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2022年2月に作成された記事

2022年2月22日 (火)

ミモザはまだ…

今年のミモザの蕾は早くて、師走ぐらいからつきはじめていた。雪に耐え、雨や風にも耐えて重い枝をゆらしながら、蕾は増え始め、今までで一番と言えるほどの花が期待できそうだ。

通行人がカメラを向けている姿を時々見かける。

西嶺町の梅は有名だけれど、わたしはその通りを抜けたモダンな家の玄関先を飾るミモザの黄色を見るのを楽しみにしていた。見続けていたのは、四、五年で、いつのまにか家はあるのに、ミモザの樹は消えていた。多摩堤通りにも、我が家と同じころミモザを咲かせていた家があって、バスで通過するたびに、その花の付き具合を確かめるのを楽しみにしていた。でもそこもいつのまにか樹はなくなってしまった。それほどにこの樹の手入れが難しいのかもしれない。

 

我が家のミモザもまるで樹が喜んでいるような咲きっぷりを見せ始めたのは、植えてから、四年ぐらい経ってからだ。花が咲き終わったすぐあとに、ミモザの生育のことにくわしいひとに短く刈ってもらわなければ、翌年の花は望めない。その切り時がむずかしいのである。

我が家の樹木医ともいうべきヤマダさんのおかげで、ミモザは花を咲かせてくれる。最初のころ彼はお得意先が多くて、なかなか番が回ってこなくて、樹の切り時がずれていた。

今は彼も仕事を減らしていて、比較的楽な切り場所である、我が家を覚えていてくれるのが幸いしている。

きのう、ミモザの蕾の付き具合を報告し、三月中に来てもらえるように、予約をしたところである。

 

自ら、樹木医、一級造園技能士という肩書を名刺に印刷している若い人に二度、モッコウバラの手入れを頼んだことがある。技術は確かそうではあるが、驚くほど短く切ってしまって、なかなか新芽が出てこないので不安になったことがあった。電話をしたら、大丈夫です、とは答えたのだが、すぐ前の家の庭の手入れに来ていたりするのに、どうでしたか?とのぞくことをしてくれず、お得意になるかもしれない家を訪ねてくれるような心配りは、今の人に求めても無理なのかも、と思った。

 

ヤマダさんの存在は大きい。彼の樹を愛する気持ちと、気配りは今のような時代、尊いとさえ、思ってしまう。

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2022年2月17日 (木)

ワクチンモデルナ体験

蒲田から徒歩二分という日本工学院片柳アリーナの実情は情報とはずいぶん違っていた。多摩川線の改札から、グランデューの出口まで、すでに五分以上かかり、そこから、ドン・キホーテをはさんで左にななめに伸びている道を、五分以上あるき、ようやく着いてからも、巨大な会場まで地下四階だから、エスカレーターまた、エスカレーター、会場の待機場所に座るまで10分以上かかる。二十人ずつぐらい列を作って呼びだされ、診察、注射、手際はいいが、歩きの時間はかなりのものだ。ここは夫がたとえ怪我がないときでも、到底無理だと思った。キャンセルは正解だったのだ。

注射の翌日から身体に異変が起きた。

 

それを事細かに、伝えたのが、夫に付き添い、二度目の整形医院にでかけ、診察とリハビリの帰りに乗ったタクシーの運転手さんの話である。

 

車に乗って動き出した途端、三度目のワクチンでひどい目にあってさ、と話し出した彼、まず腕が上がらないくらい痛くなってね、翌日何とも言えないほど気持ちのわるいけだるさで、寝込んじゃったんだ、「あら、わたしもそうだったのよ」という返事に彼、勢づいた。仕事休んじゃったよ、夕方ぐらいまで、起きられなかった、「全くそう、血圧もあがったわ…」

降りるときに彼は言った。ま、奥さん、症状が強かったのは、身体がまだ若いってことじゃないのかな、もっと歳のひと、軽かったって言う話だから、「そういうことだといいけど」とわたしは答えた。

 

夫の足の治り具合は、年相応、もどかしいぐらい、ゆっくりだけれど、朗報が入った。かかりつけのクリニックにワクチンが入荷したのだ。二月末、いかがですか?という情報を得て、ともかく予約だけはしておいた。

