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2020年6月に作成された記事

2020年6月25日 (木)

食の悟り 2.

近所に新装開店したスーパーで、豚ひき肉を2パック買って、一パックは早速ドライカレーに使ったのだが、残ったほうをとりあえず冷凍しようと思ってよく見たら、「解凍肉」という表示が読めて、さあ、困った。賞味期限はまさにその日なので、なんとかしなければならない。夜の十時過ぎだったけれど、ネギみじんと、おろし生姜、玉子一個、塩コショーを混ぜで、肉だんごをつくり、カタクリまぶして揚げだんごを作った。

一晩おき、翌日、野菜やゆでタケノコなどと一緒に酢豚風にするつもりだったのだ。

ところが実際、仕上げに甘酢あんをかけて、食べてみると肉団子があまりおいしくない。

一晩おいたものはやはり味が落ちるのだろうか。それともあのスーパーの解凍肉そのものがおいしさを失くしているのでは、と思ったりもした。

 

新スーパーは評判がよくない。コロナ第二波を予想して冷凍食品とカップラーメンのスペースを二倍ぐらいふやし、肝心の野菜果物の品数や、品質もあまりよくないし、肉、魚なども、改良があまり見られず、レジの位置も以前と変わってしまって、一列に並ばされるので、急ぐときには特にわずらわしく、入るのをためらってしまう店になってしまった。

このことも、日々の買い物のストレスを増している。

 

ステイホームの料理は凝ったものはつくらない。作り慣れたものを確実においしく食べたい。

 

悟ったことは昔から伝わってきている、保存食、簡単食の数々、切干大根の煮物や、きんぴら、ヒジキの煮物や、ニラ玉、ナスのしぎやきや、醤油炒めや、冷製ナスの箸休めなど、主菜をおぎなう一品がどれほど箸をすすめる役をしてくれるかである。そして豆腐を冬は湯豆腐、夏は冷や奴で、主菜が焼き魚だけでも、食卓を豊かに見せることができる。

 

きょう試みて、しめた、と思ったのはキューピー3分クッキングという表題の一袋、チャウダーの素、好みの野菜をやわらかくなるまで煮て、牛乳1カップに、このチャウダーの素を加えれば、もう完成。美味しかった。

 

わたしはそれに、スパゲッティナポリタンを添えてみたらこれがぴったり。ナポリタンといってもオリーブオイルで玉ねぎだけいためて、ゆでたスパゲッティを加え、ちょっと赤ワインふりかけ、ケチャップやピューレーなどで赤く味付け、仕上げに庭のパセリとバジルのみじん切りをふりかけただけなのだが…。

               

きょうの成功で少し元気回復、主婦はいくつになってもいいときと悪い時を繰り返しながら、一日を終えるものなのかもしれない。(了)

2020年6月24日 (水)

食の悟り 1.

4月13日の自粛要請が始まったころのブログには『何を食べるか…』というタイトルで、なるべく手作りのものをという意気込みを書いている。

それから二か月以上、わたしはかなり努力をし、夕食はほとんど手作りしてきた。

お弁当や、テイクアウトなるものを利用したこともあるが、満足いく味を得ることが少なかったからである。

冷凍食品の利用はする気もなかった。以前利用したのは冷凍餃子ぐらいだが、鍋物の具にするためだったので、今の時期には合わない。餃子のように具材だけならまだしも、料理全体の冷凍を試す気にはならない。解凍してみて、味がイマイチのときの失望をあじわいたくないのである。

和、洋、中華を配分し、メニューが偏らないように努力もした。

それにすっかり慣れてオチャノコサイサイになったか、というと、実情は逆である。

 

このごろのわたしはぐったり疲れて、キッチンに立ちたくないときもある。

 

料理は得意と思っていた自分に自信がなくなってきている。手順も味付けもわかっているからと過信して、出来上がったものを味見すると、何かが足りない。つまり、目分量そのものが怪しくなってきているのだ。腕に痛みをもっているので、つまみ具合が少ないか多すぎるか、ともかく、適量ではなくなっているのかもしれない。

