2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
フォト
無料ブログはココログ

カテゴリー「スポーツ」の11件の記事

2017年10月25日 (水)

よく戦った、DeNAベイスターズ、そしてありがとう!

まさか、これほどの躍進を果たすとは、ファンでさえも、想像外だったのではないだろうか。

夫は大洋ホエールズ時代からのファンなのだが、1998年に優勝してからは、名前が変わり、監督が代わっても、成績はさっぱりよくならず、内川、谷繁、村田など、これという名選手はほとんど引き抜かれて、この先望みはなさそうだから、もう応援するのやめなさいよ、と何度も言うぐらい、鳴かず飛ばずの試合ぶりにしょげかえることが多かった。

それでも、ひいきの熱情が娘一家にのりうつり、彼女たちが我が家を訪れると、わたしは置いてきぼりで、野球の話に熱中する。それがせめてもの幸いか、と思っていた。

今回もリーグ戦の始まりは相変わらずの勢いのなさで、わたしは元々野球が特に好きというわけではないから、ともかく、夫が鬱にでもならないように、時折励ますことはしていたけれども、期待は全くしていなかった。

ところがどうだろう、三位からまさかのCS出場、キャプテン筒香はタイガースとカープを破ってかならずここに戻ります、などと無茶な宣言をして、と思ったのに、それが本当になってしまったなんて。

敵の本拠地で闘う四戦、三勝目のわずか一点の差、わたしも祈る思いで見届け、守り切ったときには夫と抱き合ってしまった。そして一昨日、マシンガン打線が復活したような勢い、ラミレス監督のお立ち台の最初の一声、神に感謝するという言葉に、まず感動。これぞ、野球の面白さ、を見せてくれながら、夫を元気にさせてくれて、ありがとう!!ベイスターズ!

夫はきょう理髪店に行って、生気が戻り、若返ったようだ。
まだ、もしかしたら一週間も野球が楽しめるかも…と言いながら、笑顔になっている。

2016年8月13日 (土)

リオ五輪、体操内村選手、水泳金藤選手の感動

スポーツ番組をあまりすすんで観るほうではないし、加えて、今回のリオ五輪は、それでなくても日本からの飛行時間二十数時間という遠距離の場所、政情不安、選手村環境劣悪などの前評判、選手はベストコンディションで臨めるのだろうか、と心配で、関心を持つまでに至らなかった。
ところが、どうだろう、体操日本の名声、トビウオとまで言われた水泳日本の名を一層高める記録続出である。

あの、体操内村選手の個人総合の最後を、出先から帰ってチャンネルを押したら、まさに間に合って、観戦することができた。鉄棒種目まえまで、なんと、ウクライナに負けている。もしかしたら、危ないのではないか、と不安になった。だが、彼の一番得意な鉄棒なのである。希望はある、そして・・・何という演技だ!!落ち着いて、少しの乱れもなく、最後の着地を決める。
わたしは鉄棒の小野の時代を知っている。あのころより、演技の技術は軽業と言いたいほどにレベルが上がっていて、目を奪うばかりだ。鉄棒から手を放し、一瞬のあいだに身体をひねるなど、すさまじいばかりである。
内村選手は姿が美しい。自信にあふれ、たくましく、技術力を究めた、最高の演技だったと思う。
優勝が決まったときのガッツポーズ、思わず胸がせまって、嗚咽がもれた。これこそ感動の涙。「何も出ないところまで出しきった・・・」というインタビューの言葉、まさに王者の風格だった。

そして、水泳平泳ぎの金藤選手、最初はちょっと遅れ気味、それが徐々に速力を増し、トップに踊り出て、他者の追従をゆるさず、抜きんでて泳ぐ姿を見届ける快感。素晴らしい感動をもらった。
過去二度の五輪で成績ふるわず、これではならぬと奮起した二十七歳、しかも今回の記録はかつて十代の岩崎選手が出した金メダルのあの時の数字を超える快挙である。
コーチをほめたたえる言葉、その努力、これこそ、日本人ここにあり、であった。

2014年2月22日 (土)

真央ちゃんがくれたもの

浅田真央ちゃんはわたしの一番お気に入りのスケーターである。ジュニアの頃から注目していたが、なんの屈託もなく、危なげもなく、いつもトップに輝いていたころと比べて、成人女性となった彼女に、順調に成長しているこその、このスポーツの一発勝負で結果を出すことへの悩みが見えてきているのを、近頃感じていた。

