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2020年12月に作成された記事

2020年12月30日 (水)

師走も暮れて

27日ごろから、おせち料理、これだけは自分の味で食べたいというものを毎日一品ずつつくり、そのあとは買い出しという暮らしである。

街で感じるのは、皆が何か買い急いでいるということだ。27日に、老舗の佃煮店がおせちを売り出すのをのぞきに行ったら、その日のうちにもう、その店の自慢のきんとんが売り切れになっているにびっくりした。予約も今年は恐ろしく早かったらしい。

 

二十九日の日には必要な正月用品と食料をほとんどそろったが、あ、忘れていた、大変と思って探しまわったのが、お屠蘇である。石川台の商店街にもなく、我が家の近辺にもなく、一番古くからある自然食品店にも、そんなものあるわけないじゃないか、という冷ややかな反応、もしや薬局なら、と馴染みの店に行ったが、そこにもなかった。店主初め薬剤師さんもみな女性なので、皆さんはどうなさるのですか?と訊いてみたら、ちょっと顔をそむける人たちもいて、店主の彼女がいまはもうお屠蘇飲まないお宅が多いようで…と答えたのにびっくりした。

 

帰宅してインターネットを開いてみると、お屠蘇がどこにも売ってません、どうしたらいいでしょう?とわたしみたいに、困惑している声もいっぱいある。

アマゾンや楽天では売っているが、これ単品はお断り、そうだろう、二百数十円のもの一品だけをすぐ配達するわけがない。

 

結局、祈るような気持ちで田園調布のプレッセに行って、レジの人に聞いたら、中ほどの正月用品が山になってるところに、あります、という返事に歓声をあげそうになった。さすがプレッセである。

 

だが、驚いたのは同年代の友人たちの中にも、お屠蘇はのまない、嫌いなの、と言う人たちが結構いたことだ。

わたしはあの日本のハーブとでも言うべき香りが好きで、薬草入りお酒で、まずはこれから食するご馳走に耐えられるようにする、という昔のひとの知恵に感動しているのだけれど…

 

黒豆はかみしめる張りがほんのり残った渾身の出来栄え、オーブンで焼いた田作りもいい味付けと焼き具合にしあがり、五目きんぴらも今年はゴボウとレンコンのあく抜きを完璧にしたので、美しく仕上がっている。

 

お餅は半分サイズにカットした「小さめの切り餅」というのを買ったら、これがちょっと小腹がすいたときにぴったりで、夫などはたいそう喜んで食べてくれた。

 

明日の年越しそばもプレッセで各地選り抜きのものがそろった中から、迷わず、孫娘のいる山形のものを選んだ。

 

今年はほとんど毎日、腕、肩の痛みに効くというリハビリに通い、それなりの効果が出て、治ったとは言いきれないが、少なくとも、まずは痛みがおさまった状態になっている。

旅行は一度もしなかった。温泉にも浸かれなかった。でもそれじゃ、コロナおさまり、もう行けると言う状況になったとしても、どうか、と言えば、出かけるのは億劫な気がする。

いつもなら、悪夢のような十二月なのに、さほどにも感じなかったのは、何に力をそそぎ、何を省いて、身体をいたわるかが、わかりかけたからだと思う。

2020年12月27日 (日)

せせらぎ公園の変貌

我が家から徒歩距離の「せせらぎ公園」は五十年ほどまえは「多摩川園」という遊園地で、「二子玉川園」と並ぶ、アミューズメント施設であった。多摩川の我が家の近辺は丸子と称されて、丸子花火大会などももよおされるほど、にぎわったこともある。だが、二つの遊園地は前後して閉園し、多摩川園の平地の部分、三分の一は新興宗教が所有、残りは整地されて高級テニスクラブになった。しかし、クラブは長続きせず、大田区が買い取り、公募した名称で、せせらぎ公園となったので、ようやく区民の憩いの場所ができるかと大いに期待したものである。丘陵の上下にサッカーや草野球などもできる場所がひろがり、子供たちの歓声が聞こえる健全な風景が広がり始めたのだが。休憩場所は管理事務所の一部に自動販売機が設置されているだけで、ゆっくりくつろげる場所としては物足りなさがあった。

 

