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2023年9月に作成された記事

2023年9月25日 (月)

贅沢な内覧

わが家から、徒歩三分くらいのところに、高齢者向けのホームが建った。

この三年間、建築の騒音にプラス猛暑で、暑さは耐え難いものがあったが、我が家は通りを一つ隔てているので、お向かいに住んでいる方に比べれば、まだマシだったのかもしれないが、完成して、音がなくなってみると、何と静かになったことかと、驚くばかりだ。それにしても騒音ぷらす、それにかかわるひとの暑さに耐える耐久力がよく続いたものだ。顔を真っ赤にして交通整理のために、怒鳴っている中年以上の人たち。ずっと立ちっぱなしで、よく耐えていると思った。

今回の建物が建つまえは、五階建ての独身寮があったので、まず、それをこわすのが壮烈だった。壊しても壊しても終わらない、結局、機械には頼れない。最後はそれを扱う人の力なのである。

この地に越して六十年、我が家も二度建て替わり、規模も二階建ての中小住宅に変わっている。

外出してみると、内覧受付と言う旗がたっていた。そうだ、ホームに入る予算も、つもりもないけれど、中を観てみたい、内覧申し込みをしてみよう。

申し込みは混んではいなかった。翌日の四時、内覧することに決まった。

内部は思ったより、落ち着いた雰囲気で、派手なかんじはなく、通された部屋も、中庭の大きな樹木にトリの小さな小屋がかかっていて、見えなかったものが、目に優しく入ってきた。

中年の女性が一人だけ、案内役を務めたのだが、次次と示される、数字には関心がなく、うなずくだけで、先を急ぐ。

すでに二十二組の申し込みがあるのだそうで、前途悠々の体制に思われた。白木の床がさわやかである。部屋は必要最低限の広さ、軒が深くとってあるので、ゆったりした感じである。

ふいに今読んでいるメイ・サートンの著作の言葉が思い浮かんだ。「使い古された快適な椅子が一つもないような家には魂がない。私たちに求められているのは完璧ではなくて、人間的であることだという事実にすべて煮つめられる。人間的な家に入ってゆくことはなんという安らぎだろう!」

五階からの見晴らしは素晴らしかった。花火が二子だろうが、横浜だろうが、すべて見られるのだそうだ。

一か月48万円という金額は我が家には高すぎる。それゆえの、感想ではないのだが、わたしはやっぱりまだ住み込んだ家に住んでいたい、と思った。

2023年9月13日 (水)

R.シュトラウスの魅力

神は時として舞い降り、指揮者のタクトに入り込むことがある。そして優等生ばかりの、N饗のつまらない音楽を神の調べのように変えてしまう。

ファビオ・ルイージはそれが可能なひとだ。

ルイージを聴きにNHKホールに出かける。

数年ぶりのNHKホール、行き方がわからない。

電話をかけたら、停留所の名前にNHKホールはないので、ハチ公バスに乗って区役所前で降りるのが一番近い、と教えてもらった。降りたのはいいが、建物がどれだかわからない。左のほうに高齢者が集まっているのがわかった。前まで行って確かめる。そこがホールであった。全然変わっていない。S席は一階、といっても階段を十段ぐらい降りなければならない。S席を取る場合、階段を通らないですむところ、と指摘するべきかもしれない。

ファビオ・ルイージは十年ぐらいまえ、札幌のホールでPMFに招かれて、総監督をしていた。物静かなひとであったが、指揮ぶりは勢いがあって、素晴らしかった。彼は十年、注目の中にあって、今や名指揮者として名を馳せている。

そんな彼のプログラムはR.シュトラウスづくし、めづらしい曲目ぞろいだ。

第一曲「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」ホルンに始まり、クラリネット、いろんな楽器がその特徴を出してあばれまわり、飽きさせない。楽器の音の魅力にみせられ、音の引き出し方の面白さに酔う。

シュトラウスの魅力、思いがけぬ音の展開、だれも手をつけていない、クラシックでいて、新しい何か、を教えてくれる傑作であった。

2023年9月 5日 (火)

秋はもうすぐ

長い夏であった。辛い夏でもあった。

果たして、無事に超えられるであろうか。もしかすると、九月にはもう、耐えられず、倒れているかもしれない。

そんな恐れを常に抱きながらの、夏であった。

一日家にいて夕方買い物に出かければいい、それのできない夏であった。パン屋さんのパンが焼きあがるのが11時半、売り切れるのが、四時ごろ、少し早いときもある。ともかく、パンがまだ余裕があるときに間に合うように出かけるのは、日傘をさして出かけられる三時まで、また熱い、身体が燃えるようだ。まっすぐ歩くのにはよほどしっかりしていなければ、フラフラと歩いていても、始終まわりを気にしなければならない、私の状況。冬生まれのわたし、夏はそれでなくても苦手なのに、病気の後、やっとのことで買い終えて、家にもどるとベッドにバタン。

夏の間はプールを休む。子供たちがいるからだ。それをしたために、わたしの眠りの質は悪くなって、なかほどで、これでよいのだろうか、と言う具合にまでなった。夜中に何度もトイレに行く。体内時計が狂ってしまったのだ。

夏のさなか、思い切ってプールに行った。混んではいたが、バックをするぶんには、決してだれもぶつかってこない。クロールの方が危ない。というのに気づいた。それなら、大丈夫。バックは得意だ。クロールの息継ぎのほうが危うい。

そういうわけで、泳ぎ再開。私の体内時計はオーケーとなって、これまできている。歩くのはつらいので、できるだけタクシー、時間帯を変えてみたら、プール行きは楽にもなってきた。

九月になって、わたしはまだ死にそうにない。今年もなんとか生き抜けられそう。自由が丘のピーコックあとが立派に完成。

十月オープン、前よりも、品物が充実していて、良く整理されているそうだ。高いとは思うが、選べば、安いものもある。

何よりバス通りなのがいい。停留所が近く、足の便がいい。

私は今、死んでも残された人たちが困らないように、もしもの時の、安心ノートをつくっている。もうすぐ完成である。死んだら知らせてもらう友人の名をもうすぐ書き終えるので、一段落である。

夏中どこにも行かなかった。秋は一か月に一度ずつコンサート行きがある。それを楽しみに、、今年も終わりそう・・・・ 

 

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