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カテゴリー「パソコン・インターネット」の21件の記事

2019年4月 9日 (火)

ココログリニューアル後、再びトラブル

ココログのリニューアルトラブルはまだ続いている。

新形式をどうやら把握して、写真入りの記事を更新できるようなったと安堵していたら、また写真が入らなくなった。アップロードしても、バツ印つきの小さな画像が出るだけで、本文に入らないのである。

あれこれ試して三十分、ストレスと肩こりで断念。

今朝、NIFTYまかせて365TEL.

担当が一度電話を切ってから、丁寧に調べてくれて、結局、ココログ側がいま対応中で解決されていないので、しばらく、待ってほしい、との返事。

 

ココログ管理場面を開くと、ユーザー側の怒りがすさまじい。「恥を知れ!」などのののしりまで、とんでいる。

 

今回のリニューアルは管理側本位で、実際に使っているユーザーの使い勝手は二の次のようだ、と思わないではいられない。

 

写真に重点をおいているブロガーのいらだちが伝わってくる。

 

この写真挿入のテクニックは慣れるまでかなり面倒だった。サイズの調整、配置の考慮など、メカに弱いわたしは、手順を覚えるのに大変だった。

 

自分の不得意なことに挑戦するのは、今のわたしにはストレス過剰、脳溢血になりかねない。

 

ココログ管理側がどうか善処してくれるように、とせっかち心をおさえて、願っている。

2019年3月20日 (水)

ココログリニューアル

3月19日、ココログ管理画面全面リニューアルで、ログイン及び記事投稿が全く変わってしまい、慣れるのに四苦八苦。
高齢者には、新しいことに慣れるのが、何より苦手である。

記事を書く、ところから、写真挿入まですべて試してみて、それでもわからなくなったら、『任せて365』に相談しようかと思っているが、いろいろ面倒。

PC全般に生き字引的存在だった、孫息子が結婚してから、相談ごともしにくくなった。

若い人に電話はまず通じない。わたしがスマホじゃないので、ラインもやっていない。携帯メールもつながらず、これでは、夫が危なくなったとき、すぐに駆けつけてくれるなど、まず無理。

息子がそばにいてくれて、本当にありがたいと、寡黙ではあるが、してほしいことをすべて引き受けてくれる、彼の存在に感謝している。

夫が危なくなったときはわたしがすべての通信機能を駆使して、何とかなるかもしれないけれど、わたしが危なくなったときは、夫は耳が遠くなっているし、携帯のメールもしないから、さぞや遅れが生じることだろう。

まったく、死ぬのも容易ではなくなってきている。

2018年12月 4日 (火)

植物のミラクル

車を駐車させていた、うちの家屋の前部が開放されて、陽当たりが一段とよくなったせいか、黄色い花の咲くツル性の低木の生長は勢いを増し、冬なのに蕾をつけていたりする。
しかもその真ん中に植わっていて、一輪だけ花を咲かせたアジサイのその花は枯れもせず、色を変化させつつ、低灌木のアクセサリーのように居座っている。002


昨日この低灌木の名を確かめたくてネットで「ツル性の低灌木」と検索していたら、いきなり、「WINDOWSの容量が足りない、いますぐ更新しないと危険」という大見出しが出て、キャンセルボタンを押しても、ダメ、消えなくなった。
これはあやしい、「あなたのパソコンは安全」というNIFTYの24時間セキュリティチェックを確認したばかりなのだから、と大元の×印をクリックして、終了。

何かを検索するひとを狙って、高額の更新料金を払わそうとする策略が氾濫しているらしい。
皆さま、ご用心を。

2018年8月27日 (月)

忙しく学んだ日

今朝、わたしのパソコンは入院寸前だった。
朝一度開いてからスリープの状態にしておいたのに、気が付いたら、点灯しなくなっていて、電源が入らなくなってしまった。これはおかしい、念のために出ているコードを全て外してみて、もう一度はめ直すということを試みてみたのだが、やはりダメ。もっともひざをつくのが苦手な身体で不自然な姿勢になるし、その上いま右手の靭帯に痛みがあって、治療中なので、その処置が完璧にできたかどうか、いまひとつ自信が持てない。
ともかく、九時になるのを待って、エプソンの修理に電話する。やはりコードをはめ直すということして一分待つということを指示され、それが反応しなかったため、修理ということになってしまい、翌日業者をよこすから箱に、本体とキーボード、ACアダプターをこちらが詰めて送るようにという手配を済ませた。一万数千円以上かかり、さらに部品によってはもっと、ということも考えられる。これまでの保存してあるディスクがすべて消えるリスクもあるという。一週間以上を要する、ああ、これは面倒なことになったと思った。