ファイザーである。

夫に予定という目標ができれば、それなりの、元気を出すための、日常が成り立つ感じがしたのである。

2022年2月14日 (月)

事件

夫が通帳記帳をどうしても自分でしたいからと自由が丘に出かけて行った。それよりも書店をのぞくのが目的だとわかってはいたが、それだけの元気があるのだからと、見送った。その日はシルバーさんが掃除に来る日だったし、移動スーパーも食品を届けてくるので、在宅しなければならない。かすかな不安がよぎったが、夫が近距離のコンビニまで出かけるときも感じるかすかな反応、もういつものことになってしまっている。

タクシーで戻った夫は、言った。転んじゃってさ、ええっつ?

不安が本当になってしまった。

 

駅の近くで、あたりを見渡しているとき、ほんの一段の段差にすべったらしい。五、六人がかけつけてくれて、抱き起こしてくれたという。

 

足の甲のあたりがちょっと痛むというので、靴下をぬがせてみると、赤く腫れている個所があって、要注意のように思われた。近くの接骨院でとりあえず、処置をしてもらうことはできるが、やはりレントゲンでもしや骨折が見られないかどうか、検査が必要だと思った。ここだ、という病院を三軒電話したが、いずれも予約はとれない。レントゲンやMRIを設備がある個人病院の翌日三時の予約がようやくとれた。

 

十年ぶりのこの医院、設備もリハビリも整ってはいるが、医師が個人の家庭問題や、性格分析にまで及ぶ説教じみた診断が余計に思われて、足が向かなくなっていた。今回は触診がとても丁寧で、レントゲン診断も骨折箇所まったくなく、ただし、高齢ゆえの骨の弱りが顕著なので、骨折症状が後になって出ることもあるから、注意しながら治療していきましょう、ということだった。待合室で夫が言った。十年もたつと、ひとって変わるものなんだな、と。でも夫の聴力の弱りを、ちょっと、と言ってしまったら、医師はちょっとどころではありません、とても、以上です。と大きな声で訂正していた。

 

レントゲン室と診察室がとても近く、歩行に痛みを抱えている彼にとっては移動が楽だったし、帰りは頼めば、タクシーも呼んでくれるというサービスもあって、助かった。

三度目のワクチン接種は五日あとだが、果たして行けるだろうか。

蒲田の工学院の場所が今ひとつ定かではないが、まず無理だろうという気がした。

この程度で済んで幸いだったと思わなければならない。但し私自身の日常が倍ぐらい多忙になったのだけは確かである。

 

 

 

 

 

 

2022年2月 6日 (日)

誕生日前後

2月4日の誕生日まえから、にわかに、すべきことが山積みとなり、超多忙な日々を過ごした。

まず、ワクチンの予約変更、尾身会長が、できるだけ早くと即す言葉にあせり、ファイザー、ファイザー、モデルナが最も抗体効果よし、という情報に心が動き、目黒区の同い年の友人が92歳のご主人と、モデルナを受けたが、まったく副反応なしだったという情報も得たので、思い切って予約変更、自分のは電話予約、それで場所が決定して検索が容易になったので、すぐ夫の分をネットから操作し、12日、蒲田の工学院を決めた。

次は固定電話のトラブル、液晶場面はOKなのに、かかってくる電話の通話が不能、フレッツ光にようやく電話が通じたが、それは電話機の問題と言われてシャープのお客様相談に三十回ぐらいかけたのだが、バッハの音楽が流れるが順番来ず。

そのうち、またインターネットが不通となり、「まかせて365」にスマホからTEL.先回と同じ、あのブレーカーを開けてランプチェックをし、今回はあまり困難なく回線コードを一度抜いて再びはめる、という結果で解決。電話機のメーカー、シャープがようやく応答した。意外にも電話機の故障ではなく、光回線用のコードをはめなおしただけで、解決。サイトで解決策を見つけようとしたとき、新しい電話機の値段表示がないことを指摘したら、販売店によって値段が違うので、という返答が返った。

