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2024年3月31日 (日)

イースターの日に

新しい教会に転会を果たした。クリスマス前から一日も休まず、通うことができ、一週間まえに転会の礼拝があり、歓迎の花束と、色紙を頂戴した。その四日あとの夜の礼拝で、証(あかし)を果たすこともできた。

この教会が見つかったのは、四国の友人がメールをくれたからである。副牧師夫妻が見えている。大田区だから近くの教会なのではないか、と。なにか、ピンと響くものがあった。すぐネットで調べて、教会の礼拝を経験した。お説教がいい、聖書に今が、重なってくる。聖書が生き生きとしていて、読み返してみたいとさえ思う。

思い切って牧師先生にうかがってみた。転会の意思があるのだけれど、受け入れてくださいますか?思いがけなく、いいですよ、の即答。それから転会の意思を証明するべく、ずっと通う。

その間、夫は二か月肺炎の疑いで入院、そこが救急病院なので、介護があるところに変わらねばならず、一週間まえに、介護施設のほうに転院。あわただしい日々だった。でも、転会が定まり、そこでの、礼拝のプログラムの素晴らしさに慰められ、今日のイースター礼拝も最後の軽食つきのプログラムも楽しく、ひととき、夫のことは考えずに済んだ。

夫の介護付きの病院は息子と娘の判断が正しく、いい選択だったと思う。夫の衰弱ぶりはひどいが、点滴をやめられないうちは、生きさせられてしまう。苦しみながらではあるけれど・・・だれも、尊厳死のことを理解できるひとがいない。今回、わたしと夫は数十年まえに二人で約束して、書類をつくったのに、病院で理解するひとがおらず、結局、点滴を辞める判断ができるところでないと、何にもならないことわかった。

 

 

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コメント

 素晴らしい出会いに恵まれたご様子、本当に嬉しく存じます。長期にわたる介護でさぞやお疲れのことと案じておりました。ご子息様の頼もしい御配慮で最善の方法を選ばれたようですね。ホームに入居した姉を見舞ってきましたが、老いの辛さが身に沁みます。
 どうかお大事になさってくださいませ。

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