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2021年11月に作成された記事

2021年11月28日 (日)

好物にさよなら

半世紀近く、峠の釜めしを愛していた。

いつ食べても絶対に味は変わらない、おいしい駅弁、いつ食べても満足する味を信じていた。

横川という駅がなくなって、いっとき買えるのは軽井沢に行くときぐらい、だと思っていた。ときたま、駅弁祭りという行事がデパートなどであるときは、早めに出かけていって買うぐらい、楽しみにしていた。

銀座シックスの地下に荻野屋が店を出し、早めに行けばそこで、買えるようになると、銀座に行く楽しみがふえ、うれしくなった。

そのころから、ちょっと味が変わったかな?出来立てを食べられず、レンジでチンするせいなのかな?と思ったことがある。。

そして、あの四万温泉の帰り、高崎で駅弁コーナーに駆けつけ、釜めしを、近頃は紙の容器に入ったものもあるのだが、やはりあの陶器のほうが、おいしいという店のひとの言うことを信じて、重たいのにもってかえり、言われたとおりにチンする温度と時間を正しく行なって、ふたを開けたとき、これは違う、と愕然としたのだった。

タケノコの切り方が大きくて厚め、そしてまったく変化したのは、大き目で雑な味付けの鶏肉、ゴボウも雑な切り方、すべての具のなんともいえぬハーモニーは消えてしまった。おいしくない、かすかに昔からの味も残っているが、繊細ではなくなった、雑な味、食べていて満足感がない、むなしい思い、楽しみにしていた期待が大きかっただけに、もう、二度と買うまいと思った。

若い人向けに肉を大きくしたのか?元祖のひとの指導がなくなってしまったのか?指導はあっても守る人たちがいなくなってしまったのか?

わからない、すべての長続きしている名物に起こりうることなのか?

その点、田園調布の茶巾寿司と関西寿司の醍醐は大したものだ。作っている場所がガラス張りでよく見えるのだが、常に、注文を聞いてから厨房の高齢だけど熟練の作り手が手作りして詰めはじめる。味はいつも同じ、三十年ぐらい続いているのではないかと思う。

最近あるひとの京都旅行のブログから、和久傳の鯛ちらしのすし飯がぱさぱさだったという感想に大きくうなずくものがあった。三年まえの京都旅行で、和久傳の鯖寿司を買って、夕食をそれで済ますことにして、楽しみにしていたのだが、生臭さに、愕然としたのを記憶している。菊乃井の稲荷ずしもべちゃべちゃで、汁気多すぎ、あれも腹立たしくがっかりした。

京都の名店は必ずしもおいしくない、名前にだまされてはならないのである。。

やっぱり自分の手でつくったものが、たとえおにぎり一個でもおいしいと、思ってしまう近頃、疲れているときでも、味に満足を得られれば、疲れはどこかに消えることを、確信するこのごろである。

 

 

2021年11月22日 (月)

群馬県、四万温泉ひとり旅 4

朝10時にチェックアウト、ライトミールプランの料金は19150円であった。

 バス通りを横断し、橋を渡る。四万川の流れが眼下に、そびえる山はより高く見える。Kimg0463

紅葉は茶色に変色している。渡り切った左に、診療所と、その隣が日帰り温泉、清流の湯。Photo_20211122080401

診療を受けたあと、入浴するひとも多いらしい。時間は10時から20時まで。料金は二時間500円。四時間800円。1785

思ったとおり、もとは高級旅館だったそうで、和風のつくりは古びているが、風格が残っている。大浴場二か所、露天風呂も二か所。わたしは大浴場を使用、忘れ物に気づいたので、心ここにあらずになって、あまりゆっくりお湯をあじわえなかった。

スカーフがなくなっていたのだ。宿に電話する。忘れ物はなかったという。でもリュックの中にもない。もう一度宿に戻って自分の目で確かめなければ、とせっかくの名湯を早めに出てしまう。

 

なんとスカーフは道に落ちていた。

身にまとっていたことも忘れるなんて、どうかしている、まったく。

 

