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2017年3月に作成された記事

2017年3月31日 (金)

続、続、あのときのこと

今回のフランチェスコ・ローマ教皇のミラノ訪問の詳細をもう少し知りたくて、グーグル・イタリアを検索してみたら、最初のリナーテ空港近くの団地の訪問先は、確かにあの団地の一角なのだが、老朽化しているアパートに居住し、高齢化や貧困、病気などの問題をかかえているイスラミック系の移民の家庭だとわかった。
欧州最大の問題の一つでもある難民受け入れと、テロ攻勢をけん制する目的も含まれているのではないかとも想像できる。Photo


そのあとはサン・ヴィットーレの刑務所で、百人の受刑者と50メートルもの長テーブルでランチを共にしたという。

社会的な弱者に寄り添うという教皇の強いメッセージが伝わってくる。

午後は近郊のモンツァ公園で一般市民100万人とミサを、そのあと、サッカー場では少年少女80000人を集めての集会。Photo_2


これまでとは異なる、親しみやすい、エネルギッシュな教皇のスケジュールであった。

2017年3月30日 (木)

続、あのときのこと

ミラノ、リナーテ空港には写真とそっくりの夫妻が笑顔で待っていてくれた。
日本が大変なときによく、無事に来てくれた、といってしっかりハグしてくれ、うれしかった。だが車でわずか五分ほど、着いた先は、送迎料70ユーロにしてはちょっと近すぎるという感じがした。

しかも、集合住宅地のようなゴミゴミした中をとおって、同じような一戸建てが沢山あるエリアのその一軒はかなり古びていて、中も雑然としている。古新聞が積み上がっていたり、クリスマスの飾りがまだぶらさがったままだったりしていた。

わたしの部屋としてあてがわれたのは、娘さんの部屋だったという二階の個室、ベッドは柔らかすぎて、寝心地はイマイチ、バスタブつきの浴室がそばだったが、ドアはしっかり閉まらない、かなり老朽化していた。

夫妻に感謝したのは、ピエモンテの別邸に行く途中、教会のミサに連れていってくれて、日本のために祈ってくれたことだ。あれほどイタリアの荘厳な教会での祈りの効果を実感したことはなかった。
もうひとつの感謝は、料理上手な奥さんのめずらしくておいしいメニューの数々、節約精神豊富で摘み草のサラダなども並ぶ。
けれどもキッチンの料理器具は何もかもが古びていて、包丁の切れ味もこれ以上ないほど悪く、ガスの火もなかなかつかない。

奥さんは元教師で、詩作もしているし、翻訳経験もあり、なにかの社会活動の役員もしているひとだったが、自分の自己実現に忙しくて、家の手入れや掃除にまで手がまわらないのだった。

ホームステイの応募者は数限りなくいたらしい。それをポケットマネーにしなくてはならないほど、経済状態は逼迫していたのか、知性維持が優先する、同年代のイタリア女性の暮らしの苦労を知った経験でもあった。(続く)

2017年3月29日 (水)

あのときのこと

今月のイタリア、ミラノ通信の最大ニュースはローマ教皇の訪問だった。就任以来初めてということでもあり、特別警戒態勢は大変なものだったようだ。テロの多い、昨今、ドゥオーモの大時計も万が一、爆破に使われたりしないように封印されたほどだったという。
教皇の最初の訪問先はリナーテ空港近くの、老朽化、環境悪化した団地だったという詳細ニュースにわたしはあっと声を上げそうになった。六年まえ、この団地内の一戸建ての家にホームステイしたことがあったからである。

すでに二十回近く経験しているイタリアでのホームステイは語学校の紹介であったり、イタリア文化会館の掲示板で見つけた情報だったりしたのだが、このときはネットに掲載されたイタリア在住の日本人女性からの情報だった。銀行の役員をしたあと、定年後はピエモンテの別邸にあるブドウ畑で収穫するブドウでワインをつくることを趣味としている夫妻の話、彼らはリグーリアの海岸沿いにも家をもっていて夏はそちらで休暇を過ごす。日本人のホームステイ客を歓迎するという情報で、上品で知的な風貌の夫妻の写真がついていた。

