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2016年10月に作成された記事

2016年10月30日 (日)

続、続、なつかしさの限界

もてなし行事は終わったものの、このままではいけない、という気がしていた。
エイちゃんはわたしの実母の血筋をひく最後の生存女性、目もとなど、晩年の母にそっくり、はっきり本音をいうさばさばした気性も、在りし日の母を思い出させる。この、大好きなひとと、まだ話がし足りていない、もう一度会わねばと心の声が叫ぶ。
翌日の午後のフライトで離日することがわかっていたので、朝方、帝国ホテルに出かけることにした。

四年まえシアトルの家を訪ねたとき、エイちゃんはちょうど今のわたしの年齢だったのだ。
危なげないハンドルさばきで車をあやつり、わたしが行きたいところはすべて連れていってくれた。シアトルのステイのあと、わたしは、かつて暮らしていた、シカゴ郊外のエヴァンストンを訪ねたのだけれど、帰途、もう一度シアトルの空港経由で日本に戻るとき、わざわざ空港までやって来て、新鮮なカキが手に入ったので、とカキフライのお弁当を持ってきてくれた。まさに実母が生きていたらそうであったろうというような思いやりをくれたのだ。あのときの彼女の年齢になった今、わかる。わたしを歓待するためにどれほどの努力をしてくれたか、を。

帝国ホテルは旅行者ですごく混雑していて、昔の格調高いイメージとは異なる雰囲気だった。エイちゃんのツアーメンバー十数名はすべて日系のアメリカ人、ほとんどが七十歳以上、九十を超えた夫婦も参加している。何十か国も旅行したとか、クルーズに何度も参加したとか、お金持ちが多くて話が合わない、と聞いていたが、メンバーの多くは、疲労のせいなのか、笑顔が少ない。親類縁者が送りにきているひとはいなかったので、付き添いに来たのは正解のようだった。ツアーコンダクターがシャトルバスのチケットをもってくるのを待っているあいだ、ロビーのベンチに並んで腰かけていたが、コンビニで買ったというおにぎりをおいしい、おいしい、と言いながら、ほおばっているひともいた。エイちゃんもホテルの朝食のおかゆがすごくおいしかったと話していた。祖国の食べもの、それだけは、境遇は違ってもこの人たちに共通するなつかしさなのだろう。

集合時間が12時45分だというひとと、1時45分だというひととがいて、はっきりしない。エイちゃんも補聴器がどこかにいってしまったと、バッグの中をかきまわしている。同じようなトラブルをかかえているひとも多いのかもしれない。
エイちゃんだけみなより一つバッグが多い。おみやげで増えてしまったらしい。バゲージクレームしなければならなくなると面倒なのではないか、とよぎる心配を打ち消す。
いやいや、ここは親切を頼まなければしてくれない外国とは違う、親切をしたくて待っているひとばかりの日本なのだから、大丈夫。

くれぐれも気をつけてね、エイちゃん、わたしは心をこめてハグを交わし別れた。

2016年10月28日 (金)

続 なつかしさの限界

さて、当日の日曜日、彼女を迎えに行きたいはやまやまだが、出席者はみな足つき怪しく、子供たちも孫たちも予定があって頼めず、兄の子供たちも同様だとわかっていたので、メールでホテルからタクシーで来るように、道順を詳しく書いて送っておいたのだが、なんだか心配だと話していたら、夫がやはり迎えに行く、と言い出した。
そのやりとりを聞いていた息子が、いつも多忙なのでまったく当てにしていなかったのだが、ぼくが行こう、と、すぐに出かけてくれるというハプニング。息子もかつて数十年まえ、エイちゃんがまだエルパソに住んでいたとき、泊りにいって歓待してもらったときのことを覚えていたのだろう、タクシーの中でとても会話がはずんだらしく、到着してからは、この数年会っていなかった兄夫婦とも挨拶をかわすことができ、これが久しぶりの近親の集まりの最初の和やかさをかもしだすこととなった。

