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2022年4月に作成された記事

2022年4月30日 (土)

デイサービスのこと 1.

夫はこの四月から、週一度デイサービスに行ってくれるようになった。要支援1の彼の外出は、もう三年ぐらい、徒歩距離の内科医のところか、同じ距離のコンビニ、スーパーなどに、二本杖でほしいものを買いに行くくらいで、一日かかるような遠出はまったくせず、「あなたが毎日在宅だから、友人も呼べない」と愚痴をぶつけたことがあったのだが、このところ、外食もままならず、自宅ごはんがふえているので、疲れが出やすい私の現状を目撃し続けている彼としては、行きたくない場所ではあるけれど、「利用者の家族の身体的及び精神的負担の軽減を図るため…」というデイサービスの目的の一つに注目してくれたらしいのである。

デイサービスの場所をどこにするかは、問題だった。あちこち見学するのは、夫にとって気がむかないことはよくわかっていたので、ふと、思いついて、数年まえ、わたしがデイケアに一年ほど通って膝の痛みがとれた、あのサービスが別の家で、一日のスケジュールで始めたというデイサービスはどうかなと、夫に話し、我が家からかなり近いところでもあるので、そこを一緒に見学しないか、と誘ってみた。さいわい、所在地の近くが、昔夫が大学の野球部に在籍していたとき、通ったグランドや、ランニングをした場所だという記憶がよみがえったらしく、とてもなつかしいと言い、思いのほか乗り気になってくれた。

見学したときは、ちょうど午後の、転倒予防体操の真っ最中で、十三人ぐらいの参加者のほとんどが女性、男性は三人ぐらいという、日本の男女の生存率の実態をまさに証明しているような情景で、指導者の号令で主に上半身を動かす体操をしていたが、男性はかなりの高齢の人も見受けられ、居眠りをしているひともいたので、この中に夫が加わるのは、似合わない、と思われたのだが、夫は早く立ち去りたいせいもあったのか、ここでいいよ、とほかの施設の見学はしないままに終わった。

でもわたしは、せめて自分だけでも、もう二、三軒、別の施設も見学してみた上で納得して決めたいと思い、ケアマネージャーに情報を依頼した。(続く)

 

 

2022年4月24日 (日)

『魔笛』観劇

オペラ『魔笛』は過去に三回ぐらい観ている。今回日本人歌手のみのこの大作、このところ我が国の声楽レベルの高さには感動しきりなので、観てみたいような、でも三時間の長丁場に耐えられる体調でなければならないので、その確信がなければ、と、迷いつつ、最後の公演があと二回とせまったとき、偶然インターネットで、大野和士さんのオペラ玉手箱に行きついた。彼自らピアノの伴奏をし、『魔笛』の魅力を、熱く語る。出演の歌手たちも、大野さんの熱気が乗り移ったような見事な歌唱で、惹きつけられたまま、ベートーベンが「魔笛」という作品は現存するオペラの最高傑作だと褒めたたえたという事実が語られたとき、決心した。さあ、行こう、魔笛へ…

幸い、私の一番気に入っている席、張り出した二階の最突端、R4-11-1という席を購入できた。Kimg0626

幕が開いたままの舞台はモノトーンの影のような色で、舞台美術はそのままのカラーを維持したまま、変わらない。2018年と今回の演出担当のウイリアム・ケントリッジの演出ノートによれば、陰画を描くという創作方法で、映像投影形式を採用し、影と光の交錯から意味を読み取る効果を望んでいるというのである。Photo_20220424160901

頻繁にあらわれる、幾何学的映像に戸惑うこともあったが、鮮やかなカラーは登場人物の衣裳に頼るというわけで、独特の華やかさも生まれた。

但し、夜の女王が、白いドレスというのが、どうしても違和感が残った。安井さんの歌唱はコロラトゥーラの最高を歌いこなすだけでもすごいのに、それが鬼気をおびるほどの迫力だったから、なおのこと、衣裳の白さが気になった。

あとザラストロの衣裳も太陽の世界の支配者というにしては、洋風の正装なので、部下との区別がつきにくく、おまけにバスバリトンの迫力がイマイチなのが、残念だった。

オケも、タクトが大野さんだったら、違っただろうな、と思うところもあったが、モーツアルトはやはり、スゴイ。少しも飽きさせず、メロディの転換に酔わせてくれる。

 

あのめっぽう明るいところが、苦手な一時期もあったのだが、今のように、現世が暗いことばかりだと、せめてオペラは明るいのがいい。しかも今回は舞台美術の暗さが、どこか毎日テレビに映し出される、爆撃あとの暗さを想わせて、最後のほうの「苦難の後には賢者の道が開かれる…」とかの意味合いの字幕の言葉が、胸にしっかり刻まれて、安堵が広がった。

