2021年12月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
フォト
無料ブログはココログ

« 2020年8月 | トップページ | 2020年10月 »

2020年9月に作成された記事

2020年9月29日 (火)

オペラ『仮面舞踏会』に思う、2

メトの『仮面舞踏会』はどちらかというとタイトルから想像していた豪華さはない舞台だった。衣裳もモダンで、舞台美術も前衛的、クラシカルではなかった。

歌手陣もオケも申し分なかったが、これほどの変化に富んだストーリーと、場面展開、きっと華やかな宮廷絵巻のような舞台があったはすだ、と、DVDを調べてみた。

もう一度アリアの数々を、耳にしたい、という思いも強かったからである。

そして見つけた、これは、という作品を。Photo_20200929154301

 

1989年ザルツブルク音楽祭で初披露された『仮面舞踏会』、しかも開幕11日まえに、指揮をつとめるはずのカラヤンが急死して、サー・ゲオルグ・ショルティが引き継いだといういわくつきの作品。

 

キャストがすごい。グスターヴォ三世、プラシド・ドミンゴ、レナード伯爵、レオ・ヌッチ、アメーリアに、英国出身のソプラノ、ジョセフィーン・バーストゥ、王の小姓オスカル、スミ・ジョーという絢爛さ、魔女ウルリカは、アフリカ系の容姿、フローレンス・クイヴァーである。

オーケストラはウイーンフィル、演出は映画監督としても名高い、ジョン・シュレシンジャー、これ以上ない顔ぶれがそろっている。

舞台美術も衣裳も、言うことなしの、贅沢さと色彩と、豪華さのそろいぶみ。Img_2651

とりわけドミンゴは立ち姿からして、彫の深い表情豊かな顔立ちが国王にふさわしく、四十代、張りもありのびやかなテノールの歌声は、まさに聴きごたえ十分であった。

レオー・ヌッチのバリトンはこのひとだけ知っていたなら、別に不足のない出来であるかもしれないが、あのホロヴォストロフスキーを観たあとだと、あの姿、プラチナブロンドの髪の下のりりしい顔立ち、胸の奥まで届く朗々としたバリトンはやはりあの人のほうが、と思ってしまう。アメーリアも、ラドヴァノフスキーの憂いのこもった哀しみをこれ以上ないほどにあふれさせる声量を、わたしは好む。

拍手が一段と多かったスミ・ジョー、カラヤンが見出したというこの東洋人のソプラノは、この舞台でも、きれいなメロディーのアリアをより美しく聴かせた。

そして魔女ウルリカはあの第二場を彼女の個性で聴衆の目を貼り付けにした、メトの歌手ステファニー・プライズに軍配は上げたくなる。

 

凄惨な状況を描きだす手腕にかけては定評のあるショルティだが、小さな音を大切にして、繊細な音作りを極めるマエストロ・ルイージを、わたしは好む。

 

オペラは豪華であればそれでいいというものではない、何を表現し、総合芸術を作り出すのか、それをまざまざと考えさせられた二作品の比較であった。

2020年9月27日 (日)

オペラ『仮面舞踏会』に思う、1

METライブヴューイングアンコール上映も終わりが近くなった。

今回、私は『マイスタージンガー』『セヴィリアの理髪師』『仮面舞踏会』の三作品をすでに観ているが、感動が一番大きかったのは『仮面舞踏会』である。

 

ヴェルディ中期の三大作品の一つと言われるくらい、高く評価されているのに、なぜか上演回数は少ない。そのせいだろうか、ストーリーも知らないまま、不勉強なまま、素のままで観に行ったので、アリアがすべて美しく耳に残り、場面展開の見事さに惹きつけられ、あらためてヴェルディの偉大さを思い知ったのであった。

 

歌手勢がすごかった。今や重鎮テノールトップの一人、アルバレスの詠唱もさすがであったが、かねてから、この人のバリトンこそ聴くべき声と評判を聞いていた、舌をかみそうに長くて難しい名前のディミトリ・ホヴェロストフスキー、そしてあの『ロベルト・デヴェルー』で鬼気迫る女王を歌いまくったもう一人の、舌かみ名、ソンドラ・ラドヴァノフスキー、この三人がかわるがわる歌い、合唱し、信じがたいほどの美声をひびかせてくれるのである。見応え、聴きごたえ十分すぎるほどの体験であった。Photo_20200927225401

