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2019年6月に作成された記事

2019年6月28日 (金)

銀座に何を着ていくか

数か月ぶりに銀座に行く日、何を着ていくか迷った。

薄地の長袖にしようかと思ったのだが、天気予報は30度ちかいと言っているので、長袖の日ではなさそう。

半袖にして、ジャケットを脱ぎ着するのも厄介。それでなくても日傘のはいる、バッグはすでに重い。

 

あれやこれや、手持ちの衣類でファッションショーを試みる。

銀ブラをするときは、着ているものに、自信を持っていたい。

それで決めたのが、去年阿佐ヶ谷のブティックで買った、ロイヤルブルーのTシャツに

イタリア、ストレーザで買ったネックレスをして、自由が丘のブティックで黒いシャツを買ったときにおまけについてきたレースのひもつき首巻をして、黒い細かいビーズがついたアームカバーを用意するというもの。パンツはミラノの若者の店で買ったウエストと足首がゴムのシャーリングになっている、細身、今これ、一番出番が多い。002

どれも着心地よく成功だった。この首巻とアームカバーはほかのT シャツにも合わせられそう。

 

久しぶりに一番好きなデパート松屋を歩いたが、大好きなフロア七階は出店もこれというところがなく、魅力半減、ちょっとよさそうと思うドレスの一枚はどれも40000円以上、自由が丘の倍以上の値段、イヤリングも留め金が押し具合で調節できるめずらしくデザインのいいものを見つけたが、9000円近いのでやめた。

 

夏物の衣類はインド綿がいい。都内三箇所にある、「かんかん」には必ず買いたくて、値段も手ごろなものがそろっている。

 

同窓生の作品展で友人と落合い、お茶をして、あとは銀座シックスで峠の釜めしを買う。あの重いお釜を改良、紙製の入れものが出て、便利になった。それと、デザート用に千疋屋の袋詰めフルーツ、チョコミントなど、足がよれよれになってきたので、一路帰途につく。

銀座はもう、よほどこれという買いたいものがないかぎり、足が遠のきそうだと思いながら…

 

 

2019年6月23日 (日)

やってしまった!

57年間の主婦生活で一度もなかった失敗をやらかしてしまった。

 

その日は夫と息子の夕飯メニューとわたしが食べるものと違っていたので、お刺身と、春巻きを買ったものですまして、お米をとぎ、味噌汁は手作りにして、早めのごはんのスイッチを入れ、娘のうちにネコシッターに出かけたのだった。

 

二時間ほどシッターして、ピアノを弾き、ネコのトイレ掃除をして、一時間に一本のバスに乗った。

家でご飯を食べている男どものことに思いを馳せて、ふと気づいた。わたしお釜に水入れたかしら? そういえば入れたという定かな記憶がない。でも何かあったら、夫がTELしてくるはずだ。

帰宅してみると、ご飯の炊けかけている音がして湯気が出ている。そんなはずはない。二時間以上まえにスイッチ入れたのだから。…

 

夫が二階から降りてきて、言った。保温になってたから、ふた開けたら、水入ってなかったから、炊きなおしたんだ…

やっぱりやってしまった!!

それにしても利口なお釜だこと…こわれないで、保温になっていたなんて。

 

なにかを忘れる、ということがよくある。携帯を持って出るのを忘れたり、メイク用具を入れたポーチを忘れたり、きょうは教会で初めて知り合った人とランチを一緒にしたとき、先に支払う場所だったので、支払をすまし、席を確保して、テラスに目をやり、外のほうがいいかな、と思ったあと、名刺を渡すために財布をバッグから出そうとしたら、ないのだ。

 

そんなはずはない、さっきまで手に持っていたのだから、あやうく、ここがバッグからちょっと目を離したときに盗まれてしまうイタリアみたいな気がして、動転しそうになり、視線を落としたとき、見つけた。財布はつぼめた傘の中に落ちていたのだ。

 

生まれつきのせっかち、粗忽ではすまされないボケ的失敗もふえそうな、未来である。

2019年6月18日 (火)

