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2019年10月28日 (月)

夫のクラス会の付き添い

近頃、高齢男性のクラス会に付き添い歓迎がふえていると聞く。夫が二本杖になってからは、歩みもとみにのろくなり、会合に欠席が多くなった。出席そのものがしたくないというのではなくて、道中がシンドイということらしいので、よかったら、いっしょに行くわよ、と何度も申し出ていたのだが、いいよ、の一点張りだった。

それがどういうわけか、この秋の小、中学校のクラス会二つに、もう最後にするから、できれば付き添ってほしいと、自分から言い出したのだ。

 

そしてきのう、その一つ、天津淡路小中学校の会に付き添った。

わたしの六歳上、87歳のクラス会は生存者も少なくなっていて、この学校は海外でもあり、在籍者のうち、東京在住の人たちをつきとめるのも、むずかしかったらしく、現在二十人ぐらいのひとたちのうち、今回の出席者は9人。

会場は新宿歌舞伎町、中国の寄せ鍋料理、火鍋子の店。東口ハトバス乗り場で集まってから、いっしょに歩いていくとのことだったが、夫にはちょっと危うさを感じた。

思ったとおり、新宿駅はまだ工事中で、東口にたどりつくのが結構大変、そこからハトバス乗り場に行くのもエレベーターを探すのがまた厄介で、その点わたしは役に立ったと思う。男性出席者は夫より年上に見えるような人たちが多かったが、足は杖なしで動けるので、夫は負けている。全員集まるのを待つあいだも、自分で座る場所を見つけて腰かけていた。

女性はもう一人付き添いの人入れて、四人。北海道から上京した男性メンバー、これが最後と自ら重病宣言するひとを囲む会でもあったのだが、会場へは、結局そのひとと女性一人と私たち夫婦は一区間タクシー利用となった。

場所はビルの六階、かなり広く、鍋はテーブルに埋め込まれている。二つに分かれていて、香辛料入りのとそうでないプレーンなものと区別されている。そこに野菜や肉や春雨の太いものや、白身魚、貝類、ソーセージ、キクラゲなどが盛られた皿が運ばれ、一応食べられる状態になるまで、店員が煮込んでくれた。醤油味とゴマダレ風のソースの皿が運ばれてくる。Img_2492

夫はもうすっかり疲れてしまったらしく、あまり積極的に話そうとしないので、わたしが両隣のひとと話す努力をした。個室ではなく、一般席のテーブルを囲みながら懐かしい話をするのは無理で、幹事のひとが、天津時代の地図のコピーをくばったり、写真集をまわしたりしてくれたが、あまり盛り上がるという雰囲気ではなかった。それでもこのホーコーズという中国の寄せ鍋の味はだれもが忘れられぬ当時のご馳走だったのだろう。こういうところを良かれと判断して、企画してくれた幹事さんの努力と配慮とを思った。

 

この日のホーコーズは四川料理だったので、辛みが強く、天津時代の料理はどちらかといえば、北京風だっただろうから、全員懐かしさいっぱいで箸を動かすというふうでもなく、87歳という年齢は食欲旺盛とはいかないのだな、とつくづく思った。

でもこの年齢になると子供の時に食べた美味しいものをまた食べてみたいという情熱だけは、大きくふくらんだりする。昔の中国料理は変わりつつあるのかもしれない。幹事のひとが当時食べたシャオピンという北京風のタコスのようなものが、食べたくて、7000円もする会席料理を食べにいったが、最後に出てきたものは小型のせんべいのような似ても似つかぬものでがっかりした、という話をしたのが印象に残った。

夫はいつも昼食抜きなので、あまり食べなかったし、本当に疲れた様子で、帰りは皆と早々に別れてタクシーを拾った。帰宅してから、きょうは本当に助かったよ、オレひとりだったら、無事に帰れたかどうかわからなかった、と言ったので、付き添いの役は果たせたようだなと、安堵した。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

