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2022年3月に作成された記事

2022年3月25日 (金)

ミモザの不安

植木職のヤマダさんの体調不良の知らせが入り、現役復帰はおそらくもう無理という落胆を味わうこととなった。

三日がかりの仕事という以前の大きな庭のときから、ミモザを中心とする、家まわりの一日仕事の十年間、本当にお世話になった。でも樹々の伸びはまったなしである。だれに引き継いでもらうか、と夫とも相談して、結局、モッコウバラを二年してもらった、あの若い彼に頼むことにした。

新しいところを探す努力をする余裕がないほど、日々の暮らしに疲れているこのごろである。

若い彼は、快く引き受けてくれて、とりあえず数日前の仕事帰りに寄ってくれて、重そうなミモザの枝をかなり落としてくれた。そして、ミモザの根元にキノコを発見し、これが住みつくと、ミモザが枯れてしまう恐れがある、と不安なニュースを残して去った。

それだから、これが最後というばかりの、見事な咲きぶりを見せたのか、身軽になった樹はまだ花をつけている。これまでありがとう、私のミモザ!

ミモザの寿命は二十年くらい、とYouTubeで樹木に詳しい専門家が話していた。もしそうなら、まだ望みはあるかもしれない。なんとかがんばってほしい、祈るように樹を見上げてしまう日々である。

 

2022年3月21日 (月)

古いものが愛おしい

十年ぐらい好んで履いていたワインカラーのブーツが、色も落ちたところがあり、靴底もくずれてきたので捨てるしかないかな、と気落ちしていた。

雪が谷に「リペアーズ」という靴の修繕を主にしている店を見つけて、相談してみた。底を張り替えるだけで、一万円以上もすると聞いて、予算オーバーなので、あきらめようか、と思ったとき、その男性が言った。靴の皮って、捨てようと思うくらいの年月が経ったときに、よくなってくるんですよね、ええっつ?

その言葉に考えが変わった。これと同じカラーの靴を見つけるのはむずかしいだろう、それに今のわたしは店を探して歩き回る気力も欠けている。修繕費用、13000円、修繕し終わったらまた十年は履けるというのを聞いて、元はとれると思ったし、およそ一か月を要する、ということはかなり念の入った仕事なのだろうと想像できた。支払いが先、不安もあったが、期待も大きく、じっと待った。

仕上がりは期待以上、色あせも消えており、履き心地はまえよりいいくらい、満足した。ワインカラーは、何の色の服装にも足元を飾る華やぎがある。生き返った靴、新品を買ったときより、うれしい日々である。

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アンティーク風のコーヒー沸かしは、今から53年まえ、イリノイ州エヴァンストン市に住みはじめてすぐ、中心街のしゃれた雑貨屋で買い求めた。帰国してからは、ガラスの飾り棚の中、目立つところに、入れたまま。

コーヒーマシンは使い果たして、どれも気に入らず、自分用なら、一人分ずつの簡易包装のもので済まして、沢山入れるということはしなくなっていた。

でも朝のうちにコーヒーを多めにつくっておきたいと、近頃になって思うようになり、思い立ってこの骨董品を使ってみたら、これがじつにぴったり役立つということを改めて発見。お湯が沸騰し、コーヒー色に変わるのがガラスのつまみに透けて見えてくるのがうれしい。

ちょうどいい味のコーヒーができあがる。これも満足である。

再訪したエヴァンストンでは、あの雑貨屋さんはとっくになくなって、街の雰囲気も変わってしまっていたのだが、でもあの、初めてアメリカ中西部のメインストリートをそぞろあるいたときの、興奮を、わたしは今も忘れられないのである。Kimg0587

2022年3月16日 (水)

ルータートラブル

先週の金曜日にPCのインターネットが出なくなり、固定電話も音がしなくなったので、またニフティー365に電話、ルーターのランプをチェックしてほしいと言われ、故障と判明、新しいルーターをNTTが配送する、と知らされ、それが日曜朝に到着。詳しいイラスト入りの、案内図がついていて、自分でもやれそうな気はしたが、ブレーカーの中のあのコードのからまりを考えると、恐ろしいので、NTTの人に来てもらうことにした。

NTTの呼び出しは厄介、まずは携帯の番号を入力、シャープ記号で〆め、自分の名前を録音し、一度電話を切って、向こうからかかってくるのを待つ、というややこしさ、どうして直接かけられないのだろう。そういうちょっとした手間が疲れをためる。

 

数日パソコンをいじらなかったら、早寝ができ、本も一冊読めたりしたが、テレビにはどうしても目がいく。残虐な爆撃の写真と、避難する人々の悲しみをこらえた表情が、七十年まえの記憶を呼び覚まし、停戦が可能になったとしても、復興がどれほど苦労であるかに、感情移入してしまう。