この日はわたしの部屋のテレビのテューナーの交換でイッツコムの工事担当者が来ることになっていた。テューナーはなにか不具合があった場合にだけ変えてくれるのであるが、これも、わたしが持っているヴィデオで一番好きな『ゴズフォード・パーク』がどうしても読み取りできなくなっていて、ためしに二階の息子のテューナーに入れたら、読み取れたので、これはおかしいということになって、変換依頼となったのである。
業者のひとにパソコンの故障が発生して大変だった、と話したら、あとで見ましょうか、と言ってもらえた。あまり期待もせず、プロにコードをはめ直すということをしてもらったうえで修理に出すのなら、納得がいくから、程度に思っていたのだが、なんと、なんと、パソコンは起動したのである。わたしはどうもACアダプターをはめなおすことを怠ったらしいのだ。神か仏か、と言いたいくらいうれしかった。

テューナーも変えたら、オンデマンドで映画やTVドラマも見られるとわかり、大画面でYou Tubeも見られる、読み取りは迅速、よく見るケーブルテレビをあらかじめ登録もできるなど、技も教えてもらって、つくづく、機械の扱いを慎重にする、慣れる、より便利で高度な機能への意識をあきらめてはならない、という学びの日であったと、実感したのであった。

2018年7月26日 (木)

スマホトラブル

六歳年下のブリッジパートナーが右手の肘にサポーターを巻いているので、どうなさったの?と訊いたら、スマホのやりすぎで、「スマホ肘」になってしまったとか…
そういえば、彼女のメールはまるで手紙を書くように、丁寧で行き届いた文章、いつもかなり長いのである。
わたしは、スマホは持っていないが、パソコンのメール慣れはしているので、携帯メールの返事は要件のみ、短いので、申し訳ないような気がしていた。
でも、あの小さい画面での、長いメールはさぞお疲れ、だろう。
次の約束の返事を、携帯からしようと思って、はっと気が付いた。彼女にメールさせてはならない、電話にしよう、と…

もう一人の同い年のブリッジパートナーはパソコンのメール名人、海外の友人関係も豊富でパソコン歴は長いのである。でもブリッジの約束は携帯メール。ところがその返事が当初の丁寧なものと、近頃急に変化して、了解という言葉が多く、短くなってきた。
なにか、怒らせてしまったかな、などと、気にしていたら、会ってわかった。
スマホに替わったのである。
ゲームのあとも取り出して、メールしようとすると、すぐ字を打ちまちがえて、削除になっちゃうのよね、と困り顔。

タッチペン使ったら?と同じテーブルのオポーネントの若い人がアドヴァイスした。
どこで買ったらいいのかしら?という彼女にわたしはふと気が付き、そこの百円ショップに行きましょ、ということになって、ついでにわたしも、いつ必要になるかは未定だけれど、金色のタッチペンなるものを購入したのであるが…。

日に何度となくのぞく、パソコン、インターネット検索、ゲームもするし、ブログも書き始めて、もう八年。
ゲームなどはちょっと依存症気味、これをあの小さい画面のスマホでやっていたら、さぞ身体にひびくだろう、
若い人たちの大変さを想像した。

わたしにスマホはまだ必要ではない、時代遅れと言われようとも、まだガラ系で結構とつくづく思ったことであった。

2018年2月18日 (日)

必推敲

ブログを立ち上げたとき、いろいろ教えてくれた友人が、最近の記事に誤字がよくあると注意してくれた。

原稿を二度推敲して、公開し、また読み直しするのだけれど、見落としが残っていたりする。

注意力と集中力が散漫になっているせいもあるが、文字変換のオバカさんがやらかすこともある。
去年の築地の記事には築地の字が筑地になっている箇所があった。変換の二番目にこの変な筑地があって、指がすべったのだろう。

