『ある天文学者の恋文』を観る
一作の映画を観たあとで、自分とまったく同じような感性でうけとめているひととの共感をわかちあう至福を、このブログを書いていることで得られるようになった、その友人、K子さんから面白そうな映画がくる、とおしえられて、共に観たジュセッペ・トルナトーレ監督の新作『ある天文学者の恋文』、最初から最後まで画面に目をすいよせられつつ、観終った122分だった。
親子ほどに年の違う、老天文学教授とその教え子の恋物語である。
六十代後半のジュレミー・アイアンズ、往年の二枚目も、この年齢、大画面で老醜は隠しきれないのではないかいう懸念があったが、ギリギリセーフ。何といっても、折り紙つきの演技力だし、品格と知性ただよう風貌は、人生の最後までロマンスを全うできる役柄に、これほど打ってつけのひとはいない。
相手役のオルガ・キュリレンコ、ウクライナ出身の女優、魅力的だが、たくましいと言いたいほどの大柄である。
冒頭近く、場面が一転して、映画をまちがえたのではないかと思うほどのアクションシーンが展開、彼女は天文学専攻の博士課程に在籍しながら、スタントウーマンのバイトをしているのだった。
それが妙にハマッテいると思って経歴を調べたら、007のボンドガールだと、わかって、なるほど・・・
死と隣り合わせの、軽業のような仕事をなぜ、そこまでするか、だが、それには、この女性の封印されている謎の過去が関係している。
老教授は死病にとりつかれ、亡くなったと報道がありながら、嘆き悲しむ彼女のもとに、まるで彼女の行動をどこかで盗み見ているように思われるほどに、機を逸せず、カードや、メールや、プレゼントが届く。二人のやりとりはメール、携帯、スカイプ、ビデオメッセージという現代の通信技術の粋をきわめたものだ。そのスピード感に、どれがいつ、どうなってと推理が追いついていかぬほどの、展開でストーリーは進む。
だが、その恋文がただの通信手段に終わっておらず、観客の心に残る重みを保っているのは、この教授が現在の通信技術以前の書き言葉で相手の心をとらえる時代に生きていたからこそであろう。
めまぐるしさばかりではない。教授の別邸、オルタ湖上のサン・ジュリア島の風景画面はうっとりするほどのゆとりの美しさに酔わされる。
二年まえのマッジョーレ湖上のペスカトーレ島のステイに思いを馳せ、なつかしさがこみあげる場面でもあった。
忘れがたい画面が目の奥に残っている。ヒロインが悲しみをこらえつつ、公園のベンチに座っているとき、一匹の犬が近づいてきて彼女に何かを訴えるように見つめるそのシーン、それと前後して一枚の枯葉が彼女の部屋の窓にはりついて、意味ありげにはためくシーン、トルナトーレ監督の真骨頂とも言える映像美の魔術だ。
あまりにも沢山の要素が入り混じる映画ではあるが、それでも納得しつつ見入ることができたのは、一人の人間の死を濃密にとらえて、描き切ったからだろう。
このところミステリー、サスペンスの世界で観客を魅了することを究めつつあるようなトルナトーレ監督はまだ六十歳、画面に人生観と映像美を混入する術も頂点まで達しそうな気がする。
強盗におそわれて頭部を怪我したりする災難があったらしいが、どうか長生きして私たちを楽しませてもらいたいものである。
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・コメント
Mrs. Kazukoさま
旅行会社やガイドにセットアップしてもらうのに慣れてるうちの両親には、考えられないような、旅の仕方ですよね :0 でも、地元の文化や生活を体験するには、良い宿泊の仕方です。一人旅って、積極的に周囲の人に話す機会が多いので、楽しいですね。海外は、どちらへいかれましたか?お気に入りの町/国は?
投稿: megumi masuda | 2016年10月 5日 (水) 19時37分
megumiさま
コメントありがとうございます。
四十余年まえアメリカ、イリノイ州エヴァンストンに四年暮らしてから、海外で暮らす楽しさが忘れられず、暮らすような旅を求めて、一人旅をはじめました。
カナダのローレンシャン高原に紅葉を見に行ったのが最初の一人旅、その後、一人旅に一番ふさわしい国、生きる喜びを味うことのできる、イタリアを知り、二十回以上出かけました。
でもあなたのairbnbを使いこなせたら、最高ですね。もうそれには体調の懸念が大きく、いまのわたしには無理ですけれど・・・
投稿: ばぁば | 2016年10月 5日 (水) 21時00分