数年まえから、その管理事務所のあるビルの一室でプレイするブリッジクラブがオープンし、時折そこに出かけるようになった。コロナ禍が広がり、一日中プレイするトーナメントに出かけるのをやめてしまったので、わたしのプレイ場所は主にそこになった。主催者がわにケーキづくりのプロがいて、手製のケーキがふるまわれたりする、アットホームな雰囲気、一時から四時ごろまでと、プレイ時間も他と比べて短いので、買い物もすませても明るいうちに帰宅できて、安心である。

 

しかも暗いニュースばかりの近頃には珍しい、グッドニュースが知らされた。来年から新築なった、公園憩いの文化施設、せせらぎ館がオープンするので、一月初めからゲームの場所はそこになるという。

設計者はなんと、今をときめく設計家の最高峰、隈研吾氏、広い休憩所、会議室も多く、太田図書館派遣の図書室も充実し、おまけにカフェまで開かれるのだ。

 

大田区は昨年田園調布5丁目付近で発生した洪水のときに、避難場所が田園調布小学校では不十分で、思わぬ屋敷町の混乱を防げなかったのを重視し、そのような非常時の際の受け入れも考慮に入れた施設を考えたらしい。

実際にブリッジゲームの帰り、実地検分してみたら、中には入れなかったが、その広さには驚いたSeseragi_top Photo_20201227125001

 

帰りは丘陵の上まで、枯れ葉をふみしめながら、登った道すがら、驚くほどの赤い紅葉の一本を目にし、もよりの文化環境が向上する喜びに加えて、スマホのシャッターを押しつつ胸が高鳴ったのであった。Kimg0125

2020年12月24日 (木)

変則的イブ

今日クリスマスイブ、去年と違っているのは、フルーツケーキを焼かなかったこと。

二週間前、左手首を傷めた。カタいふたのペットボトルを開けようとして、右手だけではうまくいかなかったので、左手の手首を使って思い切り支えようとしたときに痛みが走った。

近くの接骨院の診断では、手首の軽い捻挫だということで電気をかけてもらい、一週間でおさまったと思ったのだが、その後手料理が続いたのち、痛みが再発。

リハビリに通っている整形で診てもらったら、レントゲン診断で、軟骨がすり減った状況、放置して、痛みが広がっていくと果ては手術もあり得る、というその言葉が頭の奥にこびりついて、用心、用心の日々を過ごしている。

 

肩凝りもひどい。きのう夫のリハビリの継続指示書が必要ということで、彼につきそい、同じ整形に行った。半年ぶりなので、骨密度を計測し、MRI撮影までするという。

結果の数値はよくなくて、骨粗鬆症が始まっている。転ぶと、即骨折もありうるという、わたしのときと類似した不吉な“もしか”を知らされて、夫に同情した。

 

その日は料理する気なく、胃の具合もおかしくなっていたので、夫には惣菜を買い、自分にはおかゆと野菜スープ、梅干しの夕食。マッサージに出かける気力もなく、肩凝り体操して、湿布薬張り、入浴して早めに寝る。

 

それにしてもあの整形、こうなるかもしれない“もしか”は言わなくてもいいのに、と不快になってくる。それじゃなくても高齢者は次々と身体のあちこちが弱ってくるのに耐えているのだ。そしてこのコロナ禍、不安もかかえているのに。

 

せめてこのイブ、食べるものは、手抜きせず、と息子とわたしにチキンを焼き、夫にミートローフをつくる準備をする元気だけは取り戻した。

2020年12月18日 (金)

ソーイングビー(15)ドラマをしのぐ面白さ

ソーイングビー、バーモンジーでの参加者たちの挑戦は、この三回目でまさに佳境に入った。誰にでも得意、不得意はあるが、小さい作品が大きいものより楽とは限らない、それが明確に表れた今回の課題は子供服ロンパース、それにしても子供服の歴史、昔の乳児期のスワドリングという布を巻きつけるだけ様式が、スケルトンスーツと呼ばれるものに変わったという映像の歴史はまさに初めて知るもので興味深かった。

 