そういう変換のオバカさんがやらかした、友人メールの大爆笑の変換文字。
教会の結婚式に感動したという文があって、その教会の名が「田園娼婦カトリック教会」…ああ…

2017年12月17日 (日)

年賀状事情

年賀状をいつやめるか、という問題はこの数年あたまに渦巻いていた。
そしてそれを、来年から、と、ようやく決心をつけた。

年賀状をやりとりしている多くのひととは頻繁につきあっておらず、年賀状で消息を知らすという状況で、頻繁に会うひととはむしろ年賀状はとりかわせず、年初めに出すメールで挨拶を交わすだけとか、電話だけの挨拶ですますとか、音楽つきの動画のメールを送る単純作業に頼ったりしているからである。

さて、決心して、挨拶状づくりを始めたのだが、これが大変だった。わたしの年賀状は手作りなので、差し込み文書の年賀状で決めた形式に自分の写真を入れ替えるということにしていたのだが、今回は挨拶状の文章を入れなければならず、それを規定のわくにあてはめるのに大層手間取ることになった。
それと写真も適当なものがなかったので、孫娘がコンサートをしたとき、わたしと一緒に撮った写真をほかのひとを除外して二人だけにすることにした、その修正技術にまた手間取ることになった。
挨拶状に孫娘のことを書き、来年の私の楽しみはは彼女の仕事場に行き、帰りに温泉につかることだと書いたためなのだが、調整があまりうまくいかないので、孫息子が22日に来ることになっているその日まで待とうかとよほど思ったのだが、隣に並んでいた彼を除外してしまうことに気を悪くするのではないか、と懸念したりして、やはり自分だけで何とかしようと、考え直して、のばしたり、縮めたり、三日がかりで、なんとか仕上げた。

もっと手早くできる方法があったかも知れないのに、マニュアルをみるのが億劫で、ネットを開いてやり方を読んでみたりもするのだが、ますます難解になり、それもあきらめ、結局、いじりまくっていたら、なんとかなった。

メカに弱いわたしがこれだけできるようになったというのも、それなりに慣れたせいなのかもしれないけれど、も~お、イヤ、来年からは、のんびりしようとつくづく思ったのだった。

2016年12月 2日 (金)

スマホトラブル

早朝、目黒駅の上りのエスカレーターで、中ぐらいのカートを引いた女性の後ろについていたのだが、そのひとがふいにカートを持つ手をはなしてスマホを取り出したのを見て、わたしはぎょっとして彼女をつついた。「危ないですよ、カートから手を放しては」
彼女は、ああ、と照れ隠しみたいな笑い声を出したまま、降りてからも立ち止まってスマホをいじりつづけた。

親戚の会でスマホのことが話題になったとき従姉妹が経験話を語った。中学生が六人ぐらい輪になって皆スマホに夢中になっているのをみて、彼女は何かゲームをしているの?と問いかけると、一人が、ここのみんなとメールやってるんだよ、と応えたそうなのだ。
彼らはもう、互いの目をみながらしゃべり合うという喜びを忘れてしまったのだろうか?

二子へ行くバスの後部座席で、バス待ちしながら知り合いになったらしい二人の年輩の女性がずっとスマホの話をしていた。
>ほんとうになんでこんなものを始めてしまったか、と後悔することばかりなんです。このあいだも、ちょっと指がすべって、受信拒否になっちゃって、三か月分ぐらいの電話がたまっちゃって、それを正常に戻すのが大変で・・・自由が丘に行っても受け付けしてから一時間以上待ちますでしょう?
やっとみてもらっても、早口でベラベラ言われるのが理解できなくて・・・終わってからもなんでこんな思いをするのかって、むなしくなるんですよ。
>わたしだけじゃなかったんですね。よかった、お会いできて・・・

わたしはバスを降りてから、その女性を呼び止めて言った。
ちょっとお話が耳に入ってしまったので、お節介かもしれないんですけど、自由が丘のドコモはおやめになったほうがいいです。受付がダメですから。大岡山をおすすめします。受付のひとだけで直っちゃう経験をしてるので・・・
>まあ、ありがとうございました。おかげさまで気分がすっきりしました。

