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カテゴリー「ペット」の11件の記事

2016年12月30日 (金)

予期せぬ訪問者

今年の我が家の重大ニュースは、なんといっても愛猫チャイの死である。
毎日写真に向かって、会いたいよう、と言ってしまう。喪に服したいくらいだ。

一カ月ぐらいまえ、夫と我が家にいてくれた二匹のネコ、チナコもチャイも本当にいいネコだったね、としみじみと話していたら、ガラス戸の外で、ニャオという声がしたような気がして、見ると、なんと、真っ白いチナコの身体にチャイの顔がのっかったようなネコがすわっているのを見て、血の気ひくぐらいびっくりした。001_2

近づいても逃げないし、甘えてくるし、毛並をつやつやしているので、野良猫ではなさそう、チャイのエサが残っていたので、やってみたら、がつがつと食べた。

むやみと餌付けをしないように、と新聞などでも書かれているのを思い出して、何十年とネコを飼っていて、野良猫情報にもくわしいネコ博士の友人に訊いてみたら、外で餌付けをするのは問題だけど、家の庭でする分には、こちらの責任でやってるんだから、いいのよ、と言われてなるほど。

毎日来るとちょっと困るかな、と思っていたら、行き場所はいっぱいあるのか、それとも飼い猫が一時的に訪問しただけなのか、数日に一度姿を見せるようになった。

別のネコ好きの友人にそのことを話したら、あなたね、それって、チャイちゃんがあなたたちが寂しがっているから、行ってやってくれ、とよこしたのよ、きっと、などと言うのである。

この一週間ぐらい来なかったのだが、きょう、ガラス戸の外、少し脇のほうに黙って啼きもせず、座っていたので、エサをやった。いつもなら甘えてくるのに、さわろうとすると逃げる。白が薄汚れているようでもあるし、心なしかやせたようでもある。寒風吹きすさぶ朝、野良になったのだとしたら、これからが難儀なことだろう。

食べたら、さっさと姿を消してしまったけれど、どうか温かい、寝場所があって、冬をのりきってくれますように。

2016年9月 3日 (土)

チャイの死

この日が近いことは予想していたが、チャイの急激な衰弱はここ数日間に起こった。

階段を降りられなくなったのは六月、七月になると、部屋の中もあまり移動はしなくなり、トイレにだけは、コブのある前足をひじまで折り曲げてヒョコタン、ヒョコタンと歩きながらなんとか中に入り、粗相はせずに用を足していた。
八月、食欲が細り、17年食べ続けたドライフードをまったく食べなくなったので、スープ入りのすり身やポタージュなどを少量食べ、水はもう蛇口から飲むことができなくなり、カップから、数口飲むだけになった。

そして三日前、二種類の魚介のポタージュを数口のんだのが最後の食事、それでも夫がいつものように、抱き上げてひざにのせると、しばらくそのままで座っていた。やがて降りたがったので下すと横たわって移動しなくなった。001


一昨日、なぜか啼き声がするので、行ってみると、トイレのそばに横たわり、下半身が濡れていたので、トイレに入れなくて、粗相をしたのだとわかった。身体をふいてやって、新聞紙を敷き、タオルを広げて、そこに寝かせた。そのまままったくおかれたままの姿勢で、翌朝まで。

そして昨日、呼吸が速くなり、目がうつろになったまま、寝ているので、これは、いよいよかと、覚悟をきめつつ、付き添っていた。この段階で獣医さんに来てもらったほうがいい、と夫に言ったのだが、もう最後が近いのがわかっているから、いいんじゃないか、と乗り気にならない。でもわたしはやはり、この状態をしっかり診てもらったほうがいいと、主張して、チャイがうちに来たときからお世話になった、いまは引退されてしまった等々力の先生に電話をした。看護師さんは往診はできないから、連れてきてください、と要求したのだけれど、うちのネコは二代続けてお世話になっているのだからと、と頼みこんだ。電話を切ってしばらくすると、大先生に連絡がつき、ご自分から行こうとおっしゃったという返事をもらえた。

