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2018年4月に作成された記事

2018年4月30日 (月)

自作スワッグ

阿佐ヶ谷の生花店でつくってもらった、ミモザのスワッグが、勢いを失くしていたので、気になっていた。
上毛高原の川場マーケットにとても安価なドライフラワーが沢山あって、それを三種、500円くらいで買えたので、自分で作りなおしてみた。

中原街道沿いのケーキ店が引っ越したあとに、一見しゃれた生花店がオープンしたのだけれど、苗など、すべて一鉢300円以上、およそ華やかさに欠けるスワッグもいくつか飾ってあるのだが、どれも3000円、わたしは思わず問いかけてしまった。
阿佐ヶ谷にある花屋さんは、とてもセンスの良い苗やスワッグをおいているけど、お宅よりはずっと安いのよ。お宅はどれもずいぶん高価だけど、理由があるの? と。
答えは、このあたりはこのぐらいの値段じゃないか、と思って…だった。

こういう店で買うつもりはなくなった。

安い材料を使ったわりには、ましな、仕上がりだと、自負している。001_2


2018年4月27日 (金)

電話か、メールか、はたまた手紙か・・・?

学生時代に親しかった友人のご主人の訃報を知った。
しばらく交際がとぎれているけれど、彼女が結婚を決めたいきさつも、華やかな結婚式の記憶も失せていない。
お悔やみの気持ちをあらわすのは、本来なら手紙だけれど、哀しみから癒えていない彼女に返事を書かなくてはならないという気持ちを負わせることになる。メールアドレスは知らないし、つきとめたとしても、この場合にふさわしくない手軽さ、という気がした。
こういうときはその気持ちを正直に述べて、電話にしようと決意し、かけたら、すぐに彼女が出てきて、電話が一番ありがたい、と言ってくれた。「亡くなってみてつくづく思うのだけれど、わたしには過ぎた夫だったの…」で始まる、そのしみじみとした思いが伝わってきて、いまは哀しみをかかえながらも、しっかりと生きていく気持ちが声音からしのばれて、安堵した。

同年齢の友人の通信事情を知るのはあまり苦労がないが、年下の友人はそれぞれで、固定電話にすぐ出てくれるひとは少ない。すぐ出るのはゴキゲンななめなのでは?と思うような応答のご主人だったりして、戸惑ったりする。携帯にもすぐ出てもらえないときが多いので、もっぱら携帯のSMS機能で短いメッセージを入れることをよく試みる。

この年代のひとたちとは、長い電話は避けて、込み入った話はパソコンで長めのメールをすることにしている。
ところがパソコンを使わないひととは、ややこしくなる。SMS だけでは気持ちが十分に伝わらない、互いに好意は持っているのだけれど、すれちがいが多くて、その修正に手間がかかることも多い。

娘とは相変わらずツーカーとはいかない。このごろ携帯に電話すると、すぐ出てくれることはまずないのだけれど、それでもなにか異常が起きたのかと不安になるらしく、なにかあったの?と電話してくることはよくある。そのまえにメールしておいたのに、それは読まずに電話が先だったりもする。
こちらの用事が緊急でないと知ると、いとも無愛想にすぐ、切ってしまう。ともかくいつかけても忙しそう、わたしも彼女の年齢のときは実母にああいうふうに接していたのかもしれないのだけれど…

2018年4月23日 (月)

『セミラーミデ」はスゴイ!

尊敬する一人旅名人のkikukoさんは、オペラ評論家も真っ青の数百回に近いオペラ体験の持ち主でもある。
あるとき、謹んで、どのオペラが一番お好みですか?とたずねたとき、彼女は迷うことなくロッシーニの『セミラーミデ』と答えた。
それを知ってから、この十年近く、ひたすら、このオペラの上演を待ったが、主要舞台でそれが実現することはなかった。
今回、メトロポリタンオペラライブビューイングに『セミラーミデ』があるのを知り、ああ、ようやく観られる、絶対行かなければ、と、誓っていたのに、なんと、旅行から戻った翌日が最終上映日であるのに気づいたのが、夜の十時過ぎ、あわててネットから二子玉川のシネコンの予約をとった。

