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2017年3月30日 (木)

続、あのときのこと

ミラノ、リナーテ空港には写真とそっくりの夫妻が笑顔で待っていてくれた。
日本が大変なときによく、無事に来てくれた、といってしっかりハグしてくれ、うれしかった。だが車でわずか五分ほど、着いた先は、送迎料70ユーロにしてはちょっと近すぎるという感じがした。

しかも、集合住宅地のようなゴミゴミした中をとおって、同じような一戸建てが沢山あるエリアのその一軒はかなり古びていて、中も雑然としている。古新聞が積み上がっていたり、クリスマスの飾りがまだぶらさがったままだったりしていた。

わたしの部屋としてあてがわれたのは、娘さんの部屋だったという二階の個室、ベッドは柔らかすぎて、寝心地はイマイチ、バスタブつきの浴室がそばだったが、ドアはしっかり閉まらない、かなり老朽化していた。

夫妻に感謝したのは、ピエモンテの別邸に行く途中、教会のミサに連れていってくれて、日本のために祈ってくれたことだ。あれほどイタリアの荘厳な教会での祈りの効果を実感したことはなかった。
もうひとつの感謝は、料理上手な奥さんのめずらしくておいしいメニューの数々、節約精神豊富で摘み草のサラダなども並ぶ。
けれどもキッチンの料理器具は何もかもが古びていて、包丁の切れ味もこれ以上ないほど悪く、ガスの火もなかなかつかない。

奥さんは元教師で、詩作もしているし、翻訳経験もあり、なにかの社会活動の役員もしているひとだったが、自分の自己実現に忙しくて、家の手入れや掃除にまで手がまわらないのだった。

ホームステイの応募者は数限りなくいたらしい。それをポケットマネーにしなくてはならないほど、経済状態は逼迫していたのか、知性維持が優先する、同年代のイタリア女性の暮らしの苦労を知った経験でもあった。(続く)

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