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2018年8月31日 (金)

去る者は日々に疎く

夫の母親は九人兄弟、両親は海外駐在で、子供たちが親戚のうちに預けられたりしたことが多かったせいか、とても仲がよく、戦争で二人は亡くなったが、あとの七人はいつも定期的に集まって、親交を保っていた。
七人が二、三人ずつ子どもを産んでいるから、いとこたちも多く、親が高齢化してからは「いとこ会」なるものができて、多い時は二十人ぐらいが集まっていた。
それが現在まで一年に一度、何十年も続いていたのだけれど、だんだん出席者は減って、現在では数人程度、七人兄弟の長兄の長男が常任幹事で、集まる場所は学生時代を思い出したいのか、いつも駒場か本郷のレストランと決まっている。
七人の兄弟のいとこ会なるものもあったらしく、現在は当時最年少の従姉妹であった、九十を過ぎる彼女が常連となって、昔話に花が咲く。
わたしの知らない、彼らの昔は関心も湧かないので、欠席したいのだが、夫はなつかしいらしいので、夫の付き添い役で義務のようについていくことが多い。

最近になって、幹事役の彼が何を思ったのか、親戚アルバムなるものを作りたいから、我が家の一族の写真と、経歴をメールで知らせてほしいと言ってきて、それを編集して送るのは、夫がパソコンをしないので、私の仕事となった。

義姉は亡くなり長男は早世し、次男がいるのだが、現在はアメリカに住んでいて、四人の子供がすべてアメリカ育ち、義姉の最期のときもとてもあわただしく往来し、教会で告別ミサもせず、引き揚げ、その後音信不通になってしまっている。

連絡先の住所を幹事の彼に知らせたのだが、やはり、返事なしだったという。義兄と義姉の死亡日と享年を知らせてほしいという再度の依頼に、困惑した。義兄は義母より早くなくなったので、だらしないわたしと違って、そういうことにきちんとしている義母が過去帳に記していたのでおかげで、判明したのだが、義姉の亡くなった日がわからない。さて…

ふいに思い出して、このブログをたどった。2011年の九月七日に危篤のときの記事『漂うひと』を書いていて、それで判明したのである。家族の大きな出来事はやはり記しておくものだ、ブログは人生の記録として、必要な役を果たしている、と、そのとき、続けていてよかったと思った。

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