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カテゴリー「心と体」の126件の記事

2022年6月26日 (日)

聖書と共に

一訪問者として教会を訪れるのと、洗礼を受けて教会員になるのとでは、天と地ほどの差があることに気づくのは、教会という組織の中にどっぷりつかってからのことである。

ましてや、75歳にもなって、ほぼ人生での越し方ができあがってしまっている状況からのおよそ十年、まだ教会員とならないときに得た常識があまりにも通用しないことに、心が打ちくだかれそうになる。

 

わたしはそれをいやというほど、経験して、大教会を去り、十分の一ぐらいの人数で、礼拝も余分なことを削ぎ落したように整った小教会に転会して、三年余が経った。

 

個人情報を避ける意味なのか、名簿もないので、会員の名前も覚えられていないうちに、このコロナ禍に見舞われた。会合は全てなくなり、礼拝後の会話なども禁止されているので、名簿がないのはともかく、会員の名前だけでも、プリントしていただきたいと、願い出てみたが叶えられなかった。

礼拝堂の入り口のそばに、飲み水を入れた魔法瓶と紙コップがおかれてあったのに、長老会はそれがコロナ菌を呼び込むことになるかも、怖い怖い、ということで、取り除かれた。でも炎天下の夏の通りを歩き、教会にたどりつくわたしのような高齢者は、水を一口飲みたいと思う。他教会状況を調べてみると、すべて、水分配慮は申し分なくととのえられていて、ペットボトルを渡されるところもあるという。

これまでなかったものを、置いてくださいというのではなく、以前そなえられていたものを、再び戻す、というわけにはいかないのだろうか?と、リクエストしてみたが、これもノーであった。

 

六月になって一年一度の総会が開かれた。礼拝の見事な整いかたとは、異なり、式次第がはっきりせず、長老選挙の段取りがよくわからなかった。今年は長老の若返りを期待するらしく、すでに三人の名が推挙されたプリントを配られていたが、そのひとが誰なのかわからない。お名前とお顔が一致しないので、お立ちいただけないのでしょうか?と私はまた余計なことを言ったらしく、牧師が緊張した顔で走り寄ってきて、そんな様式はこれまでないので、みたいなことを耳元でささやいた。会が終わって、外に出たとき、初めて会う一人の婦人が近づき、言った。「私はここに十年以上もいるのですが、まだ誰が誰だかわからないんですよ、よく、ご紹介のことを言ってくださいましたね」と。

 

次の週の日曜日、無事に選ばれた新長老三名の認証式が礼拝中にあった。会衆に背を向けた三人が宣誓の言葉を合唱し、その後ろで会衆が認証の言葉を、呼応し、新長老は振り向きもせず、牧師は改めて紹介もせず、そのままに終わった。

 

翌週の日曜の朝、わたしは早めに教会に行き、牧師にちょっとお話が、と言って許可を得た。四十歳も年上の私の言葉を、これは「諭し」の一つだと思って聞いていただきたいのだが、と前置きして、認証式のあとはやはり、新長老の紹介をしていただきたかった、と希望を述べた。牧師は不快を浮かべた表情で、「うちのやり方を変えるつもりはありません。ほかの教会はそれぞれです、うちはうちです」と応えた。

わたしは、引き下がらなかった。「旧約聖書の箴言に記されていますね。諭しをなおざりにする者は、魂を無視する者…」と。「高慢と不遜は神が一番厭われることだ」ということも。

その日の献金と、六月分の会費の袋を、祭壇の前の献金袋に入れ、わたしは荷物をまとめて、教会をあとにした。牧師夫人が追いかけてきて、引き留め役をされたが、私の心は変わらなかった。

十歳下で、わたしの教会生活を気にかけてくれている別教会の友人に報告した。彼女が暗記しているという詩編、121編を教えてくれた。なにも怖れることはない、この言葉があれば、教会はいらない、わたしはいつでもあなたの味方よ、という言葉もそえてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2022年4月 1日 (金)

言ってしまって悔やむ言葉

新幹線の復旧がまだなので、車で山形から戻った孫が、我が家のパーキングスペースに車を残し、コンサートで贈呈されたという巨大な花束を、ばぁば、もらってくれる?と置いていった。

