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2021年6月19日 (土)

こだわりの赤い針が…1.

 12年まえに書いたエッセイである。

               こだわりの赤い針

 

 今から四十年前、夫のアメリカ駐在に伴い、イリノイ州エヴァンストンで三年八ヶ月の月日を過ごした。帰国するとき、アメリカのアンティーク掛け時計を買い求めた。毎日時を確かめに何度ものぞくことでアメリカの思い出と共に過ごしたいと思ったからだ。

 ところが船便の積荷に不手際があったのか、時計が動かない。修理の看板を出している近くの時計店に依頼したが、当時七千円も払ったのに、動いたかと思うとすぐ止まってしまうということが続き、とうとうあきらめたまま、その存在すら忘れかけ、時が過ぎてしまった。

 ある日、なにげなしにテレビをつけたら、散策番組をやっていて、時計の修理名人をインタビューする場面に眼が釘付けになった。頭の中で鐘が鳴りひびき、この人だ、この人にあの時計を頼まなければと、いてもたってもいられない気持になった。

 テレビ局に電話したが、連絡先はわからないという。でもお名前はわかるでしょう、とフルネームを聞きだし、ネットで検索した。すぐにサイトにつながり、修理依頼の理由を書いて提出するようにという項目があったので、四十年ぶりに時計を動かしてほしいという思いを切々とうったえてみた。とにかく実物を拝見しましょう、という返事が思いのほか早く届いた。

 約束の日は台風が来るという土砂降りの日だったが、夫に頼み込んで車を出してもらった。杉並の住宅地のかなり奥のほうのその家は路地の奥、住宅が密集したそのまた奥で、通りからケイタイで電話し、ご本人に表まで出てきてもらってようやくたどりついた。

 玄関先に大小さまざまな時計に囲まれるようにして、オフィスがあった。夫とあまり年が変わらないような高齢者のご本人は時計を見るなり、これは〇年の〇社のものですね、と言い当て、カレンダー時計ですね、この針は動きませんよ、と赤い針を指さした。振り子もダメです、でも本体の長針と短針は動くようになるということだったので、安心した。奥からメガネをかけた小学生の男子が出てきて、いらっしゃいませ、と挨拶してから、先生、これから塾に行ってまいります、と言ったのに驚いてしまった。お孫さんですか?とたずねるとそうですという返事、まあ、素晴らしい、先生と呼ばれるおじいちゃまなんて。

 三週間後、修理が終わったという葉書が届いたので、また一時間かけてあの路地まで出かけた。時計は動いていたので、感激したが、なにかが足りない。カレンダーの数字を示す赤い針がはずされていたのだった。あの針が好きで買い求めたのに、でも四十年まえと変わらない程度の値段で修理してもらえたのだ。不足を言っては悪い、そう思ってあきらめ、家に持ち帰った。

 だが居間の壁にかけてみると、やはり物足りない、自分が選んだ時計ではなくなってしまったような失意におそわれる。意を決して電話し、動かなくてもいいから、飾りとして赤い針をつけてほしいと頼んでみた。幸いにも依頼はすぐに受け入れられ、宅急便のやりとりで、思い通りの姿となった時計が戻ってきた。

 いまも順調に時を刻んでくれている時計を見ながら思う。アメリカの生活が私を変えたのだ。好奇心が旺盛になり、新しいことにも挑戦している。四十年前は想像もしなかったパソコンを操るようになり、未知のものにも検索でたどりつけるようになった。ケイタイも電話とメールを駆使するので約束の確認が正確、敏速になっている。でも変わらないもの、それは頑固なほどのこだわり、それは動かなくなった赤い針のように私の中にゆるぎなくいすわっているのである。(2009/10/23)

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コメント

「素晴らしい」の言葉を申し上げるのみです。

ばぁばさま

エッセイ楽しませていただきました。
1ということは2があるってことですね。
これは伏線なのかなって。
どんな展開が待ち受けているのかしら。
続編が楽しみです。


Tacchanさま
ありがとうございます。お言葉励みにさせていただきます。

やまねこさま
ご関心うれしいです。
辻さんの番組観ました、いずれ感想載せます。
彼のブログは特派員報告より多彩ですね。あれも収入の一部なのかアフィリエイト満載なのが、ちょっと、ですが…

NHKや新聞の特派員、しっかりしろ、と言いたいです。
有益情報、ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。

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