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2020年8月に作成された記事

2020年8月31日 (月)

『ニュルンベルクのマイスタージンガー』を観る感激

若い友人の一人、A子さんは、読むべき本、観るべき映画作品などを次々教えてくれる有難い存在でもあり、私のブログの読者でもあり、ブリッジの大切なパートナーでもある。

 

彼女と先週、五反田のクラブでブリッジをプレイしたあと、ピザハウスでクランベリージュ一スを注文し、ピザを分けあいながらの、早めの夕食をともにしたとき、メトロポリタンオペラのライブビューイングに行く予定のことが話題になり、オペラを観る喜びを知ったのも、わたしのブログを読むようになったからだと、言ってくれて、感激したのだが、そのあと、彼女がワーグナーの『ニュルンベルクのマイスタージンガー』に行くつもりだというのを知って、驚いた。五時間の超大作、今のこの時期、ちょっと冒険すぎるのではと、躊躇していたからだ。

夜の回ではなく、朝の十一時だから、行く気になったとも、言うのを聞いて、そうだ、それならわたしも、それに彼女がいるというだけで、心丈夫、何とか努力をしてみようと、決行する気になった。

中三日のうちに,出かけそこねていた健康診断をすまし、異常なしを確かめたあと、長時間留守にするだんどりを整えた。前の日までしっかり手作りの食事、当日は朝から玉子とサラミのサンドイッチを作って、飲み物も水とミルクティーの二種を用意していざ、出発。

 

会場はゆったり、一つ置きの席だったが、見回すとそれがほとんど埋まっていた。だれもが、わたしと同じ、音楽に飢えながら、この半年以上ずっと我慢をしていたのだろう。

第一幕のまえの前奏曲が始まる。あのあまりにも有名な旋律、パンパカパーンとよく歌っていた、金管と打楽器のフレーズを、レヴァインの力あふれる指揮ぶり、感動で胸せまりつつ聴き入る。そして美しいコーラスが続く教会のシーン、裕福なマイスターの一人娘エファと騎士ヴァルターとの出会い、ソプラノ、テノール、バリトンの歌声が飛び交う舞台にもう夢中。

ワグナー唯一の喜劇、と称されるこの作品、歴史に基づいていて、あらゆる職種で研鑽を積み試験に合格して親方となったマイスタージンガーたちは歌の技術も競いあっており、その歌合戦で、優勝者にはエファと財産をさずけられることになっていると知り、騎士ヴァルターは挑戦を試みる。「歌の規則」を全く知らない彼を応援する靴屋の親方ザックスと、それを邪魔しようとする書記官のベックメッサー、人間の悪意と善意が入り乱れる物語は最後のハッピーエンドまでその思いがけない展開に目が離せない。

レヴァインはインタビューの中で、これは喜劇といっても、wholehearted human story,

人間の心を見据えた深い物語ともいえる、と語っていた。

ワーグナーの音楽はときに美しく、哀しく、ときに激しく、聴く者の耳を打ち続ける。わたしは正味四時間半、まったく目を吸い寄せられ、耳を澄まし、少しも疲れも、眠気も感じなかった。

一幕の終わりのインタビューで、舞台技術についての質問のとき、階段のある町の情景の二幕目の場面づくりのために今百人あまりが働いているとの回答があって、その裏方の人たちがこのコロナ禍のため、全員が解雇になったという、数か月まえのニュースを思い出して、涙がでそうになった。

このオペラの主役はバリトンのザックス役である。今回のミヒャエル・フォレは代役で出たひとだというが、演技力もすぐれていて、歌声も美しく、カーテンコールのときはスタンディングオベーションと共に拍手が鳴りやまなかった。

ヴァルター役のテノールは容姿が、青年というにしては、あまりに肥満の中年で、エファが「ダヴィデの様な方」という形容をなんとか当てはめようとするのだが、ちょっと無理があった。でもさすが声はいい。やはりオペラは歌声さえよければ、の世界が生きており、とりわけ、この長丁場の作品には耐久力も必須だから、この肉付きのよさが生きた、と言えるのかもしれない。

 