ミラノでのホームステイをまだ体験していなかったわたしはこの情報にとびついた。ステイ先との直接のやりとりがちょっとスムーズでなかったのは気になったが、仲介した女性はしっかりと取次をしてくれて出発の運びとなった。
ステイ先の夫人はまったくのアナログのひと、ご主人のPC経験もメールがやっとという状況であったのは、あとでわかった。

それが、災厄の日、3・11の一週間後のことである。
出発の日、羽田発のフライトは成田に移動し、韓国まわりとなって、ロンドン一泊が加わり、ヒースロー空港そばのホテルへの移動は預けたはずの大のスーツケースを受け取ることが加わり、ホテルに到着したのが深夜、およそ十時間以上の遅延、危惧はあったが、天変地異の影響は想像以上に大きかった。(続く、旅の詳細は本ブログ、旅行・地域、2011旅立ち、ミラノまで、を)


2017年3月24日 (金)

招かれて

スエーデン・アイビーの苗や花ダイコンのタネなどをくれた友人の家に招かれた。
ランチを一緒に、ということで、わたしが近頃得意にしているウィートブラウンブレッドのサンドイッチを持参し、彼女はパンプキンスープとキッシュとサラダを用意してくれていた。

表に面した広い前庭に、白モクレンが満開、しだれ桜の蕾もふくらんでいる。
これ見て、と指さされた先の家屋の裏手に紫色の花ダイコンが、ぎっしり咲き乱れていて、あとで写真に撮らせてね、と言っていたのに、ご馳走に気をとられて忘れてしまった。

しだれ桜の下に小さい池もあって、鯉と金魚が泳いでいた。でも上に粗い金網がかぶせてある。トリが食べにくるのだそうだ。きっとカラスのことだろう、と想像した。

食事が終わって、ゆったりした応接間に移動した。
ゆったりした間取りと無縁になった我が家から、こういう広いお宅に来るといつも、癒されるような気がする。うらやましいとは思わない。あちこち痛いからだで、こういう広い空間を維持するのはもう、無理とわかっているから。でもこのゆとりに身をおいているだけで、まもなく盛りとなる春を思いながら、お茶をのむ至福を共有する幸せに浸る寛容な気分を持てることが、うれしく思えるようになった自分も意識する。

ふいに大きな羽ばたきが聞こえたので、思わず立ち上がって前庭を見たら、びっくりした。
嘴の長いサギのような鳥が、降り立ったのである。
多摩川に住む野生のサギで、これが鯉や金魚を食べにくるのだそうだ。鯉がつっつかれて、傷だらけになっていたこともあったとか。
信じられない生態系の脅威を目撃した一瞬だった。

2017年3月21日 (火)

デパートの効用

最近、起床したときに、膝はもちろんだが、腰や股関節にまで違和感があるのが気になっていて、接骨院で相談したら、ベッドのマットレスの上に体圧を分散させるマットを敷いてみては、と提案され、早速購入することにきめた。

こればかりは実際に寝てみて実感してみたいと思い、二子玉川にでかけた。RISEに、寝具の店もあるのだが、そこでは横になって体験させてもらえなかったので、高島屋のSCに確か、西川があったのを思い出し、行ってみたのだが、見つからない。
結局高島屋の寝具売り場で、実際に寝てみてください、と体験させてもらえて、二枚のうちの一枚が格段に寝心地がいいのを背中がキャッチしたので、これって、どこの?と訊いたら、なんと西川の商品だったのである。SCの店が閉めたあと、高島屋が販売をすることになったらしい。
わたしの予算以上、三万円を超す高い買い物だったが、残された余生の三分の一以上を越す睡眠時間を快適にするためなら、安いと思うことにして、購入を決めた。

二週間後のいま、寝つきの悪さがまったくなくなり、朝は膝以外の違和感はまったくなくなった。
膝もいったん起きだしてしまえば、スタスタとあるける。あとは調子に乗らないで、無茶な外出を少なくすることだろう。ま、年相応の状況なのではないか。

