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2019年7月に作成された記事

2019年7月28日 (日)

軽井沢三泉寮二泊三日

軽井沢まで、今年は初めて渋谷から東急バスというコースを試してみた。副都心線渋谷、ヒカリエ口からエスカレーターで昇ると、以前とあまり変わらぬ経路で、西口に出る、井の頭線の改札のある広場からエレベーターで四階、バス乗り場、およそ三時間でとてもリラックスしたシートにゆられつつ、遠いと感じないですむ距離。帰りは渋滞するかもしれないけれど、往きはこれ、おすすめである。

いつもよりちょっと少な目の参加者、一人部屋でゆったりの滞在、ただし雨が多かったせいか湿気がすごく、座布団などもじとっとしている。この感じがいやだ、と言って、よく一緒に参加していた同級生の友人は来なくなってしまった。

わたしは、大して気にならない。旧軽銀座から徒歩五分という、最高の立地、それに食事がいいから、それだけでも満足。夕食の花豆ごはんと鯛のけんちん蒸しは本当においしかった。2019072820570000

 

翌朝、隣室のひとが五時まえから起床で、ごそごそ音をたて、独り言をつぶやくので、目が覚めてしまったおかげで、六時半集合の、大モミの木の丘での集会に出てみようという気になった。ここ数年、膝のトラブルで、急坂を上る自信がなかったのだが、今回は膝の調子はいいという確信が持てたからである。

 

やっぱり参加してよかった。樹齢千年の大モミの木は神々しいほどのたたずまい、じっと両手を当て、樹の気をいただく。成瀬像の前で、『Oh Lord Correct me』を合唱。別荘の住人の静寂を邪魔しない程度で、という指示の歌声だったが、学生時代に返ったような清々しさを味わった。

009_20190728221301 S008

十年と二十年若い後輩二人に誘われて、万平ホテルでランチ。ウイークデイの一時ごろなのに、ほぼ満員。ピザとサンドイッチとフレンチトーストをとって、シェアする。キャリアの彼女たちの話題に、違和感なくついていけたのは、ネット検索をしているおかげか、資料保存室や、セールをしている売店などをのぞき、帰途につく。以前はさほどではないと思っていた銀座通りまでの距離をちょっと遠いと感じてしまうのは、やはり年齢のせいなのかもしれない。

軽井沢に行くまで

今年も二泊三日の軽井沢での寮生活をするために、体調管理には随分と慎重だったのだが、二日ほど珍しく頭痛が続いて、お腹の具合も悪くなったので薬をもらいに、坂の下の老先生のところに出かけた。薬もそこで出してもらえるので、手間もはぶけたし、先生はカルテも手書きというような旧式なのだが、それだけに、こちらの要求がきちんと伝わるのを感じる。

 

頭痛薬はのみやすいもの、と言ったら、小カプセルにしてもらえたし、どれどれ、と言って肩をさわり、この張り具合じゃ、頭痛もするだろうと笑われて、帰りには駅前の整骨院を初体験してみたら、うつ伏せになるベッドの鼻が当たる部分が空洞になっている新式で、施術もとてもよかったし、保険で200円と超安価なので、八月からここにしばらく通おうと思ったりもした。

 

ホームドクターの先生はどうやら整形系の手術で長引いているらしく、八月も週二日だけの診療と限られるらしい。

 

 

2019年7月22日 (月)

久しぶりの縫い仕事

孫娘が電話してきて、「ばぁばって、まだお裁縫する?」と訊いたので、私はもう二年以上使っていないミシンのことを思ったが、「するけど…」と答えたら、学校などに演奏しにいくときに履く上履き用の運動靴をいれる袋を作ってもらえないかと頼まれた。

さて、困った。ただの袋だけというわけにはいくまい。このところ超多忙なので、生地を買いにいくひまもないから、ありあわせでなんとかならないだろうか?と頭をひねり、すでに作ってあった、自分用の刺し子をほどこしたバッグを活用してみることにした。

 