スマホでインターネットを使うのは、小さい画面だし、料金があっという間に上がりそうで、避けていたのだが、急に調べたくなる、レシピとか、映画予告など、トライせずにはいられなくなって、大分慣れが進んだ。

今日のルーターの係のひとはさすがプロの早業で、ネット回復、新しいパスワードで、設定を完了し、メールが百近くもたまっていたのを整理しながら、やっぱり大きい画面のパソコンライフはいいな、とは思いつつも、また肩こりを気遣う生活に戻ってしまったとため息も出た。

 

 

 

2022年3月 6日 (日)

ミモザ開花

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気温18度という日に、陽当たりがいい部分が開花した。蕾と開花とでは、これ程というほどの黄色の差がある。何とも言えない、気持ちを明るくしてくれる色だ。

でも全体的にはまだまだ。重そうな枝を支える、曲がった幹が気が気ではない。この分だと、植木職のヤマダさんに早めに来てもらわなければ、でも生花店のフラワーヒュッゲに声をかけて、花を持っていってもらうついでにスワッグを一つ作ってもらおうかとも考えたりする。花の付き具合が上のほうが多いので、切るのが面倒。踏み台を使って切ったりしたら、転倒しかねないから、わたしはダメだし、とつおいつ考える。

夫はほぼ全快、歯もなんでも食べられるようになったし、ありがたいことだ。

でも付き添うことが多かったので、肩が凝りやすいわたしは、疲れやすくずいぶん弱った。

終活をするなら、今年しかないような、焦りさえ感じる。身体の調子がよくないときは、本当に、なにかに手をつけることさえ、億劫になってしまうのが、この八十代半ばである。

 

2022年3月 2日 (水)

久しぶりの外出

昨年のショパンコンクールで一躍注目を浴びた、モーツアルトの歌劇『ドンジョヴァンニ』の「お手をどうぞ」のアリアを、なんとしてでも舞台で聴いてみたいという望みが、意外にも早く叶った。新国立劇場オペラ研修所終了公演がこの演目を上演することを知ったからである。

いつものオペラパレスではなく、小さいほうの中劇場で五時からという公演、楽しみにして出かけた。オペラのときの食事はここ、と決めていた『マエストロ』が閉めているので、考えた末、三時ごろから出かけて、渋谷の東急プラザの京都の蕎麦店『竹之内』で食べて、あとは中野行きのバスでオペラシティ南まで行くというコースにした。これが当たりで、竹之内の「赤鶏とセリのつけ汁そば」は絶品の味で久しぶりにおいしいものを食べた幸せを味わった。

オペラの出来もよかった。演出、演技指導は近頃注目している粟國淳氏である。プログラムに書かれている彼の文章、「喜び,悲しみ、怒り、不安、猜疑心という人間の感情、豊かな感性、生きる上での人生の闇、そして暁…」が繰り広げられるアリアに次ぐアリアのメロディの変幻自在の美しさに酔った。2ab666debe965bad9c46410927373ec6

コートとスカーフを膝にのせ、飲み物入りのエコバッグを支えつつ、オペラグラスをのぞいていたら、手が滑って、二度も下に落としてしまったり、三時間の長丁場に耐えるべき腰がめずらしく痛みはじめ、このまま、大丈夫かしら、と思ったり、オペラ鑑賞もそろそろ終わりに近いかなという悲観的感情が交錯しながらの、時間だったが、ともかく若いひとたちが、気持ちをそろえて、歌いきった三時間の舞台に満足した。このところおうちごはんで倹約して貯金がたまっていたので、帰りはタクシーを張り込んで早い帰宅ができた。

 

このオペラ、実は十数年以上まえに、英国を代表するバリトン、サイモン・キーンリーサイドが来日してドンジョヴァンニを演じたのを、聴きにいったことがある。期待が大きすぎたのか、まったく感動せず、長時間の舞台に飽きを感じただけだった。彼、長旅の疲れが出ているのではないだろうか、と、友人と話し合ったりしたものだ。

帰宅してから、それを確かめたくなってYouTubeを検索した。キーンリーサイドはやはり迫力不足、圧倒的なのは、若き日のまばゆいように美しいネトレプコのツェルリーナとデンマークのバリトン、ボースコウフスの二人の「お手をどうぞ」、傑作で笑ってしまったのは熟女となったネトレプコが四人のドンジョヴァンニから、花束大小、植木の花、花車を持参した彼らからせまられ、「アンディアーモ(行こうよ)」とさそわれ、最後は舞台上で、タクトを振っていたドミンゴが大声で「アンディアーモ」と叫ぶという一幕の画面。

 

これからの若いひとたちの舞台に堪能し、帰宅してからYouTubeで検索を楽しむ余裕を得て、ここのところの生活の苦労が溶けて行くのを感じた一日だった。

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