先生は大きな診察箱を持ちながら、二階まで上がってくださり、感慨深げに、19年ですか、よくここまで生きたなあ、とおっしゃった。もう意識はないから、苦しんではいない、との診断にちょっと安堵する。もう夜までもつかどうか、注射はやめておきましょう、それにしてもがんばったなあ、この筋肉の減り方、どうですか、使い果たして、生き続けたんですよ。
頑張り屋さんだったチャイが認められて、胸がせまった。

娘と孫娘がかけつけ、チャイをこよなく愛する皆に見守られながら、夜七時半、チャイの呼吸はとまった。

アメリカで買って大切にしている、ネコ天使のブローチがある。チャイはネコ天使になってわたしを見守ってくれるかもしれない。006

まだときどきあの澄んだ啼き声が聞こえるような気がしてならない。


2016年3月 7日 (月)

チャイのトラブル

我が家の愛猫チャイは18年生きている。人間の歳に換算すると90歳くらい、すっかり肉が落ちて、さわると骨がごつごつしている。でもその生涯、医師にかかったのは数えるほど、それも尿路結石、捻挫、皮膚病ぐらいの軽いものばかりで、費用も大したことはなく、飼い主孝行だった。老猫は目やになど出るものだが、チャイは今でも目はくっきり、眼光もまだ鋭い。なかなかの男前なのである。Img_3767

娘と孫娘はチャイの大フアンで、ねえ、チャイに会いにいってもいい?とやってきては、ふたりでスマホをとりまくり、あ、この写真傑作!などと競い合っている。


チャイは自分の寝場所を夫の部屋ときめていて、ほかの部屋では絶対寝ない。拾われたとき、夫のあごひげにふれてから、夫をママだと思ってしまったのである。
夫の部屋は二階だから、ツメがフローリングにふれるかすかな、カツカツという音をさせて、階段を下りてくる。

近頃その降り立つ姿がちょっといびつなような気がして、異常がないか、さわってみたら、前の右足付け根に、大きなコブができているのがわかった。でもさわっても痛がらないし、怒ったりもしない。獣医さんに診せたら、悪性ではなさそうだが、このまま大きくなって苦しむようなら、安楽死も考えなければならない、と言われた。
かわいそうにね、チャイ、こぶとり爺さんになっちゃったね。001_2

でも人間でも百歳を超えたある有名女性の首におおきなこぶを見たことがある。
百歳以上がんばれるかもしれない。

日向ぼっこしてるチャイはこの上なく幸せそう、自然の移り変わりの喜びを享受している姿から、忘れがちなことを教えられる気がする毎日である。005

2015年7月28日 (火)

ネコの試練

「おい、チャイがびっこひいてるぞ」と気がついたのは夫のほうが先だった。
明け方、外に出たいといった我が家の老猫チャイ、出してから、しばらくして戻ったときは気が付かなかったのだけれど、よく見ると、確かに、右の後ろ足を持ち上げてそろそろと歩いている。

チャイは家に来てもう17年、ほとんど病気もせず、二度の引越にも耐え、その都度新しい家にも慣れ、世話のかからないネコだったのだが・・・

その日は木曜、あいにく近所のかかりつけの獣医さんの休診日、これは困った。翌日は夫が朝から留守、わたしだけでは対応無理、今日じゅうに何とかしなければ。

そこで、もう十年以上ご無沙汰なのだけれど、チャイが家に来たばかりのときに、しばらく診てもらっていた、ここから車で三十分ぐらいの等々力の先生に、思い切って電話する。
折り返し電話があって、ああ、あのシッポの先が切れちゃったネコですね、と覚えていてくれた。
怪我の場合は必ずなめるし、骨折とかだとさわっただけでも痛がるから、そうでなければ、捻挫だろう、ということだったが、一応往診してもらう。
先生も六十代後半、息子さんが代替わりしたのだそうだが、さすが診断は確か、念のための注射をしてもらったのだが、目にもとまらぬ早業だったせいか、チャイはあばれなかった。