ネットで上履き入れを検索、寸法をゲット。バッグの必要な部分を、裏ポケットも活用するように裁って、さて、ミシンで縫いあわさなければならないが、ミシンの使い方、忘れていないだろうか、などと不安になってくる。

 

不安は的中、ミシンの糸通しまではできたが、針がどうしても穴に入らない。なぜか位置がおかしくなっている。幸いミシンの修理店の電話番号は控えてあったので、連絡。その状態では一週間ぐらい預からなければならない、という返事。

 

困った。急がなくてもいい、と孫娘は言っていたが、私の予定がするなら今しかない、という状況なのだ。この大きさなら、えぇぇいっ、手縫いで縫っちゃえ、と決心して、およそ二時間で仕上げたのが、この写真。S005_20190722222201(写真の上でクリックを)

 

返し縫いを多くして細かい目で縫えば、けっこうしっかり形になる。ミシンは修理に出した。縫える状態に戻っても、果たして使うかどうか…でもこのミシン、娘が使わないというので、もらってしまったものなのだ。やはりいつも使える状態にしておかなければ、出費およそ15000円、いまどきはそんな値段なのだろう。

 

やった、という達成感はあるけれど、疲れた一日であった。

2019年7月18日 (木)

おしゃれ、にまつわる話

わたしの大学時代はちょうど昭和の後期、まだしゃれたブティックなどがあまりなかったころ、おしゃれのハイセンスを磨くのはアメリカのファッション雑誌だった。高校時代からすでに『セヴンティーン』を学校に持ってくるひとがいて、そのひとがページをめくるのを皆でかこんでため息をつきつつ、見入ったものだ。

大学に進んでからは、おしゃれに興味を持つ仲良し四人組が成立した。たまった小遣いを握りしめて、出かける先はアメ横、ゴチャゴチャと立ち並ぶ、御徒町のアメリカ製品を売っている横丁マーケット、そこでレブロンの口紅を買ったり、そばに山積みになっている靴やバッグなどから好みの逸品を選ぶのが楽しみだった。

今でもおぼえている、そこで買ったくすんだ濃いピンクのステッチ入りのちょっとヒールのあるバックストラップの靴を。あれほどの色とデザインのシューズは、その後十数年してから滞米した時期にも、見つからなかった。

結婚してから、「サイズが合わないから、あなたにあげる、父がアメリカ出張のときに買ってきてくれたのよ」と、義姉がくれた、スエードのグリーンの靴も、履き心地も素晴らしく、色も滅多に見出せない深緑で、これも滞米中、シカゴや郊外の主要靴店を探しまわっても見当たらなかった。

 

その当時のアメリカ靴は大量生産でないせいか、細工も皮の染色も、ずっと繊細で、見事だったという気がしてならない。

 

さて、そのおしゃれ四人組の二人は重病で臥せっている。あとひとり、早くに未亡人となった彼女はいまマンションに一人住まい、電話をしたら、膝が悪かったけど、治ったわ、三年ぶりで血液検査をしたら、どこも悪いとこ、ないんだって、あんまり長生きしたくないんだけど、と言いつつ、笑い声をたてた。料理上手で、とりわけ魚を好んで食べていたから、やっぱり、と思ったが、お互い、かろうじて元気だから、銀座ででも会わない、というほど、積極的なさそいを躊躇してしまうのは、その日によって体調が異なるという悩みを抱える日々があるからだ。

 

2019年7月16日 (火)

冷夏の自由ヶ丘

冷夏が続いている。

農作物への影響が心配ではあるが、昨年、六月から猛暑が始まっていたのに比べれば、暑さにことのほか弱い私にとっては、体力の消耗が少なくて済むので、今のうちに家事の目配りをよくして、片づけなどに精を出そうという意欲も出るというもの。

 

とはいえ、自由が丘バーゲンがすさまじいので、このところ三回ぐらいぶらぶら歩きをして、収穫があった。肌触りがよく、カジュアル感最高の前あきブルー系柄物、半袖ブラウスを5000円でゲット、更に全品70パーセントオフの店で、綿ローンのネイビーロングジャケットを2600円の信じられない安値で買えて、これは、重ね着に最高の効果、手持ちのほとんどすべてのブラウスにも合うのでホクホクしている。

