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カテゴリー「心と体」の124件の記事

2021年12月29日 (水)

8020表彰状

秋ごろ、区報を見ていて、ふと目がとまった。歯科医師会が八十を過ぎて自分の歯が二十本以上あるひと表彰するという記事が載っていたのだ。

この二十数年以上、三か月に一度、口腔内の掃除と衛生指導を受けに行くことを続けているが、一度も治療をしないですんでいるし、義歯をいれたこともない。奥のほうに金属をかぶせた歯はあるけれど、全部自分の歯である。表彰というのはちょっと大げさだけれど、83歳までずっと自分の歯で食べていたこの身体をほめる機会を逃したくない、と思った。

歯科医の証明が必要と言われたので、電話すると、担当歯科医師に言われた。あなたはまだ長生きしそうだから、もう少し先でもいいのではないですか?

今年経験した思いがけない身体の不調、もういつなにが起きても不思議ではない年齢なのだ。チャンスをとらえたときに、受けられるものを得たい、そうねばって、無事この表彰状が届いた。タオルセットと歯磨きチューブもついていた。

考えてみると、身体のほかの部分は薬品で治すということができるが、歯だけは、日に三度以上も噛むという激しい使用を続けることによる、不具合が生じたとき、それを治すのは一重に歯科医の技術にかかっている。いまの名医ともいえる、医師とのラッキーな出会いは夫の調査力で得た幸運であった。夫はほかの医師には六十代で総入れ歯だと言われたのに、今の先生にかかってからは、部分入れ歯で済んでいる。

表彰状が無事に届いた感謝をあらわすために、それを持ってにっこり笑っている私の写真を夫に撮ってもらって、PCから印刷し、その余白に、人間は毎日食べなければ生きていけないけれど、そのためには歯の力を維持しなければならず、それをこの年齢まで大病もせずに可能にしてきたのは一重に治療と衛生を完璧にしてくださった先生ご夫妻のおかげですという、お礼状にしたのだった。

歯科通いでこのようなやりとりをする機会はなかなかないが、思いがけない8020表彰という機会をとらえることができて、医師と患者のコミュニケーションが深いものに変わったように思う。Img_2926

 

 

2021年12月14日 (火)

歩行の痛み、ほぼ解決

よそいき用の黒い靴をはき、靴型の異なる気に入りのメレルの普段靴の片方も持参し、奥沢の整骨院に行った。

女性院長のTさんが、いろいろななサイズのインソールが入ったバスケットを取り出して、アーチの部分に貼りつけるテープつきの支えも各種選び、何度も歩行させて、これだ、というピッタリ感を感じるまでためさせてくれて、おかげで足指カバーなしでも、痛みのない歩行が可能になった。

支払い、わずか千数百円、整足院のあまりにも高額な支払い、しかも八年まえの至誠会病院での十倍ぐらいの値段に比べ、信じられないくらい低額に驚く。庶民の味方のこの整骨院を愛してやまない夫の勧めだったが、あらためて、ありがたい存在価値を悟った。

整足院の高額テープ処理とカバー、あれはあれで、一週間足指を鍛えたからこそ、この安定を得たのかもしれないと思うことにしよう。

洗足池一周の散歩も、インソールをほかの靴にフィットさせて、歩いたのだが、痛みなしだった。

歳末のストレスが軽減した安堵感を得ている。

2021年10月 6日 (水)

半年ぶりに

思い立って決行した。

半年ぶりのプールである。腹ごしらえは、「せせらぎ館」でモーニングを。

自由が丘から歩いて緑が丘のプールに行った。かなり歩いたのに、遠いと思わなかった。

体調がそれなりに回復したのだろう。

プールは水中エクササイズを三レーン使ってやっていたので、残りの広いところで、およそ四人が歩いたり、それぞれのフォームで泳いでいたりだったが、私の身体は、さあ、泳ぐぞ、と勢いをつけるより先に、身体が水を求めているように、動きだした。身体の声を聴くとはこういうことか、と思うほど、身体が水の中で動くことを求めているのを感じた。

