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2019年11月に作成された記事

2019年11月28日 (木)

エアコンクリーニング

年末も近く、一段と寒さも増すなかでの、エアコンクリーニングは一大行事、一大出費である。

夫の仕事がエアコン関係だったから、我が家の四台は、同じところで購入し、そのメインテナンスも同じところで続いていた。ところが今回は電話したのに一か月以上たっても連絡がない。もう忘れられちゃったんじゃない?と言うと、夫もちょっと不安げにそうかもな、などと答えて、それでは他をあたるか、などと話し始めていたのだった。

その、「ほか」のところが、おいそれと見つからない。ボラれないよう、値段もそれほど高くないところで、なるべく早く来てくれるところは、稀有、のようで、困った、と思っていたとき、ようやく、いつものところから電話がかかってきた。なんでも我が家の電話番号を間違って控えていたのだそうで、すぐ、うかがいます、ということになって昨日の午前中で見事に終わらせてくれた。

去年はオーバーホールも含めて十万以上かかったので、今年もそのぐらいは覚悟していたのだが、今年はそれも必要ではなく、半分以下の出費ですんだ。オーバーホールは二年に一度でいいのだとか…

 

なによりもありがたかったのは、私の部屋のセルフクリーニングがある機種、なんだか今年の夏がおわったころから、残暑で「さわやか」をつけることが多くなっていたときに、なんとなく空気がよどんでいる感じがして、臭いもあるような気がしていた。

 

診断の結果はフィルターはそう汚れていないが全体に汚れがたまっている、とのことで、こんなに汚れていました、と真っ黒な水を見せられる。ああ、やっぱり…

 

わたしはエアコンの暖房が嫌いで、床暖だけで過ごすことも多かったのだが、この日はとても心地よい、暖房に驚きもし、ああこれで、どんな寒さにもめげずに済むと安堵したのであった。

夫の定年後二十年以上も経つのに、これだけの信頼関係が維持されているのを、感謝し、あなたのおかげよ、と、このごろとみに聴力の劣ってきた彼に聞こえるように大きな声を張り上げて、それを伝えた。

2019年11月25日 (月)

わたしのソーイングビー時代

五十年前のアメリカはソーイングビーの主婦が健在で、シンプリシティ、マッコール、ヴォーグなどの型紙が沢山販売されており、端切れのセールを年中している生地店や、高級な生地、珍しいボタンやテープなどをそろえている、郊外の街の中心地の店舗など、店ぞろいもすごかった。

ネイティブの主婦たちに比べて、小柄で、スリムな日本人駐在員妻のわたしたちは、デパートや衣類専門のブティックなどでも、自分のサイズに合う服を見つけることがむずかしかったので、情報を交換しあい、子供服や自分の服を縫い競った。

 

ハロウィンの衣装も手作り、赤ずきんのマント、ゴーストの衣裳など、すべて型紙どおり縫ったものである。

Img_2511

娘とおそろいのワンピース、大人柄なのだけれど、娘はママと一緒を、とても喜んで着てくれた。

Img_2512

帰国直前に、ライラックの花ざかりの公園にドライブしたときに着ているワンピースは、これ以後ワンピースなど縫うことなどなくなってしまったから、アメリカ駐在時代の最後を飾る難関のワンピース作品ということになるだろうか。

 

 

2019年11月22日 (金)

アンを讃える「ソーイングビー」決勝戦

Congratulation,Ann!!Img_2504

見応え十分の決勝戦だった。最初の課題、四時間の男性用シャツ制作で、すでに勝敗の行方は決まっていたように思う。それほどにアンの仕事は美しく、見事に仕上がっていた。

無地の淡い色の生地だから余計、ミシンの針目そろいの美しさが際立つ。Img_2501

これほどの仕事に、終始沈着、仕事の段取りもあわてず、騒がず、整然と決めて、迷いがない。

二つ目の課題、手仕事。無地のバッグを飾る技。これもデザインがいい。交じり糸でまず大胆な曲線を描いて、そこに無地の一色の針目をアクセントに使うようにとり、最後に光る石を飾る。心憎いほど、格調高い、仕上がり。Img_2502

 

最後のドレス、フォーマルに必須のブラックとロイヤルブルー、黒のレース編みをかぶせて、袖の部分だけ、黒のレース地にするというデザインの巧みさ。

レースが動かないようにブルーの生地に慎重にとめつける作業を怠らない。彼女の言葉「どんな仕事にも退屈な部分があるけれど、それを省くと困ったことになるのよ」

料理でもそうだ、下ごしらえの下味、例えば人参、油揚げ、キュウリ、大根の酢の物のとき、人参と揚げの千切りを薄味でしっかり煮ておかないと、最後の酢、塩、すりごまの味が生きてこない。下ごしらえを入念に、はすべての家事の基本でもある。

 

もう一つ、ミシン仕事が主であっても、あえてミシンをかけず、手縫いにしたほうが仕上がりが美しいということもある。アンはファスナーを手縫いにしていた。お見事!!