今回一番気がかりだったのは、会話がはずむかしら、ということだった。エイちゃんは子供たち三人がアメリカ人と結婚しているので、日常の会話は英語ばかり、日本語を書くことはあやしく、わたしとのメールもすべて英語、電話のときは日本語がまじるけれど、肝心の要件は英語になる。

でも全員が日本人だと不思議と日本語がよみがえるようで、気がかりは消えた。ただし、日本語の微妙な言い回しを忘れてしまっているらしく、経済状態などの表現がすべて、「金持ち」か「貧乏」、豊か、とか余裕がある、恵まれている、生活がきつい、とかの語彙は消えてしまっているらしい。それが幼い時の思い出話になると、苦労話はけっこうアケスケな表現になるので、わたしはちょっとはらはらしながら、二つの国にまたがって生きてきたひとの言語生活の問題点を感じ取っていた。

料理で彼らが一番喜んだのは黒豆とナマス、デザートよりもこれよ、と熱いお茶をのみながら黒豆を二度も三度もお代わりする。

帰りは兄夫婦がタクシーでエイちゃんをホテルに送り届け、その日の集まりはなんとか無事に終った。(続く)


2016年10月26日 (水)

なつかしさの限界

この三週間というもの、在米六十年で、十日間の温泉めぐりのツアーに参加して訪日する従姉妹のエイちゃんを我が家に迎える準備で忙しかった。
彼女は帰国まえ二泊を帝国ホテルに宿泊し、最後の日がフリーだというので、わたしと兄がホテルに出向こうかと思っていたのだが、彼女自身はできることなら、我が家を訪れたいと言うため、その段取りに手間どることとなったのだ。

なにしろ、彼女が85歳、兄夫婦が87歳と82歳、エイちゃんは甲状腺を手術したばかり、足は大丈夫そうだが、電話で話をしたときもゴホゴホ咳をしていて怪しい。兄は膝の手術をしたあとも、もう一度外科系の手術で退院したばかりだし、義姉は股関節の片方を手術したあと、もう片方に痛みが出ているという状況。老人集団のイヴェントは実現まで不安がつきまとう。

わたしは、シアトルのエイちゃんの家には四年まえに訪ねたことがあるのだけれど、兄のほうはアメリカに一度も行っていないので、エイちゃんは、四十年も会っていない兄に、これが最後になりそうだから、どうしても会いたいという。

兄夫婦は病気やら体調不順やらで、新築の我が家に一度も訪れていない。この機会に家を披露できるし、いろんな意味で近親の集まりの最後になるかもしれないから、手料理をふるまい、よい思い出にしてもらおうと計画することとなった。

まずはリビングルームも応接間もない、せまい我が家、せめてダイニングルームをなんとか居心地よくしたいと考え、出窓に張り出したベンチにマットを敷くことにした。ところが三週間と言う余裕があっても、間に合わせるところがなかなかなくて、結局、我が家のインテリアデザイナーだったNさんの紹介のところに頼むことになった。ただし、見積もりの値段を言わないので、かなり高額になる予感を持った。

献立はいろいろ考えた末、みな老人だし、昼にしつこいものは好みではなさそうなので、和食中心、エイちゃんの好きな五目チラシとお正月料理みたいな黒豆、五目きんぴら、キューリと大根、揚げ、人参のナマスに、豆腐の赤だし味噌汁、デザートはイタリア式マチェドニア風フルーツサラダに決めた。あまり野菜一色なので、あと春巻きでも作ろうかと思ったのだけれど、二日前から用意していたのに、刻み仕事に疲れはて、春巻きどころではなくなった。(続く)

2016年10月20日 (木)

手づくりデザートのティータイム

この夏不安定だった食欲は完全に回復したので、しばらく控えていた間食をまたするようになってしまった。「なってしまった・・・」と書いたのは、それをいいと思っていないやましさが含まれている。

でも一日家にいる日など、三時を過ぎると、きまってコーヒーや紅茶を入れて、好みの甘いものを食べたくなる。それが精神の癒しとなるのであれば、やましさは消される。

甘いもの、コーヒーや紅茶に合うものはクッキーやケーキだが、買ったものは食べない。
一切れ四百円以上もする高価な割にはおいしくないものより、少々雑でも自分で焼くものが口に合う。

