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2018年5月に作成された記事

2018年5月28日 (月)

いいもの見つけた!!

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お昼にちょっと軽いものがほしくなる、近所のファミマ(ファミリーマーケット)をのぞいたら、新種のおにぎり、「枝豆こんぶ」が目についた。ごはん大麦入り、これが実にやさしく、いい味。正にこういう、おにぎりを望んでいたのだ。彩も、ほどよい握り方も、分量も高齢者のわたしみたいな味にうるさい者にぴったり、おすすめで~す。
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クラス会幹事のパートナーが打ち合わせのとき、おいしそうに食べてた、お弁当、紀ノ国屋で買ったというので、帰りに青山の本店に寄ったのだけど、見つからなかった。
きょう、また彼女と会ったとき、連れてってあげる、と言って案内された場所は、地下鉄『表参道』の改札を入った中の紀ノ国屋コーナー店。「一日の三分の一の緑黄色野菜弁当」という名称。雑穀入りごはんで、お赤飯みたいな色、とにかく彩豊か、味もいい、野菜中心だけど、真ん中にあっさりから揚げが二つ…紀ノ国屋もオツなものを作ったものだ。値段500円也。

2018年5月26日 (土)

母校を誇りに思うとき

小学校のクラス会が無事に終わった。その小学校、つまりわたしの出身大学の付属小学校には、六年のとき編入試験で入ったので、一年だけの在籍なのだけれど、このところなぜかその出席者たちとの心の通じ合いをとても好ましく感じている。
人との交流に必要な基本的なルールがしっかり身についている人たちとは、安心して付き合えるからだろうか。

クラス会の会場は同窓会館、最近になって、そこの松花堂弁当が非常にすぐれているという評判を聞き伝えたからだ。試食してみて驚いた。彩もよく、素材の選択の良さ、調理の巧みさ、分量も配分もまさに高齢者にもこれぞ、満足という味が調えられている。しかもコーヒー付きで3000円という手ごろな値段である。同窓会本部で長年の幹部だったひとの、地道な努力がまさに、実を結んだのだと思われた。006


同窓会が終ってから、創立百年を記念して建てられた、百年館の低層部分の屋上に庭園があるというのを知って、そこを訪ねることにした。決して華やかではないがハーブ類がいっぱいの癒しの場所であった。

こんなところが在学中にあったなら、友人たちとどれほど、ゆったりくつろいだ語らいを持てたことか、今は亡き親友たちの顔が浮かんで消えた。003
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同級生数人とゆっくり構内を散歩した。学食近くのクスノキの大木は昔のままでそのまわりにしゃれたベンチがいくつか配置されており、憩の場所は沢山あった。母校がハードもソフトもより好ましく変貌している現実をうれしく、誇らしく感じた。


2018年5月21日 (月)

三度目の『眺めのいい部屋』

NHKBSのプレミアムシネマで『眺めのいい部屋』を観た。これが三度目である。Photo


一度目は三十年ほどまえ、封切からすぐ、映画館で。
ただただ感動していた。E.M.フォースターは英文科の学生時代に読んでいたので、小説の持つ格調たかい雰囲気を見事にかもしだした、ジェイムズ・アイヴォリーの映像技術に見入った。そして緑美しい英国の風景に魅せられ、英国人たちが魅せられているイタリアのほうにはあまり関心がなかった。
主役の二人の若手俳優が自分好みの美男美女でないのがちょっと不満だった。

二度目はそれから十数年たって、自宅のテレビで。
すでにフィレンツェを知っていたので、その映像のほうが、強烈に印象に残った。彫刻広場のようなシニョーリア広場、レプリカのダビデ像の本物もアカデミア美術館で見ていたし、ド迫力のメドゥーサの首を掲げたペルセウス像に、圧倒され、フィレンツエの旧市街で道に迷う、イギリス人たちに、やっぱりね、と感情移入していた。
そしてトスカーナの自然の中で踊りだす若者の気持ちが痛いほどわかった。
イタリアで人間は本来の自分を取り戻すということが理解できていた。

そして今回の三度目。小説の雰囲気をそのまま取り入れた、場面別のタイトル表示が美しい。アイヴォリー監督さすがである。
マギー・スミスの美しさに目を奪われた。このひと若い時こんなにきれいだったのだ。”Poor Charlotte!”と何度も言われる彼女「可哀そうな」というよりは「どうしようもない」という意味をこめた、生真面目さの故に上手にたちまわれずに、皆に苦笑されている場面がおかしい。このころから演技派だったのだな、と思った。
ダニエル・デイ=ルイスの高等遊民みたいな紳士ぶりの演技が素晴らしい。キスの場面の不器用さ、情熱をほとばしらせるあの若者のキスと何たる対照だろう。
あの主役の若い二人が美しく見えた。適役だとも思った。ヘレナ・ボナム=カーターの英語が美しい、ちょっとした表情が魅力的だ。
英国の池に素っ裸でとびこんではしゃいでしまう、あの牧師がいい。
そしてフィレンツェ、シニョーリア広場も、アルノ川にかかるポンテヴェッキオの眺めも三十年前と今もほとんど変わっていない。それを保たせているイタリアという国の努力を想った。