あまりにも長時間のオペラ、今後いつ再演なるか疑問だ。決心して観にいき、これほどの感動を得た価値はあったと断言できる。Photo_20200831210001

 

 

 

 

2020年8月26日 (水)

夫の米寿

夫はこの八月で88歳米寿を迎えた。

インドのボンベイ(現在のムンバイ)で生まれ、まるでインド人のように、夏の暑さには強いひと、夏に弱いわたしの代わりに買い物に行ってくれたり、料理をしてくれたり、それは頼もしかった。それが、この年の初めごろから、目に見えて身体が弱ってきた。

背も曲がり、外出を億劫がり、握力も弱り、聴力が著しく衰えてきた。

大好きだった夏だったのに、暑いなあ、と弱音を吐く。

いわゆるフレイルという状態が進行しているのだ。それでも目つきはしっかりしているし、親戚や知り合いに出す手紙などは、きれいな字で文章もおかしなところはない。

でも、このままではいけない、とわたしは思った。話し相手がわたししかいない、という状況になっているのはよくない、と思った。

我が家には息子が同居しているが、彼は力仕事や買い物など、補助の役割はなんでもしてくれるが、夫やわたしとは、しんみりとした話などをしたがらない。

わたしがほとんど毎日通っているリハビリの場所に、とてもしっかりした理学療法士のひとがいる。わたしが頼もしく思う気持ちを夫にも味わってもらいたい、そのひとに、診療してもらうことにした。幸い、夫も彼を気に入り、週に一度治療を受けるようになって、一か月が経過。介護保険での診療期間が終わり、今は彼のアドヴァイスで、ケアマネージャーを通して、訪問リハビリをしてもらうようになり、地域の理学療法士の人が、週に一回およそ一時間通ってきてくれている。

 

さて米寿の祝いを本来なら家族だけでも集まってできればいいのだが、わたしは毎日の食事の準備と家事で疲れきっていて、パーティをする気力も体力も失せているのを感じていた。

幸い娘が電話してきて、いっしょに食べることは避けたいけれど、手作りのオーブン料理を届けると約束してくれた。息子にケーキを頼んでくれるとも言った。

当日見事に焼けたシェパーズパイが届けられ、ダロワイヨの三人分くらいの、88の文字ローソク付きの小さなケーキもそろった。娘がスマホからリモートの電話をセットしてくれて、夫は山形の孫娘からの祝いの言葉をもらった。夜には孫息子からの電話があった。Img_2631

何よりも思いがけない嬉しい贈り物が、夫の甥からの心入れで届いた。出身大学の生協が発送、大学のイニシアル入りの野球帽、金色のペンのマークもついているカッコイイデザインである。夫の喜びようは格別であった。

これをかぶって外出したいという意欲も起きようというもの、コロナ禍のなか、それぞれのひとの夫への想いがあふれる記念すべき祝いの日であった。

2020年8月22日 (土)

最近の買い物 2

 

ほとんど毎日手作りごはんをしていると、キッチンの汚れや、古くなった用具がやたら、目につく。

汚れにくい、新製品を求めるべきだと、思いつき、とりあえず、洗い物の水切りかごを、買うことにした。

安価で、アイディア商品の多いニトリへ出かける。

実に多種多様の製品がならんでいて、選択に迷うほどだ。折りたためるもの、二段がまえになっているもの、などもあり、その使い勝手がどうか知りたかったので、店員のひとに質問した。感心したのは、商品知識があって、とても親切に答えてくれること。最近のデパートでこの値段で、これだけの満足感は得られるかどうかわからないと思うほど、たとえ、選択に失敗したとしてもまた買い替えるのに躊躇しないほどの安価である。汚れにくいという点ではステンレス製がいいということ、下にたまる水が流れるようになっていて、箸やフォーク、スプーンなどを縦ではなく横におく補助かごがついた、下の写真のものをすすめられ、これに決定。

サイズなども、三人用とか四人用とかのラベルがあったりして、選びやすいような工夫がしてある。

 

実際に使ってみて、思いのほか収容スペースもあり、今のところ、満足している。 Img_2627

 

ニトリではこのほかに、キャスターつきのゴミ箱も購入、二段になっていて、バケツだけ取り出せるようになっていて、これもまた、スマートな割には収容能力もあり、これも買ってよかったと思った。あと、桐のまな板、トイレの掃除ブラシセットと、拭けるトイレマット、〆て一万円でおつりがきた。

2020年8月20日 (木)

最近の買い物1.

