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2019年9月に作成された記事

2019年9月30日 (月)

『サギデカ』最終回

 

 

見応え十分の最終回だった。

タイムリーなテーマのドラマ、毎回楽しみに観ていた。Photo_20190930160301

実は我が家でもおよそ7.8年まえ、怪しい電話をもらったことがある。息子が海外出張中だというのに、「お宅の息子さんが品川駅で、痴漢の疑いで捕まっています」という内容だった。

そういう電話は後を絶たず、現在も広がりつつあるときこのドラマ、臨場感に圧倒される。

主役の女性刑事の表情が美しい。脚本の良さにほれこんで人物になりきっている高揚感が伝わってきて、見るほうも惹き込まれる。

とりわけ最後までもしや、という疑いを引き延ばされた、ベンチャー起業家との尋問のシーンは魅せた。

起業家を演じる青木 崇高というひと、「ちりとてちん」のときからのフアンである。

現、芸能界、美男(イケメンという言い方がきらい)が多すぎる。

このひとは美男ではないけれど、ごく自然体の魅力が好ましい。

それがいい演技とともに、この尋問シーンのときは、とてもよく表れていた。

 

悪役がまたすごい。「受け子」や「かけ子」がつかまっても、サギグループの、肝心のからくりをあやつるトップがつかまらなければ、この犯罪は終わらない。

それが、今回のドラマには臆のすく見事さで、表明されていた。だからこそすごみ満載の二人、長塚圭史、と田中泯というもったいないような配役で合点がいくのである。

ドラマの魅力は脚本できまる。このドラマの作者安達奈緒子さんに注目、これからも見続けたい。

女性の優秀な脚本家が多いのは喜ばしい。かつての『カーネーション』の渡辺あやさんはどうしているのだろう?

ネット検索したら、十二月に松田龍平扮する芥川龍之介のドラマ執筆とわかり、年末の楽しみがふえた。

 

 

 

 

 

2019年9月25日 (水)

三軒茶屋へ

日曜に三軒茶屋の教会に行った。転会の報告をするためである。

牧師は日曜学校当時からの同級生だが、昨年のクリスマス前に大腿骨を骨折して入院手術、しかもインフルエンザも感染、これはもう一大事、果たして再帰できるかどうか、危ぶまれてならないほどだった。それでも一応回復したあとの彼と、転会の相談のために自由が丘で会えたのだったが、そのときも、松葉杖が離せぬ姿だったので、曲がりくねった階段のついた礼拝堂のことを思って、これはやはり容易ならざる危機だと感じてしまっていた。

 

それがどうだろう、この日はもう会堂の中をスタスタ歩いていて、大腿骨に入っていたボルト摘出の手術が終わったことを知らされたのだった。介護疲れで一時は転倒して回復が大変だったという牧師夫人もその日はさわやかな笑顔で、奏楽の名演奏を聴かせてくれた。

 

ああ、やはり神は必要なひとを守ってくださる、その実証をまざまざと目撃した思いだった。

 

帰りに通った表の三茶銀座通りはまたモダンなベーカリーがふえていて、わたしの娘時代から営業している懐かしい店は、今や園芸店と金物店と精肉店ぐらいになってしまったけれど、園芸店では、見渡したところ、コリウスと、ケイトウが自由が丘などと比べてとても品種もよく安価だったので、四鉢買った。〆て6百円ちょっと、当時店に出ていた跡取り息子のひとがとてもハンサムで、この店の前を通るのが楽しみだったことを、店員のひとに話したら、今年で三回忌になります、との返事。Img_2470

 

あの当時の母よりもずっと年上になって、ここをぶらついている今の自分がなんだか不思議な気がする。徒歩距離に兄一家が住んではいるが、ふいの訪問は迷惑だろうと考え、結局そちらのほうには足が向かぬまま、いろいろ昔のことを思い出しながら、かなりの道を歩いてようやくバス停にたどりついた。

 

2019年9月20日 (金)