それではと古い料理本をチェックしたり、ネットなどで検索したりするのがとても面倒、億劫、それをメモに書き留めて冷蔵庫にマグネットでとめてあるのだが、メモが多すぎて頻繁に落ちる。それをかがんで拾ってまた整理するのがつらい。

それほど苦心して作った手作り料理が以前の味ではないような気がする。味覚も弱ってきているのではなかろうか。

 

だれかの手作りを無性に食べたい、そう、思って、娘に一週間に一度か、十日に一度か差し入れてくれない、費用は持つから、と言ってみたが、娘はそれは無理、と即答した。

料理上手な娘だったが、今は、客料理などまったくせず、自分ひとりのためだけで精一杯というところらしい。

わたしが娘の今の年のとき、義母のために食事を用意し、かなり頻繁に訪れる娘の家族のために手料理に精を出し、折節の行事には客料理に忙しく励んでいた。

 

メニューを決め、肩腕の痛みのためのリハビリのついでに買い物をして帰ると、疲れが出て、夕方、料理をはじめからするということが億劫になるので、まだ元気が残っている午前中に下ごしらえをしたり、前の晩にそれをしたり、ということもしてみたのだが、それが、出来上がりの味を変えてしまう、という経験もしている。(続く)

2020年6月18日 (木)

遅ればせに観た『シェイクスピアの庭』

三月上映中だった、『シェイクスピアの庭』が中断されてしまっていたのが、再開されたので、最終日まえの昨日、思い立って観にいくことにした。

文化村までは、渋谷駅から東急本店までの送迎バスで行けるとばかり思っていたのに、バスの乗り場も、ヒカリエ一階に移動していたうえに、そこまでたどり着いたら、現在は運行中止とのこと、仕方なくタクシーに乗る。

交通手段が不便になったせいか、前売りは容易く買え、時間は一時間以上あったので、デパート内の丸善の書店で、洋書を見る。孫娘が本腰入れて英語を習得したいと言っていたので、楽しんで読めるような作曲家の挿絵入りの伝記と、間違えやすい用語表現を絵入りの実用英会話集にした本と、音楽留学で役立つ会話50シーンなど三冊購入、文房具コーナーで消しゴム付きボールペン二本、現在、一番書きやすい手書きの手紙用のボールペンと万年筆が行方不明中なのでとりあえずの対策を。

 

映画は、座席の選択を失敗した。なんとなく中央がよいような気がしてしまったのだが、大画面を見るには少し首を背もたれにつけて仰向け気味にみることになってしまい、それでなくても四百年まえのローソクだけの照明しかないうすぐらい闇の多い、室内場面に、気持ちまでも暗くなり、おまけに激しい言い争いのせりふ多く、見入りながら疲れた。

 

なぜ中央部の席を選んでしまったのだろう。コンサートのときと取り違えてしまったのか、とっさの判断の誤りを悔いることしばし…。

 

グローブ座大火のあと、断筆したシェイクスピアは、二十年ぶりに故郷に帰ってくる。

ロンドンから、ストラットフォードまでのあの距離を馬に乗って戻ってくる、そのスピートの激しさに息を呑む。交通手段がほかになかったときのあの馬たちの働きぶり、そして今、馬はどれほど働きの場面を失っていることだろう。そんなことがつい頭をめぐってしまうので、集中力も失せて、名ぜりふの聴き逃しもあったかもしれない。

 

それでも、ケネス・ブラマーの激しく美しい英語のせりふまわしに魅せられた。とりわけ故郷の有力者の言葉に反論して、自分の優位さを声高に早口にまくしたてるときの見事さは忘れられない。

 

偉大な父に認められようと争う子供たち、夭逝した長男の謎の死をめぐって、それをおさめようとする年上の妻の努力、家族問題が大きければ大きいほど、シェイクスピアの作家としての筆は冴え、四世紀以上のときを経た今でさえ、名言の数々が脳裏に刻まれる奇跡が起きる。

その確かさを、わからせてくれる作品でもあった。

 

2020年6月12日 (金)