サントリーホール、P席

コンサートの開始を告げる時を刻む音がひびき、正面の壁に仕込まれたパイプオルゴールの扉が開いて音楽が一斉に響き渡るときの感激、カラヤン広場と名づけられたゆかりの大指揮者カラヤンが「音の宝石箱のようだ」と褒めたたえたというサントリーホールは、一番好きなコンサートホールである。

 

これまで何度出かけたことだろう。いつもよい席を確保するために早めの予約を忘れなかったが、今回は違った。

 

音楽友だち二人がすでに、日フィルの名曲コンサートに出かけることになっていて、二人に会いたいがために急きょ、わたしが一週間前遅ればせのチケットを手配したのだ。

一階はS 席でも端っこしか残っていなかった。それでは、と思いついたのが、いつか座ってみたいと思っていた、あの、オーケストラを後ろから見る、というP席である。幸い一枚残っていて、なんでも一列34番、一番まえの端っこである。

 

ホールを半分ほどまわって内部の階段を一番下まで降りる。よくたどりついたと思うほどの距離を歩いたが、膝の痛みはなかった。

 

きょうのプログラムはシベリウスの「フィンランディア」とドヴォルジャークの「新世界より」の交響曲第9番、あいだにシベリウスのヴァイオリン協奏曲が入るが、聴きものは正しく前後の二つ。管楽器大活躍の大曲、管楽器はすべて後部に位置しているから、それはそれは、楽しく音の動きを聴きとることができた。

 

指揮者の表情もはっきり見える。真剣な表情、和んだ顔、そしてメロディの高まりに全身が染まっていくように高揚する表情。ピエタリ・インキネン氏の表情は美しかった。

 

新世界…の第二楽章の始まり、イングリッシュホルンの音がことのほかうっとりするほどに響いた。正面からでは感じ取れない、微妙なビブラートをこの席では感受できた。

 

女性のシンバル奏者はトライアングルを大事そうに持って、世にもかすかで印象的な音色を作り出した。それが全体のハーモニーに溶け込むのをしっかり聴き取ることもできた。

 

なんだかすべての音響が一度ホール全体に行きわたり、また戻ってくるようなスゴさを聴いた。

 

P席、3000円也、これはもう病み付きになりそう…でも、トイレに行くにもホール半周はちょっとつらいけど…

2019年6月14日 (金)

近距離温泉

「温泉って言っても、期待しないで、銭湯みたいだから」と誘ってくれた若い友人が言った。彼女のアメリカ人の友人と、三人近隣エリアなので、まず、モーニング体験から始まってこれが二度目のアウティングである。

 

武蔵小山、そこは過去に一度下車して、長いアーケードの中程で、買い物をした記憶がある。

 

今回下車して驚いた、一変している。駅のまえに超高層ビル、アーケードの中は相変わらずだったが、遅めのランチ、天ぷら「まきの」のそれはおいしかった。若い女性が揚げているのだが、衣が軽く、庶民的、わたしはエビ,キス、レンコン、カボチャ、そしてここの売りのタマゴの天ぷら、に味噌汁を注文。タマゴの天ぷらはごはんの上にのせて、ここの自家製のタレと薬味をのせてタマゴかけごはんのようにして食べる。うん、おいし~い!〆て1200円、安い!

 

アーケードの中程左折、しばらく歩いて右折するとすぐ温泉がある。だが、そこまでのあちこちに、自由が丘系のしゃれた個人商店がオープンしている。ケーキ屋、カフェ、壁紙中心のインテリア専門店など。武蔵小山はまさに上昇気流で変貌しつつある。

 

温泉は大繁盛、強烈ジャグジーのある一階、そして、中二階、最上階は塩分濃厚とかで肌トラブルがあるひとには向かないが、腰痛、ひざ痛に効果大。中二階の小さ目湯船に押し合いへし合いみたいに隣り合わせになった女性から聞いた。なんでも昭和医大の整形の先生がここを推薦したとか…。お湯は黒ずんでいる。アメリカ人の友人はそんなのものともしないほどの温泉好き、器用にタオルで頭を巻き、目が青くない小柄な彼女、日本人みたいに熔けこんでいる。