パパゲーノ役のイケメンの近藤圭さん、いい声で有名アリアをうならせたし、パニーナのソプラノも独特の響きがあって、聴かせどころは全て満足した。

やはり観にきてよかった。しっかり、楽しめた三時間だった。

 

2022年4月18日 (月)

春キャベツを食す

近くに野菜の苗を売っている店があって、その購買客が育てた野菜を安価に並べるようになったので、わたしはそれを買うのを楽しみにしている。そしてついに、待っていた春キャベツが出たので、さっそく購入。

食べたいのはロールキャベツである。

ネットをのぞいたら、豚のひき肉に玉ねぎと人参のみじん切りをまぜて、牛乳でやわらかくしたパン粉をまぜ、塩コショー、ひたすらこねて、丸め、それをゆでたキャベツの葉でくるみ、ひたひたの湯に、コンソメスープのキューブ二個入れて二十分煮る、というレシピが気に入った。確か栗原はるみ流のロールキャベツを作ったことがあるのだが、きょうはこのあっさり風でやってみよう。さて、ごはんだが、ロールキャベツがコンソメ風なのだから、冷ごはんもあまっていることだし、これを、ケチャップライスにしてみたら?と思いつき、マッシュルーム、エノキ、玉ねぎ、すべてみじんにし、まずベーコンを千切りにしてフライパンでいため、野菜を加え、ごはんを投入、味付けはケチャップとウスターソースで仕上げ、最後にパルメザンの粉チーズをふりかけたら、これがいい取り合わせになって、おいしかった。Kimg0621

ロールキャベツは五個、息子に二個、夫と私は、一個半ずつ。 

折しも、テレビで春キャベツを扱っていて、キャベツ使ったあとどう保存したらいいですか?と生産者のひとに質問していた。答えは保存しないでください、できるだけ早く使いきってください。

さあ大変、明日はさぼろうかと思っていたのにキャベツ残りを使うとなると、みじん切り疲れも治らないうちに、また忙しくなるな、とちょっと憂うつ…

 

2022年4月13日 (水)

タケノコ求めて

去年、山椒の樹に四匹もの青虫がたかって、葉を全部食べられ、丸坊主の樹にされてしまったのが、樹にとっては新たな葉をつける条件をよくする効果となったのか、この春の我が家の山椒の葉は色もいいし、大きさが全部そろっていて、とても美しい。Photo_20220413225501

 

タケノコご飯が何より好物のわたしとしては、あとは主役登場を待つだけとなって、期待は大きかった。

最初のタケノコはこの辺りでは老舗の青果店に届けてもらい、ヌカを入れて茹でる手間も面倒に思わぬほど楽しみな作業に専念したのだったが、肝心の味は風味も香りもうすく、失望は大きかった。山椒の香りは一段と鋭く、それだけの季節感にすがったような味しかなかった。フキもそうだ。うっかりすると捨てられてしまうという、葉を、これも同じ青果店の主に注文して取り寄せてもらったものから、つくだ煮をつくったのだが、フキのえぐみはあったものの、肝心の香りが弱かった。

二度目はスーパーでフキとタケノコを茹でて袋詰めにしたものを見つけたので、これもがっかりするかも、と思いつつもタケノコを食べつづけたいという一心で、炊き込みご飯にしてみたのだが、やはり、香りなし。

三度目の正直のまえに、特別な青果店という誇りの高い店で、タケノコ事情を訊いてみた。急に夏が来たような天候異変がタケノコの市場に異変をもたらしたらしく、掘りたての味をキープするのが困難になっているのだとか…今日の午後、掘りたてが届くことになってる、よかったら、配達するよ、とその主人が言ったが、値段を1500円というのを知って、これでまた風味がなかったら、どれほど失望が大きいか、想像がつくので、電話番号をもらったものの、注文する気持ちは失せていた。その帰りにふと「オオゼキ」をのぞいてみたのだ。なんと泥がついたタケノコが560円で並んでいた。しっかり臭いをかいでこれならよし、というのを確かめることができ、三度目挑戦。ようやくタケノコらしい香りを感じることができた。でも例年よりは、旬の味、弱めに思えてならない。近所のおかず屋さんのご主人も同じ感想を漏らしていた。九州のタケノコにがっかりしたというのに、大きくうなずく。

タケノコご飯を立て続けに食べたら、さすがにもう結構となったが、なんだか納得いかない。

京都のタケノコを見かけたらまた、懲りもせず、買いたくなるのかもしれない。

2022年4月 8日 (金)