分量も、作り方も、そらんじているから、パッツパラパーとできあがる。ひんぱんにつくるのは、クルミやレーズンを入れたバナナケーキ、ラム酒を加えると風味が増す。同じくクルミのほか、レーズンや果物の砂糖漬けをラム酒やアプリコットブランデーなどに漬けこんだものを加え、クローブ、ナツメッグ、ジンジャー、シナモンを効かせたフルーツケーキなど。そらんじているのはいいが、ついつい砂糖を少な目にしてしまうと、わたしにはちょうどいいのだが、夫からきょうのは甘味が足りないなど、のコメントが出てしまう。

秋のこの時期、アップルパイもよく焼く。パイ生地は冷やしたり、何度も折ったりするフランス風ではなく、ふるった粉にバターとミルクを手早く混ぜただけのアメリカのカントリー風だから、見場はいまいちだが、素朴で手間いらず。もっと簡単で味もいいリンゴデザートはパイ生地にブラウンシュガーをまぜて、まぜただけでこねず、それをリンゴの薄切りを敷いた上に散らして焼く、おばあちゃまのアップルベッテイと言うレシピ、そのほかバターを使わずサラダオイルを入れて焼くアップルケーキなど、アップルレシピは多数。

思えば、料理を習いはじめて最初に我が家で試みたのはケーキのレシピ、歴史は長い。しかもアメリカ生活で、フランス風の手のこんだやりかたではなく、クッキーも生地をスプーンですくって焼くという簡単でいかにも手作り風なのが、気に入り、滞米中のレシピは数知れず。

このごろ気に入っているのは朝、ジャムがわりにカスタードクリームをつくってトーストに塗って食べるというもの。
粉大匙一杯半、砂糖大さじ三杯を泡だて器で良く混ぜ、それにミルク半カップ、加えて火にかけ、弱火でかきまわしながらとろっとなるまで煮る。固まりかけたら火からおろし、玉子の黄身を素早く加えかきまわし混ぜ、ちょっとだけ火を通し、おろしてから、アーモンドエクストラクトを加えるというもの。ヴァニラエッセンスでもいいが、わたしはアーモンドの刺激的香りが好き。

だまされたと思ってお試しあれ。トーストによく合います。

2016年10月16日 (日)

植木屋さん来る

植木屋さんがようやく来てくれて、小さな庭は人間が整髪したあとのような、すっきり感がただよっている。

仕事に依頼をしてから、なんと三か月、今回も明日うかがいます、という電話をもらったのに、その日が雨、では翌日、それも雨、三日目にようやく実現の運びとなった。
我が家のお出入り、ヤマダさんは、朝七時半にあらわれ、午後一時半で、すべて終了、両脇の小石を張り巡らした通路に入り込んでいる枯葉まですべてきれいにとってくれる、相変わらずの見事な仕事ぶりで、しかも料金17000円。
頭を下げたくなる良心的な値段である。
一か月前、近所の仕事のついでに、すませてあげるよ、と声をかけた別の植木職人、50000円という料金、ひどくふっかけたものだと、あらためてあきれた。

ヤマダさんのハシゴが木製で竹をつっかえ棒にしたいかにも使いこんだものなので、これはまた、随分時代ものね、と言ったら、いまはアルミの軽いものを使ってるところが多いけれど、自分はあれだとどうも安定感が足りなくていい仕事ができない、やはりこれでないと・・・と言う言葉の説得力を感じた。Hasigo

彼はこのハシゴの大中小を使いこなして、危なげなく仕事をこなす。

我が家のシンボルツリーのミモザは花芽のついた先のほうをほとんど切られてしまったから、来年も花盛りは望めそうもない。花が咲き終わった直後に切るのが一番効果的なのだそうだが、天候に左右される現在の植木事情に、それは望めそうにない。
この樹をシンボルツリーに選んだことがそもそも間違いだったと、認めはじめている。

