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2019年7月18日 (木)

おしゃれ、にまつわる話

わたしの大学時代はちょうど昭和の後期、まだしゃれたブティックなどがあまりなかったころ、おしゃれのハイセンスを磨くのはアメリカのファッション雑誌だった。高校時代からすでに『セヴンティーン』を学校に持ってくるひとがいて、そのひとがページをめくるのを皆でかこんでため息をつきつつ、見入ったものだ。

大学に進んでからは、おしゃれに興味を持つ仲良し四人組が成立した。たまった小遣いを握りしめて、出かける先はアメ横、ゴチャゴチャと立ち並ぶ、御徒町のアメリカ製品を売っている横丁マーケット、そこでレブロンの口紅を買ったり、そばに山積みになっている靴やバッグなどから好みの逸品を選ぶのが楽しみだった。

今でもおぼえている、そこで買ったくすんだ濃いピンクのステッチ入りのちょっとヒールのあるバックストラップの靴を。あれほどの色とデザインのシューズは、その後十数年してから滞米した時期にも、見つからなかった。

結婚してから、「サイズが合わないから、あなたにあげる、父がアメリカ出張のときに買ってきてくれたのよ」と、義姉がくれた、スエードのグリーンの靴も、履き心地も素晴らしく、色も滅多に見出せない深緑で、これも滞米中、シカゴや郊外の主要靴店を探しまわっても見当たらなかった。

 

その当時のアメリカ靴は大量生産でないせいか、細工も皮の染色も、ずっと繊細で、見事だったという気がしてならない。

 

さて、そのおしゃれ四人組の二人は重病で臥せっている。あとひとり、早くに未亡人となった彼女はいまマンションに一人住まい、電話をしたら、膝が悪かったけど、治ったわ、三年ぶりで血液検査をしたら、どこも悪いとこ、ないんだって、あんまり長生きしたくないんだけど、と言いつつ、笑い声をたてた。料理上手で、とりわけ魚を好んで食べていたから、やっぱり、と思ったが、お互い、かろうじて元気だから、銀座ででも会わない、というほど、積極的なさそいを躊躇してしまうのは、その日によって体調が異なるという悩みを抱える日々があるからだ。

 

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ファッション・アクセサリ」カテゴリの記事

コメント

2回続けてのファッションの記事、さすがです。その心配りが若さの秘訣ですね。
数年の違いはありますが、私も同時代と思っています。とても懐かしく拝見しました。
西荻窪だったので散歩がてらの吉祥寺へ。中央線沿いは田舎ですよね。ちょっと行くと武蔵野の面影もありました。アメ横は遠いしそこでの買い物は全くなしでした。
東京在住だとお友だちとも交流が持てていいですね。

ちゃぐままさん
そうですか、西荻窪に住んでいらっしゃたこともあるのですね。わたしは当時三軒茶屋だったので中央線はとても遠く感じていたものです。いまは西荻も阿佐ヶ谷あたりも、おしゃれですよ。
アメ横はもちろん遠かったですが、仲間がいればなんのその、学校が目白でしたから、帰りに行っちゃう、なんてこともできたのではないかしら。
 
自由ヶ丘も今こそおしゃれのメッカですが、当時しゃれた店は『まりむら』ぐらいでした。

そういうことを語れる友人が、今通信不可能で、心配しています。心配なひとが今三人ぐらいいて、お子さんたちの電話番号も知らないので、困っています。文明発達でも身近なことが不便な世の中になりました。

BLOG のトップ画面 とてもいいですね。COOl Jazz 見たい。

Massy さま
ありがとうございます。
保存してからでないと、実物がどうなのかわからないので、確信のない選択なのですが、うれしいコメントいただきました。
サンダルのヒールが高すぎるのが難ですけれど…

Massy-Academyのデザインもステキですね。お嬢さまのアドヴァイスもあるのでしょうか、いつも見とれるばかりです。

ピンヒール 良いじゃないですか...今ではあまり見られない。転ばないかな?と心配しながら見て居た昔が懐かしい...

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