2019年8月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
フォト
無料ブログはココログ

« 2018年9月 | トップページ | 2018年11月 »

2018年10月に作成された記事

2018年10月31日 (水)

突然の…

夕飯に肉じゃがを作ろうと、白滝をゆで、肉や野菜を切る用意をおえたとき、突然すごく気分が悪くなって、あとは夫に頼み、ベッドにもぐった。
ただの疲れではない、まるでつわりのときか何かのような、キッチンからの肉じゃがの臭いがたまらなくいやで窓をあけて外に顔を突き出したくなる。
やがて緊急事態になり、トイレにかけこみ嘔吐と下痢を繰り返す。
嘔吐なんて何年ぶりだろう、と苦しいなか、思った。
それが三回ぐらい続いて、少しおさまったのだけれど、このまま夜を過ごすのが心配だ。夫に相談すると、救急車呼ぼうか、と言うが、それほどの症状ではなさそうに感じた。

「夜間・休日診療案内」という切り抜きが冷蔵庫に貼ってあったのを取り出し、24時間受け付けの「ひまわり」という医療機関案内サービスに電話する。ただ今電話が大変混みあっております、というアナウンスのわりには、返事が早くもらえて、もよりの救急病院の電話を知らされた。

診察券もあり、比較的最近診療してもらった荏原病院が受け付けてくれた。10時ごろだったが、息子はどこかに出かけてしまって連絡つかず、娘も仕事から戻っていなくて電話に出ない。夫がタクシー拾ってくる、と言って出て行き、さいわいすぐ車が来た。
もしものときを考え、最低限度の入院の準備をして、乗り込む。86歳の夫、まだ頼りになる。いまわたしが一番頼りにできるのは、この人、とつくづく思った。

病院では一組、初老の夫婦が子供や孫につきそわれて来ていたが、ほとんど待たずに診てもらえた。血圧がけっこう高めだったけれど、既往症がないのと、本人があまり衰弱していないせいか、食あたりだろうと、いう診断、薬も出されず、またタクシーで帰宅。

翌日、まったく食欲なし。まだなんとなくだるくて、午前中寝ていたが、午後、やはりホームドクターに報告しておいたほうがいいと思い立ち、出かける。
先生に、もしかして原発不明ガンかも、と思って、と言うと、破顔一笑、胃腸にくる風邪だよ、今はやってる、とのこと。
やはりこういう診断は病院より、毎日患者を診断しているローカルの医院のほうが適正な診断なのだな、と思った。
安心したせいか、徐々に食欲もでてきた。

でもいい機会なので、食生活の節制に努めようと思う。

2018年10月26日 (金)

続 前橋汀子さんの『私の履歴書』

帰国前に挑んだロン・ティボーコンクール、そのまえにインフルエンザが悪化し、入院扁桃腺を手術するという、不運、それでも巨匠オイストラフが病院でヴァイオリンを練習できるよう手配、入賞を確信していたのに、第一次予選で不合格、音楽院の教師を初め多くの支持者を持っていた彼女がどれほどの傷心をかかえたかが伝わってくる。
それでも帰国後の仕事の推薦状を書いたのがロストロボーヴィッチだというからスゴい。伊丹十三氏を初めとする有名人が彼女にストラディバリウスを持たせようとする募金箱まで用意すると言う驚くべきサポートもあった。
ヴァイオリニストは立ち姿が勝負、恵まれた容姿の持ち主はそれだけでカリスマ性を約束されるが、それにも増して、オイストラフやストコフスキー、シゲティという巨匠中の巨匠たちがこぞって彼女を応援していたのは、ソリストとして欠かせない音を有しているからにほかならない。

カーネギーホールでのデビューではストコフスキーの指揮のもと、彼女がイタリアのコンクールで優勝したときの賞金をつぎこんで買い求めた生地を母君が縫ったドレスで演奏したという心温まるエピソード。

巨匠ヨーゼフ・シゲティの名ははっきり覚えている。初来日したコンサートに父が連れていってくれたからだ。そのマエストロの保養地、マジョルカ島やスイスのモントルーでのレッスン風景、演奏術ばかりでなく、音楽、美術、文学などの教養の受け渡しがあったというエピソードが胸を打つ。当時の欧州の真の知識人からさずけられたものはどれほどだっただろう。

履歴書が終了するには、まだまだ数日あるが、前橋さんの演奏をこの目で、耳で確かめるのが楽しみである。一観客としてのわたしも、現在75歳の演奏者の人生の変遷に感情移入できる同じ時代を生きてきたからである。


2018年10月25日 (木)

前橋汀子さんの『私の履歴書』

Photo


日本経済新聞に現在掲載中の『私の履歴書』が出色、毎日楽しみに読んでいる。ヴァイオリニスト前橋汀子さん、戦後の諏訪根自子さん、巌本真理さんに続く美人ヴァイオリニスト、あまりにも高名だが、わたしは彼女の演奏を一度も聴いたことがない。ヴァイオリンという楽器を好んで聴こうとする執着心があまりなかったせいもあるのかも知れないが、今回のこの履歴書はロシア留学時代の日々がとても具体的なエピソードに満ちていて、惹かれる記述が多い。
彼女がまだ引退しないまえに、その音色を確かめたいと、十一月のコンサートのチケットを購入した。