「カムカム…」終わる

この半年間、ずっとテレビの前の朝の十五分を楽しみに過ごした。

百年の物語を、半年で語ろうとするのは、土台無理がある。わたしにとっては三人の女性の最初のストーリーに一番惹かれるものがあった。

およそ朝ドラなどには興味を示さなかった我が娘も観ていて、感想を述べあったりもした。最後まで観終わったというので、どうだった?と訊いてみたら、面白かったのはクリーニング店までだ、と言ったのに、わたしもうなずくものがあり、めずらしく意見が一致したのであった。

登場人物で印象に残ったのは、演技も最高だったが、和菓子店たちばなの主人甲本さん、フアンだからなおのことである。

若いほうでは、ニヒルな感じが最高だった、五十嵐文四郎クンである。この俳優さんはこれからも注目したい。

カムカム、が題名だから、そうなるのかもしれないが、どうしても解せないのは、英語講座を熱心に聞いて大いなる努力があったらしいとはいえ、なぜ「ひなた」があれほどまでに流暢に英語をしゃべるかということ。

私は英語が共通言語の国際婦人クラブに属していたので、英語ペラペラ度に敏感である。トップは、海外で育ち、海外の大学を出ている会員、次は、海外の四年制大学に留学していたひと、そして最後はわたしのような主婦で海外滞在経験がある会員なのである。あの「ひなた」の実力はトップのひとに近い。

錠一郎のピアノ転向が、あれほど、難なくできたのも解せない。

娘に話したら、それがドラマなんだから、と言われてしまった。

来週からは、なんだか淋しくなる。それにしてもあの回転焼きはおいしそうだった。おいしくなあれ、のあんこも味わってみたい。京都にはあのようなものが本当にあるのだろうか?

とりあえずは、高島屋の「御座候」を食べにいってみようか、などと思ってしまう。

 

2022年4月 1日 (金)

言ってしまって悔やむ言葉

新幹線の復旧がまだなので、車で山形から戻った孫が、我が家のパーキングスペースに車を残し、コンサートで贈呈されたという巨大な花束を、ばぁば、もらってくれる?と置いていった。

カスミソウに囲まれた中に黄色と赤のバラ十本、大輪のユリ六本、カーネーションの大小、白、ピンク、オレンジ十本、ガーベラ6本、名前のわからぬクリーム色の花七本、どういうセンスでこういう取り合わせになるかというそれを見ながら、この花々の整理と、これが入っていた大きな、カタい箱の始末がシンドイと思った。とりあえず、生前黄色いバラが何より好きだった義母のために仏前にそなえ、ユリをひとまとめにして玄関にかざり、赤いバラとクリーム色の花を私の部屋の窓辺に飾り、カスミソウとガーベラをキッチンの窓辺に飾ったら、ありったけの花瓶を使い果たしてしまった。残りは、お掃除に来てくれた花好きのSさんが喜んでもらってくれたので助かったが、へとへとになって、しばらくベッドに横になっていた。

巨大な箱はそのまま玄関に置きっぱなしにしておいたらいつのまにか、息子がたたんで小さくまとめてくれてあった。

孫からの、またばぁばのご飯食べに行くね、というメールを見て、十数年まえから告げられるこの言葉に、いつでもおいでと返事をしていたのだが、今は違う、と思った。置きっぱなしの車のバッテリーが上がってしまうのではないかと不安がっている夫の言葉を伝えるために電話をして、そのとき、今は毎日家事をするのがやっとで、ご馳走するごはんがつくれそうもない、昔のばぁばとは違っていることを話した。

もう少し伝え方があったのではないか、と悔やむ心があって、マッサージに行ったとき、いつもの施術士の女性にそのことを話した。「奥さんは声がはっきりして元気そうだから、安心してしまうかもしれないけれど、マッサージしているわたしは、ぎりぎりだということが、よくわかります。お孫さんにおっしゃって正解ですよ」と言ってくれた。

このところの楽しみは録画しておいた「三日間まるごと刑事フォイル」を毎日一回か二回、観ること。アンソニー・ホロウイッツの脚本は圧巻で見始めたら、目を離すことができない。戦時下の英国、食糧難、空襲の恐怖、家族同士の軋轢、戦後の復興への困難、変化についていけない家族と、戦争という恐怖の体験の心に与える影響、それがどれほど人の心をむしばむかが、ホロウイッツの表現では「心の火傷」という言葉にもあらわれているのだが、私の七十年まえの経験のような直接的なものではないとしても、毎日テレビに映し出される映像は平静な気持ちで観てはいられないし、それに加えてコロナ禍はまだ終わってはいないのだから、私たちすべては、心の火傷を共有している。

そういうときに口から出てしまう言葉に、どれほど悔いが残るか、朝ドラの「カムカム…」もラストが近いが、やはり、これがドラマの芯になっていると、うなずきたくなってくる。

 

 

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