大体メダル、メダルとそれしか目的がないように、いじましく追い立てる、マスコミ、連盟がひどい、体調調整も大変だったろうに、団体、ショートと大舞台が続き、さぞやプレッシャーと闘っているのだろう、と想像していた。しかもショートの順番が可哀そうに、一番ストレスのかかる最終なのだ。
中継まで起きていられなかったので、見なかったのだが、結果はやはり・・・

どれほどの失意と闘っているだろうか。感情移入で胸がいっぱいになりながら、フリーも観ないで寝てしまった。それでも気になって起きたのが4時半、アナウンサーが真央ちゃん素晴らしかったですね、と言っているのを聴き、安心して二度寝。
起床してすぐ、リモコンを入力すると録画が放映されていた。

ああ、なんと、なんと素晴らしく、美しく、持っている実力を100パーセント出した演技であったことか。からだがふるえるほどの涙がこみあげ、これが真の感動というものだと意識するほどの感情に大きく揺り動かされていた。
しかもロシアの誇る大作曲家、ラフマニノフの二番、こよなくただよう悲愴感あふれるメロデイにのって流れるように滑る動きの美しさ。ロシアの人たちだってきっと感動をわかちあってくれたのではないだろうか。

真央ちゃんはメダルなんか問題じゃない、感動をくれた。一人の人間が失意に負けず、立ち直ることの見事さをこの上ない表現で見せてくれたのだ。

こんどのソチオリンピック一番のハイライトだったと思う。

2013年5月31日 (金)

泳ぐ

欧米女性の泳ぎは圧倒的に平泳ぎなのだろうか? 映画で見る限り、ほとんどそうだ、と、たまたまムーヴィー・プラスで『スイミング・プール』という映画を見ながら思った。キャップもかぶらず、ゴーグルもつけず、しかも顔を出したまま、すいすいと泳ぐ。
宿泊したホテルのプールでも見かけるのは平泳ぎばかりだった。
わたしは五十過ぎてから水泳を習い始めたのだが、クロールとバックができるようになると、それ以上はもういい、と平泳ぎに挑戦するのをやめてしまった。ひとつには腰に悪いと言われていたからだ。
クロールとバックを交互にすると、ちょうど、身体の裏表を鍛えたという感じで、平均がとれ、効果もいいように思われたのである。
でもカッコイイのは確かに平泳ぎ、くやしいけど。

夏に海外にいくことはこれまで滅多になかったので、海外で泳いだことは数えるほど、香港、ヴェトナム、ハワイなど。

イタリアに行くようになってからは、イタリア一週間ステイの帰り、ウイーンに寄り、郊外のバーデンで泳いだことがある。このときはローマの語学留学一週間がかなりハードでとても疲れていたので、バーデンの温泉に入るつもりでいたのである。ところが出かけてみると、温泉とはつまりぬるま湯のプールだとわかり、がっかりするやら、驚くやら、でもここで泳いだおかげで、ローマの疲れは消えた。このとき水着が要るとわかって、急遽、ウイーンで購入。黒の単純な形なのだが、身体に吸い付くようでいて、欠点が隠れる。係りの女性がとても丁寧に選択を手伝ってくれたおかげで、よい買い物ができた。六年も前のものだが、未だに着用する事が多い。
イタリアで泳いだことはただの一度、イタリアンリヴィエラの海ではなく、プール。ジェノヴァ近くのキアヴァリというところにホームステイしたとき、朝、シャワーが使えなくなって、急遽、近くのプールに連れていってもらった。ところがこのプール、ダイビングもできるとあって、なんと二メートルの深さ。足がつかぬまま、泳ぐのはとても不安、高齢者のひとたちもいて、つかまる場所がある、一番端で泳いでいるのに気がつくまで、しばらくかかり、日本の高齢女性イタリアのプールで溺死などという、新聞の見出しが頭によぎりながら、三十分を過ごし、語学校の一時間目に遅刻したのだが、肩こりはすっきり解消していた。

この夏にステイするホテルにもプールがある。水着を持参するつもりではあるが、またもやその深さが今からちょっと不安である。

2012年8月13日 (月)

オリンピック終わる

朝九時過ぎにテレビをつけたら、オリンピックの閉会式をやっていた。ロイヤルブルーの光の中で、展開する余興の数々、ついつい見入ってしまったが、ファッションショーからサーカスの軽業のようなものまで、ちょっとやりすぎじゃない? 見ていて、もう結構という感じ、新旧の歌手も総動員、この際芸能界にも売り込もうとしているのだろうか。
閉会式なのだ、もう少しいさぎよく、きっぱり、さっぱり終わってほしいのに。