開始が朝十時、二子までバスで15分とはいえ、旅行のあと、ちょっとシンドイ、しかも上映時間なんと3時間48分という超大作である。居眠りしちゃうかも、と思った。
だが、そうはならなかった、初めから終わりまで、わたしは目を皿のようにして見入ったのである。それほどに、このオペラは素晴らしかった。

まず序曲に圧倒される。オペラの上演よりずっと演奏される頻度が著しいのもうなずけるぐらい、リズムの表情豊かなメロディーの中に高揚感、焦燥感、躍動感が見事に表現されていて、すでに物語の起伏を予感させてくれる。

今回のインタビューアー、クリストファー・モルトマンがいみじくも、冒頭に紹介した言葉で納得がいった。このオペラはキャスティングが難しいのでなかなか上演されないのである、と。

タイトルロールのセミラーミデは、古代バビロニアの女王、彼女をめぐるドロドロの復讐劇なのだが、主人公はこのベルカントソプラノのセミラーミデとは言い難いほどに、俄然精彩を放つのは、メゾソプラノの男役、アルサーチェである。わたしはこのオペラで初めてメゾのベルカントを聴いたが、音の上下の激しさをとらえるのも、乱れがなく、聴きやすく、引き込まれた。エリザベス・ドゥショングは、憂いを含んだ美貌で、主役の影をうすくするほどの好演だったと思う。Photo


ペーザロのロッシーニ音楽祭では、グルヴェローバやバルチェローナ、フローレス、と言った主役級が顔を連ねる豪華配役だったと想像できるが、今回のアメリカ勢が多数を占める配役も、聴き劣りのない、仕上がりだったと思う。

とりわけ複雑な筋書きがすっきり頭に入る演出で、アリアも二重唱や三重唱が忘れがたく耳に残った。

ぜひアンコール上映を望みたい。


2018年4月19日 (木)

上毛高原、健康村の春

梅と桜と桃とが一斉に咲く、と言われてそれを見たいと四月半ばに予約をとったのだけれど、今年は咲きそろいが早かったようだ。

超多忙だった月初めの疲れをとるのが必要だと思ったし、六月にまた講義を頼まれているので、教案の見直しをしておかねば、とちょっと準備が億劫になりかけたけれど、出かけることにした。
宿泊客はその日は私一人、温泉にもゆったり過ぎるくらい入り、食事も旬のものいっぱいの工夫されたメニューで満足し、やはり来てよかったと思った。
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書棚にあった三軒茶屋の情報雑誌を読みふける。若い時、あかぬけない街だった三軒茶屋は今や、若者たちのメッカ、食事どこは、しゃれた店が満載、さっそく、メモする。008_4


翌日のお昼、『和太奈部』という手打ちの蕎麦店に出かけた。大雨だったので、徒歩距離だったけれど、車で送ってもらう。雨なのに、そばが無くなり次第閉店する、というのを知っている贔屓客は多いらしく、ぼつぼつ混んできていた。012

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庭のしだれ桜が素晴らしい。その下は水仙が咲き乱れ、良い眺め。おろし梅蕎麦のあたたかいのを注文、あと焼き菓子つきコーヒーをのみ、帰りは雨がやんだので、歩いて、ビレジに戻った。011

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教案の筆が進む。今回は財務省がおかしな日本語例をいっぱい出してくれたので、「ございます」論でディスカッションして、しっかり把握してもらうつもり。

帰りはバスで沼田に出て、そこから、車窓の景色をたのしみつつ、高崎に出て、峠の釜めし弁当を買い、在来線で帰ることにした。たまにはローカルのスローな旅程もいいものだと、車窓からの珍しい眺望にみとれつつ、日本っていい国だと再認識する。024

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2018年4月13日 (金)