近所の花友だちが、あなたのために種をとった、と届けてくれた花ダイコンを、撒く場所もなく、究極の選択で、隣家との境のわずかな隙間に撒いたら、立派に発芽した。Photo


ヤマダさんが気をきかせて、雑草とまちがえて抜いてしまうのでは、と気が気ではなく、何度ものぞいてみたが、それはなかったので、安心した。

2016年10月12日 (水)

べジブロス効果

タウン誌はいつもざっと目を通す程度なのだが、今月の東急『SALUS』は保存版となった。
べジブロスの記事に目を惹かれたからだ。Photo


昨年テレビ『あさいち』でも放送されたというがわたしは見逃していた。野菜くずなど、や、野菜室の使い残りや余りものをちょっと酒をふってあとはぐつぐつ弱火で二、三十分煮るだけ。
そのスープがいろいろな料理に活用できる。抗酸化作用、免疫力もある物質が凝縮され、料理の味も高めるというもの。
 
野菜好きのわたしの野菜室はいつも満杯、ついつい外食したり、うっかり出来合いのおかずを買ってきてしまうと、野菜は使われぬまま、鮮度が落ち、ごみ扱いしてしまうことにもなる。

べジブロスをつくるようになってから、そのやましさは消え、料理のレパートリーも広がった。記事にあった麻婆ナスとキャベツ巻きをつくってみたが、味がまろやか、スパゲッティの仕上げのトマトソースにちょっと混ぜただけで、味にコクが出た。

ともかく、目下はいいことづくめ、きのうは中華そばをつくったが、ヴェトナムのホーみたいな味になって、御飯食のあいだの、麺メニューに自信が持てるようになった。

味噌汁の出汁がわりにもイケる。

夫は健康診断で目下悪いところなし。それを友人たちに話したら、それはあなたのお料理のおかげなんじゃない、と持ち上げてくれるひとがいて、小さな努力がむくいられている気がした。

2016年10月 7日 (金)

その後の越し方

先月の接触事故のあと、二週間ほどして、そのとき接触した腕がふれていた脇腹のあたりに、違和感を感じるようになったので、またあのO整形に出かけてレントゲンを撮ってもらったが、異常はうつらず、ひとまずほっとした。
筋トレをしないほうがいいか、と質問したら、医師はあきれたような顔をして、「あなたね、痛みを感じてここへ来たんでしょう? 筋トレなどしないほうがいいに決まってるじゃありませんか」
「でも先生、筋トレを続けていたおかげで、ひざの痛みを感じずに歩けるようになったので・・・」と言い返す。

上から目線の甲高い声で、患者のかかえている痛みはすべてその生き方に原因があると、断言するこの医師に、わたしはどうも好感が持てない。

「筋トレなんかしなくても、治っていたと思いますよ。好きでもない筋トレをしなくちゃいけないっていうふうに、自分を追いやっている無理が、接触事故なんかに遭うっていう原因になってたかも知れませんからね」

彼は有名婦人雑誌に、肩こりや腰痛、膝の痛みなどの裏には、心の奥に抑圧している、様々な怒りや悲しみ、人間関係のあつれきなどが隠されていることが多い、という理論を売りにして記事を書いたばかりだ。

この医院の近隣に住む私の友人たちは、みな腹を立てて、二度と行かないと言っているのもわかる気はするのである。

でも、帰宅してからよくよく考えてみると、確かに、カーブスに週、二度通うのはちょっとキツい。もともと身体を動かすことがきらい、楽しんで行っているのではないのだ。自分を追いやっている。

医師の言葉に腹をたてるのは、そこに言い当てられている部分も少しはあるからだ、そう思って、筋トレを十日ほどやすみ、かわりに、保険が支払ってくれるマッサージにかかることにした。

しなければならないことから自分を解き放つのも、よし、と思うここ数日、もっとゆったり生きよう。

そういえば、医師は言った。年齢なんか忘れたほうがいいですよ、わたしだっていつ死ぬかわからないんですから。そうなったとき、ああ、あなたに言っておけばよかったと悔やまないようにするために言ってるんですから、と。

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