クロールと水中ウオーキング、そして背泳、交互におよそ三十分、あまり疲れも感じずに、続けられた。

クロールのときも、バックのときも、精一杯手をのばしたけれど、腕の痛みも感じなかった。これまでいつもあった痛みがなくなっていたのは消えたのではなく、それなりに治まったということに違いない。

高齢となっていろいろ痛みは出現するけれど、意識して手当をしていれば、ある時点で必ずおさまる。そういうことを何度も経験しているのに、新しい痛みに出遭うと、やはりオタオタして、もうこれが永遠に続くのではないかと悲観的になる。老年とはそういうことの繰り返しだ。

表に出て、なんとさわやかな、というあの体の細胞がパッと開いて息をふきかえしたような実感を覚えはしたものの、夕飯を頑張って全部手作りするほどの、やる気はおきず、チャーハンはつくるとして、主菜的な肉っけのものは買うことにきめていた。昨日買って食べ残したシューマイが三つ残っているので、あとは肉団子を五つ買ってそこに野菜入れに、残っているブロッコリーとトマトを付け合わせるという、簡略さである。

明日はシルバーセンターのお掃除の人が来るので、自分の部屋もととのえておかねばならない。本もだらしなく積みあがっているし、いろいろな書類が不ぞろいに散らばっている。文房具の入った引き出しが、まだ出しっぱなしかもしれない。

片付けが本当に面倒くさい。せっかく身体の悩みが消えたのだから、終活に取り組もうか、とも思うのだが、思いはよぎるだけで、部屋はそれどころではないのである。

 

2021年8月 5日 (木)

尾籠な病

恐れていたことではあったが、都内の病院の受け入れ状況は困難を極めてきている。今病気になったら、悲惨な結果となる。元気でいなければならない。

そんなとき、思っても見ないことが起きた。

 

あの婦人泌尿器科の診察のあと、三日目に夫の検診につきそって近くのかかりつけ内科に行ったとき、念のために自分の尿検査をしてもらったら、思いがけず、かなりの悪い数字が出たのである。クラビットはあります、と言ったら、もっと強い薬でなければこの菌は死なない、と珍しく強い口調で医師が言った。元町のクリニックに行った経過も報告した上なのだが、それはそれで、診療を尊重したものの、この事態は深刻だという、意思が伝わった。

処方された薬はパクタという、飲み込むのがやっと、というほどの大きな錠剤で、しかもそれを一日二錠ずつ、二度ものまねばならない。薬はのむのが苦手、こんな苦しそうなものとても無理、と思い、ともかく、元町のクリニックに電話してみた。折り返し、あのときの医師が電話をしてきてくれて、パクタではなく、クラビットを飲み続けることで大丈夫、と断言し、追加を宅急便で送ってくれることになった。

まずは、安心したのだが、どうも、下半身の具合がよくない。いつも何か重苦しく、熱をおびているような不快感を感じる。トイレも近い、残尿感も大きい。

排泄に関する不都合は、毎日数度以上のことだから、切実である。

 

今年になってから、何度も思いがけない身体の不調を経験した。初めてやがて命が終わるときのことを、身近に感じた。

 

普通ならクラビッドを三日も服用すれば、症状は全くなくなるのに、そうならない苛立ちを抱えつつ、先週の土曜日、もう一度内科に出かけて尿検査をしてもらった。結果は×

先生の指示を守らずクラビットなんかに頼っていたのに、医師は、婦人泌尿器科を尊重する気持ちはわかると言ってくれて、でもあの巨大錠剤をしっかり四日分のむように、命じた。近頃の菌はすごく強くなっているということも知らされた。

もう、迷わなかった。言われたとおりにしよう。錠剤を服用しながら、身体のあの部分に全神経を集中していた。元町クリニックの医師からの電話はもうなかった。超多忙の医師なのである。

