレンス・ハーヴェイに夢中になって、ファンレターまで出したという記述に「あっつ!」と思った。私もどれほど熱をあげたかを思い出したからである。現在、日本ガイシ特別顧問の柴田昌治氏が執筆中だが、「非常に気難しく気位の高い祖母がいた」との一文に、我が家とそっくり、とうなずいたのだった。
こういう一カ月という時間をかけての連載ものは朝日にはない。しかも自叙伝でありながら、ドキュメンタリーのように当時の世相も伝えるものなので、読みごたえする。

朝日の声欄は一般人のオピニオン、投稿記事である。これが面白い。数日前の「日本語教師の報酬がいかに少ないか・・・」には経験者として大きくうなずくものがあったし、きょうの財務省の理財局長が国税庁長官に就任について、悪い人事ではという見出し、同感と叫びたくなった。この理財局長、国会答弁のとき「承知してございません」などというおかしな日本語を発したひとだったからだ。
大胆な正論を投稿するひとの勇気を称えたいし、これを掲載した朝日にも拍手したい気持ちになった。

新聞を二つ購読するのはちょっと贅沢だけれど、テレビや雑誌からは得られない、「今」をしっかり把握できる時間が長くなって、朝の充実感も増している。


2017年7月 6日 (木)

購読新聞異聞 1

朝日新聞の無料お試しキャンペーンを、お願いします、と、学生の勧誘員が来たので、わたしは、新聞は朝日だと思ってずっと購読していたのに、あのスキャンダルで失望し、今はあちこち試した上で日本経済に落ち着いていて満足しているからいいわ、と、言ったのだけれど、彼がもっともだというふうにうなずき、どれほど改良したかぜひこの機会に読んでみてくださいと言うので、アンケートつきのこのキャンペーン、引き受けてみる気になった。

整骨院の待ち時間のときに、ときどき目を通すのだけれど、確かに目を惹きつけられる記事が多いと、感じていたこともあったからだ。

そう、確かに改良されている。日本経済には読者の投稿欄がないので、一般の人が今、何に関心を抱いているかを、新聞からじかに知ることができないのが物足りない。それに天気予報が、三面記事の場所なので、いちいちめくらなければならないのが不便、それと、テレビ番組の一押し紹介がないのが物足りない。朝日は、それらすべてを満足させてくれるし、あの零落した当時の弱弱しさが消え、勢いがついているように見えた。得意の文芸欄はまだ書き手が残っていたのか、ニュースや紹介記事もいい文章の、読ませるものがふえている。

わたしは六時半起床で三十分をベッドに半身を起こした姿勢で、新聞を読みふける。その一週間は視点の異なる新聞の読み比べが楽しく、早朝の目覚めは充実した気分だった。

先月末、朝日新聞がおずおずという感じで、感想を訊きに来たとき、わたしはインターネットのブリッジゲームに参加しており、夫が応対したのだが、朝日は嫌いだからいらない、と言っている声がしたので、わたしはゲームの途中だったけれど、購読することに決めたからと、大声で知らせた。勧誘員の歓喜の声が聞こえて、あのときの勧誘員は奨学生だったから、さぞ喜ぶだろうと言ったので、いいことをしたような気がしてほっとした。夫がなんだか悪いみたいだね、とかなんとか応えていたので、なんのことかわからなくて、ゲームが終って見に行ったら、驚いた。魚沼のコシヒカリ5キロと、夫の好みの缶ビール、「のどごし」2ダースがおいてあるのだ。

こんな大盤振る舞いで新聞店大丈夫かしら、と思ってしまう。お米もビールも一度にこれほど沢山買ったことはないので、収納場所に困り、まだ玄関先においたままになっている。(続く)

2016年4月11日 (月)

ジョルジョ・モランディ展に想う

このところ記憶力の衰退で、著名な欧米人の名をとみに忘れがちであるが、ジョルジョ・モランディの名だけは、鮮明に覚えている。
いまから12年まえ、三度目のイタリア一人旅、ボローニャに一週間ホームステイしたとき、到着後ほどなく訪れたときの、モランディ美術館の鮮烈な感動がそれほどに大きかったからである。

今回、東京丸の内のステーション・ギャラリーで開催されたジョルジョ・モランディ・終わりなき変奏と題された美術展に、あのときの感動をよみがえらせたくて、膝の危うさをかかえながら、訪れたのだったが、よりすぐりの作品が並んでいた現地の美術館の展示の鮮烈な印象には及ばず、物足りない思いを抱いてしまった。

2004年、当時のモランディ美術館はオレンジ色の市庁舎の建物の三階にあったが、ブラマンテが設計したという、優美な階段から直接上がれるようになっており、着いたところはまた中世の素晴らしい天井画のある大広間で、ガラス戸を入ると、一転して近代絵画の粋とも言えるモランディ芸術が広がるという、構成にまず度肝を抜かれた感じがあった。011

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色調は地味だが、一度見たら忘れられない、静物像の静寂の美、とりわけ、なつかしさを覚えながら、惹かれたのは、花をモチーフにしたデッサン、と水彩の風景画、というのも、画家志望をあきらめ、銀行員になった私の実父が水彩画を趣味にしていて、静物や風景のデッサンや色の好みに、共通するものがあるように思われたからだ。001

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父が生きているあいだに、このボローニャのモランディ美術館に連れてきたかった、と思ったら、ふいに涙がとまらなくなって、感傷にふけりながらの、鑑賞は、より感動を大きくすることになったのだった。

2012年、モランディ美術館は移転して新しくなったという。圧倒的にマリア像や宗教画を主とする、文化遺産を展示する美術館の多いイタリアという国に、近代絵画の至宝のような存在であるモランディをボローニャ市がいかに重んじているかを、示す事実ではあるが、それでも私は、あの市庁舎の中にあったモランディ美術館の存在美が忘れがたいのである。

2014年3月 6日 (木)

続、一刀彫のミニ雛

三月三日のアクセスが460を超えたのに、驚いています。一刀彫のミニ雛に関心を持った方が多かったのではないかと、ひとりよがりの解釈をし、この際、個々の写真もご披露することにしました。

右から大きい順に並べます。
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背丈、順に、6.5センチ、だるま、4.5セン、立ち雛(一対)6.5センチ、小内裏、3.5センチ、小立雛3.5センチ