しかも、第一幕第二場にしか出演しないがゆえに、なお、忘れられないほどの印象を刻み付けられた、魔女のウルリカ役ステファニー・プライズ、このひとの、ドスのきいた、と言いたくなるくらい迫力のアルトメゾの声、大柄すぎるほどの体重があるがゆえに、まさに適役、いや、参りました、と頭をさげたいほどの演技と詠唱であった。

そして、そして、それを、この上なく盛り上げたのは、ファビオ・ルイージの指揮によるオケの演奏である。インタビューのときマエストロ・ルイージは、小さい音をどれほど響かせるかが、大事だ、と言っていたが、第二場冒頭部分に響かせる鋭い単音は、繊細さを含むからこその、これから繰り広げられる魔的な占いの世界を、いみじくも予告させるに十分の、効果音であった。

マエストロ・ルイージがPMFフェスティバルの指揮者として招かれていたとき、札幌の楽屋に、連れていってもらって、彼とご家族に紹介されたことがある。指揮者より学者のようなイメージの繊細で知的な印象は今なおはっきりと覚えている。

 

スエーデンの国王暗殺という実話をもとにしたストーリーなので、オペラ上演が実現するまでは、ずいぶんと月日を要したようだ。そしてローマのアポロ劇場での初演は大成功で、町のいたるところにViva Verdi!(ヴェルディ万歳)の落書きが見られたというほど、聴衆は歓喜し、うつくしい音楽に酔いしれたという。

 

印象に残っているアリアの中で、第一幕第二場に変装した国王が合唱の呼応とかわるがわる歌う「今度の航海は無事だろうか…」はどこかで聞いたメロディ、そう、『ホフマン物語』のクラインザックの歌を思い出した。オッヘンバックはヴェルディに影響を受けていること、大ではないのか、そんなことを想いつつ、聞きほれたのであった。

 

2020年9月23日 (水)

ソーイングビーシーズン3に注目

金曜ドラマ『ディア・ペイシェント』日曜ドラマ『すぐ、死ぬんだから』が終わってしまった今、別の週一の楽しみが戻ってきた。

NHKEテレ、木曜午後九時からの三十分『ソーイングビー』シーズン3である。

 

今回のメンバーはヴァラエティに富み、技術も卓越したひとがそろっている。

十人のうち男性四人、陸軍中佐、ITコンサルタント、理学療法士、二十歳の若者、ユニークな顔ぶれ、陸軍中佐ニールは12歳の時からソーイングをしていて、赴任地に必ずミシンをたずさえ、迅速かつ精密な仕事をし遂げてきたひと、与えられた時間内に仕上げなければならない過酷な課題にもいつも早めに終えてしまう余裕のひとでもある。Img_2650

これまでに終えた三つの課題のうち、二つを一位、ジーンズシャツのリメイクだけは八位だった。彼の技術は精密で危なげはまったくないけれど、足りないのは、驚きの仕上げ効果を見せるスタイルや色合わせなどのセンスということであろうか。

ITコンサルタントのマットもユニークなひとである。手が大きいので待ち針が使いにくいと言って平たい石をいくつか持参していて、それを重石にして布を裁つ。ソーイング歴はわずか二年と短いが、中位の順位に入っている。

 

女性の筆頭優勝候補は、航空機の客室乗務員だったローナ、白髪のショートが際立つ美女だが、180センチの長身のため、着られるドレスが売っていなくて、ソーイング歴50年というツワモノ、いつも落ち着いて、慌てることなく、しっかりと、きれいな仕事を仕上げ、生地選び、リメイクの創意もセンス抜群だが、いまのところすべての、課題が二位にとどまっている。Img_2648

小学校の副校長のアマンダは自己中を自称するソーイング狂、自分の体形どおりのマネキンまで特注していて、今回も、点稼ぎに、縫い代の始末をすべて袋縫いにするという、凝りよう。

 

このコンテストの型紙はヴォーグを使用しているらしい。今から五十年まえのソーイングでも、シンプリシティ、マッコール、と比べてヴォーグの型紙は一番高価で、センス抜群だったが、これが欧米ではまだ生き残っているということだろうか。

夏のワンピースの課題のときに、生地の柄がイギリスにしては、素晴らしく、鮮やかで派手な柄が多いのに、驚いた。ローナの選んだポピーの柄は、アッと驚く彩り、それが見事な仕立てで、目を見張るほどの美をかもしだしていた。

ミシンは電動だが、日本製はどれも指で押すタイプだが、あちらは足踏みになっている。

わたしも足踏みから育った人間なので、この足で踏む電動はうらやましいと思った。

 

 

2020年9月19日 (土)

