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2020年6月24日 (水)

食の悟り 1.

4月13日の自粛要請が始まったころのブログには『何を食べるか…』というタイトルで、なるべく手作りのものをという意気込みを書いている。

それから二か月以上、わたしはかなり努力をし、夕食はほとんど手作りしてきた。

お弁当や、テイクアウトなるものを利用したこともあるが、満足いく味を得ることが少なかったからである。

冷凍食品の利用はする気もなかった。以前利用したのは冷凍餃子ぐらいだが、鍋物の具にするためだったので、今の時期には合わない。餃子のように具材だけならまだしも、料理全体の冷凍を試す気にはならない。解凍してみて、味がイマイチのときの失望をあじわいたくないのである。

和、洋、中華を配分し、メニューが偏らないように努力もした。

それにすっかり慣れてオチャノコサイサイになったか、というと、実情は逆である。

 

このごろのわたしはぐったり疲れて、キッチンに立ちたくないときもある。

 

料理は得意と思っていた自分に自信がなくなってきている。手順も味付けもわかっているからと過信して、出来上がったものを味見すると、何かが足りない。つまり、目分量そのものが怪しくなってきているのだ。腕に痛みをもっているので、つまみ具合が少ないか多すぎるか、ともかく、適量ではなくなっているのかもしれない。

それではと古い料理本をチェックしたり、ネットなどで検索したりするのがとても面倒、億劫、それをメモに書き留めて冷蔵庫にマグネットでとめてあるのだが、メモが多すぎて頻繁に落ちる。それをかがんで拾ってまた整理するのがつらい。

それほど苦心して作った手作り料理が以前の味ではないような気がする。味覚も弱ってきているのではなかろうか。

 

だれかの手作りを無性に食べたい、そう、思って、娘に一週間に一度か、十日に一度か差し入れてくれない、費用は持つから、と言ってみたが、娘はそれは無理、と即答した。

料理上手な娘だったが、今は、客料理などまったくせず、自分ひとりのためだけで精一杯というところらしい。

わたしが娘の今の年のとき、義母のために食事を用意し、かなり頻繁に訪れる娘の家族のために手料理に精を出し、折節の行事には客料理に忙しく励んでいた。

 

メニューを決め、肩腕の痛みのためのリハビリのついでに買い物をして帰ると、疲れが出て、夕方、料理をはじめからするということが億劫になるので、まだ元気が残っている午前中に下ごしらえをしたり、前の晩にそれをしたり、ということもしてみたのだが、それが、出来上がりの味を変えてしまう、という経験もしている。(続く)

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コメント

毎日の食事作りの苦労お察しいたします。ばあば様のように料理が得意な方でも、作るのが億劫になるときがあると知り、安堵いたしました。私は、すでに時々作るが面倒になって手抜き料理でごまかしたりしています。以前は、沢山のお客様料理も楽しく準備していたのに、この頃は2人用の料理に慣れてしまってます。この自粛期間、私も最初は気合を入れて毎夕の食事作りをしていましたが、このところ息切れして簡単なメニューになりがちです。でも、そんな時があっても良いのではないでしょうか?ばあば様も適当に息抜きしてください。腕の痛みはいかがですか?お大事にしてください。

aiaiさま
早速にお励ましのお言葉、ありがとうございます。
このごろ、同級生等と電話していて、うなずきあうのは82歳という年齢の重さです。
自分がまだ82歳の母たちを助けていたころ、自分がその年齢で現役主婦でいなければ
ならないのを、想像だにしなかったのに、やはり、この年齢は疲れやすい、いつもどこかに痛みをもっていたりする…といった困難が起きていたりする、何やら不安がつきまとうのです。
でも一日が無事に過ぎたら、それだけで、感謝という素直な気持ちは持ち続けています。、

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