書棚すっきり

自室の大きな書棚には、いつかはわからないひまを当てにして再読するつもりで保存してある本も含めて、もう一年以上も手に取っていない未読の本もいっぱい詰まっているが、この頃のわたしときたら、ケーブルテレビのシネフィルWOWOW の英国ドラマや古い名画ばかりに目を奪われて、本のページをめくるのが楽しみでたまらない、などというワクワク気分をすっかり忘れ、読書生活から遠ざかっている。

雑誌も手にとるのは美容院か、医院の待合室、出版社をおそう読者の活字離れというナイトメア現象は広がるばかりなのではなかろうか。

 

無教会派の家庭に育った友人が内村鑑三の全集がそろっているから、読んでみない?と言ってくれて、何冊も送ってくれたその本は、転会を機に必要にせまられ、目を通しているうちに、むずかしい聖書の解説などだが、文語の美しい旋律に魅せられて、これは読み進むことができた。わたしたちの世代は文語の詩や名文を暗記させられて育った。古い日本語は美しく、なつかしい。書棚の中央にしまいたいと思うようになり、不要になった本を処分する決心がついた。

 

洋書もふくめておよそ三十冊、CDも聴かなくなったものを、値がつくかどうかはともかくこれも三十枚ぐらい、段ボールに詰め、ブックオフに取りに来てもらった。

 

すっきりした書棚を見るのが目の癒しになる。過ごしやすい秋の季節が終わらぬうちにImg_2469

ためこんだ資料、情報などの整理に精を出そうかと思う。

 

2019年9月17日 (火)

ようやく解決

今年の二大課題が解決した。

ウインドウズ10へのアップデート(1)

所属教会を転会すること(2)

1・のほうは、一週間まえに終わり、これまでと変わったことにもすべて慣れ、むしろ以前より使い勝手がよくなったことに満足している。修理をしてくれた技術者が中断するときはできればスリープよりシャットダウンのほうがいいと言ったので、そうしているが、立ち上がりも以前より早くなったし、たまにスリープにして戻ってくると、次に選ばれた画面は大自然の光景、またスリープにもシャットダウンにもしないで、そのままにして中座すると画面は変わってシャボン玉のようなもようがフアフアしていて、なんだかウキウキしてくる。

最近使った情報という項目がなくなってしまったと思っていたが、ワードを右クリックすれば出てくると悟り、目下不満ゼロ。

おそらく、すぐには10に変えないほうがいいと言われて久しいが、ギリギリになって変えるまでにいろいろ改良されたのではないだろうか。

息子がネットからアットランダムに選んだ業者の技量が確かだったことも、親としてはうれしかった。

 

2・のほうは六年以上もいた大教会だったから、ここに勝るところはないですよ、など仲間のメンバーにも言われたこともあり、転会先が決まらないまま、ほとんどあきらめ状況だったのだが、偶然ネットを検索していたときに、隣町に長老派の小さな教会があることを知り、出かけてみて、そのすべてに感動した。住宅地の真ん中にあって見過ごしてしまうようなロケーションなのだが、花壇委員会もあるというよく管理された花々の道を抜けた先のドアを開けると、白亜の礼拝堂に素朴ながらもセンスのいい木製の椅子が並んでいて、正面にやはり同じ色の木製の十字架があり、天井からぶら下がっているチャイムを鳴らしてCDのバッハの宗教曲とともに礼拝が始まる。奏楽担当者の音楽性もすばらしく、讃美歌の選択も完璧。余分なことはなにもなく、すべきことがどれも長すぎず、ちょうどよい時間におさまり、若い牧師の少し憂いを含んだテノールの声の説教はその日の聖書のテーマのすべてをよどみなく伝える。我が家からバス停三つ先、降りて徒歩二分という場所、会員も数十人の拘束性のすくない、おだやかな管理の場所で晩年を最後まで過ごせそうだとゆとりある期待で胸がいっぱいになる。

 

母教会の牧師と面会し、転会希望を伝え、役員会に手紙を書き、これまで会員として在籍させてもらった感謝とともに、転会希望の理由を記した。伝統を重んじ、改革が難しい中で高齢受洗をした自分がいつも異分子のように感じていたこと、夫の老衰、まだ現役主婦でいなければならない自分に心の平安がどうしても必要であることなどを。