リュックとメガネとマスクのことなど

マスクその後

マスク着用が義務付けられるようになってから、紙の使い捨てマスクはほとんど使わず、布製や、ポリウレタンなど、洗えるマスクを利用してきた。

この暑いのに、顔半分を覆うマスクはそれでなくても鬱陶しいのだから、せめて、付けたいという気分にさせてくれる工夫を施す努力もしてきた。服装のカラーに合わせた柄ものだったり、白でもただの、白でなくレースのものだったり、布地の地模様がめずらしいものだったり…でも最近になって気付いたのは、しょせんマスクはおしゃれのためのものではなく、感染防止の目的で一時的に鼻、口を覆う部品にすぎないのであって、それで衣服全体に影響を及ぼすアクセントにはなり得ないということだ。

 

それでも、自由が丘のブティックには、色とりどり、手仕事も加わったおしゃれマスクがずいぶん出回っている。一枚1000円前後、高価そうなレースなどが使われていると、2000円を超すものもある。いろいろ眺めてみたが、これは買いたいと思うものはなかった。

 

少なくとも、望ましく、肝心なことは、衣服との調和である。

ブリッジゲームに参加しているひとたちは、かなりおしゃれの人が多い。先日午後のゲーム数十人で、一番目立ったマスクをしていたペアは黒地のポリウレタンのマスク、小さな光る白い石一個がアクセントについていて、犬の小さいイラストも入っている。

それを引き立てるためか、ブラウスもレースの入った黒を着ていた顔見知りの片方のペアに、質問した。ネットから購入したもので、二人とも犬好きなので、これを選んだ、という答えだった。

 

ウレタンのマスクをしている人は多い。薄地で伸縮性もあるし、カラーも各種ある。

このペアたちのワンポイントが入ったマスクはとても効果を出していた、と認めたので、わたしは数枚持っているウレタンマスクにワンポイントを施してみることにした。

幸いなことに、ウレタンには針が通り、縫う作業が可能なので、ワンポイント刺繍を施してみたら、少しウキウキする効果が出たうえ、あまり面倒な針仕事でもないので、これからもひまをみて続けてみようかという意欲も出てきている。Img_2647 (白地の布マスクは刺繍名人の若い友人がワンポイントをつけて送ってくれたもの)

 

2020年9月17日 (木)

リュックとメガネとマスクのことなど

メガネ

六月末、十歳以上年下の友人二人とアジサイ公園に行ったあと、記念写真が送られてきたのを見て、衝撃を受けた。

自分の顔がいつもと違う、平たく言えば、「器量が落ちた」という感じなのだ。大した器量があったというわけではないが、ともかく二重だった目が一重のように重たくなって、精彩を欠いているのである。

そういえば、友人のひとりは、「お疲れなんじゃない?」などと言っていた。

 

何とかしなければ、と目の疲れを治すマッサージを試みたり、冷たいタオルをあてて、休んでみたりもしたが、効果はなかった。

即効は無理らしい、目が疲れないないように努力は続けるつもりにはなったが、どうしたものか…それよりメガネを変えてみたほうがいいのではないか、と思いついた。メガネ歴は三十年以上にもなり、メガネは顔の一部になっている。とはいえ、似合うメガネを見つけるのは、この広い東京、そう簡単ではない。

 

そんなときに、テレビの「アド街ック天国」で桜新町が特集されて、その町の一軒のメガネ店の女性が「その方に絶対似合うメガネを見つけてみせます」、と言ったのを聴いて、これだ、とひらめいた。

ネットで「to(トォウ)」というメガネ店を探し当て、メガネスタイリスト藤(とう)さんに予約する。ウイークデイの十二時という一番暑い時間となったが、仕方がない、予約でいっぱいらしいのだ。

 

桜新町から徒歩十分、住宅街をちょっと入ったところにモダンな店だが、一室の壁面いっぱいに、和風アンティークの戸棚が並んでいて、その引き出しにメガネフレームが詰まっている。

まずは選ばせてください、あなたの印象を変えてみせます、と言われ、自分では選ばないような数点をかけてみて、全身の写真をとられ、次に戸外に近い場所で大写しの手鏡をのぞかされるのを繰り返すこと数回。

紫のアクセントのあるフレームだったり、太めの四角でちょっと大胆な感じの一点だったり、でもこれだという納得感はもてなかった。ついには引き出しの中のコレクションを見せてもらいつつ、数回目かに彼女が取り出した、六角形のグリーンを見たとき、迷うことなく、値段を確かめることもなく、これにします、と声をあげ、決めたのが写真の一点、デンマーク製、ちょっと予算オーバーだったが、自分でもこれが最後のおしゃれ、とピンときたので、購入。Img_2645

