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2020年1月に作成された記事

2020年1月30日 (木)

不安の当日

今日はわたしにとって危うい日だった。三年ぶりの胃カメラ受診の日だったのである。

食欲もあるし、胃が痛むというのでもなかったが、十二指腸潰瘍になったことがあって、そのとき経験したひりッとするような痛みがときどきある。それを抑えるのにこの7,8年、ザンタックという薬を愛用していたのだが、これがなにか悪い成分がある、とかで、発売中止となって、仕方なく、ファモチジンという薬に変えた。

 

でもそのザンタックの悪影響がもしや起きているのではないか、と心配なのだ。

それにこの年齢、最初の麻酔薬で一時間以上も寝てしまうとき、もう意識がそのまま覚めず、といこともあるかもしれない。

 

数日まえから憂鬱で、この先のいろいろな誘いの返事を即答しないで迷っていた。

 

今朝も、食事抜きで出かけるので、時間はたっぷりあったが、五時に目覚めてしまい、その時間、「もしものときのために」というノートをひっぱりだして、目を通し、追加を付け加え、そういうときが起きたときに備えた。

 

田園調布中央病院は胃カメラの技術には定評がある。看護師さんもとても慣れた扱いぶりで、親切、「お歳には見えない若さでおきれい…」などとお世辞を言って励ましてくれる。

喉の麻酔の薬を吹き付けられて、飲み込む力が失せ、ひどくせき込む。鼻から息をして、吐いてください、と言われてそうしようとするのだが、うまくいかなかったりする。でもそうしているうちに腕に麻酔の注射を打たれて、いつのまにか、寝てしまい、起きたときは終わっていた。

 

なんだかモウロウとして、もうどうでもいい、何を言われてもいい、と腹がすわっていた。

若い先生はできたばかりの写真を示し、ところどころ小さいポリープがあるけれど、問題じゃない、潰瘍の痛みというのも気のせいじゃないかな、と言われたので、急にうれしさがこみあげてきた。

救いを得た、と思った。

終わってからすぐ夫に電話、夫が大声でよかったなあ~と言った。

興奮のあまり、ファイルを受け付けに出すのを忘れて、さっぱり呼ばれず、三十分近くも遅れてしまった。

 

プレッセでおかずを買い、きょうは料理をさぼることにする。そして久しぶりに娘のところのネコたちに会いにいくことにした。

 

2020年1月27日 (月)

渋谷東急プラザ探検

ブリッジトーナメントを一日したあとは、一人ご飯をすることにしている。

その日はお昼にサンドイッチだったので、夜は和のものにしたかったが、重たいものは食べたくなかった。場所は渋谷、おそばが食べたいと思ったが、渋谷はどこ、という店が思いつかない。

ブリッジクラブの坂を下りたところが東急プラザだったので、どう変わったか、探検してみようと思った。

うっかり乗ってしまった17階までの直通のエレベーター、降りた場所はバルコニーでカフェがあり、ゆったりした造り、眺めもいい。

 

蕎麦店が二軒ある六階まで降りて、京都の茶そばのにしんそばが美味しそうだったので注文した。混んでいたけれど一人客も多い。にしんはフライ状になった茶色で、とてもいい味、そばの分量もちょうどよく、1200円の値段も、京都とあまり変わらない。

満足した。

 

このフロアには「竹之内」というもう一軒があって、ウインドの中の見本はどれもとても美味しそうだった。この次はここを試そう。

 

四階には化粧品店が二軒とても親切に応対してくれたので、口紅を買う。

それとついこの間、わたしのうっかりで、夫と息子のご飯茶碗を二つ共割ってしまったので、このフロアにあった陶器店で手頃な値段のものを購入。

 

ともかく買う気にさせるセンスの良い店がゆったりしたデザインで並んでいる。

プラザのリニューアルは成功したと思う。

 

もっとも紀伊国屋のような書店や地下の食品コーナーがなくなってしまったのは残念だけれど、それもまだ探検しつくしていない、別の高層ビルで見つけるのもまた楽しみとなるだろう。

