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2024年1月に作成された記事

2024年1月29日 (月)

ショートステイの間に(3)

少し腕を休ませなければ。

その日から夜は買ったものを、というわけで、醍醐のおすしとか、有名店のお弁当とかを購入。

金曜の夜まで無事だったのだが、ふいにひどい下痢におそわれ半日トイレを行き来する。おなかがびっくりしているのがわかる。

あまりにも無防備に外のものを食べてしまった。

この一年、おなかを下すことはなかったので、安心していたのだ。これは大変、家庭の医学をとりだして、下痢の時に安全な流動食をつくる。

息子のために作ったお鍋のスープがあまっていたので、それと、玉子がゆ、間にのむ豆乳とキウイのスープ。

一日流動食にしたら、おなかはおさまった。

もうお腹のことを忘れて、ホイホイ手を出しては危ない歳になっているのだ。

早食いをやめて、ゆっくり食べることも大切。

ショートステイの間に食べる楽しみを少し見直さなくては。(了)

2024年1月27日 (土)

ショートステイの間に(2)

夫を送りだしてから、ちょっとまどろみ、目覚めたときに出かけなければ、と思った。

腕時計の電池が切れかかっている。時計は毎日ため息をつくように少しずつ動きがのろくなり、いまにも止まりそう。

丸善まで出かけよう、と思った。何も制約のない半日、それを有効に使わなければ、と思ったとたん元気が出た。

スイス製の腕時計、赤い針がついている単純なものなのだが、日常使うのに、ぴったり、気に入っている。

これの電池は、買った場所、丸善にしかないので、二年ごとに替えに来なければならない。あと二年先の自分は危ういかもしれない、とふと思った。

30分かかるというので、あちこちみてまわった。欲しい本もなく、古い雑誌を1100円で売っている店があり、古いヴォーグ誌を一冊買った。

店を出て、高島屋の食品売り場で、今晩食べるものを買おう。丸善を背にして、左側のたてもの、入るとすぐに大勢の女性が並んでいるパン屋が目についた。名前も『365日と日本橋』変わっている。シナモンロールに砂糖が少ない。形も小さい、これがおいしかった。こんなシナモンロール、初めて。コーヒーとスゴク合う。出されたお皿もぴったり、ほかのパンもトーストパンを買ったのだが、小ぶりで、不思議なサイズである。

このパン屋さんに元気をもらった。(つづく)

 

2024年1月26日 (金)

ショートステイの間に(1)

神さまは耐えられぬほどの苦しみはお与えにならない、と言われているが、それが本当になった。

夫が新たにできた床ずれのために、トイレにいくたびにそれをさわらないようにパンツ替えをするのが辛くなっている現状で、パンツ替えに一日に二度来てもらうようになって、そのヘルパーの人の対応やら、デイサービスが受けられぬ状況で、毎日のケアが大変になったことなどを含めて、もうどうにもならないほど、疲れてきている自分を感じていたからだ。

一週間ほどのショートステイが叶えられたというニュースが入って夢かとばかりに思った。

そのショートステイの契約が大変だった。息子が一緒に聴いてくれたので、助かったが、一人だったら、二時間の説明をしっかり聞けただろうか。パンツ替えに現れる若いひとたちが、可能にしてくれたのは、有難いと手を合わせるだけだった。まだやったことがないので、階段の段を隠してスロープにすることも実験してみたりもしたのだが、思ったよりも楽々と二人は夫を車いすに乗せたまま、運んでくれたのだった。

この当日、朝7時ごろ、思いがけないことが起きた。果物のジュースを作ったあと、なんと、流しが、水が流れなくなって詰まってしまったのである。夫の迎えは10時50分、それまでになんとかしなければ、わたしは焦ってネットを呼び出し、一番先に大きな広告を出しているところに電話をかけた。9時に行きます、と応えがあって、待った。