カスミソウに囲まれた中に黄色と赤のバラ十本、大輪のユリ六本、カーネーションの大小、白、ピンク、オレンジ十本、ガーベラ6本、名前のわからぬクリーム色の花七本、どういうセンスでこういう取り合わせになるかというそれを見ながら、この花々の整理と、これが入っていた大きな、カタい箱の始末がシンドイと思った。とりあえず、生前黄色いバラが何より好きだった義母のために仏前にそなえ、ユリをひとまとめにして玄関にかざり、赤いバラとクリーム色の花を私の部屋の窓辺に飾り、カスミソウとガーベラをキッチンの窓辺に飾ったら、ありったけの花瓶を使い果たしてしまった。残りは、お掃除に来てくれた花好きのSさんが喜んでもらってくれたので助かったが、へとへとになって、しばらくベッドに横になっていた。

巨大な箱はそのまま玄関に置きっぱなしにしておいたらいつのまにか、息子がたたんで小さくまとめてくれてあった。

孫からの、またばぁばのご飯食べに行くね、というメールを見て、十数年まえから告げられるこの言葉に、いつでもおいでと返事をしていたのだが、今は違う、と思った。置きっぱなしの車のバッテリーが上がってしまうのではないかと不安がっている夫の言葉を伝えるために電話をして、そのとき、今は毎日家事をするのがやっとで、ご馳走するごはんがつくれそうもない、昔のばぁばとは違っていることを話した。

もう少し伝え方があったのではないか、と悔やむ心があって、マッサージに行ったとき、いつもの施術士の女性にそのことを話した。「奥さんは声がはっきりして元気そうだから、安心してしまうかもしれないけれど、マッサージしているわたしは、ぎりぎりだということが、よくわかります。お孫さんにおっしゃって正解ですよ」と言ってくれた。

このところの楽しみは録画しておいた「三日間まるごと刑事フォイル」を毎日一回か二回、観ること。アンソニー・ホロウイッツの脚本は圧巻で見始めたら、目を離すことができない。戦時下の英国、食糧難、空襲の恐怖、家族同士の軋轢、戦後の復興への困難、変化についていけない家族と、戦争という恐怖の体験の心に与える影響、それがどれほど人の心をむしばむかが、ホロウイッツの表現では「心の火傷」という言葉にもあらわれているのだが、私の七十年まえの経験のような直接的なものではないとしても、毎日テレビに映し出される映像は平静な気持ちで観てはいられないし、それに加えてコロナ禍はまだ終わってはいないのだから、私たちすべては、心の火傷を共有している。

そういうときに口から出てしまう言葉に、どれほど悔いが残るか、朝ドラの「カムカム…」もラストが近いが、やはり、これがドラマの芯になっていると、うなずきたくなってくる。

 

 

2021年12月29日 (水)

8020表彰状

秋ごろ、区報を見ていて、ふと目がとまった。歯科医師会が八十を過ぎて自分の歯が二十本以上あるひと表彰するという記事が載っていたのだ。

この二十数年以上、三か月に一度、口腔内の掃除と衛生指導を受けに行くことを続けているが、一度も治療をしないですんでいるし、義歯をいれたこともない。奥のほうに金属をかぶせた歯はあるけれど、全部自分の歯である。表彰というのはちょっと大げさだけれど、83歳までずっと自分の歯で食べていたこの身体をほめる機会を逃したくない、と思った。

歯科医の証明が必要と言われたので、電話すると、担当歯科医師に言われた。あなたはまだ長生きしそうだから、もう少し先でもいいのではないですか?

今年経験した思いがけない身体の不調、もういつなにが起きても不思議ではない年齢なのだ。チャンスをとらえたときに、受けられるものを得たい、そうねばって、無事この表彰状が届いた。タオルセットと歯磨きチューブもついていた。

考えてみると、身体のほかの部分は薬品で治すということができるが、歯だけは、日に三度以上も噛むという激しい使用を続けることによる、不具合が生じたとき、それを治すのは一重に歯科医の技術にかかっている。いまの名医ともいえる、医師とのラッキーな出会いは夫の調査力で得た幸運であった。夫はほかの医師には六十代で総入れ歯だと言われたのに、今の先生にかかってからは、部分入れ歯で済んでいる。

表彰状が無事に届いた感謝をあらわすために、それを持ってにっこり笑っている私の写真を夫に撮ってもらって、PCから印刷し、その余白に、人間は毎日食べなければ生きていけないけれど、そのためには歯の力を維持しなければならず、それをこの年齢まで大病もせずに可能にしてきたのは一重に治療と衛生を完璧にしてくださった先生ご夫妻のおかげですという、お礼状にしたのだった。