彼女のロシアでの留学生活、冷蔵庫のない部屋、極寒の外気を利用してバターやチーズを保存する。シャワーもなくお湯もでない寮、週に一度いく風呂屋も湯船なし。食料品は行列してやっと買う毎日、満員のバスに40分かけてレニングラード音楽院に通う。共用トイレで、毎日泣き、涙の湖ができるよ、とまで言われたという。それほど過酷な生活だからこそ、ロシア人の庶民の親切が身に沁み、音楽を真に理解している教師のすばらしい指導に応えたいと努力にはげむ。

担当指導教師のミハイル・ワイマン氏がチャイコフスキーのオペラ『エフゲニー・オネーギン』を観るようにすすめたというエピソードは大きくうなずくものがあった。このオペラを観て頭をガンとなぐられたような衝撃を味わった経験があるからだ。
プーシキンの原作のこのオペラ、田舎娘タチアナが青年貴族オネーギンに恋文を書く場面がある。「チャイコフスキーのバイオリンコンチェルトはあの手紙の場面そのものなんだ」と強調する教師。ロシアの国民的詩人のプーシキンとロシアを象徴する作曲家のチャイコフスキー、二つの才能の結晶ともいえるオペラを観ることでロシアの魂を留学生に教えたのだと前橋さんは語る。(続く)

2018年10月18日 (木)

いろいろあった日

008


きのうは午前中に、ずっと放ってあったドライフラワーを使ってで秋向けのスワッグをつくった。
夕方ネコシッターに行くため、身体の凝りをほぐしておきたいと、マッサージを受け、買い物をすまし、夜のトリの水炊きの用意をして一時間に一本のバスに乗った。
娘の家の前でカギを入れた小銭入れをとりだしてファスナーを開けたが、あれ~っ、ないのだ、カギが…
小銭と一緒に入れたままにしていると、いつかすり落ちるということがあるかも知れないと不安がよぎっていたのだが、鎖にとりつけるには、細かい力仕事がいるので、先延ばしにしていたのが、不安は現実になってしまった。もしやバッグの中に落ちているのでは、と探してみたが、やはりない。

マッサージのときにすり抜けたのかもしれない、と電話してみたが、見当たりませんという返事。

夫に電話して、マッサージのときに持っていった買い物袋を探してもらう。中にはなかった、の返事。
 
ネコちゃん、ごめんね、と思いながら、とぼとぼ緑ヶ丘駅まで歩く。あ、そうだ、もしかしたら、きのう使った黒いトートバッグの中かも知れない。もう一度夫に電話、あった、という返事、小銭がいっぱいこぼれてたぞ、と言われた。

あってよかった、でもこのまま帰るのはなんだか、残念、そうだ、雪ヶ谷の東急スーパーがきょう開店だった、田園調布からバスで寄ってみよう、バス停の真ん前、便利なのである。スゴい繁盛ぶり、レジの行列が長い、でも果物が、種なし柿一個72円、安い、牛肉も二百グラム800円が立派だったので、買う。その他、夫の好みのビールの小缶があったり、ソーセージのコレクションが豊富だったり、陳列もわかりやすく、バターやチーズもいいものがそろっている。それに惣菜の調理品がほかにない充実ぶりだ。ちょっと重かったが、いろいろ二千円ぐらい買って気持ちが晴れた。

戻ってカギを鎖につける仕事を息子に頼んでやってもらった。

お鍋で夕食をすましたあと、ネットでブリッジゲーム、20ボードのかなりの激戦、同い年の男性パートナーとがんばって、ツキにも恵まれ優勝した。

明日は、きっと行くからね、ネコちゃん…


2018年10月15日 (月)

スマホはまだ…

先日、12月に結婚式を挙げる孫息子が婚約者を連れて挨拶に訪れた。彼はやせっぽっちのヒョロっとした成人男性となったのに、二人そろった姿はなぜかさわやかで男ぶりが上がったように見えた。
二人を前にわたしは教えてほしいことを訊いてみた。わたしにスマホが必要かどうかを。
二人は異口同音に応えた。数年まえ、孫息子のほうに訊いた応えと同じだった。必要ない、というのである。彼女のほうが付け加えた。「今はスマホからガラケーに戻ろうとしている人もいますよ」
電車の中などで、両隣がスマホの画面に見入っているとき、ガラケーを出して、ふたをパチンと開ける気おくれは、もうなくなるような気がした。