身体をやすめることを十分にしなければならないので、買い物にも出ず、夫が引き受けてくれたりもした。

首うなだれているわたしに、夫が言った。83という年齢はいろいろ悪いところが出てくる、85になると、それも、それなりにおさまる。

じゃ、あなたの89歳は?と訊くと、もうヨレヨレさ、とオバケの恰好をしてみせて笑った。

人生の先輩がまだそばにいてくれるのを感謝しなければ、と思った。

 

服用後、四日目、不思議なくらい、不快感が去って、いつものわたしになっていた。

 

 

2021年7月22日 (木)

女性泌尿器科先生に感謝

夕食後服用する薬が二錠ふえた。女性ホルモンを補う薬と、過剰な膀胱の運動を抑える薬である。

今年になって、いわゆる、しものトラブルに悩まされることがふえた。膀胱炎、夜間頻尿,残尿感など。いずれも、内科医でも薬はもらえるので、対処してきたが、もっと詳細に自分の身体をみてもらえる専門医を探していたら、6月12日の朝日新聞土曜のBEフロントランナーの記事に、目が釘付けになった。女性泌尿器科医、関口由紀さん、の見出し。

 

早速予約をとる。それが7月19日、元町中華街駅、5番出口から徒歩2分、「女性医療クリニックLUNAネクストステージに行ってきた。

 

淡いピンクフロアの待合室には16人ぐらいの中年女性の先客、予約の時間午後3時半から待つこと、一時間。尿検査があることを懸念し、トイレに行きたいのを我慢していたので、これ程待つことは予想外で、二度も受付に確認したが、そのままお待ちください、の返事だけで、ようやく名前を呼ばれる。問診、「え~っつ、すごく若い」の感想もらう。そのあと、超音波検査、結果の説明なし、ということは、異常はなかったということか…

 

そして、いよいよ婦人科のあの、あられもない恰好させられる椅子に乗って、内診。「じゃあ指を入れますよ。はい、大きくせきをして。おなかに力を入れないで全身リラックス。膣と肛門だけキュッと締めます」「スゴイ、まだ力がある!」のつぶやき聴く。

ずっとこらえていた尿は管で採尿され、残りはトイレに行って咳をしながら出してください、と言われた。

 

特に問題なし、という診断だったが、冒頭の薬の処方箋をもらい、一か月後、理学療法士による膀胱を締める体操経験の予約を取って、その日は終わる。

 

膀胱がすっきりして、しもの違和感が消え、楽になる。関口先生の内診はとても効果があったのを感じる。

行ってよかった、正解であったと、こころから感じ、泌尿器科が男性の医師だけではなくなったことの、喜びを感じたのであった。

2021年5月20日 (木)

ワクチン予約状況

19日夕方、ようやくオレンジ色の封書が届いた。夫は基礎疾患の項目のところを読み、きょう、20日再びかかりつけのクリニックに確かめに行き、そこで六月確実に予約がとれるとわかったので、21日からの予約はとらない、というので、問題はわたしだけということになった。

わたしのほうは、せっかく徒歩距離の会場があるのだから、あすの8時半からパソコンでトライしようと思うのだが、電話は8時半から17時15分と明記してあるが、ネット予約の時間が書いてないので、大田区役所にTELした。始まりは8時半だが、ネット予約のほうは24時間なのだそうで、翌日からもこちらの起床時間にあわせていつでもトライできることがわかった。

わざわざ電話で問いあわせしないでもいいように、そういうことも明記してくれればいいのに、21日だけ赤いアンダーラインがしてあるので、21日だけなのかと誤解しそうになる。

なんだかメディアも、役所もすべて情報が十分でなく、確実かつ明瞭性に乏しい。

その電話でついでに予約手続きの中身の詳細も教えてもらって、ようやく安堵できた。

 

友人たちの情報が次々知らされる。品川区のひとは、電話でトライしたら、通話の容量がなくなるまでかけ続けて、ついに、あきらめ、そのあと息子さんがトライしたら、一発目で予約完了となったとか。きょうは彼にステーキ奮発するわ、とのこと。

世田谷区の彼女はパソコンで、かなり夜遅くまで自分でトライ、成功したのだそうだ。

 

