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カテゴリー「文化・芸術」の14件の記事

2017年7月 8日 (土)

購読新聞異聞 2

六日夕刊、九州豪雨の朝日の写真は衝撃的だった。二面のページ半分ほどを覆う、土砂崩れの壮絶さ、撮影者の名前入りのショットが三枚、一面にも一枚、惨状が一目で伝わってくる。
日本経済は白黒の小さな写真のみ、テレビの映像は一瞬のものだが、新聞はそれを何度も目にすることができるからこそ、天災の恐ろしさが心に刻まれる。

日本経済の「私の履歴書」は愛読している。このところ、私と同年齢のひとたちが続いているので、自分の育ったころの世情が、よみがえってきて興味がつきない。高田賢三氏のときは、彼がレナート・カステラーニ監督の『ロミオとジュリエット』を観て、ロミオ役のローレンス・ハーヴェイに夢中になって、ファンレターまで出したという記述に「あっつ!」と思った。私もどれほど熱をあげたかを思い出したからである。現在、日本ガイシ特別顧問の柴田昌治氏が執筆中だが、「非常に気難しく気位の高い祖母がいた」との一文に、我が家とそっくり、とうなずいたのだった。
こういう一カ月という時間をかけての連載ものは朝日にはない。しかも自叙伝でありながら、ドキュメンタリーのように当時の世相も伝えるものなので、読みごたえする。

朝日の声欄は一般人のオピニオン、投稿記事である。これが面白い。数日前の「日本語教師の報酬がいかに少ないか・・・」には経験者として大きくうなずくものがあったし、きょうの財務省の理財局長が国税庁長官に就任について、悪い人事ではという見出し、同感と叫びたくなった。この理財局長、国会答弁のとき「承知してございません」などというおかしな日本語を発したひとだったからだ。
大胆な正論を投稿するひとの勇気を称えたいし、これを掲載した朝日にも拍手したい気持ちになった。

新聞を二つ購読するのはちょっと贅沢だけれど、テレビや雑誌からは得られない、「今」をしっかり把握できる時間が長くなって、朝の充実感も増している。


2017年7月 6日 (木)

購読新聞異聞 1

朝日新聞の無料お試しキャンペーンを、お願いします、と、学生の勧誘員が来たので、わたしは、新聞は朝日だと思ってずっと購読していたのに、あのスキャンダルで失望し、今はあちこち試した上で日本経済に落ち着いていて満足しているからいいわ、と、言ったのだけれど、彼がもっともだというふうにうなずき、どれほど改良したかぜひこの機会に読んでみてくださいと言うので、アンケートつきのこのキャンペーン、引き受けてみる気になった。

整骨院の待ち時間のときに、ときどき目を通すのだけれど、確かに目を惹きつけられる記事が多いと、感じていたこともあったからだ。

そう、確かに改良されている。日本経済には読者の投稿欄がないので、一般の人が今、何に関心を抱いているかを、新聞からじかに知ることができないのが物足りない。それに天気予報が、三面記事の場所なので、いちいちめくらなければならないのが不便、それと、テレビ番組の一押し紹介がないのが物足りない。朝日は、それらすべてを満足させてくれるし、あの零落した当時の弱弱しさが消え、勢いがついているように見えた。得意の文芸欄はまだ書き手が残っていたのか、ニュースや紹介記事もいい文章の、読ませるものがふえている。

わたしは六時半起床で三十分をベッドに半身を起こした姿勢で、新聞を読みふける。その一週間は視点の異なる新聞の読み比べが楽しく、早朝の目覚めは充実した気分だった。

先月末、朝日新聞がおずおずという感じで、感想を訊きに来たとき、わたしはインターネットのブリッジゲームに参加しており、夫が応対したのだが、朝日は嫌いだからいらない、と言っている声がしたので、わたしはゲームの途中だったけれど、購読することに決めたからと、大声で知らせた。勧誘員の歓喜の声が聞こえて、あのときの勧誘員は奨学生だったから、さぞ喜ぶだろうと言ったので、いいことをしたような気がしてほっとした。夫がなんだか悪いみたいだね、とかなんとか応えていたので、なんのことかわからなくて、ゲームが終って見に行ったら、驚いた。魚沼のコシヒカリ5キロと、夫の好みの缶ビール、「のどごし」2ダースがおいてあるのだ。

こんな大盤振る舞いで新聞店大丈夫かしら、と思ってしまう。お米もビールも一度にこれほど沢山買ったことはないので、収納場所に困り、まだ玄関先においたままになっている。(続く)

2016年4月11日 (月)