 

オリンピックの年、渋谷の大リニューアルまで生きていられるだろうか、と思ったりしたが、こうして結構歩きまわっても痛くならない足でいられることを感謝しなければ…

2020年1月24日 (金)

ミス・マープルに夢中

夫がテレビで『鬼平犯科帳』を何度も観ているのを、趣味が相当かたよっている彼にはこれしか観るべきものがないのだろうと憐れんでいた。

でも最近のわたしも、現在放映されているテレビドラマは観る気がしなくて、これで数回目のミス・マープルに見入っているのだ。

もちろんミス・マープルを演じるならこのひと、と原作者のアガサ・クリスティーが絶賛したというジョーン・ヒクソン版である。Img_2553 

観る度ごとに新しい発見がある。ということは忘れかけている記憶の隙間を埋める楽しみにハマっているということだろうか。

そうやって今日観終わったのは、『予告殺人』。

ミス・マープルシリーズの中でも、とびぬけて面白いと思っている『パディントン発4時50分』『復讐の女神』に並ぶ、傑作である。

 

チッピンググレグホーンという小さな村の新聞に、予告殺人の広告が載る。『リトル・パドックス館で殺人が行われます』予告されたその日のその時間に館の女主人レティの友人たち、村人の7人が訪れ、館に同居している若者たち三人とレティの親友が加わって見守るうちに、謎の男が侵入、電気が消えてその男が殺されてしまう。

村の牧師館に滞在中だったミス・マープルが続いて起きる二つの殺人を含めた事件の顛末の謎解きをし、実は大富豪の遺産相続をめぐる大事件であったことを解き明かすのだが、一時間もののドラマが三つも続く、大長編スペクタクルで、見始めたら、目がはなせない。

 

テレビが普及して生活様式が一変する前の最後の良き時代が舞台となる、一見静かで穏やかな村の中に渦巻く人間のうらみや憎しみ、悪意と善意が交叉し、それが恐ろしく、忌まわしい事件の背景となるその経過に、惹き込まれていく、快感ともいえるスリリングな満足感、ジョーン・ヒクソンの人の心の奥を見通すような青い瞳に魅せられつつ、まだ終わらないで、と願いつつ、見終わり、終わるとまた次の事件を待つようになってしまう。

 

「人間は70歳の寿命しか割り当てられていないのよ」というセリフに思う。それを11年も超えてしまって生きている自分、この先、もう少し、まともに終わらせることに専念すべきだ、と思いつつも、神がモーセに召命を与えたときのモーセは80歳だったのだ、80はまだ終わりではないのかもしれない、と、私はまだ、迷いのなかをさまよっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年1月18日 (土)

北鎌倉の林アメリー作品展

  比較的おだやかな天気だった木曜日、北鎌倉の古民家ミュージアムでこの26日まで開催中の林アメリー作品展を観に出かけた。Photo_20200118120201

武蔵小杉で、横須賀線に乗り換え、七つ目、というとすご~く近くなったような気がするが、その横須賀線ホームに到達するまで、歩く、歩く、遠いのである。

東横線を降りて、改札口を出、エスカレーター上がってJRの改札口を抜け、右側の二番ホームに降り立ち、右方向、ホームの端まで歩き、そこからまたエスカレーター、動く歩道二つと、これまで来た道と同じぐらいの距離を、歩き、ようやく横須賀線ホームに到着、夫が、遠いぞ、もう二度と行きたくないくらいだ、などというのも、もっともだと思ってしまうほど、歩いた。

 

何年ぶりの北鎌倉、これぞ鎌倉、という落ち着いた古都の住宅街というたたずまいはちっとも変っていない。

徒歩一分、古民家の中は華やかに飾られていた。

 

林アメリーさんは1933年生まれというから、私より五歳上、かなり高齢だと思うがトークショー何度かこなされたらしい。ディオールやギ・ラロッシュなどのオートクチュールのアトリエで活躍され、70年建築家の林氏と結婚、ご自身のアトリエで創作活動を続けられている。

