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2018年3月に作成された記事

2018年3月31日 (土)

江森ミツコさんの絵画

東銀座、ギャルリーヴィヴァンで開かれている江森ミツコ展、「さくらどき」を見に行く。
二十年前、イタリア語初級のクラスメート、イタリア語が片言のうちから、イタリア人のアートの友人を招いたり、招かれたり、言葉の理解より、彼女の絵に惹かれるものがあって、言葉以上のコミュニケーションが可能だったのだろう、と今になってわかる、それほどの何かをその作品の中に沢山みつける。
自分から求めなくても、個展をしてくださいと、頼まれるというのはそのせいだろう。

ずっと眺めていたいと思われる作品ばかりだった。彼女のお気に入りの清澄庭園の樹木が多いのだけれど、見る者に語りかけてくる力に満ちている。油彩も水彩も、そしてパステル画も…(4月1日最終日17時まで)
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花たち

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大好きな忘れな草、花の命はそれこそ短いのだけれど、一年に一度、毎日眺めていたい、この美しいブルー。
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花かんざし、オーストラリア原産地なのに、なんともふさわしい日本名である。一見細く、清楚な感じだけれど、しなやかで、しっかりと強い、日本女性の美を感じる。
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冬を越したガーデンシクラメン、冬のあいだ目を楽しませてくれたこの色。阿佐ヶ谷のあの、お気に入りの生花店で見つけたこの色の花。無事越冬してくれてありがとう。


2018年3月29日 (木)

佐川証人のおかしな日本語

佐川証人喚問のテレビ実況放送は、期待したようなどんでん返しや、真相暴露などはまったくなく、「刑事訴追の恐れがある…」を繰り返して、逃げられ、あやふやにされ、不快になるばかりだったが、それにも増して、あきれたのは彼のおかしな日本語表現である。
丁寧に応えれば、うまくごまかせるかというように「ございます」を連発するのだが、これが正しい表現になっていないのだ。
「申し訳なく思ってございます」申し訳なく思っている、の丁寧語は「思っています」、「思っています」のより丁寧表現は「思っております」で「ございます」はつけられない。
ございます、はもともと「です」または「あります」の丁寧表現。
「…ている」にはつけられない語である。

財務省内部では「書いてある」を「書いてございます」と表現することがあるという内部風習はあるらしいのだが、「…てある」だから、百歩譲ってそういう表現が生じたことは、かろうじて理解できる。
しかし「…ている」も同じように「…てございます」にしてしまうのは、おかしい。
彼は連発する。「感じてございます」「そのようになってございます」

聞き苦しい。

正しい日本語もわかっていないような財務省の元高官。
現大田局長も「要するに」を「要すれば」となんども言っていた。
秀才中の秀才だから入省できる財務省、そのひとたちが話す日本語が正しいと思われたら、まったくもって日本語はおかしくなるばかりである。

変りつつある日本語への不安は増すばかりだ。


2018年3月26日 (月)

『ビルズ』でブランチ

プロのつくるおいしい朝食を食べたいとずっと思っていた。
代々木八幡に行きたいと思っている店があるのだが、それだけのために出かける機会がなかなかない。
そんなとき、『ビルズ』の記事を新聞で読んだ。オーストラリアの名店である。
そのことを娘に話したら、二子玉川にもあって、食べたことある、けど、高いよ、と言った。
孫娘が音大無事卒業、じゃ、その祝いを二子『ビルズ』のブランチで、ということが決まった。費用はプレゼント代わりにわたしが持つことにして、娘が車で迎えにくる。

店は金曜なのに、11時半、満員だった。何の心配もない富裕層の若い人たちばかり、という気がする、と孫娘が言った。みんな何かの心配はある、とわたしが応えた。

朝食抜きで来ているので、正統派のブランチを食べようと思っていたのだが、そういうメニューはなく、ばらばらに選ぶことになり、足し算してみたら、かなり高価になる。

フレッシュオレンジジュースが飲みたかったのだが、それがなく、ミックスジュースを選んだら、すごく濃厚なチェリー味のようなものが来て、がっかり。

娘がおすすめ、というので、リコッタパンケーキを選ぶ。コーヒー、それと、サラダがほしかったので、リーフサラダ、まさに葉っぱを寄せ集め、ドレッシングをぶっかけた、というようなものが来る。006


パンケーキはおいしかったが、量が多すぎ。一枚残した。

結論、まさにオージー式朝食、エレガントさはなく、若者むき、もう一度来たいという店ではなかった。

でも忙しい中予約をとり、このあと遅ればせの彼岸の墓参りに行くという、娘の努力に感謝、そして、東北にもどったら、『運命』でトロンボーンを吹く出番があるという孫娘の無事を祈った。

2018年3月22日 (木)