歯科通いでこのようなやりとりをする機会はなかなかないが、思いがけない8020表彰という機会をとらえることができて、医師と患者のコミュニケーションが深いものに変わったように思う。Img_2926

 

 

2021年12月14日 (火)

歩行の痛み、ほぼ解決

よそいき用の黒い靴をはき、靴型の異なる気に入りのメレルの普段靴の片方も持参し、奥沢の整骨院に行った。

女性院長のTさんが、いろいろななサイズのインソールが入ったバスケットを取り出して、アーチの部分に貼りつけるテープつきの支えも各種選び、何度も歩行させて、これだ、というピッタリ感を感じるまでためさせてくれて、おかげで足指カバーなしでも、痛みのない歩行が可能になった。

支払い、わずか千数百円、整足院のあまりにも高額な支払い、しかも八年まえの至誠会病院での十倍ぐらいの値段に比べ、信じられないくらい低額に驚く。庶民の味方のこの整骨院を愛してやまない夫の勧めだったが、あらためて、ありがたい存在価値を悟った。

整足院の高額テープ処理とカバー、あれはあれで、一週間足指を鍛えたからこそ、この安定を得たのかもしれないと思うことにしよう。

洗足池一周の散歩も、インソールをほかの靴にフィットさせて、歩いたのだが、痛みなしだった。

歳末のストレスが軽減した安堵感を得ている。

2021年10月 6日 (水)

半年ぶりに

思い立って決行した。

半年ぶりのプールである。腹ごしらえは、「せせらぎ館」でモーニングを。

自由が丘から歩いて緑が丘のプールに行った。かなり歩いたのに、遠いと思わなかった。

体調がそれなりに回復したのだろう。

プールは水中エクササイズを三レーン使ってやっていたので、残りの広いところで、およそ四人が歩いたり、それぞれのフォームで泳いでいたりだったが、私の身体は、さあ、泳ぐぞ、と勢いをつけるより先に、身体が水を求めているように、動きだした。身体の声を聴くとはこういうことか、と思うほど、身体が水の中で動くことを求めているのを感じた。

クロールと水中ウオーキング、そして背泳、交互におよそ三十分、あまり疲れも感じずに、続けられた。

クロールのときも、バックのときも、精一杯手をのばしたけれど、腕の痛みも感じなかった。これまでいつもあった痛みがなくなっていたのは消えたのではなく、それなりに治まったということに違いない。

高齢となっていろいろ痛みは出現するけれど、意識して手当をしていれば、ある時点で必ずおさまる。そういうことを何度も経験しているのに、新しい痛みに出遭うと、やはりオタオタして、もうこれが永遠に続くのではないかと悲観的になる。老年とはそういうことの繰り返しだ。

表に出て、なんとさわやかな、というあの体の細胞がパッと開いて息をふきかえしたような実感を覚えはしたものの、夕飯を頑張って全部手作りするほどの、やる気はおきず、チャーハンはつくるとして、主菜的な肉っけのものは買うことにきめていた。昨日買って食べ残したシューマイが三つ残っているので、あとは肉団子を五つ買ってそこに野菜入れに、残っているブロッコリーとトマトを付け合わせるという、簡略さである。

明日はシルバーセンターのお掃除の人が来るので、自分の部屋もととのえておかねばならない。本もだらしなく積みあがっているし、いろいろな書類が不ぞろいに散らばっている。文房具の入った引き出しが、まだ出しっぱなしかもしれない。

片付けが本当に面倒くさい。せっかく身体の悩みが消えたのだから、終活に取り組もうか、とも思うのだが、思いはよぎるだけで、部屋はそれどころではないのである。

 

2021年8月 5日 (木)

尾籠な病

恐れていたことではあったが、都内の病院の受け入れ状況は困難を極めてきている。今病気になったら、悲惨な結果となる。元気でいなければならない。

そんなとき、思っても見ないことが起きた。

 

あの婦人泌尿器科の診察のあと、三日目に夫の検診につきそって近くのかかりつけ内科に行ったとき、念のために自分の尿検査をしてもらったら、思いがけず、かなりの悪い数字が出たのである。クラビットはあります、と言ったら、もっと強い薬でなければこの菌は死なない、と珍しく強い口調で医師が言った。元町のクリニックに行った経過も報告した上なのだが、それはそれで、診療を尊重したものの、この事態は深刻だという、意思が伝わった。