ここぞというときの妻の出番、よかったですね。
我が家の夫との年齢差が 似ているので、我が身に置き換えて拝見しました。
最近つくづく思うのですが二人揃っての行動の選択肢が消滅したり、消去したり、剥ぎ取られたり、とだんだん狭くなっていきます。近頃やっとそれに納得し、慣れてきました。
ばぁば様が京都にひとり旅されたのが、私の中でとても参考になりました。
ずっと二人の旅でしたが、夫が昨年辺りから歩くのが疲れ出したしたようで、思いきってひとり旅の一泊のコンサートに行きました。その楽しさ、一人の気安さを発見しましたが、これもいつまで夫を一人置いていけるか、が問題です。
これから先の生活をどう張り合いをもって生きていくかは大きな課題です。
ばぁばさまのブログは支えになります。

ちゃぐままさま
早速のコメントありがとうございます。
海外旅行をお二人でなさっていて、羨望を感じておりましたのに、やはりそういう時期にさしかかっていらっしゃったのですね。
でも、いい思い出をたくさん作られましたね。
我が家は夫があまり旅行好きではなく、スポーツ観戦していられれば機嫌がいいので、楽だったのですが、このところの体調を見ていると、もう二泊以上の旅行をさせてもらうのはちょっと無理、頼めば、いいよ、とは言うでしょうけれど、こちらが心配でゆっくりできないという状況です。
それでも一泊旅行だけでも、朝早く旅立てば、二日分は楽しめますし、二泊もできれば、もう充分という感じに、慣れてしまいました。
今回も二人で出かけるのは、孫息子の結婚式以来で、夫が本当に余裕をもって楽しめていないようなので、限界を知ったような気分です。
いまは自宅で、もっと話をたくさんするべきだったという後悔がないようになるべく会話する時間を大切にしようと心がけています。

初めてコメント致します。
7年前にオランダへ夫婦で旅行をし、帰国後アムステルダムのコンサートホールを検索していてばぁば様のブログに行きついたのをきっかけに読ませて頂いています。
 丁度その頃夫がパーキンソン病と分かり現在に至っています。
病気との付き合いも7年間になりその間様々な症状が出て来て私の我慢の限界を超え諍いが起きたことも何度かありました。
現在夫76歳、私69歳。幸い進行がゆっくりで天寿も全う出来る病気です。
ただ、最近認知機能が徐々に落ちて来ており大学時代の同窓会、会社時代の同期会、親友とのランチ、今年は2度も待ち合わせ場所で迷子になってしまいました。
電車の乗り換えが上手く行かなかったようです。
何れも幹事の方のお蔭で事無きを得たのですが、その事があってからは私が待ち合わせ場所まで送っていくことにしました。
人と会ったり外出をする事は主治医の先生からも勧められており本人も楽しみにしているので今後もそうして行こうと思っています。
ばぁば様のブログは人生の大先輩としてこれからも私の指針にさせて頂きたく思っております。

長いコメントありがとうございました。
最後の4行、心にしみました。普通なら愚痴になるところでしょうが、きっとばぁばさまの深い信仰が他者に対する愛となっているのですね。

ピスターシュさま
コメントうれしく拝見しました。ピスターシュとはフランス語、ピスタチオですか?フランス語を話されるのでしょう。
お元気なうちにお二人で海外にいらっしゃれてよかったですね。
ご介護がどんなであるか、こころからお察しいたします。わたくしも、夫とはかなり、口喧嘩もしますが、言い争ったあとは、お互い早く仲直りしたいとわかっているので、こういう遠慮ないやりとりをできる相手がいることの幸せをまず思い、なにげなく言葉をかけ始めるコツもつかめるようになりました。
夫は小学校を六つも転校しており、それぞれに苦労があったようです。思い出話をするときは饒舌になるので、これからも務めて聞き役をしようと思っています。

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