十七年はネコ歳では、八十以上、夫と同じくらいの高齢。逝くのはオレとどっちが先かな、などと夫は言うけれど、いまではネコトイレも食事のトレイも自室において、チャイとの共同生活を維持していてくれる。

チャイは三日ほど、外出せず、もしや、これが元で衰弱死ということもあろうかと、不安だったのだが、よく耐え、また元通りに歩けるようになった。

すっかり肉が落ちて、がりがりの身体のいま、ネコ道の塀から飛び降りたときに捻挫したのかも知れない。
でもまだ回復力はあるのだ。よく治ったね、チャイ、えらかったよ。008

2013年5月12日 (日)

ネコ食事情

セブンイレブンで見つけたネコカップで、我が家の飼いネコ、チャイの食難も解決したかに見えたのだが、甘かった。
ちょうど人間がコンビニおにぎりに厭きがくるように、突如拒否状態始まる。
但し、まったく何も食べないというほどではない。これまでの習性がわずかに残っているのか、高齢ネコ用のドライフードに花カツオをかけてやると少しは食べるので、それでしばらくしのいでいた。
それにしても、もっとほかに何かありそうなものだ、と、また別のコンビニのネコ食を物色してみたら、見つかったのだ。
『土佐清水港直送焼かつお』、しかも緑茶消臭成分配合、1本100円也。
これが、またまたチャイの大気に入りとなり、一ヶ月ぐらいは持続している。先代の雌ネコ、チナコがハフハフと言いながら食べていた、あの、なまりの保存食用、便利品である。

しかしそれも、ここにきて厭きがきたらしく、食べ残しがめだつようになってきた。008_2


きのうの土曜日、わたしはブリッジトーナメントに持っていくためのおにぎり弁当をつくって、卵焼きの熱をとるため、食堂のテーブルに広げて出しておいた。
自室で着替えをして戻ってみると、おにぎりが一つ消えているではないか。おぼろ昆布をまぶしたものと海苔を巻いたものと二つあったのに、海苔のほうがないのだ。
なに~っつ?これ、なくなるわけないのに、と全く腑に落ちないまま、あたりを見回していたら、テーブルの足元に海苔のはずれたおにぎりが転がっていた。
そういえばチャイが啼いていたっけ。ええっつ、ノリ食べたの?アイツ?
仕方がない、もう一個にぎりなおし、ためしに焼き海苔一枚出して、チャイのところに持っていったら、なんと、くわっと目見開き、ガツガツ食べはじめた。
ネコが焼き海苔を好きだなんて!!
そろそろ、人生ならぬ猫生の終わりが近づいているカレ、間に合ううちにと、この世のおいしいもの、探しているのだろうか。

2013年3月 6日 (水)

やっと食べた

我が家の老オスネコ、チャイは十五年もうちにいる。ネコの年でいうと75歳ぐらいだろうか。乳離れするかしないうちに捨てられ、うちの車の下にかくれていたのを、夫が見つけ、抱き上げた途端、夫のヒゲにふれてから、ずっと夫をママだと思っていて、夫としか一緒に寝ない。
少し大きくなってから、尿道がつまる病になって以来、それを直す薬が入ったドライフードのエサをいやがらずにずっと食べてきた。
先代のメスネコ、チナコはナマリや、アジなどを食し、我々が、うな重をとったりすると、はじっこを食べさしたりして、ずいぶん贅沢させてしまった。チナコはナマリをハフハフ言いながら食べるので、チナコ、ハフハフだよ、と呼びかけるだけで、もう食事どきかと目を輝かせて、やってきたりするほどだった。
ああ、それなのに、チャイは可哀相にもけなげなヤツと常々思っていたのだが、ついに今年に入ってから、ストロバイトケアというそのカリカリを食べなくなってしまった。獣医さんに相談にいったら、じゃあ、エサを変えてみますか、といって試供品をくれたのだが、それもちょっと口にしただけで、ダメ。
煮干のおじやなどつくってもみたが、ダメ。アジでも焼いてやる?と夫に相談するのだが、それだけはやめろ、ヒゲママは厳禁する。
量販店に出かけて、腎臓の健康維持に配慮という15歳以上用の三ツ星グルメというのを買ってきたら、ちょっとは食べるようになったが、あまりうれしそうでもない。
頭にはいつもチャイのことがある。啼きかたまでなんだか、かなしいよォ、と言っているような気がするのだ。