それにしてもきょうのテレビでは大手町の大規模接種会場が、予約はとりやすいらしいが、行きつくのが大変らしい、やっぱり、と思った。大手町の駅は一番行きたくない場所だというのは経験ずみ。沢山の地下鉄が乗り入れているので、乗り換えもややこしいし、すごく歩かされる、イヤなところなのだ。

周辺ホテルが一泊プランを打ち出しているそうだから、そうまでしても早い摂取をと、政府のやり口に踊らされてしまうのが癪にさわる。

 

明日は午後ブリッジゲームがあるので、それまでにとれなかったら、息子にバトンタッチで手伝ってもらうことにしようと思う。

 

2021年5月 3日 (月)

突然の異変 1.

29日の午前中、こめかみのあたりがしめつけられるような気がして気分が悪くなってきた。この感じは覚えがある。血圧だ。測定してみると185・90の数字、測りなおしても変わらない高血圧、休日なのでクリニックには行けない、しかもぼうっとしてきて、外に出たくなくなってきた。

 

数年まえにいきなり200という数値が出て、以前のクリニックにとんでいったが、一過性のものだという診断、すぐにおさまったことがあった。

 

今回もそうかも知れないと期待したのだが、午後になっても下がらない。

思い当たることはあった。パソコンに向かうことが多かったし、ブリッジや麻雀までゲームをずいぶんしていた。肩がすごく凝っていたのに、ここ二週間以上、マッサージに行っていない。しかも寝るのはいつも12時過ぎ、その悪条件が伴い、コロナストレスがついに爆発したのでは?と思った。この日は休日診療のクリニックの連絡先も調べてあったが、出かける気がしないのでともかく早寝をして翌日に備えた。

 

30日の朝も高血圧は189までになり、食欲まったくなく、歩くとふらふらするので、

往診を頼んだ。ノートパソコンを抱えた先生、駆けつけてくださり、あざやかな指さばきでキイをたたきながら、私の報告を入力、ご自分の血圧計で測り、これは高いですね、と言われる。

でもわたしの報告の言葉を聴きながら、言語や思考に影響が出ている様子はまったくないから、肩凝りや体の疲れ、ストレスのせいかもしれない、一番マイルドな薬を処方しておきます、一日一錠のんでくださいということだった。普段の血圧が低めなので、油断していたのかもしれないが、やはり、私の年齢では、毎日血圧を測り、血圧ノートに記録したほうがいいという忠告があった。夫の体調をご存知の先生はクリニックのそばの薬局に処方箋を渡されて、薬局のひとが届けてくれるという配慮もあって、夫は出かけずに済みありがたかった。

 

薬の効果絶大、夜には148に下がり、さらに翌朝には124にまでなった。でも食欲なし、胃がむかむかしている。心配してかけつけてくれた娘が夫と息子のためにドライカレーをつくってくれたが、そのカレーの臭いをかぐのがつらかった。あいかわらず、足もとが怪しい。

 

五月一日の土曜朝、思いついて、訪問マッサージを依頼した。以前夫が通っていた奥沢の接骨院のベテラン女性、しかも若くてキビキビしたひと、夫が大お気に入りだけあって、三十分の施術でからだは軽くなった。

昨日のご飯があまっていたので、夜はケチャップライスをわたしがつくって、夫にオムライスにしてもらう。わたしは相変わらずツワリ状態なので、トースト一枚を何とか食べるという状況、何かするとすぐベッドにもぐりこみたくなるだるさで、テレビも十分も観ていられないほど、このまま治らなかったらどうなるのだろう?まさかこのわたしが、と元気自慢だったけれど、もしかすると最期が近づいているのかもしれないと思ったりした。

 