 

久しぶりに自由が丘の裏通りをくまなく歩いて、様変わりに気づいた。

老舗『タルボット』、『ローラアシュレイ』が無くなってしまった。正統派のよそ行きを売っている店でよく利用していたが、今は圧倒的にカジュアルものがよく売れる傾向だから、経営がむずかしくなったのだろうか…裏通りに格調を添えていた店の跡地に、若者ターゲットの軽食店がふえているのを目にし 寂寥感しきり。

 

その日の夕食は、男ども用にカレーを用意してきたので、わたしだけのテイクアウトは、久しぶりに自然食店『F&F』で購入、キヌアとヒジキのサラダと、もち麦おにぎり紅鮭塩昆布、この取り合わせは絶妙、この店独特の味が落ちていないのがうれしかった。

 

 

2019年7月10日 (水)

秀作映画『マイ・ブックショップ』

下高井戸シネマは見逃した名画を見られる貴重な場所だ。でもそれがいつも、満足というわけではない。自宅から一時間以上もかけて出かけて損した、と思うこともある。

 

今回見た『マイ・ブックショップ』は期待に違わぬ秀作であった。Photo_20190710174901

 

第二次大戦で夫を亡くしたフローレンスは彼との約束、書店を経営するという夢を、イギリス東部の海辺の街で勇気を持って実現したのだが、その挑戦は、思いがけぬ悲喜劇を生むことになる。妨害しようとする町の有力者の夫人、身体を張ってまで応援しようとする年老いた守護者、そのあいだに立って言葉巧みに言い寄ろうとする、こずるい男性などが登場する一方、フローレンスはあえて手伝いにおしゃまではあるが、賢い少女のクリスティーンを雇うことにする。この縮れっ毛の女の子がのちに重要な役回りを担うことになるのだが、ストーリーの運びはおだやかで、ときに海の波のようなうねりと、吹きすさぶ風に呼応するような枯草のゆらぎにより、人生の試練を、美しい映像で暗示させて、作品を輝かせる。Photo_20190710175101

演出、脚本担当は女性監督、女性ならではの繊細な目配りが画面に崇高な香りを漂わせる。

これぞイングランドと言いたくなるような木々の緑、緑のトンネルが作る暗い洞穴の行く手、老紳士の館の調度、ティーカップ、ケーキ、書店での本の包装、フローレンスがパーティーに招かれたときの服装、彼女は胸開きの広い、赤いドレスを着るのだが、ブティックの女主人がアクセサリーをね、とその胸元を指さすのに、実際のときはそれをせず、ドレスの襟元にブローチをつけただけだったのが、見る者にはとても奥ゆかしく、似合っていると思われたのに、そのパーティーがあまりにも華美は服装の男女であふれていたので、フローレンスの異質さをあらわにしてしまった。そういう描写はまさに女性監督ならではでこそ可能にする印象深いシーンと思われた。Photo_20190710174902

 

1959年というこの時代、わたしが21歳のとき、ということは、成人女性になろうとする多感さゆえの、忘れられない英国へのあこがれや、想像があふれていた時を思い出す。

 

少女クリスティーンが最後に運ぼうとしたブルーフレームという灯油ストーブがなつかしい。まだエアコンなどが普及していなかったとき、このすこぶる出来のいい暖房器具を新家庭に購入したときの喜びを今もはっきり覚えているからだ。

 

ドレスの色についての会話、老紳士と名流夫人との丁々発止の会話に出てくる単語など、もっと英語を注意して聴き取るべきだったと、後悔にさいなまれる。

映画は今週あと二日で終わってしまうのだけれど…(7月12日まで17:15)

 

 

2019年7月 5日 (金)