ジョルジョ・モランディ展に想う

このところ記憶力の衰退で、著名な欧米人の名をとみに忘れがちであるが、ジョルジョ・モランディの名だけは、鮮明に覚えている。
いまから12年まえ、三度目のイタリア一人旅、ボローニャに一週間ホームステイしたとき、到着後ほどなく訪れたときの、モランディ美術館の鮮烈な感動がそれほどに大きかったからである。

今回、東京丸の内のステーション・ギャラリーで開催されたジョルジョ・モランディ・終わりなき変奏と題された美術展に、あのときの感動をよみがえらせたくて、膝の危うさをかかえながら、訪れたのだったが、よりすぐりの作品が並んでいた現地の美術館の展示の鮮烈な印象には及ばず、物足りない思いを抱いてしまった。

2004年、当時のモランディ美術館はオレンジ色の市庁舎の建物の三階にあったが、ブラマンテが設計したという、優美な階段から直接上がれるようになっており、着いたところはまた中世の素晴らしい天井画のある大広間で、ガラス戸を入ると、一転して近代絵画の粋とも言えるモランディ芸術が広がるという、構成にまず度肝を抜かれた感じがあった。011

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色調は地味だが、一度見たら忘れられない、静物像の静寂の美、とりわけ、なつかしさを覚えながら、惹かれたのは、花をモチーフにしたデッサン、と水彩の風景画、というのも、画家志望をあきらめ、銀行員になった私の実父が水彩画を趣味にしていて、静物や風景のデッサンや色の好みに、共通するものがあるように思われたからだ。001

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父が生きているあいだに、このボローニャのモランディ美術館に連れてきたかった、と思ったら、ふいに涙がとまらなくなって、感傷にふけりながらの、鑑賞は、より感動を大きくすることになったのだった。

2012年、モランディ美術館は移転して新しくなったという。圧倒的にマリア像や宗教画を主とする、文化遺産を展示する美術館の多いイタリアという国に、近代絵画の至宝のような存在であるモランディをボローニャ市がいかに重んじているかを、示す事実ではあるが、それでも私は、あの市庁舎の中にあったモランディ美術館の存在美が忘れがたいのである。

2014年3月 6日 (木)

続、一刀彫のミニ雛

三月三日のアクセスが460を超えたのに、驚いています。一刀彫のミニ雛に関心を持った方が多かったのではないかと、ひとりよがりの解釈をし、この際、個々の写真もご披露することにしました。

右から大きい順に並べます。
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背丈、順に、6.5センチ、だるま、4.5セン、立ち雛(一対)6.5センチ、小内裏、3.5センチ、小立雛3.5センチ

2014年3月 3日 (月)

我が家のお雛さま

実母はお人形づくりが大好きで、木目込みのお雛さまと玉子の殻でつくったお雛さま一式をわたしにプレゼントしてくれた。
木目込みのほうはアメリカ生活四年を過ごすときに持っていって、現地の婦人会で披露した。

その後、彼女のお雛様へのこだわりはやまず、最後に買い求めたのが、一刀彫のミニびな。
これ、宝物みたいに大切にしてね、と言い残して、亡くなった。滅多とない逸品なのだという。
二度の引越し、新居に落ち着くのに時間がかかり、このところ二年ぐらいこの一刀彫びなを出していない。
今年はやっと雛祭りの当日、ブログにお披露目することにして飾った。
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あと、実母の自作の余り布でつくったミニびなもある。貼物が好きだった母、飾り台や屏風も手作り。002_3


手芸が好きなあまり、身体を動かすことを怠り、晩年、足が弱ったのが命とりとなった。

2014年2月13日 (木)

芸術鑑賞と散策の日

不世出の天才陶芸家、板谷波山の名を知ったのは、数年前、K子と一緒に笠間を訪れたときだった。ちょうど特別展を開催中だったのだが、陶芸にくわしいK子が説明役になってくれて、わたしはすぐに、陶器と呼ぶにはもったいないほどの芸術性に満ちた美しい作品群に魅了された。

出光美術館で開催中の今回の回顧展、K子に声をかけたら、行く、行くとはずんだ返事をもらえて、風のないおだやかなある日、うちそろってでかけた。素描も混ぜておよそ300点、いずれも、生涯「光」を追及したというそのテーマを立証するまばゆいほどの、傑作ぞろい、アールヌーボー的なやわらかい色彩のものから、彫刻の技を駆使した浮彫の力強さに満ち満ちたもの、あわい色彩から、バーナード・リーチ的なブラウンカラー一色のものまで、ただただ、目を奪われる。008

