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2021年3月に作成された記事

2021年3月30日 (火)

今年の花見

80を過ぎてからの花見は特別なところへは行かず、徒歩距離の注目すべき場所をチェックするのみ、だったのだが、今年はちょっと違った。

 

「せせらぎ館」で月に二度、読書会をしている友人二人に誘われ、洗足池に行った。桜はちょっと早すぎ、七分咲きくらいだったが、満開だった道端の花、カイドウが美しく、池の生物、鯉や亀、水鳥の群、シロサギの姿に元気をもらった。友人の一人が北千束に住んでいたことがあるので、その旧家を訪ねてみたいというのに付き合って、そのあと電車で自由が丘に出て、遊歩道のベンチで休息したので、歩数計をチェックしたら、なんと8668歩、怪しい膝をかかえながらよく、耐えたものだ。

Kimg0221

家の近くの名所、桜坂の桜は意外にも、今年はことのほか見事で、花見客も一段と多かったようだ。

Kimg0225

化粧品が切れたので、二子に買いに行くついでに、バスで玉堤通の花見をしたけれど、あまり咲きっぷりは見事ではなかった。コロナ禍で花も疲れているように見えたのは、自分の姿の投影なのだろうか。

2021年3月26日 (金)

ソーイングビー、決勝戦 2

決勝戦、最終課題は意外に難題つきではないロングドレスだったが、デザインに凝ったジョイスと、飾りの生地に凝ったジェイドと、生地の質にこだわったシャーロットで、その凝り方、こだわり方がわざわいして、仕上がりは三人ともイマイチ。

 

それでも最も若いジェイドと最高齢のジョイスと、中年のシャーロット、それぞれよくここまで勝ち残ったと、観ているわたしたちも拍手を贈りたくなった。

 

優勝者のシャーロットは、パリのファッション感覚にも相当するようなセンスの良さが、パトリック氏が述べたように、回が進むにしたがって磨きがかかったのは確かである。最初に注目したのは、彼女の本人の服装、コートとスカーフの色彩感覚、最後のほうでかぶっているニットの帽子もおしゃれだった。おそらく自身の手編み作品ではないだろうか。

最終回のモデルの美しいひとは、元のご主人の再婚相手だというから、彼女のソーイングを優しく見守る、ちょっと高齢に見受ける紳士は再婚のひとらしい。

なんだか、英国ドラマみたいな過去がありそう。

 

タトゥーのデザインがいくらしゃれていても、古い日本人のわたしは、まだ違和感がぬぐえないけれど、挑戦者たちの私生活の一場面も巧みにちりばめる構成は、とても、三十分番組と思えないほど見応えがあって何度見かえしても飽きないくらい、よくつくられている。

 

まだまだこの先も続、続があるらしいので、木曜の九時のワクワク気分を当分のあいだ維持できそうなのがうれしい。

2021年3月25日 (木)

ソーイングビー決勝戦1

準決勝で、一位を連続して獲得したシャーロットは、かなり自信回復で決勝戦に臨んだようだったが、襟付けの縫い代ミスで、沈んだ。でも失敗を意識しながら、最後まで仕上げたのはさすがだ。ピンタック12本だけでも一時間近くかかりそうなのに、難関の袖口、襟付け、前立ての処理、ボタン付けと四時間半はあっという間にたちそう、つくづく難題だと思った。

解剖学の分野で博士号を取得しているシャーロット、彼女を応援する優しい家族にも恵まれ、それでもこれほどまでにソーイングに熱中するとは、彼女の野望めいたものが、両腕のタトゥーに込められているような気がする。

左右アンバランスのスパンコール刺繍をちりばめたゴージャスなジャケットをまとったエズメ女史、なぞめいたうすら髭のパトリック氏、両審査員も気合が入っていて、審査の正確さは極まっている。

今回の最後の課題の出来で優勝者が決まるのだろう。

前回のリメイクの結果はおそらくシャーロットが一位だと思う。ファッション的なセンスはやはり彼女が抜きんでているから。

だれもがいつも順調とは限らない。まるで実人生みたいに、思いがけないハプニングがおこるソーイングの過程、それをどう乗り越えるか、それを追跡しつつ、見極められるこの勝敗レースは本当に見応えがある。

さすが服装の歴史豊かな英国、番組づくりも実生活に即した楽しみをつくろうとしてくれる意図に酔えることしきりである。

2021年3月22日 (月)