わたしはいまだにガラ系である。平たい板を取り出して、指をすべらせているスマホ愛好者をカッコイイと思うことは相変わらずだが、ばぁばには必要ない!!と強く主張した娘と孫たちの言葉を信じている。必要なことは全部デスクトップのパソコンで調べられるし、連絡先が全部登録してある携帯ですべての用は足りる。携帯メールはブリッジの約束確認と、待ち合わせたときの確認やりとりぐらいで、十分。電車やバスが後れているのをいま車両がどの辺にいるかなど、検索の必要を感じることはめったにない。

わたしが十年ぐらいかかってようやく会得した、ネット技術を、あの小さい画面で習得するのは、高齢者にとって、身体に害を及ぼすことになりかねないのではないかと懸念するばかりだ。

2015年12月11日 (金)

ああ、やっぱり・・・

一緒の席に座ろう、と約束した、来週のクリスマスランチョン、その友人から緊急の電話が入った。申し込みの締め切りが今日なのだけれど、パソコンが使えなくなってしまったので、かわりに申し込んでくれないかという依頼。
わけを訊いたら、ご主人が朝、パソコンに大きく表示された、ウインドウズ10のアップグレードをクリックしてしまったからなのだそうだ。
ああ、やっぱり、とそのとき思った。この数か月、開くたびに「無償アップグレードを今すぐ予約」とせかすような表示が出続けている。
タダほどこわいものはない、という観念があるから、無視しつづけていたが、表示はどんどん大きくなって、最近は、ウインドウズメールの画面、正面にブワ~ンとあらわれるようになり、これは無視できないか、とさえ思うようになっていた。
彼女のご主人のうっかりクリックは更新の一手順かと思われたのかもしれないし、だれでもやりがちな状況だと、推察できるのである。

ネットでの意見を調べてみると、無償アップグレードはできるかぎり慎重に、という意見が多い。ウィンドウズ7以上、8/8・1ならOKとしてはあるが、必ずしもそのモデルがアップグレード可能だと保証されているわけではなく、対応状況は不安定で、メーカーのハードウエア構成の関係上、サポートの対応ができていないところの方が多いのだそうで、もしアップグレードできたとしても、それが使いにくい場合、ダウングレードが可能かどうかも問題になってくるのだという。
それでなくてもメカに弱いわたしとしては、OS用語でさえ、よく理解できないことも多いので、慎重というよりは、いまのウインドウズ7で充分という気持ちである。

さて、友人のPCがどうなっているか、電話したいところだけれど、PCが使えないということでどれほど、ストレスが大きくなったか想像できるので、ともかく、二人のランチョンの予約ができたいまは、当日会ってから状況を聴くことにしようと思っている。

2015年7月15日 (水)

パソコンなしで・・・

汗がだらだら流れて、メガネの縁をつたい、目の中に入って沁みるのがつらいというイヤな季節がとうとう訪れた。
そのまえに、やりそびれていた、書類の整理、書籍や衣類の廃棄など、済ませるいいチャンスがこのパソコンリコールだったと思う。
パソコンなしの日はかなりの解放感を与えてくれた。不便を感じることはほとんどなく、むしろ、わずか三日で修理終了の本体が戻ってきてしまったのが、残念な気がしたほどだ。
依存症的になりかけている、ネットブリッジをしないせいで、肩こりがへったし、ツンドク状態の読書もはかどった。

これまで見ないことにしていたパソコン裏のほこりを全部取り去り、こんがらがっていたコードを整理し、裏側に落ちて散らばっていたメモなども、目を通してから処分して、床の汚れまできれいにふきとり、さっぱりしたことが一番の収穫だったかも・・・

この一カ月以上出しっぱなしだったミシンも御用ずみ。
三年越し、仮縫いまで済ませておいた、絞りの浴衣地のTシャツもようやっと完成。
手抜き洋裁に徹底、襟ぐりは刺し子の残り布でのバイヤスでくるみ、それを長くのばしてリボン結びにする。義母が着ていた浴衣、供養になればと思う。
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きょうはこれを着て、CWAJクラフトクラブのお仕事会に出かける。

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