波山の全作品1000点のうち280を出光美術館が所蔵しているという。「無垢なるものを一心に追及した波山の陶芸が、実業の世界で闘ってきた男を優しくいやしたのではなかろうか」と評した産経新聞の記事はただの技術的解説に終わった朝日新聞を超越していたように思われる。

その帰り、丸亀製麺で会社員たちが昼食に好むという讃岐うどんを食べ、三菱一号館そばのベーカリー、ロブションでパンを買ってから、東京の名所に強い、K子に解説してもらいながら東京駅に出た。改札口付近の天井が芸術的。005

中央郵便局がユニークなショッピングビルに変貌、展望テラスから見た東京駅復元の光景の美しかったこと、そこからさらに、八重洲口に出て、ちょっと珍しい生垣に目を見張り、さらなる変化をとげようとするこの周辺を見回る楽しみを体得004_2


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あとはブリジストン美術館ものぞき、ティーパーラーでお茶して、満足な散策を終えた。

2013年10月23日 (水)

CWAJ PRINT SHOW 神戸展

神戸外国倶楽部はちょっと広めの個人の屋敷のような外観だったが、建物内部は、左手にカフェのコーナー、ダイニングルームが仕切られた内部にあって、正面にギャラリーに十分なスペースが広がっており、東京の版画展がそのまま見事に再現されていた。

再現と一口に言うのは簡単だが、ここまでにこぎつけるのに、どれほど多くのメンバーの努力があったか、計り知れない。188もの作品の移動、ディスプレーに関する段取り、受け入れ側との打ち合わせ、東京展と同じような効果を生むための工夫など、数え切れぬ難問を切り抜けての三度目の神戸展実現、一時は存続さえ危ぶまれた、ボランティア団体が法人化を可能にし、発展しつづけていることの意義を思わずにはいられなかった。

およそ四十年まえ、アメリカに四年暮らしたとき、主婦の単純な家庭生活が英語を使うことで一変した。スーパーのレジの列に並びながら、前のひとがどのような英語を話すか、聴き耳を立て、巨大なオーブンを使いこなす料理の出来具合に一喜一憂し、初めて耳にするe.e.cominngsの詩に、英文科の授業では決して持てなかった感動を味わっていた。
主婦の仕事の創造性は限りなくある。
帰国してこういう体験を活かせる自己実現が可能になったのが、CWAJという国際婦人クラブ活動だった。
最初の大仕事は英語圏の国に駐在が決まった家庭の主婦をサポートするプログラムの責任者、四十人という定員が集まるかどうか、神経をすりへらしながら、広報に努力したものだ。

今回の神戸展、プロの美術展企画にかかわる人々も訪れていて、よくボランティアでこれほどのことができたものだと、大層感じ入ってくれたらしい。
裏方の仕事は結構忙しく、朝10時から午後7時まで、持ち場をゆっくり離れることもできぬほどではあったが、メンバー同士の親交が深まるという楽しみを味わうことができた。

終了後の会食では、住吉地区の元豪邸だったというレストランで、美食に舌鼓を打ちながら、おしゃべりに花が咲いた。隣席のひとはメロンパンまで自宅で焼くという料理人、そのまえに座ったメンバー、六年ロンドンに暮らしたそうで、日本のパンはお菓子みたいでパンじゃない、と声をあげ、わたしも賛同した。その朝のホテルの朝食もパンの種類は多かったが、もちもちの食感、バターたっぷりのものばかりだった。もっとパンとは本来どういう味でなければならないかを研究してほしいのよ、という意見に、ほんと、そう、とうなずきながら、メンバーのだれもが仕事もエキスパートだが、主婦業もそれを上回る腕の持ち主なのだと、つくづくと感じたのだった。

2013年8月 8日 (木)

岩合光昭写真展『ねこ』

夫がめずらしく、いっしょに外出しないかと誘った。目的地は岩合光昭写真展『ねこ』

わたしたち夫婦はテレビ番組の好みも全く異なるので、いつも別々に見ているのだが、岩合さんの世界ネコ歩きの番組だけは並んで一緒に見ることにしている。
岩合さんがネコたちに話しかけながら、歩き、撮影してまわる、そのドキュメンタリーはどんなドラマよりも、心を温め、晴れやかにしてくれるからだ。それは彼の動物への深い愛情、またそれを理解する動物たちの反応、自然界の眼に見えぬ絆が伝わってくるからなのだろう。002_3