アンデルシェフスキー・・・・・・ロッシーニ

3月18日、ヤマハホールでのピョートル・アンデルシェフスキーのリサイタルは三年ぶり、とても楽しみにしていたのだが、期待したものと少し違った。前半のモーツアルト二曲の前に思わぬおまけがついて、バッハの平均律から一曲、表現力は引き込まれる素晴らしさなのだが、音がなんだか違うのを感じた。ヤマハのピアノのせいなのだろう。ホールの音響効果がプラスされるのが加わって、響きすぎる、という感じなのである。
先回のアムランのショパンは音の響きが華やかであればあるほど、ショパン効果が増したから、プラスがプラスを生むという感じだったが、モーツアルトやバッハは一つ一つの音の、硬質なひびきを楽しみたいという気持ちがつのるので、音のひびきが強いと、その期待がそがれてしまう気がするのである。
アンコールも地味で、またバッハ、とショパンのマズルカ、せめてもう少し華やかで彼の技巧に心を奪われるようなものを選んでほしかったと思った。Photo


帰り、CDの売り場に立ち寄り、孫息子がテクノのCDをリリースしたと言っていたので、もしやおかれているかと思ったが、見つからなかった。
セールの籠の中にロッシーニのピアノ曲というのがあって、70パーセントも安くなっていたので、ためしに買ってみた。
帰宅して早速試聴したら、これが大した名曲ぞろい、今まで聴いたことがないような、和音の集まりで、ピアノ曲なのに、オペラを感じるような旋律の盛り上がり、いや、美しい! 買ったものはピアノ曲第二集だったが、まだ第四集もあったのをおぼえているのでもう一度買いに行きたくなっている。

2018年3月18日 (日)

スワッグとラーメン

ミモザの終わりが近づいている。
ドア飾りのスワッグにしたいという思いが強まってきた。
そこで思いついたのが、阿佐ヶ谷の生花店に持ち込んでつくってもらうこと。
きのう、東中野でブリッジトーナメントがあったので、その帰りに立ち寄ることにした。
トーナメントは波乱万丈で、一度はどん底まで落ちたが、最後は30-ゼロをかちとって、なんとか入賞した。
闘い済んですっきりした気持ちで、阿佐ヶ谷に到着。たった一つ売り残っていたスワッグになんとか、ミモザを混ぜてアレンジを頼み、つくってもらったのが右の写真。Photo


この日は夕食を用意して出たので、自分は一人食を楽しむ日。阿佐ヶ谷駅付近を一人ご飯を楽しむ場所が実に豊富。
ひさしぶりに、杏仁豆腐のデザートつき塩ラーメンを食べる。
彩よく、あっさりして優しい味のおいしいラーメンだった。Photo_2

2018年3月12日 (月)

『西郷どん』がおもしろい!!

前回の大河ドラマ『おんな城主直虎』を最後まで楽しんで観たので、西郷さん、と聞いて今回はパスしようかと思っていた。

西郷さんは上野の銅像の存在感だけでいい、あの薩長の、対立したり同盟つくったりのややこしい関係に興味はない。大体、もう西田敏行の主人公で一度ドラマ化したんじゃない?今度は一体だれがやるの?とブリッジのテーブルトークで質問したら、ほら、あの…と言ったまま応えたひとは名前が出てこなくなって、ほら、あの外語大出たひと、なんて言う。

エリートでギョロ目のそんな男優、いたっけ?

ようやくだれかが、鈴木亮平という名を思いだしたとき、ああ、あの『花子とアン』に出たひととわかって、あんなソフトなイメージのひと、似合わないじゃない、と思い込んでしまった。

ところが、である。初回の放送で、目をくぎ付けにされた。

全身で西郷を演じる彼に、魅せられてしまったのだ。ギョロ目じゃなくてもいい、これが西郷と思わせてくれる、ひたむきで好ましい演技がいい。語り手にまわったギョロ目の西田さんが控えめで心が入りきったいい語り、それに「まみむめも」の音の美しい薩摩弁が耳になじむ。脚本がすぐれているからだろう。45分が終ってしまうのが惜しいくらいだ。

冒頭の音楽も、タイトル表示も、あの薩摩の美を撮りつくしたような映像もいい。それにしても林真理子さんは大したひとだ。この原作も書き、いままた、日経に『愉楽にて』という連載小説を執筆中だが、これがまた読み進むごとにハマッテしまう面白さなのである。

島津斉彬に、これほどの適役はない、と思わせる、渡辺謙だが、あの不倫報道で苦労したのか、容貌に陰りがみえる。でもそれを、惜しいとみるか、それだからこそ斉彬のあの時代の苦労に臨場感をそえると思うか、それも物語の進行の興味の一つになるのかもしれない。

2018年3月10日 (土)

ミモザの余韻

伊豆にいるあいだに、ミモザはすさまじい勢いで開花した。
花には無頓着な夫さえ、ため息をついて、今年の花つきはスゴイ、と言うくらいなのだ。001


ミモザ好きな友人たちに見せたいと、電話してみた。
今週はほとんど埋まってて、というひと、今日なら空いてる、と言われ、ちょっと考える、これからホームドクターのところで薬をもらわなければならない、キッチンも片付いていない、旅行のあとの荷物の整理もまだ、でも何とかなるかも、と三時に来てもらうことにする。
もう一人にもどうかしら、と電話してみると、週の五日はご主人のつきそいで医者通い、きょうは唯一の出かけない日なので、無理とのこと。