五月二日、日曜だけど、教会には行けない状態。足もとに自信がない。どこかで転びでもしたら大変。血圧は117に安定しているが、食欲はまだ回復していない。バナナを切ってシナモンパウダーをふりかけ、ミルクをかけて食べる。洗濯をして干すことはできたけど、急な雨でとりこむのが大変。干すときに夫がずいぶん助けてくれたけど、急な雨で取り込むところまで気がまわらないらしい。洗濯をすると、いつも取り込むことを、女性は考えるが、男性はにわか雨に注意もはらわないし、洗濯したことを忘れているみたいだ。

娘が電話してきて、なにか買い物ある?と訊いたので、きょうはシャケと豚汁にしたけど、パパは気に入らないみたい、と言ったら、面倒なひとだね、と我が家の状況のややこしさがわかったような返事をした。

彼の好物、酢豚を買ってきてくれると言い、ほかには?と訊くので、お菓子がなくなったというと言うと、ママは何が食べたい?と訊くので、私は食欲ないからお菓子どこじゃないけど、パパが甘いものが要るのよ、どんなもの?そこで説明しようとするのだが、失語症に陥っているので、自由が丘でよく買う単純なお菓子の説明がよくできない。

ともかくウエストのパイなら絶対好きと言ったら、うわ~、ほんと面倒。

とは言ってたけど、わざわざ二子まで行って、酢豚とウエストのパイを買ってきてくれた。

夜はすこ~し、食べられそうな気がしたので、冷凍してあった玄米ごはんにこの間のハンバーグ屋さんのふりかけかけて、豚汁少々とで食べる。

二階まで上がれるようになった。ともかく五日にクリニックが開くので、その日にはなんとか出かけられるようになっていたい。

 

 

2021年3月13日 (土)

再発?

コレステロールの薬が切れてしまったので、この前の医師のところはいつも四、五人待つことを考え、もう一軒の、ゆったり、こじんまり、おだやかに患者の話をよく聞いてくれる医師のクリニックのほうに行くことにする。彼は皮膚科の専門でもあるのだが、スマホを三つぐらい用意していて、患部を写し、それを拡大して、説明してくれる。これまでも診たては正確で、皮膚のトラブルはすぐよくなった。もう一つ感心したのは、我が家の夫が足の爪がかたくて、自分では切れなくなっているので、一か月に一度、看護師さんに切ってもらっている、と話したら、僕も七人ぐらい切っています、と言うのを聞いたことだ。

 

一人診察中だったので、ふいに、尿検査をしてもらったほうがいいのではないか、と思いつき、看護師さんに頼んだ。結果はやはりちょっと恐れていたこと、菌が出ているという。

クラビッド三日のみました、と医師に告げると、五日のまなきゃ、だめです。と言われてしまった。

あの大き目のタブレットをまた五日のむことを考え、やれやれ、である。

 

薬局で、経営者で薬剤師の女性が薬を手渡してくれて、膀胱炎、わたしもよくかかるんです、と言ったのに驚いた。このごろとてもふえてるんですよ、一つにはウオシュレットでお尻を洗うとき、大腸菌を含んだ水が飛び散って、膀胱内に入ることがあるから、とも言われています…思いもしなかったことを聞いたという気がした。

 

と、いうことは、お尻マークのあとビデマークを押したほうが、より安全と言うことになるのだろうか…トイレで覚えていなくてはならないことがまた一つ増えたということか…、

2021年1月23日 (土)

突然の不自由

朝起きたら、腰痛に襲われた。以前から、ときどき腰のあたりの違和感はあったのだけれど、高齢ゆえの、頼りない感じくらいの意識だったのだが、きょうのは違った。

思い当たることと言えば、今週は国際婦人クラブの例会のオンラインで、上野千鶴子さんがゲストで講演されるとあって、およそ一時間以上、PCに見入っていたのが、疲れた。

画面に出ているので、途中で立つことがはばかられていて、集中したあとの疲れをまともに感じた。それと、多摩川を往復することが二度ほどあって、曲がりくねったかなりの急坂をのぼるとき、腰のあたりではなかったけれど、身体全体でつらいと感じた事実はあった。

 

リンゴの生ジュースとヨーグルトとミルクをかけたシリアルを急いでかきこみ、いつもの接骨院へ。大した事ではなさそうな診断、電気をかけてもらい、腰の牽引をする。入浴などであまり温めないほうがいいと言われた。

