« 2022年12月 | トップページ | 2023年4月 »

2023年3月に作成された記事

2023年3月27日 (月)

いいことと悪いことが…

この一週間のうちに、いいことと悪いことが起き、目下は悪いことの調整に毎日疲れはてている。

いいこととは、オペラに行ったことだ。急遽決意して、四年に一度の『ホフマン物語』に出かけたのだ。幸い好みの席がとれた。配役は女性がすべて日本人、主役のホフマンと悪役が海外男性、みんなそつなくこなしていた。

とりわけ気に入ったのが、最後のヴェネチアの舞台。明かりを松明にすることで、ヴェネチアの雰囲気が一段と強まり、舞台半分をヴェネチアの海、そこに斜めになったゴンドラが一目でヴェネチアの海を感じさせる。それがあまりに美しいので、あの、騒がしくて素っ気ない舞台が、生きてくる。最後の舞台で舞台美術の美が発揮されたのは初めて、感動した。もうホフマンを見ることはないだろう。あと四年先に生きていたとしても無理である。

渋谷が怖いぐらい人が出ていた。帰りは疲れを感じず、長い歩きもイヤではなかった。

でもこれが四年後には、車も拾えない現実があって、無理だな、と思う。

 

悪いこととは、夫が二度転び、歩くのができなくなってしまったことだ。トイレの不自由、幸い、簡易トイレを嫌がらずにしてくれて、ともかく助かった。きょうも一日私の日はある。朝早く迎えにやってきた男性は、夫を軽々と抱きかかえて、連れ去ってくれた。

娘と息子が手はずしてくれた車いす、とにわかの手すり、車いすは我が家の狭い廊下いっぱいいっぱいで、ともかく夫がかえってくるときは、役に立ってくれる。夫の、転んだあとの、治りぐあいが速いならば、いいのだが、張り薬だけで、効果があるとは思われない。ともかく最悪のことも、覚悟しておかなければ、わたしはそれまで、もつだろうか。

2023年3月20日 (月)

一日の使い方

月曜は、私一人の一日である。夫は朝八時半から夜六時半までデイサービスで帰らないから、全部、わたしの日。でもやることは結構ある。まず夫が出た後のベッドの周辺、洗濯が一杯。それを片付けて、出かけるのが十時、先週は、雨だったが、銀座に出かけた。どうしても行ってみたいところ、食べてみたいもの、それを試すのが第一、お蕎麦のもりのおいしいところ。銀座松屋の田中屋に出かけた。

田中屋には十年行っていない。美味しいのはわかっているが、銀座に出ることが少なかったからだ。

近所にもお蕎麦の美味しいところはある、と思っていた。でも試してみるとわかる。お蕎麦の汁が濃すぎるところが多い。都立大のお蕎麦屋もよさそうに思われたのだが、病気になって三か月行かなかったら、お昼が稼ぎ時になっていて、お蕎麦のもりの味が濃い。手抜きだ、と思った。

お蕎麦はかけともりの、汁の味で、美味しさが決まる。渋谷の竹之内も、味が濃いわね、と言ったら、濃くしてみたんです、なんていうから、もう行く気がしなくなった。都立大はよさそうだったのだが、ひとりだけがつくっていて、昼が稼ぎどきだから、いい加減になるのも仕方がないのだろう。

というわけで、あそこなら、本当のもり蕎麦の味が試せる、と思って、銀座の松屋へ決行となったのである。

田中屋は変わっていなかった。おそばの薬味に心がこもっている。ネギの切り方、おろし大根、辛みのワサビも本物。

ゆっくり、静かに味う

おいしかった。ありがとう、田中屋さん、八十五歳、満足です。

松屋のおしゃれの飾り物などは、素通り。

目的は達したのである。

 

2023年3月15日 (水)

ご近所情報

ご近所の情報があまり入らないところである。

裏に越してきた、我が家より一回り若いご夫婦は花に興味がおありで、わたしが水をやったりしていると、二人出てきて、話しかけてくる。おかげで、美容院のよいところを、知ったのもこんなときであった。

クリスマスローズはあまり陽当たりには敏感でないので、こんなところでも育つと、二、三輪咲いているのを指さして話したこともある。

花に興味がある男性と話したのは初めてだったので、わたしは、ちょっとウキウキしたのだった。

このところずっと花のことを考えなかったが、ミモザはかなり花の数がふえている。誰かに見てもらいたい。そうだ、と思って七、八本切ってもっていった。

出てきた奥さんの顔は浮かなかった。ミモザにまあ、と言ったあとで、奥様お元気でしたか?と問われたので、わたしは、クリスマスからのことを話して、お宅は?と訊いたのだった。ご主人が、わたしと同じ病気で手術を受け入院している。手術は成功でお元気だということだった。

どうぞお大事に、と言う言葉を心から言ってドアをしめ、道路に出たとたん、今年は肥料をもらったクリスマスローズがもう一つ花を増やしたことを、言うのを忘れていたことに気づいた。

2023年3月 9日 (木)

ミモザふたたび

Photo_20230309151101 今年もミモザが咲いた。開花は三月四日、ご近所では一番最後という感じ。

我が家のミモザは今年危機に瀕し、もしかしたら、花がつかないかも、という状況だった。根元に取り去るたびにしつこくあらわれる、キノコが、中に居座っているからかもしれない、と言う若い植木屋さんの話、ひょとすると、樹ごと倒れるということも考えられる、と言う、コワい話で、あちこちで見かける、ミモザが消えるというのはこういうことか、と思った。

我が家の前の通りは通学路で、子供が大勢とおるから、樹が倒れたりしたら、大変、でも根こそぎ切るのも、可哀そう、というわけで、まだ元気だった夫に相談し、半分にしようということになった。