お嬢さんがモデルとなって、このドレスは一層の着実な美をかもしだした。Img_2505

アンの着ていたーターが素晴らしかった。彼女のお手製ではなかろうか。いや、なにもかもお見事!!

あなたと同い年の81歳であることを誇りに思います、ありがとう。

 

ソーイングビーはまだ終わらない、次のシリーズが続くという予告編がうれしかった。

2019年11月19日 (火)

必見『ソーイングビー』

楽器のコンクールを密着取材する番組が人気を博しているが、これは英国BBCが2013年からシリーズで始めたという生活に即していて、しかもクリエーティブで夢のあるアマチュア洋裁師のバトル番組、真剣だが、会話もとびかう 楽しいドキュメンタリー、見始めてすぐとりこになった。さすがNHK,いいものを探してくれたと思う。

アマチュア洋裁マニアのバトル、チャンピオンが決まるまで、およそ12項目の試練を潜り抜けなければならない。Photo_20191119180401

これは2019年のシーズン5とあるが、挑戦者は二十代から八十代まで男女8人、やはり女性のほうが多く六人、ほとんどが主婦、男性は洋裁には関係のない仕事をしていて、大型トラックの整備士というひともいる。

第一次予選がAラインのスカート、ネックラインのリメイク、ワンピースで、一名脱落

二次予選はスラックス、既製服のスカートにポケットをつける技、そしてブラウス、二名脱落

準決勝、子供服のサマードレス、シンプルなワンピースのリメイク、ジャケット、一名脱落

決勝、シャツ、バッグを手芸で飾る技、イブニングドレス

現在三人が勝ち残っているが、だれがチャンピオンになるかはこの21日木曜日、21時、NHKEテレでオンエアー、すでにシャツとバッグのバトルは放送済みだが、三人の中で一番年長、81歳のアンが一歩抜きんでていて、わたしは同世代の彼女を応援している。

木曜には最後のイブニングドレスが優勝の行方を決めるのだろう。見逃せない。

 

このソーイングビーの語源はおよそ八十年前の戦時下で、現エリザベス女王の母君、皇太后陛下が洋裁のできる家庭の主婦を宮殿に集めて、兵士のために手製の衣類を縫い、戦地に送るというイベントを試みたことから発しているのだそうだ。Th

以後、ソーイングのサークルやグループは「ビー」という名前で呼ばれるようになったとか。

空襲や爆弾を浴びた英国、戦地の兵士を思う女性たちの気持ち、日本人の私たち世代の女性は素直に感情移入できる。

 

課題を発表とともに、型紙と作り方が印刷されているパターンを渡され、コンテスタントたちは生地やボタン、テープなどを自分で選ぶのだが、この選択にはこれまでの経験と思慮深さ、センスといったものが素地となるので、仕上がりの出来に影響を及ぼす。

最年長のアンは常に沈着、冷静、技量も安定している。サヴィル・ロウのデザイナーという審査員の一人の男性は、若くて美しい二十代のローレンがごひいきのようなのだが、その彼女は五歳から縫いものをしていたという、経験だけは立派なもので、しかも思い切った決断を実行してみせる勇気もあるから、この最後のイブニングドレスがどのような対決の映像を見せてくれるのか、胸がどきどきするほど期待が高まるのである。

 

2019年11月15日 (金)

『リルケの庭』購入

今年のCWAJの版画展で、岩切裕子さんの木版画『リルケの庭』を買った。Photo_20191115225901

版画購入は、十数年ぶりである。三十坪の隠居所めいた小さい家の壁はほとんど好みの版画で埋まっていて、わずかに自室のベッドの真向かいの壁面が空いているだけだ。そこにこの作品をかけて、毎日眺めていたい、そう強く思った。

岩切さんの作品が初めて版画展に登場したときから、目が離せなくなった。色使いは地味だが、実によく選ばれたセンスのよい独特の配色である。風景画がほとんどだが、その中に物語がある。それがわたしには強く訴えかけてくるのである。しかも日本の誇るべき伝統技術、木版であるところにも強く惹かれるものがあった。