それにしても北海道から帰京して、朝晩チャンネルをまわさずにはいられず、わたしのドライアイがますますひどくなった一週間であった。
日本選手団、期待以上のめざましい活躍ぶりだったと思う。毎日、新聞に何かしらの競技のメダル獲得ニュース。震災という試練のあと、各々が言うに言われぬ、意識をみなぎらせて、がんばれたような頼もしさ。

とりわけ、見入ってしまったのが、卓球女子、これまで期待を一身に背負っていたのに、思うような結果の出なかった、愛ちゃん。
団体準々決勝試合、ドイツのカットマンとの戦いは素晴らしかった。その名も恐ろしいイバンカン、182センチのがっちり大女オバサン、愛ちゃんとは大人と子供みたいな体格の差。グイッツ、グイッツとカットされて、受けるのに必死になるうち、すかさず、打ち込まれる。その手にはまって、第一ゲームはやっぱり負け。もう、これまでかと思ったが、第二ゲームから愛ちゃんはコツをしっかりつかんで立ち直り、落ち着いたプレイ、見事に勝ちをつかんだ。

四十代から五十代にかけて卓球をしていたときがある。カットマンとの対決ぐらいやりにくいものはなかった。こちらのあせりを待っているようなこにくらしい技。だから愛ちゃんの、がんばりを素直に称えられる。

よくやった、卓球女子。
中国戦は仕方がない、十二億の国民からよりすぐった人材集めて、モーレツ訓練しているのだもの。あのチーム、どうみても女子に見えない。

ともかくお疲れさま。楽しませてもらいました。
選手団の皆さん、ありがとう。

2011年10月10日 (月)

身体の声を聴くこと

連休、二日連続のブリッジトーナメント、それほど、疲れを感じず、むしろほどよい興奮に心が高揚した。
カードを切り混ぜたり、傍らの箱からビッドのカードを抜き取ったりする動作に、もう痛みがない。腕が元どおりに治癒したというよりは、別の収まり方で年齢相応の身体になってきたのかもしれない。

パートナーは二歳下、小柄だが、歩行困難もなく、頭も冴えていて、せっかちで不注意なわたしはたしなめられることも多い。
どこも悪いところないの?と訊くと、スポーツクラブに行って身体をととのえているからなんとか大丈夫、と言うので、近頃、ジム系になっているわたしとしては興味が湧いてきて、さらにつっこんで聞きだした。
ともかく、骨盤をしっかりするのが大切みたい、ああ、やっぱりね。
自宅にバランスボールと、ストレッチポールも購入して、鍛錬しているのだそうだ。

先日クラブの<コアリラックス>というプログラムに参加したときのことを思い出した。片隅でプライベートレッスンをとっている人がマッサージまでしてもらっているのを横目で見ていたら、後ろに並んでいたオバサンが言った。
あたしもやってもらったけど、プロの指導なんて、講釈ばかり多くて、さっぱり参考にならない、自分でなにが必要か悟らなきゃだめよ。
ほんとにそうなのだ、バランスボールとストレッチポール、これはもしかしたら今のわたしの必需品かも。

それにしてもバランスボールは昔、四十年前のアメリカで、子どもたちの遊び道具だった。
<ヒピティ・ホップ・ボール>カラフルで丈夫な持ち手がついていて、息子や娘がとりあいでぴょんぴょん跳ねて遊んでいた。
ああ、それが今ではバアサンたちのジム用品になるなんて!

2011年9月13日 (火)

ジム効果

学生時代、体育の授業は大っ嫌いだった。とりわけデンマーク体操系は苦手で、劣等感でコンコチ、生まれつきカラダが硬かったからだ。
体操の花形リーダー格のN子からいつも、体力ないね、カラダ硬いね、と言われていた。その彼女は壮絶なガンで早世。
みなのあこがれだったスタイル抜群、やわらかにしなる体型の美女、S子は、じつは股関節に先天的な欠陥があって、この二十数年、病と戦っている。
ダメな自分をいつも情けなく思っていたわたしはなんとか生きのびてきた。

最近、もっぱらスポーツクラブのジムに通っている。腕の痛みがとれないので、泳ぐのをやめているからだ。
ジムはまさしく体操系のプログラムばかり。
すでにヨーガ、ベイシックエアロビ、ピラティス、骨盤リセット、バランスボールなどを体験した。
初めてのひと、と言われると、大きく手をあげ、腕が痛いこともインプットし、無理な動きはたったひとりだけでも平気で拒否。
参加者の三分の一は高齢者なのも心強い。
気に入ったのは骨盤リセットとバランスボール、円柱のポールとボールを使うことで、からだの硬さがあらわにならないところがいいし、ストレッチが効果的に倍加するので、あとがとてもさわやか。
終わったあとは洗髪もクラブで。
我が家の節電にもなるのである。