処方された薬はパクタという、飲み込むのがやっと、というほどの大きな錠剤で、しかもそれを一日二錠ずつ、二度ものまねばならない。薬はのむのが苦手、こんな苦しそうなものとても無理、と思い、ともかく、元町のクリニックに電話してみた。折り返し、あのときの医師が電話をしてきてくれて、パクタではなく、クラビットを飲み続けることで大丈夫、と断言し、追加を宅急便で送ってくれることになった。

まずは、安心したのだが、どうも、下半身の具合がよくない。いつも何か重苦しく、熱をおびているような不快感を感じる。トイレも近い、残尿感も大きい。

排泄に関する不都合は、毎日数度以上のことだから、切実である。

 

今年になってから、何度も思いがけない身体の不調を経験した。初めてやがて命が終わるときのことを、身近に感じた。

 

普通ならクラビッドを三日も服用すれば、症状は全くなくなるのに、そうならない苛立ちを抱えつつ、先週の土曜日、もう一度内科に出かけて尿検査をしてもらった。結果は×

先生の指示を守らずクラビットなんかに頼っていたのに、医師は、婦人泌尿器科を尊重する気持ちはわかると言ってくれて、でもあの巨大錠剤をしっかり四日分のむように、命じた。近頃の菌はすごく強くなっているということも知らされた。

もう、迷わなかった。言われたとおりにしよう。錠剤を服用しながら、身体のあの部分に全神経を集中していた。元町クリニックの医師からの電話はもうなかった。超多忙の医師なのである。

身体をやすめることを十分にしなければならないので、買い物にも出ず、夫が引き受けてくれたりもした。

首うなだれているわたしに、夫が言った。83という年齢はいろいろ悪いところが出てくる、85になると、それも、それなりにおさまる。

じゃ、あなたの89歳は?と訊くと、もうヨレヨレさ、とオバケの恰好をしてみせて笑った。

人生の先輩がまだそばにいてくれるのを感謝しなければ、と思った。

 

服用後、四日目、不思議なくらい、不快感が去って、いつものわたしになっていた。

 

 

2021年7月22日 (木)

女性泌尿器科先生に感謝

夕食後服用する薬が二錠ふえた。女性ホルモンを補う薬と、過剰な膀胱の運動を抑える薬である。

今年になって、いわゆる、しものトラブルに悩まされることがふえた。膀胱炎、夜間頻尿,残尿感など。いずれも、内科医でも薬はもらえるので、対処してきたが、もっと詳細に自分の身体をみてもらえる専門医を探していたら、6月12日の朝日新聞土曜のBEフロントランナーの記事に、目が釘付けになった。女性泌尿器科医、関口由紀さん、の見出し。

 

早速予約をとる。それが7月19日、元町中華街駅、5番出口から徒歩2分、「女性医療クリニックLUNAネクストステージに行ってきた。

 

淡いピンクフロアの待合室には16人ぐらいの中年女性の先客、予約の時間午後3時半から待つこと、一時間。尿検査があることを懸念し、トイレに行きたいのを我慢していたので、これ程待つことは予想外で、二度も受付に確認したが、そのままお待ちください、の返事だけで、ようやく名前を呼ばれる。問診、「え~っつ、すごく若い」の感想もらう。そのあと、超音波検査、結果の説明なし、ということは、異常はなかったということか…

 

そして、いよいよ婦人科のあの、あられもない恰好させられる椅子に乗って、内診。「じゃあ指を入れますよ。はい、大きくせきをして。おなかに力を入れないで全身リラックス。膣と肛門だけキュッと締めます」「スゴイ、まだ力がある!」のつぶやき聴く。

ずっとこらえていた尿は管で採尿され、残りはトイレに行って咳をしながら出してください、と言われた。

 

特に問題なし、という診断だったが、冒頭の薬の処方箋をもらい、一か月後、理学療法士による膀胱を締める体操経験の予約を取って、その日は終わる。

 

膀胱がすっきりして、しもの違和感が消え、楽になる。関口先生の内診はとても効果があったのを感じる。

行ってよかった、正解であったと、こころから感じ、泌尿器科が男性の医師だけではなくなったことの、喜びを感じたのであった。

2021年5月20日 (木)