挑戦者たちの家族があらわれて、彼らの「洋裁生活」にどのように接しているかも、まるで物語の一場面のようで、目を惹かれた。

今回の優勝者の第一候補と、わたしは見込んでいるシャーロットのご主人が、「彼女は糸と共に人生を歩んでいる」と語ったのが印象深かった。

 

わたしは彼らの「洋裁生活」と書いたが、NHKの「裁縫」という用語に疑問を感じる。縫いものには和裁と洋裁があって、ミシンを使う縫物は欧米から入ってきたもので、私の知るところでは洋裁と称していた。縫いものを総じて裁縫と称したいのかもしれないが、裁縫と言う言葉を聴くと、かつて昔の小学校の家庭科の中の縫物の初歩、運針と呼ばれる裁縫技術の基本を思い出してしまう。

花嫁修業の一つ、縫うことを習いにいくときも、洋裁教室にいく、と言っていた。

いまこんなモダンな番組のソーイングの訳語を裁縫と呼ぶのはちょっと、と思ってしまうのだが…

 

イギリスはいま、洋裁ブームで、いろいろなグッズが出回っているらしい。中でも興味を引いたのは、待ち針を使わず、生地を裁断するという新様式、金属の重石やお手玉みたいな置物もある。ロータリーカッターという裁断用具も、もっとじっくり見てみたいと思った。Img_2779

 

優勝したシャーロットでさえ、最後のスナップボタン付けは力を振り絞って、Img_2781-2 という映像が残っている。パトリックもどんな小さいミスも見逃さないエズメ女史も、「まちがいなしの一級品」とほめたたえていた。Img_2784

ほかの挑戦者たちで子供のいない人、子供服を縫ったことがないひとには、不利な課題だったかもしれないが、四角い穴に丸いマチをはめこんだり、さぞむずかしかっただろうな、と推察する。

そうでなければ、ジスレーンの悲劇、彼女がこれほどメチャクチャな混乱ぶりをさらすことはなかっただろう。

洋裁歴十年の前回の課題の一位、アンジェリンでさえ、今回はビリから二番目、いや、ロンパースなんて、難題を見つけてくるこの審査員二人の一筋縄ではいかに、クォリティーの高さに、次はどうなるという興味はいやがうえにも高まるのである。

2020年12月13日 (日)

結婚は仕事…

今日の夕飯に、一年ぶりぐらいであろうか、本当にひさしぶりに、ひき肉とポテトのコロッケをつくった。

じゃがいもは、三個、夫に頼んでレンジでゆで、牛乳も少々加えて、マッシュにするところまでしてもらった。

あとは玉ねぎみじんと牛ひき肉をいため、塩コショー、庭のパセリみじんもポテトのマッシュに混ぜ、俵型のコロッケをつくる。七個だけなので、小型のフライパンで危なげなくきれいなきつね色に揚げることができた。

キャベツの葉三枚に濃い緑のフリルレタスの葉をくるみ、細い千切りにして、水に放ち、付け合わせにする。味噌汁はナスを薄切りにして入れ、麹味噌と麦みそのさっぱり味に。

ごはんはコクうま炊きにして、京都大原の「しば久」のしそふりかけをかけて、食べた夕飯はほっぺたが落ちるぐらい、おいしかった。夫も「いや、きょうのは特別美味いよ」と相好をくずした。

ジャガイモマッシュができていたから、かなり手順が楽だったが、手製のコロッケは決して簡単な料理ではない。久しぶりでも、料理の腕が落ちていなかったのは、頻度的に、一番多いおかずであったから、マッシュの混ぜ具合、揚げ時間の図り具合などを、誤ることなく記憶がよみがえったせいだろう。

夫とはもう58年も一緒に暮らしているのだ。コロナが本格化してからの半年以上、毎日の食事に頭をかかえたこともあるが、このところ、ようやく、苦痛ではなく、楽に献立がたてられ、あまり失敗もしなくなったように思う。

 

昨日録画しておいたNHKBSの世界のドキュメンタリーで、『アガサ・クリスティーの世界』を観た。クリスティー女史の肉声を聴けて感動した。「女性にとって結婚は仕事です」と言う言葉が忘れられない。”仕事”にoccupation(職業の意もある)という言葉を使っていた。