中之条駅では列車がくるまで二十分ぐらい余裕があったので、ホームをじっくり眺める余裕があった。なんと吊るし柿が並んでぶるさがっていた。いかにもひなびたローカルな雰囲気。Kimg0466

 

ひとり旅向きのプランには日帰り温泉の場所が三か所、飲湯の場所もあるそうで、それぞれ徒歩15分足らずで、たどれるというから、予約なしの日帰り温泉めぐりだけのプランも気候のよいときなら実行可能かもしれない。列車だとかなりあわただしくはなるが、四万の温泉は浴びたあと、心地よさが際立つので、そうまでしても行きたい、温泉はやっぱりいいなあ、というのが率直な感想である。(了)

2021年11月20日 (土)

群馬県、四万温泉ひとり旅 3

宿で渡された上州四万温泉郷の絵図を見ると、この場所は温泉郷の入り口近くで、ここから二キロ近く温泉宿が立ち並び、バスの終点に一番大きな旅館があって、そこには東京駅までの直行バスの発着停留所にもなっているのがわかる。車で来ている人たちには魅力的な立ち寄り場所が一杯ありそうだが、わたしは、一時間に一台しか走らないローカルバスだけが頼りだから、あちこち見物するというよりは、温泉にゆっくり浸かるのが目的ということで、腰に危うさを感じたり、ひざのあたりや、足指などに痛みが出てくるのが不安だったりする現状では、見物してまわるという欲も失せている。

寝る前も、もう一度ゆっくり入浴して、いつもよりは早めに就寝した。でも枕が変わると寝つきが悪い、とよく義母が言っていたのを、わがままだな、などと思ったりしたが、今のわたしもそれがよくわかる年寄状況で、トイレにも二度起きたし、睡眠の質が非常によかったとは、言い難い。温泉宿の宿泊をあれほど望んでいたわたしだが、二泊したいとは思わない。一泊で十分だと思った。

 

朝食は八時半、和食と洋食、そしてブランチも提供できるというのに、感心した。ここは旅館なのに、ホテルのような旅プランの先端を実行しているな、と思ったからだ。

温泉街の中心で、カフェも開いていて、そこを前回も今回もすでに訪れているので、ブランチは選ばず、和食にした。

 

チェックアウトは12時なので、11時か、または12時47分のバスかを選択しなければならないのだが、後者のほうは、時間を持て余しそう、それよりちょっと気になる場所があったので、10時にチェックアウト、あと、ここのバス停の名前、清流の湯という名の場所が近くにあって、そこが日帰りの入浴場所になっているとわかったので、出かけてみることにしたのだった。そこは私の部屋のまどから、真正面に位置していて、遠目でも美しくととのえられた日本旅館の庭が見てとれたからである。

Kimg0465_20211120222701

 

 

2021年11月19日 (金)

群馬県、四万温泉ひとり旅 2

夕食は6時45分を予約、個室にはすぐにお湯が沸く電気ケトル、すでに天然水がはいった別のケトル、緑茶のティーバッグ、だるませんべいが添えてあった。

夕食の準備をまったくしないでいられて、自分のために夕食が準備されているという、恵まれた時間を二年ぶりに味わう。この、なんという安らぎの気分、やはり思い立って独りの時間をつくって正解だったと感じた。

 

この旅館は働いているひとたちが、みな幸せそうな表情をしていて、なにか質問すると、答えることがうれしくて仕方がないというような、ここでの労働を楽しんでいる様子が見てとれる。

帰りのバスと、中之条からの接続の、少々複雑な質問をいっぱいした。一人客はもしかすると私一人だったかもしれないが、それを特別視するでもなく、実に誠実で、役に立ちたいという余裕を顔いっぱいに示した応答をしてもらえた。

 

食堂はかなり客が大勢いたが、私の席はよそから見えないように、つい立てに囲まれている。すでに前菜が並べられていて、かなりの分量だった。オレンジ色の皿かとおもったら、そのオレンジ色も寒天で、食べられるのだった。早速ご馳走を前にした写真を撮ってもらい、娘と孫娘にラインで送る。