もうひとつ、久しぶりのデパートで収穫があった。「味百選」という催事があって、そこで京都「なり田」の漬物の中にフキノトウを見つけたのだ。京都の漬物店は二店出ていたが、試食して比べて、ここに決めた。ちょうど、お礼をしたいと思っていた同年齢の友人二人にも、しば漬けと、フキノトウをセットにして送ることにした。そこの店員、親切で、ここから送るより、郵便局で送ったら、ずっと安く済むよ、などと教えてくれるのである。

友人二人からは狂喜のような礼状がすぐに来た。やはりわたしたち世代は旬ということに、ことのほか敏感であるのを共有しているのだ。


2017年3月18日 (土)

続、危うい買い物

夫のオデコの傷はまだカサブタがとれるまでになっていないが、今回のことがあって、彼もいろいろ考えたらしく、これからはリュックをしょって、両手に杖を持って歩く、ポールウオーキングをやってみようかと思う、と言い出した。
彼の運動不足がとても気になっていたので、まずは大賛成。

たまたま介護センターのケアマネージャーさんが三か月に一度の訪問をしてくれる日だったので、相談してみることにした。
ちょうどこの月末、「ポールウオークでお花見」という催しがあるとかで、ぜひ、ということになり、参加の申し込みをしてくれるという。
およそ、近所とのつきあいや、催しなどははなから毛嫌いしていたのに、どういうかぜのふきまわしか、一大変革である。

このごろスキーのストックを両手に持って、歩いているひとをよく見かける。きょうもバス停でそういう出で立ちの高齢男性がいたので、話しかけてみると、若い時のスキーのストックの先に一個500円のゴムカバーをつけて、使っているのだという。

我が家のスキー用品はもう、引越のとき処分してしまったので、ポールは買わなければならないのだけれど、とりあえずはレンタルで様子を見ると、夫はかなり積極的に計画をたてているようだ。

ゆうがた、娘が孫息子と二人して、ビールの缶や、ポカリスエットなどを大量に届けてくれた。食料品もこれからはネットで買ったら?を提案しながら、夫の傷を見て、いまはどうもなくても医師に診てもらったほうがいいとすすめる。

孫娘のオーディションのその後の話になり、彼女は予想どおり選ばれなかったけれど、あのあと、審査員の説明のとき、予選のときは彼女が一位だったのだそうで、励ましをもらったのだという。いまは、オーケストラの一員になるべく、オーディションを受けまくると、張り切っているらしい。

東京以外できまってしまうと、わたしがひとりになるのも、もうすぐという気がする、と娘はちょっぴりさみしそうな顔を見せた。

2017年3月13日 (月)

危うい買い物


土曜日はブリッジトーナメントの日で、夕食はオレがつくるよ、と言ってもらえたので,夫にまかすことにした.。

帰宅すると夫がおでこの真ん中にヒエピタを貼っているので、どうしたの?と訊くと、タクシーに乗ろうとして転んだのだという。
あぶなかったよ、ショウちゃん帽かぶってたから、この程度ですんだけどさ、オマワリサン三人に助けてもらって、車乗ったんだ・・・

なんでも六本木の明治屋まで行ってベーコン買い、(夫は六本木の明治屋のベーコンにこだわっている)帰りに自由が丘に出て東急で得意のレシピ、「パプリカポーク」の材料を買い、ついでにビールのどごしの小缶二個、ポカリスエット二缶、おまけにコーラまで買ったら、かなりの重さになったのだという。そうだろう、それに杖ついてるのだから、どだい無理。
東急からタクシー乗り場に歩きながら、相当よろよろしていたらしい。
そして転んでしまった。前に倒れたので、おでこを打った・・・

三人のポリスがさ、オレのこと「おとうさん、大丈夫ですか?」って何度も訊くんだよ。
そうそう、わたしがいつかタクシーにぶつかりそうになったとき検証したオマワリサンも「おかあさん、どのへんにいたのか、おしえてください」って言ってた。

呼称がおかしい。ヘンな呼称で呼ばれるより、主語はぶけばいいのに。
でも神さまにお礼を言わなければ、よく無事で帰ってこられたものだ。それに、クリスマスプレゼントだった、娘からの毛糸編みのショウちゃん帽、これもお守りみたいなもの。

あとでヒエピタはがしたら、赤むけみたいになっていて、そこにヨーチンつけて手当をした。寝るまえはわたしがお風呂に入っていたので、息子がやってくれたという。買い物には行かないほうがいい、とまで言われたらしい。

夫は料理をつくりたいひとなので、ついつい甘えてしまうけど、なるべく材料はそろえておいて、買い物を少なくしなくては、とつくづく思ったのだった。

2017年3月 7日 (火)

咲いた!!