長い結婚生活で、手料理を上手にこなすのは並大抵のことではない。失敗も重ねて、成功したときの喜びは大きい。

クリスティー女史の頃の英国では、中流以上の家庭では料理、掃除などは、家政婦がするものと決まっていたようだ。ミス・マープルの牧師館の殺人には、その家政婦の料理が下手で、朝食の楽しさが半減してしまうのを愚痴る場面がでてくるし、パディントン発…の殺人事件には、ミス・マープルの遠縁の女性が、だれもが来てほしがる引く手あまたの辣腕の家政婦と言う役で登場する。

クリスティー女史は巧みに家事をすることが、どれほど家庭で大切かを、ミステリーを通して、具体的に悟らせてくれていたように思う。そういう会話や、場面設定が巧みであるからこそ、全66冊の彼女の作品は、いまなお聖書とシェクスピアに次ぐベストセラーの地位を保っているのであろう。

2020年12月 9日 (水)

渋谷の一日

 ユニオンチャーチのバイブルクラス時代の若い友人と、半年ぶりに会うことになった。昼食を一緒にして、ゆっくりおしゃべりする場所をどこにするか思案したのだが、我孫子に住む彼女はまだ渋谷の変貌を知らないというので、ユニオンチャーチで待ち合わせて、そこからすぐそばのハチ公バスに乗り、渋谷に出てみないと提案した。

 

表参道から、明治神宮前を経て、国立競技場を通りNHKホールを通過してハチ公まえに出るバス、大変貌したという宮下公園まえを通るのも、見たかったからだ。

駆け抜けるバスの車窓からは、全貌をつかむのは無理だったが、以前にはなかったブランド店がひしめき、その先に屋上に緑が垣間見える空間がひらけていて、何?これ!と、彼女を驚かせたことは確かだ。 Photo_20201209152701

 

ランチは、私が今、一番気に入っている東急プラザの京風そば店『竹之内』で。九条ネギとお揚げの汁蕎麦が、高齢のわたしたちのおなかにぴったりのこれぞ日本の美味、という満足感を味わわせてくれる。席を埋めたほとんどが高齢の女性客。

 

二階から縦横に張り出した屋根付き歩道橋を通って、またハチ公付近に降り立ち、宮下公園に向かう。距離はかなりあるのに、景観がいいせいか、あまり疲れを感じずに、目的地に到着。

エスカレーターで屋上庭園へ。中央にそなわっているスターバックスで、コーヒーとスイーツを買い、周囲を一望できるベンチにすわって、およそ二時間、話がはずんだ。Photo_20201209152101

年齢は十歳ぐらい離れているのに、人生の価値観と正義感がぴったり合う心地よさを分かち合える。今、世界中の人が危機感を等しくかかえていて、いかに日常を大切にし、丁寧に時を過ごす努力をすることが大切かを痛感する話題は尽きなかった。

 

帰宅して歩数計をチェックしたら、7645、これまでの最高、ひざに弱みをかかえるわたしがそれを意識することが全くなかったのは不思議だ。

 

2020年12月 6日 (日)

ソーイングビー2(13)バーモンジーでの激戦

新たなソーイングビーの場所が今一番ロンドンで住みたい場所一位にランクインしたバーモンジーに移った。審査員のニューフェイスは、映画の衣裳デザイナーと芸大の講師をしている、貫禄十分のエズメ・ヤング女史、パトリック氏の肩までしかない小柄だが、彼をもたじたじにしてしまう、どんなミスも見逃さない鋭い目の持ち主は服装やアクセサリーにも有無を言わさぬセンスの良さを見せている。女性代表の審査員はこうでなけりゃとこれからの展開が楽しみになった。Img_2772 Img_2764 Img_2768

 

挑戦者たちには、またもや男性3人が混じっているが、わたしとしては、最初に大写しになったコートとスカーフのセンスの良さに目を奪われたシャーロットに注目、医学雑誌編集者の傍ら、三人の子供たちのソーイングにも精を出す,よきママだが、いざ挑戦が始まると、サンドレスのような露出の多いコート下で歩き回り、両腕に大きな花とソーイングの道具のタトゥーを入れているのにびっくり、でもバイヤス裁ちのむずかしい作品で二位、これからも目が離せない存在。