ワクチン予約状況

19日夕方、ようやくオレンジ色の封書が届いた。夫は基礎疾患の項目のところを読み、きょう、20日再びかかりつけのクリニックに確かめに行き、そこで六月確実に予約がとれるとわかったので、21日からの予約はとらない、というので、問題はわたしだけということになった。

わたしのほうは、せっかく徒歩距離の会場があるのだから、あすの8時半からパソコンでトライしようと思うのだが、電話は8時半から17時15分と明記してあるが、ネット予約の時間が書いてないので、大田区役所にTELした。始まりは8時半だが、ネット予約のほうは24時間なのだそうで、翌日からもこちらの起床時間にあわせていつでもトライできることがわかった。

わざわざ電話で問いあわせしないでもいいように、そういうことも明記してくれればいいのに、21日だけ赤いアンダーラインがしてあるので、21日だけなのかと誤解しそうになる。

なんだかメディアも、役所もすべて情報が十分でなく、確実かつ明瞭性に乏しい。

その電話でついでに予約手続きの中身の詳細も教えてもらって、ようやく安堵できた。

 

友人たちの情報が次々知らされる。品川区のひとは、電話でトライしたら、通話の容量がなくなるまでかけ続けて、ついに、あきらめ、そのあと息子さんがトライしたら、一発目で予約完了となったとか。きょうは彼にステーキ奮発するわ、とのこと。

世田谷区の彼女はパソコンで、かなり夜遅くまで自分でトライ、成功したのだそうだ。

 

それにしてもきょうのテレビでは大手町の大規模接種会場が、予約はとりやすいらしいが、行きつくのが大変らしい、やっぱり、と思った。大手町の駅は一番行きたくない場所だというのは経験ずみ。沢山の地下鉄が乗り入れているので、乗り換えもややこしいし、すごく歩かされる、イヤなところなのだ。

周辺ホテルが一泊プランを打ち出しているそうだから、そうまでしても早い摂取をと、政府のやり口に踊らされてしまうのが癪にさわる。

 

明日は午後ブリッジゲームがあるので、それまでにとれなかったら、息子にバトンタッチで手伝ってもらうことにしようと思う。

 

2021年5月 3日 (月)

突然の異変 1.

29日の午前中、こめかみのあたりがしめつけられるような気がして気分が悪くなってきた。この感じは覚えがある。血圧だ。測定してみると185・90の数字、測りなおしても変わらない高血圧、休日なのでクリニックには行けない、しかもぼうっとしてきて、外に出たくなくなってきた。

 

数年まえにいきなり200という数値が出て、以前のクリニックにとんでいったが、一過性のものだという診断、すぐにおさまったことがあった。

 

今回もそうかも知れないと期待したのだが、午後になっても下がらない。

思い当たることはあった。パソコンに向かうことが多かったし、ブリッジや麻雀までゲームをずいぶんしていた。肩がすごく凝っていたのに、ここ二週間以上、マッサージに行っていない。しかも寝るのはいつも12時過ぎ、その悪条件が伴い、コロナストレスがついに爆発したのでは?と思った。この日は休日診療のクリニックの連絡先も調べてあったが、出かける気がしないのでともかく早寝をして翌日に備えた。

 

30日の朝も高血圧は189までになり、食欲まったくなく、歩くとふらふらするので、

往診を頼んだ。ノートパソコンを抱えた先生、駆けつけてくださり、あざやかな指さばきでキイをたたきながら、私の報告を入力、ご自分の血圧計で測り、これは高いですね、と言われる。

でもわたしの報告の言葉を聴きながら、言語や思考に影響が出ている様子はまったくないから、肩凝りや体の疲れ、ストレスのせいかもしれない、一番マイルドな薬を処方しておきます、一日一錠のんでくださいということだった。普段の血圧が低めなので、油断していたのかもしれないが、やはり、私の年齢では、毎日血圧を測り、血圧ノートに記録したほうがいいという忠告があった。夫の体調をご存知の先生はクリニックのそばの薬局に処方箋を渡されて、薬局のひとが届けてくれるという配慮もあって、夫は出かけずに済みありがたかった。

 