亡き母がよく言っていたものだ。家庭の主婦は自分の洋服はよく買っても、寝具にお金をかけるひとはあまりいないのよ、と。まだダウンなどはないころだったから母はよく綿を打ち直し、布を洗い張りして、ふかふかの布団に寝かせてくれた。

その娘のわたしは、母が指摘していた悪例、寝具よりはファッションのほうにお金を使うことが多い。

夏掛けも十年ぐらい、うすい夏蒲団とかタオルケットで間に合わせ、買い替えずにいたのだが、ステイホームのおかげで、普段使っているものを、見直す時間ができた。

西川が寝具バーゲンの広告を出したのをみて、洗濯機で洗えるというダウンの入ったうすい夏掛けを買ってみたくなったのだ。これも、在宅が多く、遠出の外出もなく、交通費、遊興費の分が貯金できて、おまけに、給付金はまだ手付かずだから、少し気がおおきくなったおかげである。

ネットで予約をとり、それを印刷して持参したのだが、日本橋の西川本店は閑散としていて、予約の順番をチェックするでもなく、にぎわっていない。一回りしてみて、驚いた。夏掛けと言えども、すべてが一万円以上、十万円近くするものまである。一番安くて一万五千円だったものが一万円になっている、という代物、店員をよびとめて、それを試してみたいと申し出た。ベッドに寝て、それと、その上の価格、二万円のを比べてかけてみた。かけ心地はほとんど変わらない。どこが違うかと言えば、布団の生地、柄である。わたしにはその二万円の柄がどうしても買いたいと思わせるほどの魅力を感じなかったので、このバーゲンにきている客のうちで一番倹約なのは自分かもしれないと思いつつも、一万円に値引きされているパステルカラーのペイズリー柄羽根布団を夫婦用色違いで二部購入した。

さて、このダウン85%フェザー15%の夏掛け、夫は余計なものを買ってくれた、と言いたげだったが、かけ心地はすこぶるよく、冷房で少し冷えた空気のときに必要な、ほどよいぬくもり、暑くてもかけていて邪魔ではない、ほど良い薄さの良さを体験したあと、彼、ついにいい買い物だったよ、という感想をもらした。

2020年8月16日 (日)

八月十五日の日に

終戦記念日は孫息子の誕生日でもある。朝メールを送ったが返事がない。

夕方まで、返事なしなので、お嫁さんにメールを送ったらようやく元気そうな返事がきた。お嫁さんも、夕食の準備をしていたので、メールに気づかなかったと返事があった。

 

27年まえ、灼熱の日の、娘の出産、そして三日目に新生児の熱が下がらないと救急車で運ばれ、わたしが付き添った。あのとき、わたしの寿命をけずっても、この子が助かりますように、と祈ったのに、わたしはまだ生きている。

 

孫息子の小学校のクラスで結婚を早くしそうなひと、のトップクラスに選ばれた彼、そのとおり早くの結婚で、きれいなお嫁さんとゴールイン。

この厳しい時期、しっかり生きていくから、安心して、と言われて、やれやれだった。

 

夜、録画しておいた『太陽の子』を観る。

惜しいひとを失ったものだ。三浦春馬、あの自死のニュース、どれほど衝撃だったことか。

今回は主役ではないけれど、仲間の死を憂い、「俺だけ死なんわけにはいかん」と海にとびこみむせびなくシーンは、衝撃的で、その迫真の演技が実際に起きてしまったことを鮮烈に思い出させ、胸にずしんとくるものがあった。でも再び戦地におもむく、覚悟の別れの場面では、彼のもっとも美しいあの笑顔と、決意をこめたりりしい表情が見られて、いいドラマで終えられた彼の一生をあらためて思った。

