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2019年6月 9日 (日)

教会さまざま

所属教会は都内でも多くの信徒をかかえる大教会として名高く、礼拝は常時、百人を超す出席者で満席に近い。建物も美しく設備万全で環境も申し分のないところだが、わたしは受洗してから、この六年、礼拝で感動することが少ないのに悩んでいた。礼拝がともかく長い。二ページにもわたる、信仰告白、使徒信条を音読しなければならないし、月初めや、イースターその他のメイン行事に行う聖餐式も、“ご一緒に食しましょう”ということで、パンの細切れを手で持ったまま、百人に配り終るまで待って食し、杯のほうもみんなそろって飲み干すので、それが終ってからまた空のグラスを集めにくるという手間がかかり、長い、と感じてしまう。この二つはなんとか短くできるのではないか、と他教会の礼拝に参加してみて、実感したので、総会のときに提案してみたが、一般信徒の意見や提案など、問答無用という冷ややかな対応で、もうあきらめの境地になっていた。

 

週一度の礼拝は感謝と祈りをささげる場所として、音楽が美しいこと、説教の論旨が明確で心にうったえる内容であること、その二つが望ましいのは第一条件だが、無駄を省くという、合理性も、礼拝の進行がリズムよく速やかな運びになり、感動を増す。

 

わたしはきょう、バスで十分ほどの、しかも降車してから徒歩二分という、高齢者にとって望ましい立地条件に恵まれた小さな教会に行ってみて、感動した。パイプオルガンはなくても、CDを利用した音楽効果なのだろうか、美しいバッハの前奏に圧倒される。必要な交読文や唱和する祈りなどはすべてまとめて小冊子になっているわかりやすく合理的な配慮。奏楽者の伴奏もメリハリが響いて美しく、説教も論旨の強調するところが明確で心に浸みた。ペンテコステの聖餐式もパンは十字架のマークのついた丸いウエハース状のもの。配られてすぐ食し、祈りのくり返しが少ない。献金はこれにお入れください、と小さな封筒を渡されたのも好ましかった。礼拝後のビュッフェ形式の祝会にぜひ、とさそわれ、手製らしいおいしいサンドイッチや果物、デザートなどのお相伴をさせてもらう。

自分が異分子であるのを忘れてしまいそうなほど、問いかけをされ、話の輪に入れてもらったり、若い牧師夫妻のやさしい笑顔に心のなごみが増すひとときであった。

 

教会礼拝は、建物や設備よりも、何よりも内容、中身、初めての来訪者への心配りだとつくづく感じた。

 

バイブルクラスも旧約を読む会だそうで、日曜礼拝後にあるとか、またぜひ再訪したいと、思わせてくれる愛に満ちた教会体験であった。

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