人間裸でいると、だれとでも気軽にしゃべれちゃうのか、初対面のひととしゃべりまくって一日中、過ごすひともいるとか、それも肌がふれあうくらい近く隣りにすわったひとから聞いた。時間制限なしの450円は安い。Photo_13 Photo_12 Photo_11

 

駅までの帰り道、おいしそうなスペイン料理レストランを見つけた。次は、遅めの温泉とパエリャの夕飯にしようか、と早くもプランができあがりつつある。

 

 

2019年6月12日 (水)

パソコン情報

Windows 7のサポートが年内で終わる。新しいパソコンを購入するまえに、まずはバックアップを完全にしておかねばならない。

三年まえ、孫息子に購入してもらった器具の再使用のやり方がよくわからないので、超多忙の彼にようやく都合をつけてもらって、きのう来てもらった。

 

その器具を操作してもらい、再バックアップ可能がわかってほっとした。今使っているエプソンのニューモデルのカタログと見積もりも取り寄せてあったのだが、彼はもっと安くできないかな、と考えてくれて、ネット検索、これよさそうだよ、と言ったのが、なんとHPこと、ヒューレット・パッカードのモデル。

 

これはわたしが初めて購入したパソコンのメーカー。このときは調査、購入、セットアップ、すべて、夫がしてくれた。

それを夫に言ったら、全然おぼえていない、という、二十数年まえの記憶は、もう彼の中から消えてしまったのか。

 

それでも孫息子を迎えに来た娘、孫娘、孫息子のお嫁さんのまえで、四十数年まえの駐在員時代の失敗談や、冒険などのエピソードを面白おかしく話してきかせて、彼らを爆笑させていた。ひとの記憶をつかさどる機能は保存のよりわけをどのようにして決めているのだろうか、興味ひとしおとなった。

2019年6月 9日 (日)

教会さまざま

所属教会は都内でも多くの信徒をかかえる大教会として名高く、礼拝は常時、百人を超す出席者で満席に近い。建物も美しく設備万全で環境も申し分のないところだが、わたしは受洗してから、この六年、礼拝で感動することが少ないのに悩んでいた。礼拝がともかく長い。二ページにもわたる、信仰告白、使徒信条を音読しなければならないし、月初めや、イースターその他のメイン行事に行う聖餐式も、“ご一緒に食しましょう”ということで、パンの細切れを手で持ったまま、百人に配り終るまで待って食し、杯のほうもみんなそろって飲み干すので、それが終ってからまた空のグラスを集めにくるという手間がかかり、長い、と感じてしまう。この二つはなんとか短くできるのではないか、と他教会の礼拝に参加してみて、実感したので、総会のときに提案してみたが、一般信徒の意見や提案など、問答無用という冷ややかな対応で、もうあきらめの境地になっていた。

 

週一度の礼拝は感謝と祈りをささげる場所として、音楽が美しいこと、説教の論旨が明確で心にうったえる内容であること、その二つが望ましいのは第一条件だが、無駄を省くという、合理性も、礼拝の進行がリズムよく速やかな運びになり、感動を増す。

 

わたしはきょう、バスで十分ほどの、しかも降車してから徒歩二分という、高齢者にとって望ましい立地条件に恵まれた小さな教会に行ってみて、感動した。パイプオルガンはなくても、CDを利用した音楽効果なのだろうか、美しいバッハの前奏に圧倒される。必要な交読文や唱和する祈りなどはすべてまとめて小冊子になっているわかりやすく合理的な配慮。奏楽者の伴奏もメリハリが響いて美しく、説教も論旨の強調するところが明確で心に浸みた。ペンテコステの聖餐式もパンは十字架のマークのついた丸いウエハース状のもの。配られてすぐ食し、祈りのくり返しが少ない。献金はこれにお入れください、と小さな封筒を渡されたのも好ましかった。礼拝後のビュッフェ形式の祝会にぜひ、とさそわれ、手製らしいおいしいサンドイッチや果物、デザートなどのお相伴をさせてもらう。

自分が異分子であるのを忘れてしまいそうなほど、問いかけをされ、話の輪に入れてもらったり、若い牧師夫妻のやさしい笑顔に心のなごみが増すひとときであった。

 