2011年7月19日 (火)

なでしこジャパン、おめでとう

スエーデン戦に勝ったとき、もしかしたら、という予感があったが、それが本当になった。
朝六時、テレビをつけると、ハイライトをやっていた。
先取点をとられても、追いつき、それがまた繰り返され、最後はPK戦で勝つなんて、なんという、このがんばり、胸の底から感動があふれ、涙がこぼれた。

ドライアイでも緑内障予備軍でも涙腺は正常に機能したのである。

しかも、あのアメリカに勝ってくれたのがうれしい。
戦争では負けたアメリカに。

七歳で敗戦の焦土に立ち、それから、二十数年後、夫の駐在に伴い、アメリカで生活したとき、こんなに、豊かで大きな国となんで愚かな戦争をしたのだろう、と思った。
そして、日本の文明はどんどん進化し、帰国後十年して再訪したときは、アメリカの文化に追いついたどころか、追い越しそうになっているとさえ思えた。
そして、その十数年後の去年、再び訪れたとき、とりわけ高齢者の生活に問題が山積している、アメリカの病んだ部分がはっきりと見えてきた。

いまの日本はアメリカを越えているという気がしていた矢先である。

大震災という災厄の影響に苛まれながらも忍耐の日を過ごしている日本人にとって、サッカーと言うプレイするほうも観戦するほうも忍耐を強いられるゲームで、その忍耐の勝利をまさしく体現してくれた、なでしこジャパンに惜しみない拍手をおくり、よくやった、と叫ばずにはいられない。

2011年5月20日 (金)

スポーツクラブ

ブリッジパートナーであり、本友達でもあるAさんにもらった優待券で、二度もスポーツクラブを無料体験することができた。
この数年、公営のプールばかりだったので、ジャグジーに浸かれたり、座ってドライヤーを使えたりするのがこれほど心地よいことかと再認識し、スタッフがまたとても感じがいいので、入会を決めた。
会員になってから初めて出かけた今日、まずは測定をすすめられ、体重計に乗ってハンドルのようなものを両手で握っただけで、かくしておきたかった私の体内事情がすべて明らかにされた。
体重、骨格筋量は標準ではあるが、体脂肪が標準値を上回っており、筋量をふやす必要があるという。
70過ぎのばあさんでも増えるの?の問いにも動ぜず、係りの女性はやさしい笑みをたたえて、十数個のおすすめプログラムを紹介した。
体を動かすことが不得意で嫌いであってもそういうことが気にならずに楽しくできるリラックスや骨盤リセットなるものがあるのだという。
ロッカーのところで着がえていたら、ふうふう言いながら入ってきた高齢女性がいて、話しかけてきた。
83歳なのだそうで、三年まえまでひざが痛くて杖をついていたけど、直ったのよ、泳げると言ってもあたしのはね、<のし>なの、かっこ悪くて。
衣服をぬいで裸に近くなると、人間、なんでも話し合える雰囲気になるから不思議だ。

ここでまた友人など増えたら、ますます名前がこんがらがって、わたしの記憶中枢は機能不全になるんじゃなかろうか。

2011年1月30日 (日)

おめでとう、ザック・ジャパン!

あんな大男たちに勝てるわけない、とつぶやいて夫はさっさと寝てしまったが、わたしは出だしの選手たちの動きを見ていて、やってくれそうな予感がしていた。
ザッケローニ監督が就任してから、選手たちの顔つきが変わったように感じていたのだ。

感情を素直にあらわすイタリア人の采配に選手たちは発奮したのではないか。

ほめ言葉のブラーヴォ、(男性単数がブラーヴォ、女性単数がブラーヴァ、男性複数がブラーヴィ、女性複数ブラーヴェ、男女複数ブラーヴィ)、ブラーヴォ、ブラーヴィをきっと沢山叫んだに違いない、そしてフォルツア!(がんばれ)も。
母音の多い、響きのいいこれらの言葉はなぜか胸にしみこむのである。

わたしはせっかちなので、延々つづく追っかけっこみたいなサッカーというゲームが苦手で、知識もないが、結果がなかなか出ないからこそ、ゴールを決めた時の喜びも大きいのだろう。
応援するほうも忍耐力と耐久力がきたえられる、よいスポーツなのかも知れない。

暗い話題が多いこのごろ、ひさしぶりに心が晴れ晴れとする快挙であった。

より以前の記事一覧