もう一つ、注目したのは彼女の苗字、岩切というかなりめずらしいその名は、かつてのわたしの親友の姓名でもあった。

そのひと、岩切千種さんは、中学からの親友だったが、今から、五十年ほどまえ、早世してしまった。岩切というのは嫁ぎ先の名であるが、裕子さんはお嬢さんではないことは、名前からわかったのだが、もしや、縁続きの方ではないか、ということをわたしは知りたく思っている。

千種さんとはどれだけ思春期の友情を交わしただろうか。おそろいの服を着て、『風と共に去りぬ』を観に行き、レッド・バトラーよりアシュレが好きというのも共通していたのだが、映画館を出てからも感激のあまり、しばし茫然としながら、無言のまま駅まで歩いたことが未だに忘れられない。

 

この作品のリルケの詩を、千種さんは愛していた。そのことも偶然とは思われない不思議さである。

 

何とも言えない、渋いグリーンの色の濃淡が美しい。じっと見ていていたい色である。

 

多くの親しい友人との別れがあったが、女の子の多感な成長時代に、こころから打ち解けて、それぞれのよいところを認め合い、自分の悩みなども打ち明けて、励ましてもらった友情を、『リルケの庭』は思い出させてくれるのである。

2019年11月 9日 (土)

映画『蜜蜂と遠雷』

二子玉川のシネコンで『蜜蜂と遠雷』を観てきた。

内なるなにかに突き動かされるように言葉がほとばしっている原作、映像化は不可能と一読者としても思っていたのだが、映画もまた内なるなにかに突き動かされるように映像がほとばしっていて、実に見応えがあった。

ピアノコンクール、三次予選まであって、本選にのぞむという長丁場、507ページもの長編をいかに二時間の映像にまとめ上げるか、つまりエピソードの取捨選択をいかにするかで、作品の出来不出来が決まると思われるのだが、それが的確、登場人物の焦点を栄伝亜夜にしぼったのが、ストーリー展開が簡潔になり、成功のゆえんとなった気がする。

 

映画が上映されてからかなりの日数を経ている、平日の11時20分、それでもほとんど満席で、二度目三度目のひともいるのでは、と推量した。

それぐらい、音楽もよかったし、登場人物のキャスティングもぴったりの人選で、満足した。Photo_20191109211301

 

四人のピアニストの違いを、このコンクールの課題曲『春と修羅』のカデンツァで表現したのが効果的だった。

「人間は自然の音の中に音楽を聴いている…弾き手は曲を自然のほうに『還元』する」という、作者のこの名表現こそが最重要の主題と感じていたが、それを、亜夜と塵が窓から月を見上げながら二人でドビュッシーを連弾し、さらに楽曲を広げていくところはこの映画のクライマックスにも相当する、忘れられぬ、映像と音楽の結合美であった。

ピアニストは孤独の戦いだが、ピアノ連弾は楽しい。わたしも娘がピアノを始めたころよく連弾して、彼女はそれをとても楽しみ、音楽専攻への道に進んだ、ともいえると思う。

この映画には親子の連弾、ピアニスト同士の連弾、その場面が効果的な役目をはたしているのも、監督の鋭く、得難いセンスと言えそうである。

ポーランドの大学で演出を学んだという石川慶監督、撮影監督もポーランド人とタッグを組んでいることもこの映像美につながったのかもしれない。

この先も注目したい才能である。

2019年11月 7日 (木)

渋谷スクランブルスクエアのデリオープン

四日の日、ブリッジトーナメントでめでたく優勝して、外食し、六時半ごろ、渋谷の副都心線改札にエスカレーターで降り立ったら、右側に渋谷スクランブルスクエアのB2F、東急フードショーエッジが明か明かとオープンしていた。「毎日通いたい必食グルメ、食のエンターテインメント」と銘打ったまばゆいばかりのカラフルな総菜宝庫。

すでにおなか一杯なので、買う気は失せていたが、一巡してみたら、おにぎりからサンドイッチ、から揚げ類、フレンチ、イタリアン、中華、韓国料理のいわゆるデリのもの、サラダボールから持ち帰りどんぶりまで所狭しと並んでいる。

明日まで長もちするなら、夕食の手をはぶくのに、一、二品買ってもいいかな、と聞いてみるとほとんどすべてが本日中に、というものばかり。

しかも、値段はすべて高め、量り売りも、100グラムで4,5百円はする。

 

こういうものを高齢者はわざわざここまで買いに来るだろうか?どう見ても食欲旺盛な若者をターゲットにしているとしか思われない。

この大量の本日中おめしあがりくださいの食品が果たして全部売り切れるのだろうか?