どれも味がいいので全部平らげたら、もうおなかが一杯になって、これから始まる一皿ものが全部食べられそうもない、とわかったので、二皿ぐらい省略してくれるように、頼んだ。Img_2908 Kimg0460415 Img_2907  Img_2909 Img_2910

ごはんはお釜で炊いた炊き込みご飯だったが、私が一杯しか食べられなかったら、残りはおにぎりにしましょう、と言って包んでくれた。

デザートは秋の果物のジェラート。

 

2021年11月18日 (木)

群馬県、四万温泉ひとり旅 1

かつて十年ぐらいまえに、娘と二人で、一泊温泉旅行をした四万温泉の柏屋旅館はその後もずっとメルマガを送り続けてくれていた。

コロナ感染者も少なくなったことだし、夫の体調もこのところ安定していて、一泊ぐらいなら大丈夫、留守番できるから、行っといでよ、と言ってくれるので、行先を探していたところ、そのメルマガで、最近宿がリニューアルして、一人用の部屋が一階にでき、食事も少なめのライトミールというメニューがあると知り、これだ、と思った。以前は東京駅から直行バスというコースにしたのだけれど、三時間はかなりの距離、しかも帰りには都内の渋滞に一時間くらいの遅れがでて、とても疲れたのを覚えている。

ほかの行き方はないのだろうか?調べてみると、草津号という特急が出ていて、十時に乗ると、二時間弱で中之条というところに着き、そこから路線バスでおよそ三十分、バス停から一分の宿に着くと言うアクセスがあるのを知り、さっそく予約。

 

出発の日は晴天、でも温度差が東京からだと五度くらいあるというので、ヒートテックの下着で調節することにして、リュックで出発、旅館内は好みの浴衣と綿入れ半纏で過ごせるというので、中身も軽い。

車窓からの景色はいつまでたっても都会風、前橋を過ぎるとようやく山並みがあらわれ、渋川を出るとにわかにトンネル数個、そして中之条に到着。バス停は駅の真ん前と聞いてはいたが、なんと、階段の上り下りがあって、エレベーターはあったが、バスの出発まで五分しかないので、しかたなく、ひとの列に従って、あせって足を使ってしまった。

バスはほぼ満席、車窓の景色が次第に魅力的に。色は褪せ気味ではあるが、紅葉の名残りはまだ美しい。山中のなかの通りなので、それがずっと続くのだけれど、カメラでの景色はとらえにくい。

肉眼の映像を忘れまいと、写真にするのはあきらめることにする。

 

宿はレトロモダンの落ち着いた雰囲気、コーヒー、紅茶が無料でふるまわれる、図書室もあって、テレビなど観なくても、くつろげる場所である。

さっそく浴衣に着替えて、入浴。ステンドグラスもある雰囲気のいい大浴場、このほかに三か所露天風呂があるのだけれど、二階からさらに十段ぐらいの階段を上らなければならないので、転びでもしたら、おおごとだから、あきらめた。そういえば先回はまだ七十代だったが、やはり階段がこわくて、露天風呂は入らなかったことを思い出した。

筋肉痛や胃腸の不具合などに効果ありというお湯、少々熱めだったが、心地よかった。到着後すぐと、食事まえに、また入浴、好きだなあ、と我ながら思う。

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2021年11月12日 (金)

ショパンコンクール2021優勝者ブルース・リウピアノリサイタルに行く

オペラシティコンサートホール入り口で渡されたプログラムをまず、確かめる。一番聴きたいと思っていた、あのドン・ジョヴァンニの「お手をどうぞ」の変奏曲が最後に載っていたので、思わず、よし、と声を出してしまった。

二階の前から四番目の席、満席のホールを見渡しながら、こんな状況を目にするのは、三年ぶりだと感慨にふける。オペラグラスの鮮度をしっかり調節した。

強烈な拍手で迎えられた演奏者は長身でスマート、その座高が高すぎるくらいの身体の背を丸めるようにして、ピアノを弾きまくる。前半のプログラム、ノクターン七番、スケルツォ四番、バラード二番、華麗なる大ポロネーズ、ノクターンの最初の音が鳴ってメロディが奏でられ始めた時、何かが違う、という気がした。音だ。聴きなれた彼の冴えた硬質な音でなく、ちょっとくぐもったような音色、そうだ、ピアノが違うのではないか、と思い、あとで休憩のとき確かめたら、彼がずっと好んで弾いていた、ファツィオリでなく、ホール備え付きのスタインウエイなのだそうだ。