会場はできれば行くのを避けたい渋谷だったが、アクセスのいい『ヒカリエ』なので、それでは、と腰が上がった。
ヒカリエ九階、イベント会場ヒカリエホールA。岩合さん会心のシャッターチャンスをとらえた240枚、大写しのネコ全員がここぞという何かを伝えているようで、場内にただならぬオーラが漂っていた。
岩合さんのキャプションがいい。書きとめておきたいという数枚があったのだが、杖をついているのにセカセカ歩く連れ合いを追いかけ、珠玉の言葉は頭の中を素通りしていく。これだけはどうしても、と暗記していたのが、「ネコは人間としのぎをけずりながら、生きている・・でも人間がいなければ、生きていけない、だからネコを愛してほしい」という言葉。
彼が十六年飼っていた愛猫、海(かい)ちゃんに密着した記録の数々、しのぎをけずりながら成長していくネコの姿の一瞬、一瞬にその言葉が証明されていた。メス猫海ちゃんは母となり、子猫を育てていく。
今の世の中、ネコに避妊をさせないで飼うことは勇気が要る。岩合さんの愛情と、動物写真家としてのこだわりを貫きとおした信念に頭が下がった。

同時にわが家のメス猫チナコも今飼っているオス猫チャイも避妊と去勢の手術をさせてしまった、身勝手な飼い主である自分たちにやましさをおぼえた。
二匹のネコたちのおかげで、どれほど家族の絆をかためてもらったか知れないのに。

岩合さんのもう一つの写真展『ネコライオン』は恵比寿の写真美術館で十月まで開催される。イタリアから無事帰国できたら、涼しくなってから、今度はひとりでゆっくりと観に行きたい。


2013年7月 5日 (金)

ルチアーナ・マタロン・イタリアからのメッセージ

M子さんとは十年まえ、イタリア語の初級クラスで知り合った。彼女は画家なので、個展やグループ展の案内を欠かさず送ってくれていたのだが、最近彼女がずっと描きつづけている、清澄庭園のユリノキの絵にあまりにも魅せられ、自室でいつも眺めたいと思い、購入した。それが縁で親しく会う機会がふえたのだが、その彼女がミラノから素晴らしいアーティストが来日していて、横浜で個展を開くと知らせてくれたのだ。Photo


ルチアーナ・マタロン、画家、彫刻家、ジュエリーデザイナーでもある。
みなとみらい線日本大通り駅(3番出口)徒歩三分、レトロモダンな建物、横浜三井物産ビル一階のギャルリーパリ、五時からのオープニングに二人で出かけた。
日本大通り駅は混雑もなくゆったりしていて、出口を左に進むとすぐに大通りに突き当たる.緑多く、歩くのが楽しくなるような、横浜の異国情緒がにじみでた街並み。目指す建物の鋼鉄の扉はオートドアでその奥、白が基調のインテリアだが、昔の建築ならではのどっしりとしたおもむきがあり、ここならイタリアの画家の個展が似合いそう、と見回すと、展示がまだ仕上がっていない。おや、と思ったら、ギャラリーのオーナーがあらわれ、作品の一部が税関に差し止められて、搬入が遅れ、オープニングができなくなったという説明。
それでも次々と木箱が運び込まれて、開かれていくのを見ていてもよい、と許可されたので、十点ぐらい、主な作品をまじかに見ることができた。

これまで見たことがないような色彩と構図、二人で思わず、わあ~っつと声をあげていた。これはスゴい、並々ならぬ才能、とりわけその色、解説者の言葉によると「彼女はその独特の色彩・かたち・シンボル・線描や痕跡を駆使して、魂を生き生きとよみがえらせようとする。彼女はどのような色にも形にもそれぞれにスピリチュアルな音色を与える」に納得。
別の評論家は「気品、軽妙、優美。これらが彼女の作品全般を特徴づけている」とも語る。
7日まで横浜、その後青山でも個展が続くらしい。
ともかく必見の作品群。
彼女は自分の財団を設立し、ミラノ、ドゥオーモ近くに美術館を持っている。

八月のミラノでそれを探しあてる楽しみができた。

2013年5月23日 (木)

伊豆高原アートフェスタの刺し子展

5月1日から31日まで伊豆高原で開かれている第21回アートフェステイバルの99の展覧会の一つ、吉浦和子先生の刺し子展にアメリカ人女性Cさんと同じクラスの生徒さんたちほか三名の方々と出かけた。
まさに風薫る五月の晴天、個人の別荘をギャラリーにした『スペース楓』という場所、二階建ての上下階いっぱいに飾られた大小傑作の作品群に歓声をあげ、緑まぶしいお庭を見下ろすテラスでは先生お手作りのランチに舌つづみをうち、至福のときを過ごした。
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