それはいい考えです、と植木屋さんもうなづき、半分になったのに、なんと樹は元気になったみたいで、花の芽が突きはじめた。それでもおじいさんの樹だから、ミモザばやりで、近所に植えられた樹はとっくに花が開いているのに、なかなか咲かない。

それがようやく、暖気流にのって咲き、とってもとっても、しつこく出てきたキノコも、姿を消した。

我が家は、私の病気、コロナ騒動、花に目を向ける状況ではなかったのだけれど、ミモザはひっそり咲いてくれた。

ありがとう、ミモザ。

2023年3月 7日 (火)

前とあと、

病気の前は、長文になりそうな原稿を、マイクロソフトに打ち込んで推敲しながら仕上げ、左ボタンと右の記号でそれを移し替えるのを、何の苦もなくしていた。

でも三か月触らなかったパソコンになんと沢山?があったことか。打ち込もうにもどのキイだったかわからない。そうかといって記事を書くにしても打ち込んでも、うっかりボタンで仕上がりになってしまう。下書きかどうかもわからない。

そんなわけで読みにくい原稿だと、お叱りをいただくかもしれないが、原稿の仕上がりがイマイチなのを、やむを得ずそのままにしておく、と言うことも起きる。

ともかく、私には苦手な、メカニックな部分が歴然として表れているのは事実である。

家では料理や家事の部分は、全く支障がなく、済ますことができるのは、幸いなのだが、どうもメカの部分と、その、補い方が、うまくいかないので、困ってしまう。それに神経をついやすと、ほかのことがとんでしまうので、大変、買い物などで、釣銭を数えたり、そろえたりするのが、時間がかかる。それを辛抱強く待ってくれる親切が相手にあるかどうかも、よくわかった。

うちの近所で唯一店が長続きしている自然食品の店は、売っているのは少々高いけれども、絶対確かとわかる、品物なので、値段はさておき、買うことが多いのだが、お金の出し入れが速くないと、不機嫌と言うことが多いのも、今回のことがあったので、わかった。ここで買うときは、お金をそろえておかねば。いつかはその日になる割引カードも、いち早く見せなければ、店主の機嫌が悪い。必要なものをすべてそろえて、さっと出す。ここに入るときは、それができるかどうか、いつも緊張するのである。

2023年3月 4日 (土)

シェパードパイの話

介護体制となってから、娘がシェパードパイを二度作ってくれた。牛にひき肉と玉ネギみじんを炒めて、味付けし、ジャガイモのマッシュを合わせて玉子をかけ、オーブンで仕上げをするというものだが、最近はつくらなくなったので、とてもなつかしくて、おいしかった。それというのも、マッシュしてオーブンと言う手順が面倒で、それに夫があまり好みではないのがわかったので、遠ざかってしまったのである。

モース警部の若いときを描いた、Endevourと言う物語は、もう三十回も続いている、人気作だが、モースよりも、周りの登場人物の家庭問題が面白く、最初はこれ以上ないくらい家庭円満であった、上役のサーズデイ警部が、あるとき、帰宅すると、このシェパードパイが、と夫人がいいかけるので、いいねえ、と笑顔になる夫に、最近二人の仲にひびが入っているという設定で、夫人が友人のところで食べてきたので、出かけるというので、わあ、可哀そうと同情したくなる場面がある。それほどに円満家庭の代表料理の名が、登場したのは印象的であった。

娘の焼いてきたシェパードパイ、ちょっと味が薄い、と言うと、ソースかけて食べるの、忘れたの?ママのレシピじゃん、結婚するとき真っ先に書いてくれたのに、と言われてしまった。そんなこともあったのかと、思いだしたのであった。面倒なレシピを二度も作ってくれた娘のことを想う。

 

2023年3月 1日 (水)

一大変化

二月に我が家は全員コロナにかかった。まず最初の犠牲者はなんと夫で、高熱の彼のトイレの始末を全員でしたおかげで、わたし、娘,、息子の順に感染することになってしまった。

九十歳のコロナ患者は,当然隔離されることになり、その間夫が戻ってきたときの介護の形を考えておくことで、我が家は息子と娘が率先して、介護の形態をととのえることになった。まず夫を私の部屋で寝かせる。そのために私のベッドをこの際粗大ごみに捨てて、ダスキンから介護用のベッドを借りることにする。

毎日の料理は大変なので、一日おきに調理に来る人を雇う。あと、週二度、看護師と理学療法士が来る。身体を拭きに来る人も週一、訪れる。そして、デイサービスは、夫の様子をみて、およそ一日の予定で、わたしのために、出かけてもらうことにする、など、など。

介護体制はほぼ、ととのい、最初はわたしが夫のトイレをみるために、そばに寝ていたのだが、途中から、夜間はほとんど行かなくて済むので、私だけ、二階のベッドに移動してから、俄然、楽になった。

現在はかなり慣れて、買ってあったコンサートのチケットも、思い切って出かけられるほどになったが、やはり、楽に、というわけにはいかず、文化会館小ホールの夜に出かけたのだが、八人編成の美しい宗教音楽の合唱だったが、耐えられず、半分で出てきてしまった。すごく風の強い日で、途中で出たのは正解だったと思う。

まだ、しなければならないことに、集中すると、頭が重く、身体もだるい。その日は無事に来られたけれど、やはり一時間の行程はちょっとつらい。もう出かけるのに一時間かける外出は無理、ということがわかった。

今日、三月一日、銀行の通帳記入に、出かけたのだけれど、ようやく、疲れを感じずにすんだ。身体が元に戻ったのを感じる。

まだ、何とか生きていられるのを、自由が丘の、さっぱり進行していない、工事現場を見ながら、ありがたく感じていた。

« 2022年12月 | トップページ | 2023年4月 »