薬の効果絶大、夜には148に下がり、さらに翌朝には124にまでなった。でも食欲なし、胃がむかむかしている。心配してかけつけてくれた娘が夫と息子のためにドライカレーをつくってくれたが、そのカレーの臭いをかぐのがつらかった。あいかわらず、足もとが怪しい。

 

五月一日の土曜朝、思いついて、訪問マッサージを依頼した。以前夫が通っていた奥沢の接骨院のベテラン女性、しかも若くてキビキビしたひと、夫が大お気に入りだけあって、三十分の施術でからだは軽くなった。

昨日のご飯があまっていたので、夜はケチャップライスをわたしがつくって、夫にオムライスにしてもらう。わたしは相変わらずツワリ状態なので、トースト一枚を何とか食べるという状況、何かするとすぐベッドにもぐりこみたくなるだるさで、テレビも十分も観ていられないほど、このまま治らなかったらどうなるのだろう?まさかこのわたしが、と元気自慢だったけれど、もしかすると最期が近づいているのかもしれないと思ったりした。

 

五月二日、日曜だけど、教会には行けない状態。足もとに自信がない。どこかで転びでもしたら大変。血圧は117に安定しているが、食欲はまだ回復していない。バナナを切ってシナモンパウダーをふりかけ、ミルクをかけて食べる。洗濯をして干すことはできたけど、急な雨でとりこむのが大変。干すときに夫がずいぶん助けてくれたけど、急な雨で取り込むところまで気がまわらないらしい。洗濯をすると、いつも取り込むことを、女性は考えるが、男性はにわか雨に注意もはらわないし、洗濯したことを忘れているみたいだ。

娘が電話してきて、なにか買い物ある?と訊いたので、きょうはシャケと豚汁にしたけど、パパは気に入らないみたい、と言ったら、面倒なひとだね、と我が家の状況のややこしさがわかったような返事をした。

彼の好物、酢豚を買ってきてくれると言い、ほかには?と訊くので、お菓子がなくなったというと言うと、ママは何が食べたい?と訊くので、私は食欲ないからお菓子どこじゃないけど、パパが甘いものが要るのよ、どんなもの?そこで説明しようとするのだが、失語症に陥っているので、自由が丘でよく買う単純なお菓子の説明がよくできない。

ともかくウエストのパイなら絶対好きと言ったら、うわ~、ほんと面倒。

とは言ってたけど、わざわざ二子まで行って、酢豚とウエストのパイを買ってきてくれた。

夜はすこ~し、食べられそうな気がしたので、冷凍してあった玄米ごはんにこの間のハンバーグ屋さんのふりかけかけて、豚汁少々とで食べる。

二階まで上がれるようになった。ともかく五日にクリニックが開くので、その日にはなんとか出かけられるようになっていたい。

 

 

2021年3月13日 (土)

再発?

コレステロールの薬が切れてしまったので、この前の医師のところはいつも四、五人待つことを考え、もう一軒の、ゆったり、こじんまり、おだやかに患者の話をよく聞いてくれる医師のクリニックのほうに行くことにする。彼は皮膚科の専門でもあるのだが、スマホを三つぐらい用意していて、患部を写し、それを拡大して、説明してくれる。これまでも診たては正確で、皮膚のトラブルはすぐよくなった。もう一つ感心したのは、我が家の夫が足の爪がかたくて、自分では切れなくなっているので、一か月に一度、看護師さんに切ってもらっている、と話したら、僕も七人ぐらい切っています、と言うのを聞いたことだ。

 

一人診察中だったので、ふいに、尿検査をしてもらったほうがいいのではないか、と思いつき、看護師さんに頼んだ。結果はやはりちょっと恐れていたこと、菌が出ているという。

クラビッド三日のみました、と医師に告げると、五日のまなきゃ、だめです。と言われてしまった。

あの大き目のタブレットをまた五日のむことを考え、やれやれ、である。

 

薬局で、経営者で薬剤師の女性が薬を手渡してくれて、膀胱炎、わたしもよくかかるんです、と言ったのに驚いた。このごろとてもふえてるんですよ、一つにはウオシュレットでお尻を洗うとき、大腸菌を含んだ水が飛び散って、膀胱内に入ることがあるから、とも言われています…思いもしなかったことを聞いたという気がした。

 

と、いうことは、お尻マークのあとビデマークを押したほうが、より安全と言うことになるのだろうか…トイレで覚えていなくてはならないことがまた一つ増えたということか…、

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