 

食事だけはまともなものを食べたい。イーオン系のスーパーが魚を特売するというニュースを、夫が聞きかじってきたのを思い出し、寄ってみると、なるほど見た目もおいしそうなブリがあったので、それを男性二人に、わたしはタラを買い、春菊、豆腐でタラチリにする。このイーオン系のマイバスケット、午前中だというのに、大根が見当たらない。

 

こういうときは裏にある、あのオジサンの店へ。彼は夫と同い年、「同級生、元気?」などと声をかけてくれる、何でも売っている便利な店。夫よりはずっと元気、まだ白菜の漬物を自分で漬けて自慢にしていて、事実、とても美味しく、わたしの必需品。

やっぱり立派な大根があった。葉がついているのを、半分にしてくれる。「同級生」は弱る一方だと報告したら、よろしく言って、大事にね、とキャンデイをおまけにくれた。

オジサン,えらいなあ、と思う。「これもお客さんのおかげ」と言うところがまた、頭が下がる。

そして、もううんざりしている家事を、まだ頑張ってしようか、という気持ちにもなる。

腰をかばいながら、でもそれを言い訳に、夫と息子に跡片付け全部をしてもらいながら…

 

 

2020年8月26日 (水)

夫の米寿

夫はこの八月で88歳米寿を迎えた。

インドのボンベイ(現在のムンバイ)で生まれ、まるでインド人のように、夏の暑さには強いひと、夏に弱いわたしの代わりに買い物に行ってくれたり、料理をしてくれたり、それは頼もしかった。それが、この年の初めごろから、目に見えて身体が弱ってきた。

背も曲がり、外出を億劫がり、握力も弱り、聴力が著しく衰えてきた。

大好きだった夏だったのに、暑いなあ、と弱音を吐く。

いわゆるフレイルという状態が進行しているのだ。それでも目つきはしっかりしているし、親戚や知り合いに出す手紙などは、きれいな字で文章もおかしなところはない。

でも、このままではいけない、とわたしは思った。話し相手がわたししかいない、という状況になっているのはよくない、と思った。

我が家には息子が同居しているが、彼は力仕事や買い物など、補助の役割はなんでもしてくれるが、夫やわたしとは、しんみりとした話などをしたがらない。

わたしがほとんど毎日通っているリハビリの場所に、とてもしっかりした理学療法士のひとがいる。わたしが頼もしく思う気持ちを夫にも味わってもらいたい、そのひとに、診療してもらうことにした。幸い、夫も彼を気に入り、週に一度治療を受けるようになって、一か月が経過。介護保険での診療期間が終わり、今は彼のアドヴァイスで、ケアマネージャーを通して、訪問リハビリをしてもらうようになり、地域の理学療法士の人が、週に一回およそ一時間通ってきてくれている。

 

さて米寿の祝いを本来なら家族だけでも集まってできればいいのだが、わたしは毎日の食事の準備と家事で疲れきっていて、パーティをする気力も体力も失せているのを感じていた。

幸い娘が電話してきて、いっしょに食べることは避けたいけれど、手作りのオーブン料理を届けると約束してくれた。息子にケーキを頼んでくれるとも言った。

当日見事に焼けたシェパーズパイが届けられ、ダロワイヨの三人分くらいの、88の文字ローソク付きの小さなケーキもそろった。娘がスマホからリモートの電話をセットしてくれて、夫は山形の孫娘からの祝いの言葉をもらった。夜には孫息子からの電話があった。Img_2631

何よりも思いがけない嬉しい贈り物が、夫の甥からの心入れで届いた。出身大学の生協が発送、大学のイニシアル入りの野球帽、金色のペンのマークもついているカッコイイデザインである。夫の喜びようは格別であった。

これをかぶって外出したいという意欲も起きようというもの、コロナ禍のなか、それぞれのひとの夫への想いがあふれる記念すべき祝いの日であった。

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