日本の着物地に魅了され、著書のなかで、すべての布は居場所がある、という言葉がある通り、日本的なデザインの中にも、西洋的感覚のデザインの中にも、洋と和との調和が美しく、格調が高く、センスあふれる展開に魅せられる。Img_2563 Img_2561 Img_2555   Img_2558 Img_2560

展示作品の中でもキルトのフランスの地図、ブランドのラベルをあしらったものなど、に目を見張った。   

作品の中には赤い〇がついていたものが多かったので、受けつけで訊いたら、売約済みの印なのだそうで、大きいキルトなどは30万円くらいだという。その人気がうかがい知れる。

 

さて、お昼は何をたべよう、と久しぶりの北鎌倉を歩く。やはり鎌倉らしい和食、と言えば、『鉢の木』、セットメニューの中で一番安い、半月点心、いつも小食のわたしだから、これで十分。久々に完璧においしい和の味に舌鼓を打った。Img_2564

2020年1月15日 (水)

歯医者さんデート

夫はおもちが大好きだったのに、この正月は食べられなくなった。部分入れ歯がはずれそうで、おもちにくっついたまま、飲み込んだら大変という状態だったのである。

と、いうのも歯科であおむけになって、治療を受けるのが、つらいから、もう行きたくないという状況が続いていたまま、年を越してしまったからだ。

お餅が好きなひとだったのに、可哀そうだなと思っていた。

 

一週間ぐらいまえに、朝、歯が痛くて眠れなかった、と、ふらふらしながら起きてきたので、これは大変と、娘に電話したが、もう仕事に出てしまって、車はダメ、そこで二十回ぐらいタクシー手配に電話したが、全部ダメ、オレ、大丈夫出かけられる、と言って、結局、ひとりで出かけてしまった。

 

院長先生に神経抜いてもらった、と結構元気で帰宅して、次は14日予約、というので、わたしも14日よ、と時間を確かめたら、なんと、同じ時間なので、じゃ、治療をしたあと、自由が丘でおそばでも食べる?という歯科デートが決まった。

歯科のまえの珈琲館で待ち合わせ、治療を受ける。ほぼ同じ時間に終わって、電車で自由が丘へ。二本杖で歩みはのろいが、まだ歩けるだけでもありがたいと思った。

 

お蕎麦屋さんで、彼は狸そば、わたしは鶏せいろにした。こちらはもう食べ終わりそうなのに、彼のほうは、とみると、ちっとも減っていない。熱いのが歯にしみるとか、結局、半分くらい残して、レジの女性にあやまっていた。

食べはじめたときにも、トイレに行ったり、外食はもう無理だな、とつくづく感じたりもした。

家の食事が一番気楽で、安全という段階にきているようだ。

 

でももうすぐ米寿の彼、歯科医にひとりで出かけられるという状況だけでも、立派だと思う。

 

少しでもいいことを見つけて過ごさなければ…今年も、気がかりがふえそうな予感がする。

2020年1月10日 (金)

パンツのリメイク

セールで本当に買いたかったのは茶系のパンツだったのだが、それがなかったので、今あるものを、もっと有効に使えないか、考えてみた。もう十年ぐらいはいている、ビロードのパンツはファスナー付きの古いデザイン、一度、ベルトを総ゴムにしたことがあるのだが、仕上がりが悪く、気になっていた。

そうだ、この際、ファスナーをとり去って、袋にし、新しい布ベルトを縫いつけ、ゴムバンドを入れて、脱ぎ着が楽な、高齢者用にリメイクしてみよう、急なトイレ用には、ゴムベルトのパンツが一番、ファスナーを取り去って、ダーツもほどくと、かなりの余裕が出て、ゴムパンツ可能となり、それでは、とジャージーの残り布を探したら、数年前にハンドウオーマーを作った余りぎれが見つかったので、それを縫い付けて作ったのが右の写真。Img_2552

 