それにしてもめったにないあの美しい容姿が惜しい。

ドラマの最後の「ご冥福を…」の言葉にふさわしい映像がみられたと思った。

 

 

2020年8月11日 (火)

ワーズワースを求めて

友人で、自宅をマンションにする大規模な改築が完成するまで、高齢者施設に短期入居しているひとがいる。彼女と話をした。新型コロナ予防対策が厳しく、外出は許されないのだそうで、もっぱら読書に専念という近況、大学の英文科時代に読んだ英詩、とりわけワーズワースのあの水仙の詩がなつかしい、もう一度読んでみたい、というのを聞き、その望みを叶えたいと、原書を探しに丸善に出かけた。

三階の洋書部門は縮小されているように思った。クラシカルな英詩のコーナーはとりわけせまく、高いところの題名が読み取れないので、店員を探したが、無人、スタッフオンリーと書かれたドアをノックして、ようやく出てきた若い男性に質問する。

ワーズワース本はわずか二冊、あの水仙の詩の題名も、すぐには見つからないので、しばらくお待ちください、と彼はまたスタッフオンリーの奥に入ってしまった。

結局、あの詩は晩年の抒情詩の一群におさまっていて、独立してはおらず、見つけにくかったらしい。ともかくかなり分厚いペイパーバックの一冊におさまっていたので、それを買うことにした。神保町に行けば、洋書専門の店もあるとは思ったが、そこへたどりつける足が怪しいし、彼女に送るには、除菌の問題もあるので、確かな店の新品でなければならない。

ついでにモース警部の原書コリンデクスターの一冊も買う。

 

昼食は向かいの高島屋で、入り口に立っていた案内係の紳士に、どこか軽いものをいただくところは?と尋ねたら、フォションのカフェがありますと言ってそこまでわざわざ案内してくれた。新館と旧館のあいだの、ゆったりした空間にそういう店が並んでいて、アウトドアにも、テーブルが並んでいて、涼しいので、そこでチキンサラダとコーヒーを注文、

とても美味しかった。

 

ついでに夕飯の買い物を。きょうは我が家の男どもには牛丼の具がつくってあるので、私用のなにか、と思ったら京都の有名店が二軒、美濃吉と、菊乃井、菊乃井でお稲荷さんと冬瓜とエビしんじょうの煮物を買った。

夜、楽しみに味わってみたら、これが期待はずれ、お稲荷は汁気が多すぎてぐちゃぐちゃで、煮物も風味が感じられず、がっかりした。外で買うものは本当にがっかりが多い。

結局は出来不出来はあっても、自分の味が一番いいのだ。そうと知りながら、愚かな買い物を繰り返す、自分が哀れに思われてくる。

2020年8月 8日 (土)

お久しぶり、ではあるけれど

オンラインブリッジサイト、BBOでプレイしていたら、「チャオ」とイタリア人のブリッジパートナーから声がかかった。元気か?と言われても、プレイ中だし、一言では、答えられない最近の状況だから、あとでメールする、と言ってプレイを終えた。

こちらの近況報告をして、そちらの状況をできるだけ具体的に、と依頼したら、くわしいメールが来た。

ミラノはまだスカラや劇場、美術館も閉まっている。マスクをしているのは高齢者だけで、若者たちは自由気ままな感じらしい。この夏、はめをはずして、パンデミックが戻ってこないかと心配だという、言葉があった。

彼は今一人でミラノ、奥さんは実家のあるトスカーナにいるが、もうすぐバケーションが始まったら、アブルッツオにプール付きの家を借りて、息子や娘たちとみんなで過ごすとのこと。うらやましい話だ。

あれほど感染がひどくなったイタリアだったが、今はヨーロッパのほかの諸国のほうが、数字は上回っている、経済の回復が危ぶまれる。子供たちの将来を憂う、とも書いてあった。

 

ネットで各国の特派員報告を見ると、どこも空港は空っぽ、日本行きはまったくないらしい。今現在の日本は、国内旅行も足止め状況、海外旅行が戻るのはいつのことだろう。

 