レンズだけは、あの雪が谷の店にしたかったので、彼女のメモをつけてもらって、帰る。

マスクの上に出ている目は、このフレームで勢いが加わった。

 

『セヴィリアの理髪師』を観た日、良い品を見分ける優れた目をお持ちのK子さんが、向かい合うなり、「いいメガネですね」とおっしゃって、買い物成功を納得できたのであった。

2020年9月15日 (火)

リュックとメガネとマスクのことなど

リュック

小型のリュックが欲しいと、夫に話したら、彼が蒲田でこれを買ってきてくれた。Img_2644

ありがとうとは言ったけれど、よそいき用とは言いかねるし、近所の買い物用には小さすぎる、と決めこんで、しばらく使わないままでいた。

 

そして、始まったコロナ禍生活。リハビリが雪ヶ谷になって、バスで二停留所、そのあとその整形外科の下の東急で買い物が、ほとんど毎日になってから、このリュックの出番が超多忙となった。小型なのに、ファスナーがいくつもついていて、収納力あり、ジャムの瓶や、リンゴ、オレンジなど、ちょっと重めものものを十分収納してくれる。あとのかさばる、野菜、肉などは、手さげに入れて肩にかけると、ちょうどよいバランスとなる。

 

バス待ちしていたら、同い年ぐらいの女性が、いいリュックですね、わたしもこういうのなら、欲しいわ、と言って、しげしげと眺めたので、帰宅したら、夫に報告しなければ、と思った。

 

そして、このリュック、昨日はとうとう銀座デビューを果たした。東劇の『セヴィリアの理髪師』を観に行くのに、荷物が多い。お連れのK子さんにお借りした本、小ペットボトル、日傘(折り畳みだからリュックに入る)などかさばるものを、気軽に収納できるのはこのリュック、服装も、カジュアルにして、白い長袖のブラウスに刺し子のアクセントのあるヴェスト、靴だけ、自由が丘で買った、ちょっと派手めのウオーキングシューズで決めた。Img_2646

 

岩手のアンテナショップでお菓子を買ったり、したけれど、まだまだ収納できそうだったので、帰りは銀座に出ることにした。

いつもより人通りの少ない銀座は、おしゃれな服装のひとはほとんど目につかず、驚いたのは、わたしみたいにリュックの人が多かったこと。

 

勇気を得て、夕飯をと、銀座シックスの荻野屋で峠の釜めしを買う余裕も出た。

2020年9月10日 (木)

再生、イタリア

現在82歳の自分の人生をふりかえってみて、一番幸せだったのは、65歳から一年に二度ずつイタリアを一人旅したあの十年間である。

実母と義母の介護を終え、シングルマザーの未亡人となった娘と孫二人のサポートが一段落したあの年、身体は健康そのもので、すでに、ニューヨーク経由でカナダの紅葉を観にいく一人旅を終えたばかりだったが、夫と一緒に行くはずだった、イタリアへのツアー旅行に、彼の体調が万全でなく、一人参加をしてくれと、言われ、出かけることになったのが、そのあとの人生の生きがいを見つけるきっかけとなった。

イタリアの自然の中には創造神が生きているかのように感じた。

鳥たちは鳴いているのではなく歌っていたし、空は毎日、異なった美をかもしだした。まるで雲が別れてそのあいだから、ミケランジェロが描く神があらわれても、不思議ではないかのように。

木々も花々も、地上に育っていることの喜びをあふれるばかりにあらわしており、枝を広げ、咲きほこっていた。

そして、神を讃える豊かな文化遺産がくりひろげられる、美術館や礼拝堂、毎日食する食べものは、単純だが、自然の理にかなった、本来のおいしさを極めたものが多く、そしてそれを作る人々の心も、報酬はしっかりと取得するけれど、情があふれていてやさしい。

どうしてそんなに、イタリアが好きなのか、とたずねる現地人に、わたしの前世はイタリア人だったのかもしれないという答えは、一番彼らを喜ばせた。

 

コロナ禍で未曾有の感染者と死者を生ずることになったイタリアの今を伝える最新のニュースメールが送られてきた。

この9月5日、コロナ感染者第一号を出したロンバルディア州コドーニョ市で、各地から市長130人が集まって追悼記念行事が始まったそうである。

コドーニョ市は目下感染者ゼロ、午前には、追悼ミサ、午後には全国市長チームと、イタリア保護局及びイタリア赤十字ボランティアチーム、そしてコドーニョチーム、3チーム間のサッカー試合が行われた。そのコドーニョチームにはコロナ感染者第一号であったマッティアさんも選手の一人として参加していたという。