002
ストレプトカーパス・サクソルムという舌をかみそうな名前のケニア産、イワタバコ科の植物。
教会のオルガニストのお宅に招かれ、スタンウエイのピアノとパイプオルガンのある、超豪華なリビングルームにこの植物の大きな鉢があって、薄紫色の花が沢山咲いていたので、きれいですね、とほめたら、これって、葉っぱ水にさしておくと、すぐ根が生えてきて花も咲くのよ、よかったら、持ってかない?と言われ、一束の葉つきの枝をもらうことになった。このゴージャスルームに比べると門番小屋みたいな我が家、そこで、果たして花まで咲くのか、とちょっとひがみたくなったが、言われた通りにしたら、三週間ほどで、ほんとに花ひらいた。
葉っぱはベルベットみたいに分厚く、いかにもお金持ちの家の葉っぱなのが、ちょっと好みじゃないのだけれど・・・
003
我が家のミモザに花を望むのはもう無理かと思っていたら、わずか数か所だけど、花が開いた。やはり、この黄色、独特だな、と思う。ご近所で二軒ほど、ミモザらしい樹が花をつけていたけれど、なんだか勢いがなかった。
日本ではむずかしいのかしら、この花の樹・・・
001
近くの友人がくれたハナダイコンのタネ、撒く場所をようやく探し、陽のあたらない、こんな狭いところなのに、花開いてくれた。毎朝一番にこれを見ると、元気が出てくる。よく育ってくれました。ありがとう。

2017年3月 5日 (日)

オーディション

孫娘のオーディションを観に来ないか、という娘からの誘いの電話をもらった。
金管楽器のファイナリストのオーディションで、46人中5人の中に選ばれたのだという。
その中からたった一人が、オケと共演できて8万円の出演料をもらえるのだ、とか。
5人のうち、女性は孫娘だけで、あとは全部男性。
場所は川崎ミューザ。
トランペット、ユーフォニアム、テューバ、そしてトロンボーン二人、孫娘は最後の出番で、しかももう一人のトロンボーン奏者は彼女より2年下の芸大生である。
彼女は芸大入試に失敗、授業料全額無料といって招かれた私立の音大に通っている。
しかも、しかも、二人同じ曲を吹かされるのだ、こりゃ、もうダメ、さぞ、プレッシャーだろうと同情した。

休憩まえにトロンボーン以外が演奏、ユーフォニアムとテューバは大学院卒の、超大柄な男性、出る音も迫力だった。
娘が言った。このうちのどっちか、もう決まったようなものよ、と。

トロンボーンの芸大生もすごい太め、だから音はかなりの迫力だったけれど、このトマジの曲は、曲想がつかみにくい、楽しくもなんともないメロディ、このあとは大変だろう、と、ますます不安。

孫娘はぴったりした黒のパンツに、襟のあいた黒シャツという、すっきりした出で立ちで、大男ばっかりのあとだったので、すごく可憐に見えた。
こんな女の子に金管がふけるのか、と思われそう、でも始まりの音は澄んでいて美しかった。落ち着いて吹き切ったと思う。なにより、楽しくもなんともないメロディを、聴かせる魅力がそこにあった。
終ってから、「よかったよ、というタイトル、あなたの演奏には確かな音楽があった!!」とメールを送った。

そのあと一緒に食事をする約束だったので、エスカレーターを降りると、孫娘は同級生数人に囲まれていて泣き顔だった。「思うようにできてない、悔しい」と言ってまた涙ぐむ。
娘が言った。「泣くのは、まだ上昇志向が残ってる証拠、大丈夫」

もう、わたしの出番を必要としない、親子関係を見たという気がした。

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