きょうはブリッジトーナメントの約束があったのだが、昨日の感染者急増で、急遽、キャンセルを決めた。

ステイホーム、楽しみはテレビで観る海外ドラマと映画、あとはドキュメンタリー、あちこちに海外特派員がいるのだから、もっと一般人の具体的なコロナ禍の中の家庭生活などを、報告してくれたらと思う。

 

お笑いのひとばかりが出ているテレビ番組ばかりにうんざり、そちらは素通りの日々である。

2020年8月 3日 (月)

再びコロナからの手紙を

昨日の朝日新聞の別冊Globeに目を引く記事があった。

「コロナで地球が健康に」の見出し、ロサンゼルスで高層ビル群の向こうに、なんと三十年ぶりに雪山がくっきり見えるようになった、インドでは青空が戻った、中国の大気が劇的に改善された、そして、ヴェネチアの運河が澄み切って魚群が鮮明に見えるようになった、というのである。

コロナ禍が始まってすぐ、友人からメールが送られてきたのを思い出した。

ヴィヴィアン・R・リーチというひとのコロナからの手紙、以下にコピーする。

コロナウイルスから人類への手紙

地球は囁いたけれど、あなたには聞こえなかった。
地球は話したけれど、あなたは聞かなかった。
地球は叫んだけれど、あなたは聞くことを拒んだ。
それで、私は生まれた・・・
私はあなたを罰するために生まれたのではない・・・
私はあなたの目を覚ますために生まれた・・・
地球は助けを求めて叫んだ・・・
大規模な洪水。でもあなたは聞かなかった。
厳酷な火災。でもあなたは聞かなかった。
猛烈なハリケーン。でもあなたは聞かなかった。
恐ろしい竜巻。でもあなたは聞かなかった。
海の生き物が、水中の汚染物質によって死んでいっている。
異常な速さで溶けていっている氷河。
厳しい干ばつ。
それでもまだ、あなたは地球の声を聞こうとしない。
どれだけ地球がひどい扱いを受けているのか、あなたは聞こうとしなかった。
次々と続く戦争。
次々と続く貪欲。
あなたはただ自分の生活を続けるだけだった・・・
どれだけ憎しみがあろうが・・・
毎日どれだけ殺害があろうが・・・
地球があなたに伝えようとしていることを心配するより、最新のiPhoneを手に入れることのほうがもっと大事だった。
だけど今ここに、私がいる。
そして、私は世界を一気にストップさせた。
やっと私はあなたに耳を傾けさせた。
私はあなたに庇護を求めさせた。
私はあなたが物質本位に考えるのをやめさせた・・・
今、あなたは地球のようになっている・・・
あなたはただ自分が生き残れるか心配しているだけだ。
どう感じますか?
私はあなたに熱を与える。地球で起きる火災のように・・・
私はあなたに呼吸器障害を与える。地球の大気汚染のように・・・
私はあなたに衰弱を与える、地球が日に日に衰弱していっているように。
私はあなたの安楽を奪った・・・
あなたの外出。
あなたが使う、地球のことや、地球が感じている痛みのことを忘れさせるような物。
そして私は世界をストップさせた・・・
そして今・・・
中国の大気質が改善した・・・工場が地球の大気に汚染を吐き出さなくなったことにより、空が澄んだ青色だ。
ベニスの水が澄んでイルカが見られる。水を汚染するゴンドラを使っていないからだ。
あなたは時間をとって自分の人生で何か大切なのか深く考えなければならなくなっている。
もう一度言う。私はあなたを罰しているのではない・・・私はあなたの目を覚まさせるために来たのだ・・・
これが全て終わり私がいなくなったら・・・どうかこれらの時を忘れないように・・・
地球の声を聞きなさい。
あなたの魂の声を聞きなさい。
地球を汚染するのをやめなさい。
鬩ぎ合いをやめなさい。 
物質的なものに関心を持つのをやめなさい。
そして、あなたの隣人を愛し始めなさい。
地球と、その全ての生き物を大切にし始めなさい。
創造神を信じ始めなさい。
なぜなら、次の時には、私はもっと強力になって帰ってくるかもしれないから・・・

コロナウイルスより

(作者:ヴィヴィアン・R・リーチ)

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