彼は二か月入院していたが、全快し、同時感染していた奥さんも無事女の赤ちゃんを出産、この数か月、仕事上のクライアント、多くの友人たちが絶えずそばにいて励まし、再出発の力を得ることができた、ことを新聞に家族写真と共に投稿し、Viva Italia!(イタリア万歳)というメッセージを残したそうである。

人生の過酷な試練ののち、イタリア万歳と言える彼の強さ、彼を避けるどころか支えて励ましたコドーニュの人たちに心を打たれた、と筆者は述べている。

 

これが日本だったら、こういうことが起こるかどうか、いま感染して病と闘っている人たちを孤独にしてはならない、日本ではコロナに感染することがあまりにもマイナスに扱われているのではないだろうか、励まし、力づける方向を探れないものだろうか、と思わないではいられなかった。

 

 

 

2020年9月 6日 (日)

ハンギングバスケットのリニューアル

九年前、この三十坪の家を建てたとき、最後の仕上げの直前に3・11の地震が起き、発注していたキッチンの部品その他、東北地方で作っているものすべてに影響が及んで、完成が三か月ぐらい遅れることになった。おまけに、工務店が倒産するという災難まで重なり、弁護士さんを頼んで交渉し、どうにか途中で投げ出されることだけは避けられたのだが、そのせいか、最後の仕上げが雑になって、本来なら家の裏側におくべき、水道のメーターをとりまく水道管とか、エアコンの室外機などの置き場所が、玄関のすぐそばになってしまい、外観を著しく害することになってしまった。

なんとかカバーする手立てはないものかと、大工さんとインテリアデザイナーのひとと頭を寄せ合って考えた結果、トレリスを作って、ハンギングバスケットをかけ、花を飾ろうということになった。

 

この十年、バスケットの中身の花はずっと同じというわけにはいかず、あれやこれやずいぶん変わったが、最近になってついに、麻袋を敷いたバスケットの金属本体が腐食してくずれ、役に立たなくなってしまった。

以前のわたしなら、自分でバスケットを買い替えに出かけ、花の苗も選んで植えるということもできただろうが、今はもうダメ、腕を使い、工夫を凝らすということがすべてシンドくなってしまっている。そこでこわれかかっているバスケットを外し、処分し、新しいものを探して、植物を植えてくれる店を探すことになった。

 

以前二度も花の苗の植え替えを頼んだことがある、田園調布の生花店に問い合わせたら、そういう仕事はしないというにべもない返事、さあ、困った、花工場は花の種類も多いし、バスケット、麻袋、ヤシマットなど、必要部品は調達できる場所だが、電話で問い合わしてみると、手間のかかる注文仕事はしてくれないとわかった。

現場を見て、判断をたやすくしてもらうには近くの店がいい、あそこはどうだろう?と思いついたのが、中原街道沿いの、ちょっと苗の値段が高めの花屋さん、なんとそこはすぐにOKで、現場を見に来てくれた上に、古いのをとりはずし、処分もしてくれ、新しいバスケッとも探してくれて、花を植えてくれるというすべてを引き受けてくれたのである。

これまでおいてある苗がすべて割高なので、あまり買う気がしなかった。ところが三か月まえに紫の色が気に入ってひとつだけ購入したサフィニアの花があまり咲かないままなので、苗がよくなかったのでは、という疑念を持ちつつ、質問したら、少しも動じず、陽にあたるようにしたら、今に必ず咲きますという言葉が返ったのだが、本当に近頃は次々に咲き続け、たった一つの苗が大きく広がって毎日あふれるくらい咲き続けるので、感心していたところだったのだ。

思い込みが強く、判断をあやまりやすい自分をつくづく恥じている。

 

一週間ほどして出来上がったバスケットは見とれるほどの出来栄えだった。しかも、ハツユキカズラとハーブのリッピアに挟まれたジニアの花は終わったら、その花の部分をべつの季節の花にさしかえれば、効果は変わらないというデザインのよさ、

あと十年、生きられるかどうかわからないが、この花たちを毎日見るたびに、幸せを感じ、励まされことだろう。

『フラワー・ヒュッゲ』さん、本当に満足し、感謝しています。ありがとう!!

Img_2642 Img_2638

 

 

« 2020年8月 | トップページ | 2020年10月 »