ファツィオリは一台を三年かけて手作りするという、今や、一番高級なピアノ、およそ1000万円ぐらいするらしい。優勝者が好んでファツィオリを弾いたあとのこの成果、これからますますピアノ選びに名を馳せるだろう。

好みのピアノではないのに、コンクールのときと同じ大曲ばかりを、弾くプレッシャーはどんなだろう、と想像したりだったが、前半の難曲も危なげなくこなし、大ポロネーズではあのときの、聴衆がゴオ~ッといううなり声をあげたのがよみがえるような曲へのノリを見せて満足した。

後半は四つのマズルカ、ピアノソナタ二番「葬送」、そしてモーツアルトのドン・ジョヴァンニの「お手ぞどうぞ」による変奏曲だったが、一層の落ち着きと、冷静さが加わって、わたしにとってはあまり好みでない「葬送」ソナタも美しくひびいた。ショパンの曲の短調から長調へ転調するフレーズは本当に魅力的だ。その音を待ち望む気持ちが高まる。

最終曲、ドン・ジョヴァンニ変奏曲は序奏がかなり長いので、主題のあのアリアが待ってました、という感じで、聴いているほうもくちずさみたくなる。六つもある変奏曲、ポロネーズもとりいれられている驚くべき変奏、シューマンが「脱帽だ、天才がいる」と絶賛したというこの曲、これまであまり聴かれなかった。それを選んだ彼はスゴイ。曲選びのセンスがスゴイ。

アンコール四曲、ノクターン、黒鍵のエチュード、なんと三曲目にバッハが入った。そして最後に私の一番好きなワルツ五番、一階聴衆は狂ったごとく、立ち上がって、舞台をとりかこみ、拍手をおくった。

ブルース・リウさん、よくこの日本に来てくださいました。そして、わたしの好きな曲ばかりを、聴かせてくださいました。いま、死んでも本望です、とフアンレターを出したいくらい、の感動であった。

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2021年11月 9日 (火)

ホームカミングデー

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これまで一年に一度は実施されていた、母校大学の卒業生のためのホームカミングデーはコロナ禍で延期となっていたのが、今年初めて、行事や食事会なしで、学長挨拶と、キャンパスツアーは実施されることになったと知り、わたしはふと思い立って、一人参加することにした。ツアーの最後に、本学出身で建築界のノーベル賞ともいわれるブリッカー賞を受賞した妹島和世さん設計の図書館が含まれていたからである

一週間前の、かなり間際の申し込みだったので、受付はもう締め切られていたのだけれど、そこはねばって、おそらく参加者の最年長で、最後のチャンスかもしれないから、と言って、がんばり、最終ツアーに一名空きがあるというところに入れてもらえた。

成瀬講堂での篠原学長挨拶は、ご自身も建築家で、高名な隈研吾氏夫人でもあることから、過去の建物、設計に関する学術的観点を、実にわかりやすく解き明かしてくださり、今後の母校にこれまでにない、新鮮な光が輝くこと、間違いなしという信頼感がふくらんだ。

学長の言葉に出てきた、過去の、統一感に欠けた建物、ゴシックやロマネスクが混在していたという、わたしの記憶の中で、近頃よくトイレを探して歩き回っている夢の中に必ず出てくる、学び舎が泉山館だったか、ショウケイ館だったか、その二棟はすでに消失しており、広い緑広がる校庭となって、左奥に、創立者の住居、成瀬邸が、漱石の小説に出てくるような明治時代の住宅を見事なまでに維持して、たたずんでいる。