八十歳の見方はこうも変わるのだということを実感した時間だった。

2018年5月17日 (木)

不安がよぎる…

夫のつくったドライカレーに変調を見出して、わたしはショックを受けた。
我が家のドライカレー、それは、ジャガイモを針のようにほそく切ったものをカリカリに揚げ、牛ひき肉をガーリックの香りのついた油でいため、塩味に仕上げたものと共にごはんに混ぜて食べるフランスの家庭料理のレシピ、これを彼はマスターしていつのまにか私より巧みに料理するようになっていたのだけれど…。
それが、先日、揚げポテトはベトベト、ひき肉は味がなく、白御飯の水加減が間違ったのか、やわらかすぎて、ともかく、全部食べ終えられないほど、ひどい仕上がりだった。

そのあと、もう一つの彼の得意レシピ、スパニッシュオムレツも、ピーマンとトマトに塩味とタバスコを効かせて味付けしたものを中身にしてオムレツでくるむのだが、その味つけがまったくできておらず、オムレツも玉子がグジャグジャしていて、これまたショックだった。

ひいきのDeNAが連敗を続けていたせい、だけとは言えないほど、もうディナーのメニューを全面的に任せるのは無理ではないかという不安がつきまとっている。

しかもきのう、元の勤務先のOB同士でもう二十数年続いている昼の集まりに、その朝になって、どうにもしんどくて行けないからキャンセルすると言い、自分の携帯の具合がおかしいので、わたしにその手筈を頼んできた。今月のそのほかの集まりもついでにキャンセルしたいと言う。気の張る集まりにはもう行く気が失せたというのである。
そのくせ、マージャンの集まり二つは出るというので、少し安堵したが、お医者さんに行ったら?と盛んにすすめるわたしの忠告はふりきり、老衰だよ、老衰…とそればかりつぶやく。

そういうわたしもこれを書いていて、タバスコという名がどうしても思い出せず、今さっきキッチンの調味料入れのビンを探してようやく、思い出した始末…。
ああ…

2018年5月13日 (日)

My "Mother's Day"

娘が「何かほしいものない?」と尋ねてくれたとき、わたしは少々後ろめたい気持ちで、
ハンカチ、と答えた。

これまで何度も同じ答えをしては、母の日のプレゼントのハンカチを何度も失くしているからだ。

心をこめて選んだであろう、その好ましい柄を一枚一枚まだはっきり覚えているくらいなのに、どういうわけか、家の中にハンカチピットとかいう穴でもあって、落ち込んでしまっているか、と思うぐらい、消え失せてしまっている。

今年も彼女は、好ましくも美しいハンカチをくれた。一輪のカーネーションが添えられていたが、たった、一本で600円以上もしたと腹立たしそうに言いながら、でもこの日が花屋さんの稼ぎ時なのだろうから、仕方がないわ、ともつぶやいていた。
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愛想も素っ気もない娘だけれど、わたしの好みを知り尽くしている。わたしが生きているあいだはしんみりした会話があまりできなくても、わたしが死んだら、折にふれ、一番よく思い出して涙を浮かべるタイプだと思う。

2018年5月11日 (金)

電話連絡異聞

小学校のクラス会の幹事をしている。

先回の傘寿の祝いの会でもう終わりにしようというはずだったのだが、当日の出席者はまだ続けたいという人が多数を占めて、それでは幹事役の仕事をもっと楽にして、とりあえずは続けてみようということになった。楽に、というのは通信をハガキ印刷などにせず、出席者も今回のひとだけに限って、電話連絡にしたらどうか、という案を採用したのだ。

人数は十数名だったし、実際そのやり方を中学のクラス会で実行したひとが出席していたので、それを採用したのだが、個人情報を集めるのに、躊躇があったし、土壇場で決まったことではあったが、今にして思うと、携帯の電話番号を訊いておかなかったのは、手落ちだったという気がする。
固定電話の場合、一発で通じるということが少ない、都合のよい時間は人によって異なるので、二、三回はかけるということになってしまう。それと迷惑電話を予防するために録音しております、というメッセージを聞くことも多かった。

意外な事実がわかった。返事を保留にしていたひとがようやく連絡をしてきたのだが、わたしの電話番号が六年まえと変わったのに、彼女はその六年前の名簿の電話番号にかけてしまって、しかもそれが「現在使われておりません」というメッセージがなく、かかってしまうので、留守電に入れておいたのに返事がないのはおかしいとわかり、ようやく、現在の電話番号を探し当てて、かけてきた、というのである。
もう一人、間際になって欠席を知らせてきたひとも、古いほうにかけて、そのときは応答があって、わたしの名前をたずねて電話してくるひとがとても多いので、よろしく言ってくれ、と頼まれたということだった。

これは「ゆゆしきことだ」と、夫にてつだってもらって、なんどかけてもつながらないNTTにようやく通じて、わかったのは、以前の番号がほかのひとに使われているという事実である。個人情報になるので、そのひとの名前は教えられないが、不法な事実ではない、ということだった。
以前なら、考えられないことが起きていると思った。

そのひとに確実にかかるのはいまや携帯のほうが確かだということになるが、携帯での長話は電磁波が害になるという情報も聞いているので、できれば用件だけにしたい。

電話事情も変わってきたな、という思いである。

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