必見ドキュメント『疑惑のカラヴァッジョ』

 今日、六月十二日のNHKEテレの午後10時からの『ドキュランドへようこそ』は必見である。

今のこの時期、ドラマやトークショーなどに魅力あるものが見られないとあって、わたしはNHKBS1の、世界ドキュメントばかりを好んで観ていた、そのうちのとびぬけた一作がこれ、「疑惑のカラヴァッジョ」だ。

 

フランス、トゥルーズの民家の屋根裏部屋から見つかったほこりにまみれた絵画作品がカラヴァッジョのものだという、フランスの画商とそれに反論する美術史家や鑑定家との対立、ついにはブレラ美術館で、カラヴァッジョの複製と並んで展示されるという出来事まで起き、オークションを経てどうなったかを追うドキュメント。

 

いかにもフランス人、スマートではあるがしたたかそうな美術商テュルカンと、イタリア美術史家の意見が対立、旧約聖書外典のユディト記を描く、『ユディトとホルフェルネス』ユディトがホルフェネスの首を切ろうとしていて、侍女がその首を入れる袋をもって待ち構えている、なんとも残酷な図。細部にわたって間違いなくカラヴァッジョの筆跡があると主張するとテュルカンと、いや、カラヴァッジョにしてはグロテスクすぎると、冷静に言い切るイタリアの美術史家、わたしはそちらの意見にうなずいていた。

 

ボルゲーゼ美術館で圧倒されたカラヴァッジョの部屋、静物画も混じったその部屋に並んだ宗教画、そのテーマが残酷でもグロテスクなものは一つも見当たらなった。

フィレンツェのウフィツィ美術館にあるメデューサでさえ、不気味だけと言いきれない、神秘的な美しさ、格調ともいえる、カラヴァッジョの美術性、を思い出していたからだ。

 

日曜美術館で耳にした言葉、絵画の名作は心を慰撫するものがある、然り、それこそがカラヴァッジョの作品をあらわすものと合点がいく。

この実録がどういう結末になるのか、これはまさに実在したミステリー、ドキュメンタリーならではのド迫力の傑作である。

2020年6月11日 (木)

オンライン会議体験

長年所属している国際婦人クラブの月例会が三月からオンラインで行われているのに、初めて出席してみることにした。経験者に訊いてみるのだが、具体的にどう入っていくのか、しっかり把握させてくれる説明が得られない。

みんな初体験で、どこをどうクリックしたか、その際の名称など、その記憶が電話では浮かんでこない年齢のせいかもしれない。

ともかく、ズームに登録すべき、ということだけはわかったので、それを済ます。YouTubeで、説明してくれる画面があったので、それも観ておいた。

 

前日、画面に入ってくると思われる壁面の部分をととのえ、ベッドも見えてしまうかも、とベッドメイキングをめずらしく丁寧にして、カバーをかける。なるべく見栄えのするブラウスを選び、アクセサリーもつけ、久しぶりに口紅をつけて、鏡の中の自分にニコッと。

これでよし。

 

当日十五分まえに入れるわよ、と聞いていたので、招待状メールのアドレスをクリックして、名前を記入、無事画面に入れた。すでに、会話がとびかっていて、だれかの、顔が大写し、わっつ、しわがこんなにくっきりうつるのかと、ドキリ、みんな声をかけあっているのに、自分への声掛けが一向にない。わたしはもしかしたら、映っていないのではないか、私の名前はあるのだけれど、と思ったけれど、画面にあらわれる会員の部屋がどれもきれいなのに、しばし見とれる。壁面の飾りもスゴイ、みんなよほど気をいれて整えているのだろう。

およそ30分のプレジデントの現状報告、今後の予定など、聴いたあと、桂サンシャインさんの落語、オンライン登場のおよそ三十分だったが、以前アメリカンクラブで初登場したときのライブのほうがずっと笑えた。日本人の落語名人のようなゆとりのユーモアがなく、しゃべりまくるだけ、という感じ。

 

パソコン仕事は三十分ごとに休んだりしているので、一時間も聴き入るっだけはつかれて、早々に退出。

ともかく初めてのことは疲れる。ピンピンにととのえたベッドカバーのうえに身を横たえたら、そのまま仮眠してしまった。

 

