夫は大学に在学中、野球部に所属していて、何かが起きるたびに、鍛え方が違うと、自慢するのが常だったが、その割には早く歩けなくなってしまった。肝心なところが弱かったのは、期待はずれだったが、でも身体の芯が強いらしく、もうダメかと思うといつも、立ち直って戻ってくるという具合だ。
今回はもしかしたら、このまま逝ってしまうかも、と思われたが、病院に行ってみたとき、身体のあちこちに管がついていて、戸惑っている感じが可哀そうで、何とかして戻ってきてほしいと願っていた。
その通りになって、明後日退院と言う勧告が出た。病院往きは息子が主にしていたのだが、汚れた衣類を四枚ぐらいかかえてきて、大変だよ、これが続くんじゃ、と言ったので、翌日、それを見定めに、出かけてみたら、今度はこざっぱりとしていて、四皿すべてドロドロ食というのを、美味しそうに食べていた。汚れものも二枚だけ、先回はたまたま、点滴中で、入れたものすべて、排泄と言う具合だったのだろう。孫娘がついてきてくれたのだが、荷物はすべて持ってくれたので、助かった。帰りはお腹が減ったので、タクシーも彼女に呼んでもらい、田園調布に出て人気のカフェで遅めのランチを食べた。
大変なのは、覚悟の上、手伝ってくれる人たちがいる。感謝しつつ、毎日を過ごそうと思う。
そう覚悟したのは、石川結貴著、『家で死ぬということ』を読んだからだ。ひとり暮らしの親を看取るまでという副題がついているが、現実の詳しい記録のついた体験談が、詳細を極めているだけに、身に迫る思いがする。娘も言っていた。クラス会での話題で一番多いのが、親の介護だったそうで、介護が終わると、相続のことだという。
世の中平和になったから、もう戦争など、起きないと思っていたのだが、戦争は次々起きてやみそうにない。文明が進んだから、相続争いは昔のことかと思っていたが、永遠の争いごとのようだ。
人間が変わらないかぎり、争いごとも、終らないのだろう。
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