それと、前回のマットを思わせる、待ち針を使わない裁断のアイディア、彼女の金属製の重石に目を惹かれた。

Img_2771 Img_2776 Img_2774

一位の男性ジェイミーは一児のパパ、彼よりたくましく見えるお連れ合いさんの主夫をつとめているらしい。自分でも認める完璧主義、前回のニールに似た技術の確かさは光っている。

2020年12月 2日 (水)

映像つきオンラインデビュー

パソコンに外付けのカメラをつけるかどうか、迷っていたのだが、先日夫の加湿器のフィルターを買いにビッグカメラに行ったとき、ついでに外付けカメラのコーナーに行き、サイズもピッタリ値段も安くて、取り付けも簡単という製品を見つけたので、思い切って購入した。

でもマニュアルを読むのは苦手なので、このところ老衰は進んでいるが、マニュアルの理解力はまだしっかりしていそうな夫を、あなたじゃないと、ダメなのとおだて、取り付けてもらう。細かい字をメガネもかけずに、読み解いてくれる能力がまだ健在であることを、ありがたいと思った。マニュアル係はこれまでずっと、彼だったのだ。夫は近頃新聞の死亡記事に88歳が圧倒的に多いと嘆き、同級生の訃報が重なってもいるので、気落ちしがちであり、聴力の低下も進んではいるのだが、目つきはしっかりしるし、家電製品のマニュアルのややこしい部分をいやがらず、読み解いてくれる助力を得られたのは、心強かった。歩行能力は著しく弱ってはいるが、徒歩五分のコンビニへの買い物は、ちょっとしたものなら、嫌がらずに出かけてくれるのでこれも助かる。感謝の気持ちは少しオーバーすぎるほどあらわすことにしている。

 

これで国際婦人クラブの月例会に、出席する準備がととのったところで、予約の手続きをすます。

 

さて、カメラが装着されたところで、果たして自分がどう映るものなのか知りたいと思い、外付けカメラで自分を映す方法、と検索してみて、設定からたどってデスクトップカメラアプリがカメラにアクセスできるようにする、という項目に到達し、これをオンにして、自分の映像を見ることができた。

 

自室のどの程度までが、映像に入るか、それを見極めておかないと、見苦しい箇所を片付けられずにいる、弱みを持つ身としては、不安である。その一番不安な部分が映像には入らないことがわかって、まずはほっとした。

 

ところが、すべて用意がととのったのに、前日になっても、肝心の招待メールが来ない。プログラム係に連絡して、わかったのは、もしかして招待メールが迷惑メールに入ってしまったのでは、という指摘。そういえば、あのブルーのメールシステムにしてから、初めての、例会である。

そこで、またあのニフティのまかせて365にTEL.。

 

今回はリモートサポートしないで、メール専用のIDから、メールの各項目の点検を私に指図するやり方だったので、早口で指示されるとおりにたどって迷惑メールの各項目に行きつくまで、どうたどったのか、メモするひまなく、不安になった。やはり想像どおり迷惑メールにまぎれこんでいた招待メールの送り主を、許可項目に入れるには彼女のアドレスを打ち込まなくてはならず、それをするには慎重に作業する時間が必要、もう一つ削除メールボックスを空にするやり方も教えてほしいので、やはり遠隔操作にしてほしいと申し出た。

今回のひとは、自分が当たり前にできることを、わたしも理解しているものと勘違いしているらしく、今更遠隔に変えてほしいとは、なぜ?と言う感じだったが、その削除済みアイテムのすべてを選択して、空にするやり方が、CtrlキーとAの文字を同時に押して、全部を選択するというワザがわたしには初めての知識だったので、オタオタしてしまう、しかもそのあとゴミ箱マークを押すという手順なのである。

まだまだ知らないことが一杯ある、厄介な高齢バアサンに業を煮やしている様子が察しられたけれど、ともかく、無事招待メールをブルーのメールボックスに戻し、やれやれと、遠隔を切ったときは、よたよたに疲れていて、明日のために部屋を片付けるどころではなかった。

 

翌日六時に起きて、部屋をととのえる。

 

リモートには無事自分の映像が映った。

まだまだ知らないことが一杯のこのオンライン世界である。

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