頼りになる息子を起こし、来るのを待つ。現れたのは、外国人と見違うほど目鼻だちのととのった男性だった。ひどく冷静で、おおきなポンプを持って現れ、それを一、二度動かしてから、三千円かかる、と言った。次ぎは一気に三万円かかるという。なんだか怪しい。こちらが危ぶんでいるのを見越してか、管に詰まっているものを見せて言った。どこに訊いてもらっても同じだと思う、と。管の中にはヌメっとしたものと、なんと掃除用の金たわしのちぎれたものまで入っている。息子は黙って聞いていたが、それを見てから、三万円以上なら、断る、それでできるなら頼むと言った。そして、迎えが来るまでギリギリの時間内でどうにか工事が終わり、詰まりは解消した。十年分の詰まりである。これまで故障が起きなかったのが不思議なくらいだ。洗い物をしたあとは、十分くらいお湯を出しっぱなしにするのが常識になっている、とその人に言われた。面倒は終わった。やれやれである。(続く)

2024年1月13日 (土)

ヒイバアサンの気持ち

きのう、孫息子夫婦が子供を連れて訪れた。

つまり私たちにとっては、曽孫を見せてもらったことになる。それまでの六か月、毎月『みてね』という題で写真が送られてきて成長の記録はすでに把握していた。でも実物に会うのとは違う。本物を見たというのは、スゴイ感動があった。

昼寝から目覚めたばかり、という彼はすこぶる機嫌がよかった。出会ったとたん、向こうから笑顔をくれたのである。

可愛い笑顔だった。世の中のつらいことは何も知らぬ、まっさらな笑顔であった。

孫息子夫婦は三年ほど子供がいなかったので、もう生まないのかな、と思っていたら、三年後に子供ができたのである。

孫息子の父親ぶりは、すさまじく、ほとんど、彼が育てているといってもいい。曽孫もパパの方をより慕っている、と言っても過言ではない。

こんな父親もいるのだ、と思った。

私たちはかわるがわる、彼を抱いて、写真をとった。

イチバンすごかったのは、夫との対面、じつはこのところ、夫の状況がよくなくて、もう終わりのほうだと、思わずにはいられなかった。

ちょっと呆けたような顔の彼が、なんと、曽孫を見たとき、顔つきがしまって、スゴイ笑顔をみせ、「かわいいのう」と言ってのである。

じいじに見せられてよかった、と娘はため息をついていった。

私もその対面のときを、感動を持って見守ったのである。

2024年1月 4日 (木)

新年あと、さき

クリスマスはひとりで、オペラシティへ、アヴェ・マリアをテーマのウイーン・アマデウス・ゾリステン。ロシアとウクライナ出身の美女二人が次々と衣裳を変えつつ、登場する。指揮者もヴァイオリンの名手でテーマを素晴らしく演奏、聴きごたえがあった。

三日まえにもしや、と『マエストロ』に予約をしてみたら、なんと受けてもらえた。帰りに寄る。カラスミをあえた烏賊のスパゲティとデザートにはフルーツがいっぱい入ったアイスクリーム、早めに来たコーヒーがおいしく、満足の味だった。十年以上もマエストロの味は変わっていない。格式をおもんじ、それでいて、いつもかわらぬもてなしの精神、見事である。

クリスマスの翌日、怖れていたことが起きた。洗濯機が十年たって動かなくなった。日立のひとがきてもうダメ、と宣言、新品を買うことにする。娘がすべて近くのヤマダ電機で買ってくれた。全く同じ機種の新品、でも慣れが必要。音がほとんどしない。古いのはいままでよく動いていたものだ。ご苦労さまといいたい。

そういうわけでおせちづくりが遅れる。二日かかる、黒豆煮、ほかにナマス、田作り、スモークサーモンと玉ねぎの私独自のサラダ、など数点ですます。キントン、かまぼこなど買いに走る。

年越しそばは息子が選んでコンビニのを買ってきてくれた。

毎日お雑煮とおせちで過ごした。夫はもともとおせちなど嫌いなので、おかゆなどで済ます。客はなし。つくづく思うのだが、おせちとは実によく考えられている食べ物だ。マメが良く煮えていると、すべてがおいしい。雑煮とは雑でいいのだ。元の煮汁がしっかりしていれば、すべてがおいしい。わたしはひとり、おせち料理を平らげ、四日はすでに空っぽになったお屠蘇の入れ物を満足しつつ、しまった。

二日に息子と娘と私の三者会議を。夫のこの先の過ごし方、数種の資料を手に息子がまわることになる。ユーモア混じりの話し合い。先行きは暗くない。

私の手はあまり傷まない。歳相応に傷んでいるのだから仕方がない。

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