そしてそれが承認されたと通知があり、次に転会先の教会の承認手続きを待つばかりになっている今である。

 

 

2019年9月12日 (木)

ホームメイカー

 今から49年まえ、アメリカイリノイ州のエヴァンストンという町に住んだときは、まさに女性解放運動華やかなりしころで、主婦すなわちhousewifeという既成概念を一新しようという試みのゆえなのか、homemakerという新たな呼び名が広められていた。
ホームメーカー,何をメイクするか、ときに味覚、ファッション、室内装飾、レクリエーション、教育、料理、小児や老人の即席手当、近所付き合い、もてなしに至るまで、即戦力を発揮し、購買に関しては、いつも冷蔵庫の中身と乾物、缶詰、調味料保存食品など、目配りよく、足りないものはないか補充、管理しなければならず、そして掃除に至っては、料理する手間のぶんだけ汚れるキッチン内のあらゆる部分に目をやり、こすりふきとり、ゴミの種類を手早く処理、管理する能力を有しなければならない、ああ、主婦というのは、いくらホームメイカーとおだてられようとも、シンドイ仕事である。
アメリカでの主婦生活は、語学が役立つということで、張り合いがふえ、仕上げたあとの喜びが倍加するという楽しみがあったが、自国では、あたりまえの労働、しかも体力消耗が激しい高齢となっての毎日はがんばるほどに、若い時ほど効果も出ずただ疲れるだけという結果に終わることも多い。

81歳の現役主婦は、食費はケチっても、マッサージはケチらず、このひとは、という技術の確かなひとを見分ける意識も高めつつ、疲れをためこまないように、努力しなければならない。

先日の台風のあとは、庭木が倒れかけて、枝をかなり切り込まなければならず、本来そういう仕事は夫が受け持っていたのに、その彼が枝切りばさみを握る力も失っている老衰ぶりなので、わたしがしなければならず、ホームメイカーの分野に植木園芸までが大きくかかわることになった。

娘ぐらいの年の差の、アメリカ人の友人に、ホームメイカーという名称は今でも健在なのか、聞いてみたら、彼女は首をふり、今はそのホームそのものが消えつつあるのだ、と答えた。

 

 

 

2019年9月 8日 (日)

パソコン戻る

ようやくパソコンが戻ってきた。およそ10日を要したが、受け取る日の都合が合わず、結局、二週間、パソコンなしで過ごしたことになる。

ネット検索したくてたまらなくなるか、と思っていたが、まったくそういうことはなかった。

実は、この二週間のあいだに、夫の老衰が進んで、彼がほとんど外出しなくなってしまったので、以前のように、留守をするときは、適当にそれぞれでやってね、などと言えなくなってしまったのだ。目つきもしっかりしているし、ボケの症状は見られないが、外出する意欲を失ってしまい、どこに行くのも億劫だと言う。

夏のインド生まれだから、暑くなると元気溌剌となるひとだったのに、その落差にこちらも落ち込む。

 

ウインドウズ10の入ったパソコンはアイコンの位置が変わり、これまで下のほうに並んでいたお気に入りの十個のうちの数個はまだインターネットを開かないと出ないので、手間がかかる気がする。

 

メール数百通を削除し、新しいやり方に慣れようとしていたら、すっかり疲れて、マッサージが必要になった。

 

新しい画面で、これはいい、と思ったのは、フリーセルというカードゲームが装飾を増し、成功すると、カードの散りようがより華やかになったこと。レベル別になっているので、とりあえず、初級と、中級と上級の三つをこなしてみたら、点数が入ってコインがジャラジャラとたまり、もっと続けたくなるような依存度をあおるという難点はあるけれど、面白さは増している。

 

夫のことを考えると、留守をなるべく少なくしたいので、新しくなったパソコンは、わたしの好奇心を満足させ、気鬱を少なくするためには、役立つことは確かである。

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