低い生垣にアケビの実が二つ色づいていた。

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最近竣工を終えたばかりの百二十年館は妹島さんがグランドデザインも手掛けたというだけあって、ガラス戸にかこまれた教室と、眼下に広がるモダンな白とグリーンのパティオが目に鮮やか、国際的なイヴェントや学業の場として、作られたという説明に驚くばかりだった。

卒業後およそ六十年を経て、母校は多数の優秀な卒業生を輩出している住居学科出身の篠原学長、妹島女史の指導の下に、学業の場の理想像を現実にした。

図書館は白を基調としたワンルーム空間で、本選びと読書に無限の可能性を与えているのが伝わってくる。

ここはまた、コロナが収まって卒業生の入室も許可されるようになったら、ぜひ、再訪したいという希望につながった。

帰りは鬼子母神近くの副都心線の駅まで歩いたので、この日の歩数は7500歩、自分が11年学んだ場所が美しい変身を遂げていたのに満足したせいか、それほどの疲れも感じずに帰宅することができた。

 

 

 

2021年11月 4日 (木)

家庭の中の孤独感

二週間前ぐらいの、朝日新聞「声」欄に掲載された、「子や孫がいても、私は孤独だ」という投書が、こころに残った。長期間の引きこもりから認知症になられたご主人の介護をし、五年まえ、看取りをされてから、山林や畑の仕事をして、現在は独り暮らしのこの方はわたしと同じ83歳、お子さんがいても、気軽に物事を頼めない、親子のかかわり方が異なる現在を語っている。人に愚痴をこぼすわけにもいかない、と語る彼女は気丈な方なのだろう。「元気だね」とひとには言われても、心はいつも孤独だ、と締めくくられた言葉に共感をおぼえた。

数日前、めずらしくウナギを出前してもらうときがあり、娘が用事で立ち寄ると言ったので、いっしょに食べない、とさそい、久しぶりに四人一緒の食事となった。世間話に笑いもでる食後、夫は早々に二階の自室に去ったのだが、兄妹の会話ははずんでいて、わたしも中に入ろうとした。なんの話題だったか、具体的な記憶が抜け落ちているのだが、私の意見を、ひがみがあらわれている、というようなことを言われて二人が笑ったのに傷ついた。

よせばいいのに、あとで娘に電話したとき、そのことを話したら、世代の相違で、彼女たちは自分を貶めて、笑いにするのはしょっちゅうある、そんなことに傷つくようでは、世間話も気楽にできないと、ピシャリと答えて電話が切れた。

子供をたよりにし、しんみりとした話をしあえるのは、あの、小津映画の時代だ。いまはスマホとラインの世界、わたしが一番避けているSNSの世界も広がっている。

水瓶座は孤独を好む、それがわたしではないか。子供たちは頼りにせず、自分の世界を大事にすることだ。

幸い、ブログの世界で癒されることが多い。そして、聴力の弱った耳を一生懸命かたむけて、唯一私の話をじっくり聞くひと、きみはえらいよ、などと言ってくれる夫はまだ生きている。このひととの関係を大事にしなければ。

夫のところに月一、爪を切りにきてくれる看護師さんが、夫の部屋をじっくりながめて、このデスクは、物置と化しましたね、と感想をもらした、と夫は苦笑いしていた。

わたしが片づけるというと、そのときだけは、目をむき、ほっといてくれ、自分でやるから、と怒っていた彼。何を思ったか、数日かけて、ゴミ袋二杯、見事に片付けを終えた。そしてたまっていた文庫本もブックオフに出したいというので、オンラインから申し込み、取りにきてもらうように手続きした。物置から段ボールを出し、セットする。私も触発されて、およそ三十冊、とCD,DVDなどを入れ、あとは夫の本を入れるだけとなった。ネットから回収依頼をするのはこれで三度目、二階から文庫本をおろすのは、いつのまにか、彼が自分で済ませていた。

体調が安定した今、そろそろ断捨離に手をつけようと思う。そして、コロナ以後初めての温泉ひとり旅を実行すべく、手はずをととのえている。

それをなおも、力づけて、励ましてくれるのは、毎日、寒い日があっても雨の日があっても青の美を見せてくれる西洋朝顔ヘブンリーブルーである。

 

 

 

 

 

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