ダイニングキッチンの引き戸が、毎回開け閉めが重たい。その難題解決と、二階のバルコニーに一階の屋根部分に取り付けられた物干し器具と同じものを取り付けることを思いつき、現住居関係のトラブル解決名人Aさんに連絡、数日で施工管理の達人に手配してもらえた。

陽当たり不足の一階を干場に決めてしまって、半乾き状態の洗濯ものをもう一度風呂場の乾燥機で乾かすという面倒を、習慣でしていた自分が愚かだったと思うぐらい、二階のバルコニーは陽当たり十分、この真冬でも三時間で乾いてしまうのに、驚く。これまで夫は自分の洗濯ものは自分で処理していたので、二階は夫の場所と思い込んでしまっていたのだ。

家事の短縮、今までしていたことを見直すきっかけは、久しぶりに書店に入り、「60歳をすぎたら、やめて幸せになれる、100のこと」という雑誌大の本を買ったおかげ。

 

誕生日の日、去年の11月にようやく予約がとれた、浴室の掃除の人が来てくれた。テレビで名前を知った、レインボーホームサービス、私の目に狂いはなかった。浴室は真新しくなったようにピッカピカ、7700円はほかと比べても安いと思う。これからの手入れで、日々こころがけることも教えてもらえた。

夫がケーキを買ってきてくれた。娘はいつものように、その日には行けないけれど、欲しいものがあったら、おしえて、と電話してきた。

孫たちは翌日の夜、遅れてごめん、と電話してくれた。

娘はラインでメッセージを送ったのに既読にならない、と電話してきた。特大のバースデーケーキの写真だった。

 

84歳、いろいろなことに、まだ対処できる自分でいられる、これをわからせてもらったことがキリスト教的に言えば、神さまからのプレゼントだったと思う。

2022年2月 3日 (木)

春近し

夫の歯の治療が終了した。ぐらついていた部分入れ歯の支えもしっかりして、普通食が噛めるようになった。三回通ったのだが、私が付き添ったのは最初だけで、あと二度は一人で大丈夫だからと主張して、13段の急階段も昇降機を使わず、上り下りし、買い物まですまし、帰宅できた。89歳、次第にしっかりしてくる歯に勇気が湧いてきたのだろう。ありがたいことだ。

噛めるということが日常生活で、どれほど大事かを体験した。

そもそもおかゆは好きなひとだから、ごはんが食べられるようになっても、市販の玉子がゆのおいしさは忘れがたいらしく、自分でなにもかも買ってくるから、と言って、楽をさせてくれたりする。

まだプロ野球が開幕しないので、彼の観るテレビ番組はラグビーの試合と、TBSニュース、がほとんど、石原慎太郎氏の訃報も彼から知らせてもらった。

本はメガネもなしに、一日一冊ずつぐらい読んでしまう。司馬遼太郎と隆慶一郎のフアンで著作は全部読んでしまったから、目下は佐伯泰英の新作待ちである。パニック小説なども広範囲に読んでいるが、わたしは好みではないので、ただただ、よく読むなあと感心するばかりだ。

私を見つめる目が澄んでいて、しっかりしているのを、ありがたく感じる。

 

最近の私の料理は以前とまったく同じ仕上がりにならなかったりする。

これだけはと絶対自信があった、ドライカレーが最後の仕上げのトマトジュースの買い置きがなかったので、トマトペーストをブイヨンスープで溶かして使ったのが災いしたのか、豚ひき肉に味がしみこみにくくなって、おいしくなくなってしまった。

次の日は久しぶりにマカロニグラタンをつくったのだが、絶対美味しいマカロニグラタンというレシピにもかかわらず、大さじ三杯の小麦粉をその通り鵜呑みにして使ったのが失敗、水分のとろみが少なく、粉がいかにも多すぎた仕上がりになった。バカ、バカ、バカである。

夕べの、肉じゃがと、湯豆腐の献立は、成功、自分でも美味しいと思ったし、息子も完食、夫はめずらしく湯豆腐も食べてくれて、取り合わせがいい、などと感想をもらした。

がんばって、フルーツケーキも焼いたのだが、これも成功、こういう日もある。

 

あまり一喜一憂しないで、こういう年齢なのだと、自分を客観視していこう、と思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

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