花咲き通り

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この数十年ですっかり小さくなってしまったはす向かいのお宅の藤、でもこの色は相変わらず、私の一番好きな薄紫
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我が家の正面に植わっている黄色の花の灌木、この家を建てるとき、何を植えようかと迷って平町の住宅街を散歩していて写真に撮り、造園業に探してもらったもの。名前はわからない。
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二軒先の・・・・ああ、花の名前が出てこない。今年は満開である。

2018年4月10日 (火)

これが最後の邂逅かも・・・

従姉妹たちは無事到着した。ただし成田からのタクシーは、夕方の交通渋滞で遅々として進まず、予定よりかなり遅れ、従姉妹は車酔いでフラフラになりつつホテルに着いた。

ティーンの孫娘たちは、美しく成長して、グランマをしっかり支えている。今回の訪日計画を整えたという娘も、二年まえに離婚して、仕事もかわり、少し余裕ができたそうで、落ち着いた表情だった。

二階の彼女たちの部屋に行ってしばし歓談。八畳の和室に、広い二人用のベッドルーム、見事な坪庭もついた四人が十分ゆったりと過ごせる居室、三泊のステイは快適に過ごせそうだった。
持参した、稲荷ずしと手製の酢の物、ゆであずき入りのゼリーなど、孫娘たちはおいしそうに食べてくれた。四人分のパスモを渡す。翌日の月曜は上野の美術館、博物館は休館なので、別のプランに変えるようにアドヴァイス、従姉妹は疲労困憊の様子なので、最初の計画どおり、ホテルに残って私がつきそうことになり、急きょ、89歳の兄も合流するというニュースも報告。
二時間近く英語をしゃべっていたら、頭がすっかり疲れて、慣れてくるどころか、もうしゃべりたくもない、という状態になってきたので、早々に帰宅することにした。
帰りの三田線、芝公園駅は下りのエスカレーターもなく、階段を50段くらい降り、疲労が増す。

やっぱり年齢相応の身体の衰弱を意識した一日だった。

翌日、兄と落合い、タクシーでホテルへ行くことになったが、どこで待ち合わせるかが、難題。
新しいところは間違いそうなので、澁谷のハチ公で、ということにした。

兄とは思ったよりも容易く落ち合えた。一年半ぶりぐらいの出会いだったが、目つきはしっかりしていて、認知症など全く寄せ付けそうもない、溌溂さが残っていて安心。

従姉妹の娘たちとも引き合わせ、彼女たちの外出前に、記念撮影をする。

さて、お昼、何を食べようか、ということになったが、従姉妹が和食がいいというので、地階のレストランに行く。幸い、そばとかウナギ、天ぷら、トンカツなどの、一品料理を食べさせる店があったので、そこに入り、兄と私は天ぷらつきのそば、従姉妹はぜひウナギを、と注文。うな重がとても従姉妹ひとりでは食べきれぬほどの大盛りで、彼女は店員に、宿泊客だからと断って、半分残したものを部屋に持って帰りたいと言ったが、アメリカでは(ドギーバッグ)どこでもOKなのに、お持ち帰りは衛生上を考慮してお断りしております、と言われてしまって、早くもカルチャーショックを感じさせられたらしい。

80、87,89歳三人の会話はもっぱら、昔話、思い出話が多かったが、従姉妹の日本語力も少しずつ回復してきて、とぎれることなく続いた。


2018年4月 8日 (日)

多忙が続く

このところ、毎日出かけている。しかも気がかりもある。
アメリカに五十年住んでいて、もうほとんど日本語を忘れてしまっている、従姉妹が、今日から、一週間の駆け足旅行で訪日するからだ。娘とティーンの孫娘二人と一緒、その三人は日本が初めてという特殊事情。

彼女たちはプリンスパークタワーというホテルに三泊して京都に移るという旅程。従姉妹に国際電話すると英語と日本語チャンポンで、さっぱり要領を得なくなるので、娘のメールアドレスを聞き出し、英語のみのやりとりを始めて、彼女がオーガナイズしたしっかり女性だということに安心もし、ようやく意図している旅行形態もわかって、わたしがフリーである、今日と明日、アテンドすることに決定。