先日セブンイレブンに行ったとき『ねこカップ』というかわいらしいパッケージが目についた。うまみをゼリーで包んだ、ねこカップ、かつお、まぐろ、しらす三種入り。
ううむ、ゼリーというのがいいかも、これどうだろう、わずか80円だし、と思って、買い、帰ってからスプーンにすくって、チャイに近づけてみたら、くゎっと目を見開き、ニャゴニャゴニャゴと近づいてきて、あっという間に、半分ぐらい食べて、おいしかったと舌なめずりして、顔を洗いだした。

おやまあ、いまやコンビニ食はネコまでも魅了する勢いなのだ、と感心しきりなのである。

2012年4月25日 (水)

チャイの近況

飼いネコチャイは15年わたしたちと暮らしている。ネコの年齢に換算すると76歳だそうなので、飼い主同様、高齢だけど、二度の引越しに耐え、三軒の家にも順応し、日に三度ぐらい外を散歩してニャアとドアの外で啼いて、帰宅を知らせ、戻ってくる。
新しい我が家には網戸にネコ用の入り口もつくってあるので、何度か出入りを練習させてみたのだが、覚えようとしない。バカなのではなく、カレにはカレの考えがあるのだろう。
もともと、ネコを飼おうよ、と言い出したのは息子なのだが、可愛がり方も下手なので、引っ掻かれてばかりいる。それでも、わたしたちにはあまり話しかけない息子も、チャイには「おお、いたのか、ネコネコしいのう」などと甲高い声で呼びかける。それを聞くと彼もまともに暮らしているとわかるのである。
娘もチャイをこよなく愛している。「チャイに会いに行っていい?」わたしたちに会いに来るというより、チャイに、なのだ。やってきて、まずチャイに顔を埋め、癒されるのを優先する。
わたしもチャイにはつい、特別な声で呼びかけてしまう。「生きてる毛皮チャン、えらいねえ。おまえは生きてるだけでえらいよ」

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チャイはこのごろ、水道からの新鮮な水を直接のみたがる。以前の家のバスルームには水道の蛇口がチャイの届くところにあったのだが、今度の新しい家には蛇口の上に棚がついているので、チャイのからだが入らない。そこでわたしに洗面シンクにのせろとニャアと要求するので、ドッコイショとのせて水を細めに出すと、105口くらいペチョペチョとのんで、蛇口を閉めることはせず、とび降りてトットッと二階に上がっていく。

自分に今必要なことをしっかり要求し、生きるということだけをひたむきにしている老猫がたまらなく愛しい。


2011年6月26日 (日)

引越しレポート 2 その時チャイは

引越しの初日は、梱包し終わった荷物を積んだ部屋で最後の夜を過ごし、翌日搬入と同時にマンションを引き払うつもりでいた。
その際チャイは九時から五時まで獣医科医院に預かってもらう約束をしていた。
それなのに、その当日なんと早朝五時過ぎから外に出たいとニャオ、ニャオと騒ぐ。
いつもは一時間ぐらいで戻ってくるので、夫をぎりぎりまで寝かしておきたかったし、最後の散歩だとたかをくくって、出してしまったのだった。
ところが引越し業者が来る時間になっても戻ってこない。
「出すな、とあれほど言っておいたのに」という夫の激怒の言葉にわたしも愚かだったとうなだれるばかり。