簡単そうに思われたのに、ジャージーの布は意外と厚みがあったので、なかなか厄介だった。

それでも履き心地は改善されて、また当分、外出用にはけそうな仕上がりとなった。

2020年1月 7日 (火)

セールめがけて

自由が丘のブティックがきょうから70パーセントoffセールを始めるので、11時の開店めがけて出かけたのだが、わたしが一番乗りで、一人だけ、ちょっと拍子抜けという感じ。でもお買い得品を次々試着できて、ゆっくりチョイスできたので、その甲斐はあった。目的のパンツもよいものが見つかる。この店は決して安いとは言えないのだが、デザインがユニークで、生地も上等なのに、クリーニングも自分でできる扱いやすいものがそろっているのがいい。この十年、長く着ているものは考えてみると、みなこの店のものだという気がする。

ネイビーの短めのパンツともう一品、ビニールクロスのような光る生地、光線の具合で黒ともグレイとも茶系とも見えるような不思議な光沢のあるパンツ、もものあたりから両側にファスナーがついていて、太さを加減できるスタイルのものを選ぶ。

ボトムはファッションに欠かせぬ要素である。ボトムがいいものをはいていると、上は少々古いものでも、見栄えがしてくるものだ。

コートもいいな、と思うものが三着ぐらいあったけれど、予算オーバー。まだ三週間ぐらいはセールが続くので、また出直すことにする。

                               

帰り際に、顔立ちのはっきりした高齢女性が来店して、値段のことは一切気にせず、高級フリースの赤のラインが三本も入った大胆なグレーのコートを上機嫌で購入していた。その日の服装もすべて、この店のもの、よくお似合いだった。

 

おいしい紅茶と小さなチョコレートをご馳走になってから店を出る。

自分の好みやサイズを知り尽くしている店主がいてくれる店があるのは心強く、おしゃれを楽しくしてくれる。

 

平日の午前中の自由が丘は空いている。自由が丘デパートの店の三分の一はシャッターが下りていて、開店は十二時過ぎだとか…椅子カバーの生地を買った店の主人の話では、お向かいさんはお母さんの介護してるひとだから、早く来れないんだよ、とのこと。

どこの家も、高齢問題やら、何やら家庭生活のむずかしさをかかえている様子が伝わってくる。

なんとなく、昔のほうが活気がみなぎっていたな、と思ってしまう最近の自由が丘である。

 

2020年1月 2日 (木)

元旦の夕餉

今年のおせちのヒットメニューは意外にも紅茶ブタだった。日本経済新聞に出ていたレシピだが十数年まえに友人から教わって作ったことがある。塊の豚肉を求めることがむずかしくなったので、遠ざかっていたが、今回は教会の近くの、精肉店で、豚ロース500グラムを買うことができた、それをティーバッグ一つと一緒に、あくをとりながら、50分ぐらい、ぐつぐつと煮るだけ。そのままさまし、二、三日おいて、うすく切り、水菜と白ネギの千切りとともに供する。ソースは醤油と酢大さじ2、砂糖とゆずこしょう小さじ半分、サラダ油大さじ半分。これを最後にふりかけて仕上げをする。

ギザ刃包丁がとても役に立った。Img_2548

 

娘が持ってきた野菜のディップ、アボガドと味噌の二種のソースがおいしく、ワインなどにぴったりで久しぶりにランブルスコのスパークリングワインを飲んだ。Img_2549

 

孫息子の仕事が忙しく、親子は会うことがめったにないせいか、彼らの会話がはずみ、聴力がおとろえた私たちが仲間に入る会話がなかなかなくて、夫はとりわけ、ぽつねんとしていることが多かった。

 

料理そのものは早めにできあがっていたが、六人分を用意するのはかなりの重労働、それも掃除もふくめ、こまごま、気を使わなくてはならない。しまいには、料理を包んだラップや袋を取り去るのさえ億劫になって、よれよれに疲れた。

 

来年はひっそりの正月にしようと、決意したが、それは言葉には出さず、大仕事を終えた満足感だけを大事にすることにした。

 

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