不安な出来事

昨日はアジア会館というところでブリッジの一日トーナメントがあったのだが、最寄りの駅の青山一丁目というところは渋谷から銀座線の接続がややこしいので、とても行きにくいところになっている。乗り換えをなるべく簡単にしたくて、二子までバスで行き、半蔵門線で行くことにしたのだが、青山一丁目に着くと、改札口に出るまで何度も階段を上り下りしなければならず、往生した。おまけに雨が急に吹き降りになって、外に出たとたん、ひどいビル風で傘が危うく飛ばされそうになり、おちょこになってしまった。

結局さすのをあきらめて、濡れてしまったのだが、こういう吹き降りの日はイギリス式の頑丈なカサにすればよかったと後悔したり、それよりフードつきの防水のきいたパーカーでしのいだほうが、高齢者にはカサに体をとられることがなくて安全なのではないか、などと思ったりもした。

幸い、欠席者もなく、開始されたのだけれど、ギリギリに来たひとたちは、青山一丁目の複雑な経路を考えると、なるべくなら、もう来たくないなどと言っているひともいて、みな同じような経験をしたのだな、と思った。

 

きょうは朝から一カ月ぶりでホームドクターのところにコレステロールの薬を処方してもらいに出かけた。ところがクリニックはシャッターが閉まっていて、7月1日から一カ月休診、との張り紙があり、びっくりした。

一カ月休診とはただならぬこと、先生急病なのかしら?と患者数の多さゆえの、ご多忙ぶりを察していたので、心配になった。

急遽、数年まえに通ったことがある老先生(と言ってもわたしくらいのお歳かしらと思うのだが)の診療所に行った。こういうわけできましたと、看護婦さんに話したら、T先生、長い休診なのですってね、ともうとっくに伝わっていて、そのせいか、待合室の席は高齢者で埋まっている。

患者より先に医師が入院ということもあり得る、開業医の先生の多忙ぶり、今は診察や往診のほかにコンピューターの管理が加わるから、昔より医師はずっと、疲労が重なるのではないか、などと今という時代の生き方の苦労を思わないではいられなかった。

 

 

2019年7月 1日 (月)

炊き込みご飯に対するアフェクション

ちょっと胃の具合があやしいとき、和食でなにを食べるかというと、炊き込みご飯である。ニンジンの千切り、シイタケも細切り、あと、このごろ刻んで売っている揚げを少々(これは冷凍にしておくと便利)出しこぶ一片、酒、薄口しょうゆ入れ、塩少々、水加減して電気がまのスイッチを押すだけでおいしく炊きあがる。

 

同窓生に食物科出の優等生がいた。彼女が癌になり、最後のときを知ったとき、帰宅を許され、その弱った身体で試みたことは、炊き込みご飯を自分で炊いて食べることだったという。

それを知ったとき、涙が出た。長年主婦をしていると、その気持ちが痛いほどわかる。

 

先日、孫娘がサクランボフェステバルのプログラムをオペラシティホールで演奏したあと、ばぁばのうちに来たい、と言い、なにが食べたい?と尋ねたら、和食がいい、と答えたので、楽に作れるものを考え、いつも食べているようなメニューにしてみた。炊き込みご飯、冷ややっこ、赤だし入り味噌汁、味噌豆、白滝入りヒジキの煮つけ、大根おろしとちりめん、メインはオレがつくる、と夫がめずらしく張り切って、朝日新聞に載っていた(ごはんラボ)キュウリの豚肉いため、を引き受けてくれた。これが緑の彩もよく、大成功。おいし~いの歓声に疲れも吹き飛ぶ。

 

手のかかる大根おろしは、近頃1パック90円で売っているのを使ったが、十分においしかった。おまけに翌日食べても新鮮なのである。

スーパーは目配りよく探すと、こんな掘り出し物がある。

 

今回はつくるのは楽だったが、一皿ものではなかったので、後片付けがちょっと大変、洗いもの手伝う、と娘も孫娘も言ってはくれたけど、仕事帰りの疲れている二人をいたわりたく、結局、夫とわたしが全部し遂げた。こんなに作り慣れているものでも、五人分の後片付けはかなりの大仕事。何歳ぐらいまでこういうことができるのか、でも炊き込みご飯の出番はこれからもふえそうだ。

 

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