結局搬入は夫だけが立ち会うことになり、わたしは空っぽのマンションに残って、チャイの帰りを待った。
ネコめが戻ってきたのは六時間後の昼過ぎ、ともかく戻ってよかった。
今度こそ出したらどうなるかわからないので、どんなに啼いても知らん顔。
コンビニのサンドイッチとカフェラテを食しつつ、急遽買いもとめた文芸春秋一冊を読みながら過ごす。
夫が迎えにきたのが六時過ぎ、チャイはトップとサイドがネットになったトートバッグに入れられ、移動。

それから二日間、二階の夫の部屋で引きこもり状態になった。
そして三日目の昼過ぎ、わたしの部屋まで降りてきて、網戸ごしに以前の庭の空気をかぐような様子。
思い切って外に出してみると、おもむろに家のまわりを一巡し、やがて、隣家のネコ道の残りにひらりと跳びのり、駆け抜けて行った。
夜の八時すぎ、甲高い啼き声で帰宅。もう大丈夫。

翌日は明け方四時から午後四時まで外出。
こんなに長いあいだ一体どこにいるのだろう。
ネコの集会所だと言われている樹木の茂った小山がまだ残っている。あそこだ、きっと。
「おい、茶色いの、久しぶりじゃないか」とかなんとか白黒のボスネコに言われてるんじゃなかろうか。

2011年6月18日 (土)

チャイの行末

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14年一緒にいる雄ネコのチャイはこの仮住まいのマンションを結構気に入っている。
裏にはに高い木が三本あるからだ。
そこに登ってしばしあたりを睥睨し、やがて塀に跳び移ってネコ道をだとりおよそ一時間の散歩を日に二回。
目ヤニも出ず、毛並みもよく、年のわりにはきれいなネコだが、わたしの方を向いてニャアと啼いたとき、口のあたりが妙なので、チェックしたら、右の下の牙がなくなっていた。やっぱりオジイジャンネコだったんだ。
それにしても、数年まえ、尿路結石になってから、ずっと予防薬入りのカリカリをいやがらずに食べ続けてくれた世話なしネコ、きみはえらいよ。
十三年住んだ場所に戻るのだけれど、大変貌だ。
三軒建ってたところが八軒になってる。
我が家も庭なし。大丈夫かなあ~、と言ったら、オレがいるかぎり、こいつは大丈夫さ、とヒゲママの夫が応えた。
(『イヌ化したネコ』参照)

2010年10月30日 (土)

繁盛してます

氷雨の中、獣医科医院にネコのエサを買いに行った。

我が家のチャイは数年まえ尿路結石になり、それ以来、ドクターケアのエサを食べている。

素直によく食べてくれるが、時々、いつもこれだけじゃね?というような顔で見上げたときだけ、カツブシをふりかけている。

医院は満員、小型犬をかかえた人が四人ぐらい待っていて、薬の説明を受けているひとが三人、その薬も抗生物質から、錠剤、水薬など、〆て五千数百円の支払い。うちのエサも2800円也。

そこに鋭いネコの鳴き声がしてケージを提げたひとが入ってきた。しかも三つもである。どんなネコちゃんなんだろう。見せてください、なんてずうずうしくのぞいたら、チャイに似たのも一匹いる。

うちのチャイは医院にくるとき、大変なのだ。断末魔のような声を上げる。この三匹はおとなしいほう。

どこか悪いんですか?と訊くと、ワクチンしてもらいに、えっつ?ワクチンって?

年一回するでしょう?

うちなんてもう何年もしてない。

それにしても、三匹なんて大変ですね、と言ったら、うち、沢山いて外ネコまぜて十匹もいるんです。

Img_0008_2 へえ~っ、違う世界をのぞいた感じであった。

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