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2024年2月に作成された記事

2024年2月27日 (火)

衰える夫に目をやりながら

この二日間は病院へ行かなかった。というよりは、行けなかった。

あまりにすごい風に飛ばされそうになったからだ。何だか天候にもたたられているようだ。

夫は眠っていることが多い。喉がひくひく動く。痰がうまく出てくれない。

その割には苦しそうではない。

今日から、何か食べさせてもらえる、と訊いた。痰を出させてもらえなければ、だめなのだろう。

もう三週間がたった。どうなるかは、はっきりしない。

わたしは洗濯物を運ぶ役割をしている。疲れているときは、息子に代わってもらっている。

夫のことを考えないときはない。でも考えてもどうにかなるものではないので、すべきことをきちんとできるようにしている。

そして、夫が苦しむことがないように、と祈るだけである。

 

2024年2月23日 (金)

突然の中止

退院の準備が整い、午後の一番にきまった。

ところが突然の発熱、この先の予定は立たない、という連絡があり、茫然となった。

すぐかけつけてみると、本人は眠っていたが、ほどなく目を覚まし、帰りたいよ、と言った。

その言い方が、元気な時と違っている。目に力がなく、すべての元気が取り去られたようだ。

喉が渇いているようだったので、いつもの気に入りの飲みものを一口与えた。

ところがすぐには飲めず、嚥下にひどく苦労する様子で、胸がどきどきした。

なにか大変なときが迫っているような気がする。

 

 

 

2024年2月20日 (火)

早くも退院

夫は大学に在学中、野球部に所属していて、何かが起きるたびに、鍛え方が違うと、自慢するのが常だったが、その割には早く歩けなくなってしまった。肝心なところが弱かったのは、期待はずれだったが、でも身体の芯が強いらしく、もうダメかと思うといつも、立ち直って戻ってくるという具合だ。

今回はもしかしたら、このまま逝ってしまうかも、と思われたが、病院に行ってみたとき、身体のあちこちに管がついていて、戸惑っている感じが可哀そうで、何とかして戻ってきてほしいと願っていた。

その通りになって、明後日退院と言う勧告が出た。病院往きは息子が主にしていたのだが、汚れた衣類を四枚ぐらいかかえてきて、大変だよ、これが続くんじゃ、と言ったので、翌日、それを見定めに、出かけてみたら、今度はこざっぱりとしていて、四皿すべてドロドロ食というのを、美味しそうに食べていた。汚れものも二枚だけ、先回はたまたま、点滴中で、入れたものすべて、排泄と言う具合だったのだろう。孫娘がついてきてくれたのだが、荷物はすべて持ってくれたので、助かった。帰りはお腹が減ったので、タクシーも彼女に呼んでもらい、田園調布に出て人気のカフェで遅めのランチを食べた。

大変なのは、覚悟の上、手伝ってくれる人たちがいる。感謝しつつ、毎日を過ごそうと思う。

そう覚悟したのは、石川結貴著、『家で死ぬということ』を読んだからだ。ひとり暮らしの親を看取るまでという副題がついているが、現実の詳しい記録のついた体験談が、詳細を極めているだけに、身に迫る思いがする。娘も言っていた。クラス会での話題で一番多いのが、親の介護だったそうで、介護が終わると、相続のことだという。

世の中平和になったから、もう戦争など、起きないと思っていたのだが、戦争は次々起きてやみそうにない。文明が進んだから、相続争いは昔のことかと思っていたが、永遠の争いごとのようだ。

人間が変わらないかぎり、争いごとも、終らないのだろう。

 

 

 

 

 

2024年2月11日 (日)

誕生日前後

これまで、夫が私の誕生日を忘れたことはなかった。

今回はその前後から日にちの記憶があやしくなって、無口になった。排泄の後始末も億劫そうで、それを指摘すると不快をあらわす。何だか様子がおかしい。タバコは相変わらず吸いたがるが、吸っても以前のように全部根元まで吸わないで、残してしまう。

その日は咳がひどくなって、途中でやめてしまった。看護師のひとが来る日だったのだが、熱がありますよ、と言われて、驚いた。三十八度、高熱ではないが、発熱したことはこれまでなかったので、ただ事ではないと、緊張した。

医師が往診にかけつけ、肺炎の一種を疑わなければならないので、救急を呼んだほうがいいと、指示して帰った。

幸い、息子がいてくれる日だったので、息子についていってもらうことにして、救急を呼んだ。

入院希望のところは満員の可能性がある、と言われたのだが、幸い、荏原病院にベッドの空きがあり、向かうことになった。

夕方戻った息子の報告では、胸の奥に影が見えるということだった。

明日から三連休、詳しい検査はそのあとということで、入院本決まりとなった。

 

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