12時近く医院から戻って、トイレの床掃除をまずはじめ、キッチンのテーブルクロスを変えてお客用にし、例のミニフルーツケーキを焼く。猛烈な勢いで洗い物を片づけ、余計なものはすべて浴室に入れて、なんとか体裁をととのえた。

彼女はタクシーで現れた。数年ぶりだったが、自分でシャンプーはしない、というひと、髪はまだ豊かで、白髪を薄茶色にして、美貌を保っている。
ショックだったのは、あんなに料理が上手なひとだったのに、ご主人の自宅介護が無理になって、ご主人だけ介護専門のホームに入居の現在、料理をまったくしなくなったという事実。
おいしいもの好きのそういう人向けなのか自由が丘の『ダロワイユ』が一人用の一皿グルメを売り出したという私の情報に目を輝かせた。

会話がありすぎて、盛り上がりが足りない、もしかすると彼女の心は一人用のディナーのほうに行っているのかも、と思ったり、我が家の夫が二階にいるのを意識しているのかもと思ったり…

ミモザを二枝おみやげに、見送る。身長のある彼女の後姿、歩き方が颯爽とではなく、そこに八十の年齢が見えていて、さみしく感じた。


2018年3月 6日 (火)

天城山荘、「旧約学セミナー、詩編のABC」に参加

三月に入り、三日から二泊三日、伊豆湯ヶ島の天城山荘で開かれる、「信徒のための旧約学セミナー、詩編のABC」に参加した。
聖書は新約より旧約を好み、とりわけ諸書と呼ばれる、ヨブ、詩編、箴言、コヘレトの言葉、をもっと深く知りたい、理解したいという望みを抱いていた。
今回は総計十時間の学び、間に日曜礼拝と、選ばれたメンバーの証しがある。
二日目の夕べの礼拝の証しを頼まれていた。
参加者は男女合わせて12名、バプティスト派の同じ教会から一緒に来ているひとが多く、バプティストではない教会から一人で参加したのは、わたしだけだった。
講師は旧約学の権威、西南学院名誉教授の小林洋一先生、往きのバスで一緒になった女性メンバーから、そのお話の巧みさ、どれほど惹き込まれるか知れない、いいですよ~ぉと教えられ、大いに期待が高まった。

まずヘブライ語のアルファベットの指導、有名な詩編23編をヘブライ語で声を上げて読むことから始まる。これは大変と怖気づいたが、このヘブライ語からの導入が、詩編の理解にどれだけ効果があるのかが、徐々にわかってくる。一番長いとされる119編、アルファベットによる詩と称されていることを証明するように、ヘブライ語のアルファベット文字を聖書に直接描き入れていく楽しさは、まさに学びの喜びであった。
詩編は賛美と嘆願、感謝をあらわす祈祷、黙想の書であるが、内省的というよりは対話的、対決的と、レジュメに記されていた。嘆きが多く、嘆きから賛美への飛翔がある、という解説に心惹かれる。

二日目の証しでわたしは、八十年の人生の中の転機と、事件、そののちの飛翔を語り、詩編126の結びの二節で結論づけた。もっと聴きたいほどだった、魅力的な語りだったとコメントをもらえたのは、自分でもよく悟りを得ていたので、原稿を一切読まず、語りかけるように、発表できたからだと思う。

天城山荘の庭にある二本の河津さくらが満開だった。002

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ずっと座りっぱなしが多く、運動不足で、食事は皿数が多く、食べ過ぎ気味、体調が悪くなるのではないかと不安だったが、最後まで眠気をもよおすこともなく、夢中で講師の言葉に聞き入ることができたのは、この複雑な詩編の見事なまでのレジュメに助けられたからであると、それを作成された講師の深い洞察に感動し、この体験の機会を与えられたことを感謝せずにはいられなかった。


2018年3月 1日 (木)

谷中商店街再訪

二十数年前、朝倉美術館に行くのが目的で、帰りに谷中を通った記憶があるのだが、いまはおぼろげになっている。
今回は谷中に事務所を持つ人と会うのが目的で、年下の同窓生と共に日暮里にやってきた。
彼女はこのあたりに詳しかったので、まず昼食を有名な蕎麦店「川むら」ですます。みちのくそばというのを食べたが、わんこそばみたいな盛り付けでおいしかった。

そのあと「夕焼けだんだん」を降りて、商店街を抜ける。ゆっくりと入ってみたくなる店がずらりと並んでいた。Photo

用事をすましたあと、精肉店と青果店がひとつになっている店でホワイトアスパラガスとリンゴを買った。その少し先では、魚の切り身の専門店があったので、見るからにおいしそうな紅鮭の切り身を今夜の自分のおかず用に買った。
あとは夫の好物、白かりんとうを買う。ほかにもいろいろ買いたかったけれど、小鹿田焼きの店ですでに、中くらいの皿を二枚買ってしまって、荷物がかなり重いので、あきらめた。

ネコがいるので有名な場所と聞いていたが、この日は一匹も見かけなかった。
良き日本の味がすべてそろいそうな、この魅力的な場所、ぜひまた再訪しようと心に誓い、夕暮れの道を急いだ。

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