今年のミモザ

今年のミモザは上部に固まって開花した。見事な咲きっぷりだったが、なんだかアンバランス。

一つ先の通りの新しい家にもミモザの若木が植わっていて、とりわけ陽当たりのよい場所ではないのに、均等に咲いていた。

我が家のミモザは主に似て要求多しなのだろうか。Kimg0196

 

それで、上部の花は手が届かない、せめて、下のほうの花が欲しいと、高枝花ばさみを新たに購入、よろよろしている夫には無理なので、息子に頼んで、切ってもらった。

 

最後は植木屋さんを当てにするのみとなって、一週間まえ、いつものヤマダさんに来てもらう。バケツ二杯でもあまるくらいの少し褪せた黄色の花の大群。

思案して、ハンギングバスケットの作業をしてもらった、フラワーヒュッゲ店に好きなだけ持っていってもらうことにする。クリスマス時に頼んだスワッグを作り直すこと無料で引き受けてくれた。Kimg0215

 

それでも残ったバケツ一杯分、ドライフラワーになりかけているので、小さな花束をつくって、スワッグになるようなひももつけて、三つほど作り、一つは夫のリハビリをしてくれている若い理学療法士のひとに、奥さんにあげて、と言って渡した。

 

花束あげるなんて、結婚前以来です、と大層弾んだ声で受け取ってくれた。

 

2021年3月16日 (火)

「チェロは独りで語る」

朝カル講座「チェロは独りで語る」を聴きに行った。無伴奏の曲はあまり好みではなく、しかも午後六時からの夜の講座だったので、気が進んでいたわけではないのだが、それでも出かけたのにはわけがある。そのわけについては最後に語ることにして…

 

演奏家はまずバッハの無伴奏組曲を15分弾くことから始めた。素晴らしく響く弦の音がバスバリトンの声のように、聴者を圧倒した。

 

語りも興味深かった。単音だけでは単調なのが、和音の響きをつくることでどれほど、華やかさを生むか、ピッツィカートの効果がどれほどのものかがわかってくると、演奏効果を知りながら聴けばこその楽しさが増していくのがわかった。

 

黛敏郎作曲の「チェロのための文楽」は不思議な世界だった。文楽の太夫のふしまわしのようなチェロの低音、女性の声にも変化する高音の妙、退屈するどころではなかった。

もともと、声楽ではバスやバリトンが好みのわたし、楽器が奏でるバスバリトンの響きのだいご味に魅了されっぱなしの一時間半だった。

手の薬指と小指の重要な働きを知る興味も尽きなかった。

 

これおまけの一曲ですという最後の演奏はポッパーという練習曲を弾きながら、足で操り人形を動かす、演奏者自身が描いた、「昆布の大工さんの物語」という切り抜きの紙人形を操作する演目、五十人ぐらいいたその日の受講者はみな目と耳を吸い寄せられていた。(YouTube 人形劇つきポッパーエチュード)

 

いや、お見事でした、藤村俊介さん、あの人形劇でさざめいていた昆布女性の美しい顔はあなたのママそっくりでしたよ。

 

彼のママはわたしの五十年来の友人である。

 

2021年3月13日 (土)

再発?

コレステロールの薬が切れてしまったので、この前の医師のところはいつも四、五人待つことを考え、もう一軒の、ゆったり、こじんまり、おだやかに患者の話をよく聞いてくれる医師のクリニックのほうに行くことにする。彼は皮膚科の専門でもあるのだが、スマホを三つぐらい用意していて、患部を写し、それを拡大して、説明してくれる。これまでも診たては正確で、皮膚のトラブルはすぐよくなった。もう一つ感心したのは、我が家の夫が足の爪がかたくて、自分では切れなくなっているので、一か月に一度、看護師さんに切ってもらっている、と話したら、僕も七人ぐらい切っています、と言うのを聞いたことだ。

 

一人診察中だったので、ふいに、尿検査をしてもらったほうがいいのではないか、と思いつき、看護師さんに頼んだ。結果はやはりちょっと恐れていたこと、菌が出ているという。

クラビッド三日のみました、と医師に告げると、五日のまなきゃ、だめです。と言われてしまった。

あの大き目のタブレットをまた五日のむことを考え、やれやれ、である。

 