ときどき、隣の席の女性が見入っているスマホの画面が衣類のネットブティックだったりすると、あの小さな画面での検索は目に悪いのではないだろうかと想像してしまう。

デスクトップのパソコンの画面での検索は楽だ。
海外のLands' Endとの付き合いは長い。通信販売だけだったときからだから、もう二十年以上だろうか。そのときは寝具のシーツ部類の別部門コーナーだけだった。当時アメリカのシーツはとても耐久性もあり、デザインもしゃれていて、日本製はとても追いつけていなかった。未だにそのとき購入した一部は使用可能だから、驚く。

現在Lands' Endで購入するのはもっぱら水着だけである。水着のデザインと種類の多様さはこれまた日本製をはるかにしのぐ。それに配送料を加えても日本のより安い。とりわけ、デザインはカラー、スタイル、模様なども、ストライプ、チェック、花柄、実に豊富なヴァリエーション、わたしはサイズ10がぴったり、プールで、どちらで買われたのですか?とよく訊かれたりする。

映画のチケット、コンサートのチケット、ホテルから、レストランまで予約の数々、これもネットからで、スマホの小さい画面から、など、想像もしたくない。さぞ目が疲れるだろう、と思ってしまう。

それよりも何よりも、スマホにしたら、ガラケーの二倍の経費がかかるのが、ばからしいと思ってしまうケチ心が先なのである。


2018年10月 9日 (火)

狂い咲き

005

今年ほど暑くてつらい夏はなかった。
体温以上の気温の日はほとんど外出せず、夕方少し暑さがおさまってから、買い物に出るという日が続いた。
九月になって、その変則的な暮らしの影響か、胃がおかしくなったり、腸がおかしくなったり、背中が痛くなったりしたので、『家庭の医学』をみたら、すい臓がんの症状にピタリだったので、『もしもの時のために』ノートを完成させなければ、などとあせったりした。

背中の痛みはモーラステープを貼って寝たら、おさまったが、十月になっても陽が射すと、またあの真夏みたいにギラギラの陽射しなので、ドキドキしてくる。

自然の威力、変容ぶりが怖くなってくる。

『隅田の花火』のアジサイが狂い咲きするのも、なんだか、不気味でコワイ。

2018年10月 4日 (木)

晴れとケ

『対岸のヴェネチア』には度々、「晴れ」と「ケ」という表現が出てきて戸惑った。何かそれについて説明があっただろうか、とページを繰ったが見つからない。ネットで検索したら、柳田国男氏によって見出された時間論をともなう、日本人の伝統的世界観、ハレは非日常、儀礼、祭りなどで、ケは普段の生活、なのだそうだ。
わたし以外の方がみなご存じの常識だとしたら、恥じ入るしかない。

内田さんは本島を「晴れ」とし、ジュデッカなどの島々の庶民の生活を「ケ」と表現している。

高齢になってくるとハレのときが億劫になってくる。衣服をととのえ、緊張感と共に、いつもの自分でないようなときを過ごすのが疲れる。
最近のわたしのハレは行きつけている、国際婦人クラブの昼食会とか出身学校の同窓会程度で、あとはコンサートだろうか。衣服もカジュアルにちょっとアクセサリーだけ、凝ったものや、自分の持ち物の中では、高価ではないが、あまりほかの人が身につけていない、珍しいデザインのものなどで、ハレを表現する。
着やすい、肩がこらない、ウエストもゴム、などの衣服、もちろん靴もヒールのない、少しおしゃれなデザインのウオーキングシューズ、美容院でセットもせず、自分で充分、似合う髪型をつくることができるようになっている。

先日、大石静さんがパリに出かけて、あちこちこれは、というエレガントな場所を探訪して歩く『エレガンスの舞台裏』という番組を観た。
有名な宝石店、『ショーメ』や香水店、下着店などを訪問する彼女の服装は、スタイリストがついているのか、それとも彼女の趣味なのか、とてもエレガントだった。
インタビューの質問なども、『ショーメ』店で、ネックレスなどをデザインさせて買うひとはどのように値段を知りたがる質問をするのか、とわたしなどが一番訊きたいことをさりげなく訊いてくれて好感が持てた。相手側はにこやかに笑みをたやさず、そういう質問はまったくでない、と言ったのには、反発をおぼえた。そういうところが、高級店を誇る店のいやらしい、ところよ、と言ってやりたくなった。

やたらゴージャスな、アクセサリーや下着や香水、自分にはもう永久に縁はなさそうだが、形のよいほっそりした足に趣味のよさそうなヒールの靴をはきこなし、大き目のしゃれたデザインのトートバッグを肩にかけた、大石さんのスタイルだいずれも見とれるばかりで、見事だった。

このときの番組についてネットで検索していたら、横に広告が出て「老け手の対策」という写真の血管の浮き出た手が自分のにそっくり、なんでも定期的に購入すると安くなるクリームの宣伝らしいのだが、そういえば、手の手入れなどついぞしたことがない。
クリーム系なら、見本の美容液やクリームが一杯とってあるから、それで済ませばいい、などと、思うわたしはまったくケの人間、エレガンスとはほど遠いケチンボなのである。

« 2018年9月 | トップページ | 2018年11月 »