若い三人は上野に行って国立博物館に行きたいというので、案内しようかと思ったが、87歳で車ばかりの生活をしている従姉妹が果たして耐えられるか、心配だった。そこで、芝のホテルに出かけてみて、アクセスを確かめる。浜松町までホテル専用のバスが出ているが、降りてから駅接続が歩くし、上野からまた博物館まで、あの旧式の建物の中、くわしい友人が言うには、八十代にはとっても無理、という構造がわかったので、上野行きは若い三人で、を提唱、わたしと従姉妹がホテルに残って、歓談することにし、そこに89歳の兄まで加わることになった。

今日到着する四人にプレゼントを用意、食べ物の差し入れも考えたりして、きのうはブリッジの一日トーナメントがあったのだが、買い物などして帰宅したら、電話が鳴った。

「お待ちしております…」しまった!!大学の区支部同窓会の夜の集まりを失念してしまっていたのだ。
どうしよう?? 綿のように疲れているけど、力を振り絞った。タクシーで駆けつけ、30分遅れ、なんとか輪に入り込む。

自由が丘のいつものイタリアンレストラン、満員の喧騒の中、それでも話がはずんで、とりわけ若いひとたちのいまどきの生活情報、年中多忙の娘などからとても聴きだせない、美容院情報なども得られて、お隣には六歳上の大先輩とも打ち解けた話がはずみ、疲れが薄まっているのを感じた。

まだこういう離れ業がかろうじてできたけれど、一日に二つのことはこれからだんだん難しくなりそうである。


2018年4月 3日 (火)

今どきの傾向

緑ヶ丘のプールで泳いだかえり、ヤマダ電機をのぞいた。もう十数年使っている我が家のジューサー、部品が欠けてきたりして、買い替える時期に来たかと思われる状態なので、調べるのが目的。

リンゴのナマジュースを一年中欠かさない。リンゴにキャベツ、ニンジン、を加え、最後にレモンを少々絞りいれる、というものだが、近頃はリンゴ半分にミカンやグレープフルーツを加える、お手軽状況になったりしている。でも、八十にしてはしわがないとか、肌がすべすべしている、などと、ほめられたりするのは、このジュースを飲んでいるせいでは、と思うこともある。
今使っているナショナルのジューサーミキサーの新種はもうなかった。ジューサーとミキサーが別々になっていて、ジューサーの種類は極端にすくなく、大手メーカーのものはない。
ミキサーがすべてをこなす、と称する、高額なものがあるが、それを使ってできたジュースが果たして今飲んでいるようなジュース状であるかどうか、定かではない。
ジューサーが消えつつあるのは、後始末が厄介だからなのだそうで、ジュースは買って飲む若い人が圧倒的に多いからだ、と店員が言った。

ヤマダ電機をあとにして、その先のおしゃれな生花店をのぞいたら、そこは、ほとんど生花がなく、サボテン種ばかりおいている店だった。今もっともポピュラーなのだそうで、要は水やりをしなくていいからなのだという。

その店のはす向かいのDultonという、巨大雑貨店に入ってみる。これは、もう、全部外国という世界。なんだかここで買ったもので、我が家の雑貨の野暮ったさはすべて解消できそう、と思えるような品ぞろえ、ただし、かなり高価である。
それでも200円以下のサラダ用のガラス器などもあって、うれしくなって二つ買った。
ゴミ箱がスゴイ。しゃれたデザインだが、使い勝手はどうなのだろう、でもカッコいい、ゴミだしが楽しくなるかもしれない、買い替えたいなあと思ったが、そうなると我が家のあの巨大なゴミ箱は粗大ごみで出さなくてはならないのだろうか、とちょっと思って、通り過ぎた。最上階には飲食の場所もある。スナック類を少々購入。

若いひとたちの生活は変わりつつある。
でも高齢者でもこういう場所をのぞくと、ちょっと疲れた日常を忘れさせてくれるワクワク感に浸れるのは確かだ。

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