薬局で、経営者で薬剤師の女性が薬を手渡してくれて、膀胱炎、わたしもよくかかるんです、と言ったのに驚いた。このごろとてもふえてるんですよ、一つにはウオシュレットでお尻を洗うとき、大腸菌を含んだ水が飛び散って、膀胱内に入ることがあるから、とも言われています…思いもしなかったことを聞いたという気がした。

 

と、いうことは、お尻マークのあとビデマークを押したほうが、より安全と言うことになるのだろうか…トイレで覚えていなくてはならないことがまた一つ増えたということか…、

2021年3月 8日 (月)

ソーイングビー準決勝

準決勝は見応えがあった。日本のデザインを採用したというフレアースカートの型紙がすごい。フレアーとドレープを際立たせる真ん中の曲線のつなぎ目、合い印の扱い一つで、完成度が決まってしまうというむずかしさ。

パトリック氏とエズメ女史はいみじくも四人の特徴を言い当てた。ジョイスはソーイング歴60年の腕達者だが、センスが今一つ、つまりオールドファッションということか。トレイシーは一位歴は一番多いのに、身体が一番大柄なせいか、仕上げがゆったりしすぎ、シャーロットは、安定度確かなわりに、計画が狂うと、立ち直りが弱い。ジェイドは18歳の若さ、技術は確かだが、修行不足。

シャーロットはscientific journalistだと原語で呼ばれていたが、訳語では、医学雑誌編集者だそうだ。でも編集者のような多忙な仕事で、ソーイングなんかしていられるのだろうか。パートタイムなのかもしれない。とにかく、ソーイングは幾何学的頭脳が必要な手芸である。彼女はいつも準備がすばらしい。理科系の頭脳ということなのだろう。今回もただひとりだけロータリーカッターを使っていたような気がする。ほかのメンバーの質問にも惜しみなく親切に回答して、ヘルプする余裕もあった。

曲線の縁取りを、あえて、幅広にしたのも、作戦として、もっとも苦労な部分を楽にする意味で、見事だった。Img_2831

2021年3月 4日 (木)

行方不明原稿にオタオタ

詩を書いている先輩から電話があった。三人のお仲間と同人誌を発行することを続けていたのだが、そのうちの一人が急死されたのだそうで、空席を埋める役目として代わりにエッセイを書いてくれないかという突然の依頼だった。海外旅行のエピソードがいいと言われたので、書き溜めたエッセイ集の中から、イタリア旅行のときのものを二点選ぶことにした。

印刷所には原稿をメールに添付して送るように、とのことだったので、エッセイ集と名付けたアイコンに入っていた原稿をドキュメントに移しておくことにした。というのも添付するときはこれまでのウインドウズ・ライブメールでは、挿入のクリップマークをクリックするとドキュメントかピクチャーしか出てこなかったからである。そこで、ドキュメントと、エッセイ集を画面に並べて出して、ドラグ&ドロップをやり始めた。

最初の『マッジョーレ湖夜話』のほうはうまくいったのだが、二つ目の『フィレンツェの猫たち』のほうが、どういうわけか、ドキュメントに入らず、消えてしまった。

あれ~どうしよう!!

頭が忙しく動いた。元原稿はたしか、残っている。まだ今のブログを始めるまえに、誘われて『詩人回廊』というブログでエッセイを書いていたときの、一作なので、それが文集になって残っているはずだ。探してみると出てきた。やれやれ、ともかく、また打ち直せばいいということはわかったので、まずは一安心。

ことの一部始終を先輩に電話し、原稿の提出が少し遅れると報告した。

消えてしまった、って、どこかにあるんじゃないかしら、と言われるので、メカにくわしい孫息子に相談できれば、なぜそうなったか、わかるのに、と思ったのだが、はた、と気づいた。このごろ役に立ってくれているのがもう一人いることを。

二階のドアをノックする。わたしが動転して報告するのを、息子はまたやれやれ、というような薄ら笑いを浮かべながら聞いていて、言った。「スタートボタンの横に虫眼鏡のマークがあるから、それをクリックしたら、探せるよ」

 

『フィレンツェの猫たち』は隠れていただけで、あらわれた。無事にドキュメントにおさまったが、今度のメールの挿入ボタンでは、エッセイ集も出てくるので、すべて無駄な手間をかけただけだとわかった。

 

パソコン歴二十数年にもなるのに、虫眼鏡マークを使うことも知らなかった、もしかしたら、これまでにも消えたなにかが沢山あったのかもしれないが、いまはそれが何だったかということも、思い出せない。

 

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