自分の映像が出なかったことが気になって、熟練のメンバーに問いあわせたりして、わかったのは、わたしのパソコンにカメラが内蔵されていないらしいということ。エプソンに電話してみたら、その通りで、カメラを購入して外付けにすべしと言われた。

出席者はおよそ100名以上だったが、すべてのひとの顔が見られたわけではない。私のようなメンバーもいるのだ。積極的な参加を望んでいるわけではないので、カメラをとりつけるかどうかは、もう少し先のばしにしようかと思う。

2020年6月 9日 (火)

メガネ店へ

この二か月、冷蔵庫に残っているものを利用するありあわせ手料理の夕食を多くしたせいかかなり貯金ができた。出かけるところはせいぜい自由が丘、無料パスで行けるから、電車賃も使わず、これもへそくり追加となる。

 

いつもはケチケチ買い物が多いわたしだが、この際、値の張る買い物をしようかと、出かけた先はメガネ店。読書用メガネを新調することにした。

 

ここ、数年使っていたのは、処方箋持参で作ってもらった安売りおしゃれメガネのJINS、の読書用と、そのまえに使っていた老舗眼鏡店の読書用二つを持参して、メガネ通の見立ても確か、視力測定、レンズの選択も確かな腕を持つ,雪ヶ谷の『丸石』に出かける。

 

これまでの経験なのだが、視力は眼科で測るより、しっかりした機械をもっている、メガネ店で測定するほうが確かで、はめ心地もいいメガネが得られるというもの。

 

持参のフレーム、JINSは見向きもされず、もう一個はさびが出てて使い物にならない、とにべもない返事で、ほかにもお宅にあるでしょう、と言われ、出直すことになる。

で、十年まえに買ったものだが、アムステルダムでかなり高価だったものを持っていったら、ようやく文句なしで、視力を二種の機械で、見事に測定、これよりはこちら、などを繰り返していたら、最初は15000円くらいと即答した値段が、あっという間に25000円にはねあがった。

 

ま、このご時世、乱視入りなので、仕方ないか、と納得する。

 

出来上がったメガネと、これまでのJINSと性能を比較。電気をつけない薄暗がりでも、JINSはぼやけだが、新メガネはくっきりと文庫本の小さい字が読めた。Img_2613 

 

 

 

2020年6月 3日 (水)

リハビリ通い

このところ毎日、雪ヶ谷の整形外科に通っている。

肩から腕にかけての痛みに、数か月も整骨院に通っていたのだが、いまひとつはっきりせず、やはりこの際、整形でレントゲン診断してもらうかしたほうがいいのではないかと、出かけてみたら、ありとあらゆる動きをさせられ、それほどの痛みが感じられないことがはっきりしたあとで、骨密度を測定、しばらくリハビリに通ってみたら、ということになったのである。一つ安心したのは、プールで泳いでもいい、ストレッチや体操もしていい、という許可をもらえたことだった。

週に一回一時間の予約入りのリハビリと、そのほかにいつ行ってもいい、およそ十分マッサージがある。肩凝り専用の体操なども教えてもらった。

まだ、著しい結果が出てきたわけではないが、治るというよりは、おさまる希望があるという、安心を取り戻す、心のリハビリにもなるので、通っている。

 

雪ヶ谷というところは大きなスーパーも二つあるが、個人商店も結構がんばっていて、地方の名産も置いてあり、珍しい野菜もとりそろえているちょっと値段は高めだけれど、これはという発見も多い青果店がある。そこで、おいしいふりかけを見つけた。ふりかけだけは、試しにごはんにふりかけてみないと、美味しさがわからない、厄介な代物。かねてからおいしいふりかけを探していたので、これは600円以上というふりかけにしては高価ではあるが、食べてみて、さすがの値段だが、いい買い物をしたと思った。Img_2612

オカカが主だが、エビ、ワカメ、イワシの粉、なども混じった、栄養たっぷり、生臭くない香ばしい味わいである。

レンジ一分半で出来立てになる玄米ご飯のパックもあったので、それにかけて食べたら、満足のランチができあがった。

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