 

きょうの朝日新聞にも、「まだ食べられるものが大量に捨てられている、食べられないほどのものを買ってはいないだろうか、食べ物にストレスや不安の解消を求めている…加工食品に頼る暮らしをするひとが増えた…」などなど、食品ロスの問題をとりあげていた。

食品ロスとともに、失っているものは人間の幸せではないか、人間が料理をしなくなった影響は大きい、というメッセージを、深く、重く実感したのだった。

2019年11月 5日 (火)

もやしの、楽チン、かつ美味しい食べ方

たしか『みそ汁はおかずです』の著者、瀬尾幸子さんだったと思う。

もやしを電子レンジで2分半チンすると、ゆでた状態になり、それを冷やして冷蔵庫に入れると、生でおいておくより長持ちすると、テレビでおしえてくれた。

近頃これがとても役立っている。

 

もやしは買ってきたらすぐ、水にさらし、主なひげ根を取り去って、電子レンジOKのタッパーに容れ、軽くラップをかぶせて、600度で2分半チン、美味しくゆであがった状態のものを、冷蔵庫に入れて冷やしておく。

 

わたしが好む一番おいしい食べ方は、酢2、醤油1の割合に、砂糖少々、からし少々(納豆についているからしをよく利用する)加え、これで合えるとおいしい酢の物ができあがる。和風にしたければ、これに油揚げの細切りを加えるとよい。

 

中華料理のときも、和風のときも、栄養価満点のもやしの酢の物はこれがあると安心という一品になる。

2019年11月 1日 (金)

食べたいものをその通りにつくれるように

同い年の二人の友と電話で話した。

一人はご主人を数か月まえに亡くし、一人暮らしをどうするか迷っていて、長い付き合いのご夫妻が入っている温泉つきのホームに心が動いていると言っていたのだが、電話では、もう手続きも終えて、東京を離れることにしたという。

もう一人は料理をするより、本を読んでいたいという元英文学の教授だったひと、最近急激に腰痛がひどくなって、もうキッチンには立ちたくないと言っていたのだが、電話ではご主人が目下入院中で、退院後二人のホーム入所も考慮中だとのこと。

 

驚いたのは、二人とも、もうまったく食べることに興味を失っているということ。料理をするだけで、気分が悪くなってくるそうなのである。

 

信じられない、わたしは近頃自分の作るものが一番おいしいと思う、としゃべったら、あなたはまだ、現役なのよ、と言われてしまった。

 

自分がきょう、なにを食べたいかを、おざなりにせず、望み通りにして、自分がつくるときには、かなりそれがその通りに実現できるようになった。八十にしてようやくある境地に達したということだろうか。

 

週末のブリッジトーナメントの日は、お弁当を漬物だけ家から持参、玄米入り稲荷ずしにして、帰りは外食、チキン入りのワンプレートシーザーサラダ、というお手軽にしたら、夜になって、三度トイレに行き、下痢してしまった。

 

おなかをいたわらなければ、と、朝はオートミールとリンゴのジュース、昼はフレンチトースト、野菜もとらなければ、とほうれん草のバターいため、夜はキビ入りのおかゆを炊き、実母がいつもおかゆのときの汁ものにつくってくれた、玉ねぎ、人参、ジャガイモ入りで最後の仕上げは醤油、削りカツオ入りのスープと梅干にしたら、これがもう、絶品の味となり、おかゆも買ったものでなく、手をかけて自分で炊くとこれほどの味になるかという出来で満足した。

おなか具合の回復度も順調である。

 

このごろ、みそ汁の出汁を削り節と昆布路線をやめて、前の晩に煮干しを天然水につけて一晩おく、というものにしてみたら、これが、また何とも言えない自然の出汁で、それでも生臭さをちょっと心配して、お味噌、白みそと、知人のシェフのお父さんが手作りしたという赤みそを分けてもらってあるので、それを半サジぐらいまぜ、さらに匂い消しに、金ゴマのすりごまをかけてみたら、これぞ、ようやく到達したみそ汁の頂点みたいな味になった。

 

まだまだ生きているうちは、味には貪欲でいたいけれど、こういうこともせいぜい85歳くらいまでかな、などとも思うのだが、食べることへの努力はあきらめたくない、と思っている。

 

 

 

 

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