教会礼拝は、建物や設備よりも、何よりも内容、中身、初めての来訪者への心配りだとつくづく感じた。

 

バイブルクラスも旧約を読む会だそうで、日曜礼拝後にあるとか、またぜひ再訪したいと、思わせてくれる愛に満ちた教会体験であった。

2019年6月 4日 (火)

内村鑑三の至言

「人類は時代と共に進歩するとは、皮相な観察にすぎない。道徳のことも、信仰のこともとくに人道のことにおいては、時代と共に退歩する」という内村鑑三の言葉は、この百年以上もまえに思想家、聖書学者、伝道者、文学者として活躍したひとが、まさしく現代を言い当てている名言であると、驚き、惹きこまれた。

 

「人生の目的は…品性を完成させることである」「真理を証するものは三つあり、すなわち

天然、人、聖書」これらもまた、わたしの求めていた至言である。

 

「書を読まざる日は損失の日なり」耳の痛い言葉だ。

 

「一日は尊い一生、これを空費してはならない」というわけで、なおもネット検索をしていたら、内村鑑三の旧居住地が都立大学にあり、現在は内村鑑三記念今井館教友会となっていることを知り、さっそく出かけてみることにした。

都立大学下車左、線路にそって自由が丘方向に行き、最初の踏切右、すぐ左三ブロック先の右側、それを、都立大ならよく知っているとばかりに、左、右、左、とうろ覚えで、出かけたそこつが祟り、うっかり踏切を渡ってしまって、迷子になり、また駅まで逆戻り、駅員さんに訊いても知らないと言われ、交番に行ってくださいというので、探し当てて、オマワリさんに訊いたが、内村鑑三ってだれですか?と言われ、パソコンの前に座っているのに、インターネットできないと威張ってのたまい、あなた、スマホないの?と逆に居直られる始末。

仕方なく、しょぼしょぼ帰宅して、あらためてネットのぞき、今度は歩いた場所をおぼえているので、しっかりたどっていける自信がついた。月、水、金オープンなので、水、か金に再訪してみようと思う。

 

それにしてもわたしって、ほんと方向音痴…

 

2019年6月 2日 (日)

横浜で受講

四月から「旧約聖書を読む」というコースを横浜の朝日カルチャーセンターで受講している。一年かけて旧約聖書の構成や成り立ちを読み解こうという主旨で、月一回一時間半、講義を聴く。講師はフェリス学院院長の鈴木佳秀先生、ギリシャ語やヘブライ語の原語で聖書を読み、アメリカでPh.Dを取得されているだけあって、講義はとても具体的で、生き生きとした語りに満ち、まずは現在の聖書が誤訳もあり、文章表現に問題があるという、大いにうなずきたくなる指摘から始まり、午後の三時半から、という一番眠くなる時間帯であるにもかかわらず、目がぱっちりとして耳も吸い寄せられる面白さである。

 

受講生はほとんどが高齢者、二十数名、質問も多く、関心の高さに驚いた。

 

横浜の朝カルで以前イタリア語会話を習っていたので、来るのは十年ぶり、ルミネ八階の教室はちっとも変っていないが、帰りに買い物にと立ち寄った「そごう」までの道がとても遠く感じた。足がスタスタ動かないせいもあるし、自分が溌溂としていないのを意識する。以前は一階の食品売り場に買いたいものが沢山あったのに、今回は配列が変ったせいなのか、目を惹くものがあまりなく、知り合いにギフトを用意したくて、探しているのに、ぴったりのものがなかなか見つからない。ついでに夕飯のおかずも、と思ったのだが、おいしそうなものがなくてがっかりした。

 

横浜駅のルミネまでの雑踏が疲れる。

 

先日、夫が一番楽しみにしていたマージャンの会に、当日になって、どうにもシンドくて、でかける気がしない、といって、親友の幹事役に、早朝電話してことわっていたのを思い出した。この横浜駅の雑踏を抜ける気がしなかったのだろう、と自分もやがてはそういう日がくるのを、まざまざと思わずにはいられなかった。

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