秀作映画『マイ・ブックショップ』
下高井戸シネマは見逃した名画を見られる貴重な場所だ。でもそれがいつも、満足というわけではない。自宅から一時間以上もかけて出かけて損した、と思うこともある。
今回見た『マイ・ブックショップ』は期待に違わぬ秀作であった。
第二次大戦で夫を亡くしたフローレンスは彼との約束、書店を経営するという夢を、イギリス東部の海辺の街で勇気を持って実現したのだが、その挑戦は、思いがけぬ悲喜劇を生むことになる。妨害しようとする町の有力者の夫人、身体を張ってまで応援しようとする年老いた守護者、そのあいだに立って言葉巧みに言い寄ろうとする、こずるい男性などが登場する一方、フローレンスはあえて手伝いにおしゃまではあるが、賢い少女のクリスティーンを雇うことにする。この縮れっ毛の女の子がのちに重要な役回りを担うことになるのだが、ストーリーの運びはおだやかで、ときに海の波のようなうねりと、吹きすさぶ風に呼応するような枯草のゆらぎにより、人生の試練を、美しい映像で暗示させて、作品を輝かせる。
演出、脚本担当は女性監督、女性ならではの繊細な目配りが画面に崇高な香りを漂わせる。
これぞイングランドと言いたくなるような木々の緑、緑のトンネルが作る暗い洞穴の行く手、老紳士の館の調度、ティーカップ、ケーキ、書店での本の包装、フローレンスがパーティーに招かれたときの服装、彼女は胸開きの広い、赤いドレスを着るのだが、ブティックの女主人がアクセサリーをね、とその胸元を指さすのに、実際のときはそれをせず、ドレスの襟元にブローチをつけただけだったのが、見る者にはとても奥ゆかしく、似合っていると思われたのに、そのパーティーがあまりにも華美は服装の男女であふれていたので、フローレンスの異質さをあらわにしてしまった。そういう描写はまさに女性監督ならではでこそ可能にする印象深いシーンと思われた。
1959年というこの時代、わたしが21歳のとき、ということは、成人女性になろうとする多感さゆえの、忘れられない英国へのあこがれや、想像があふれていた時を思い出す。
少女クリスティーンが最後に運ぼうとしたブルーフレームという灯油ストーブがなつかしい。まだエアコンなどが普及していなかったとき、このすこぶる出来のいい暖房器具を新家庭に購入したときの喜びを今もはっきり覚えているからだ。
ドレスの色についての会話、老紳士と名流夫人との丁々発止の会話に出てくる単語など、もっと英語を注意して聴き取るべきだったと、後悔にさいなまれる。
映画は今週あと二日で終わってしまうのだけれど…(7月12日まで17:15)
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