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2016年10月28日 (金)

続 なつかしさの限界

さて、当日の日曜日、彼女を迎えに行きたいはやまやまだが、出席者はみな足つき怪しく、子供たちも孫たちも予定があって頼めず、兄の子供たちも同様だとわかっていたので、メールでホテルからタクシーで来るように、道順を詳しく書いて送っておいたのだが、なんだか心配だと話していたら、夫がやはり迎えに行く、と言い出した。
そのやりとりを聞いていた息子が、いつも多忙なのでまったく当てにしていなかったのだが、ぼくが行こう、と、すぐに出かけてくれるというハプニング。息子もかつて数十年まえ、エイちゃんがまだエルパソに住んでいたとき、泊りにいって歓待してもらったときのことを覚えていたのだろう、タクシーの中でとても会話がはずんだらしく、到着してからは、この数年会っていなかった兄夫婦とも挨拶をかわすことができ、これが久しぶりの近親の集まりの最初の和やかさをかもしだすこととなった。

今回一番気がかりだったのは、会話がはずむかしら、ということだった。エイちゃんは子供たち三人がアメリカ人と結婚しているので、日常の会話は英語ばかり、日本語を書くことはあやしく、わたしとのメールもすべて英語、電話のときは日本語がまじるけれど、肝心の要件は英語になる。

でも全員が日本人だと不思議と日本語がよみがえるようで、気がかりは消えた。ただし、日本語の微妙な言い回しを忘れてしまっているらしく、経済状態などの表現がすべて、「金持ち」か「貧乏」、豊か、とか余裕がある、恵まれている、生活がきつい、とかの語彙は消えてしまっているらしい。それが幼い時の思い出話になると、苦労話はけっこうアケスケな表現になるので、わたしはちょっとはらはらしながら、二つの国にまたがって生きてきたひとの言語生活の問題点を感じ取っていた。

料理で彼らが一番喜んだのは黒豆とナマス、デザートよりもこれよ、と熱いお茶をのみながら黒豆を二度も三度もお代わりする。

帰りは兄夫婦がタクシーでエイちゃんをホテルに送り届け、その日の集まりはなんとか無事に終った。(続く)


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