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2016年6月に作成された記事

2016年6月30日 (木)

弾く喜びを取り戻す

小さいときから讃美歌が大好きだった。

歌いなれている好みの曲がいくつかあるのに、所属教会の礼拝で、歌われることはめったにない。選ばれているのは音程がとりにくく、歌っていても楽しくない曲ばかりである。
不満がつのって、選曲にリクエストはできないのか、と古参の男性信者のひとに訊いてみた。
あなたはどれほど、讃美歌というものを知っているのか、と、こちらが鼻白むような返事が返ってきて、わたしは沈黙した。
あとで、そのひとが牧師からそういうことを言うものではないと、注意を受けたと言ってあやまってきたのだが、わたしはそのとき、今こそ讃美歌をもっと知らなければならない、と切実に思った。

でも家を小さくするときに、ピアノを手放してしまったので、弾きたくても弾けない。
娘のピアノを弾かせてもらえばいい、とも思ったのだが、なかなか出かけて行くチャンスがない。
銀座の山野楽器に行って気が付いた。そうだ、キーボード楽器を買えばいいのだ、と。
そのことを娘に話したら、使ってないのが、あるから、あげる、という思いがけない返事をもらった。

そして届けられたキーボード、このところ、毎日にように弾いている。
初歩的な演奏方法のみ、娘から伝授されたので、とりあえず、VOICEに含まれるキーボード13項目をためす。
ピアノを初めとして、ハープシコードやパイプオルガン、アコーディオンの音まで出せるのだが、いろいろ試した結果、意外にも讃美歌に一番ぴったりの音はEオルガンだった。
ネットで調べたら、Eオルガンとは、ハモンドオルガンと称するもので、空気感に富む明朗な音色、を出すと言われている。
和音がきまったときの快感が何とも言えない。
讃美歌、367と500番を交互に弾いてみる。一番好きなのは“うるわしの白百合”だが、お葬式によく歌われると聞いてからは、なんとなく進んで弾く気がおきない。

取扱い説明書がついていないので、取り寄せようとヤマハに電話したら、ウェブでマニュアル・ライブラリーを検索すれば、全部わかります、とのこと。
便利になったものだ。

2016年6月23日 (木)

二重敬語の誤り

教会で若い伝道師が祈祷の言葉をのべたとき、神様はこの世界をわたしたちのためにお創りになられました、というのを聞いて、平静ではいられなくなった。
二重敬語の誤りである。

巷には、この種の誤りが氾濫している。

動詞、創るを敬語にするには「お~になる」を当てはめればよい。その語尾の「なる」、を更に尊敬語のなられるにしてしまうと二重敬語となってしまう。敬語を二つ重ねたからといって、尊敬が増すわけではない。聞き苦しい誤りに過ぎない。
電車の中では、「車いすをお使いになられる方・・・」などというアナウンス、テレビのインタビューで、スターやタレントが「おっしゃられて・・・」などの二重敬語を発する。
おっしゃるは「言う」という動詞の不規則敬語、おっしゃって、だけで十分敬語なのに、なぜか「お~になる」づくりと混同するのか、この間違いを発する人は多い。

『真田丸』のせりふにまで「お館さまが馬にお乗りになられる・・・」というのが出てきたときは、耳を疑った。
NHKには、もはや敬語をチェックするひとは、いなくなったのであろうか。

いまから四十年まえ、四年間のアメリカ生活を経験して帰国したあと、日本語教師となって十年ほど働いた。各国の大使や、外資系の会社の役員に教えたり、クラス授業を受け持ったりしたが、日本人に日本語を教える仕事もした。つまり、敬語の教師である。
デパートや、大手会社の秘書課、ホテルなどにおもむき二日から三日をついやす講習にたずさわった。
生徒はみな新入社員、敬語の作り方や、場面をしつらえて実技練習など、彼らはまるで外国語を習うかのように、戸惑っていたのが不思議だった。
敬語は幼いときから、家族が目上のひとや他人に話すときの正しいやりとりをよく耳にしていないと、成人してからの講習だけではなかなか身につかないものである。

説教が仕事となる伝道師にはきれいな、正しい日本語を話してほしい、と、思い切って電話し、気づいたことを話したのだが、とても素直な納得を得たうえに、感謝してもらえて、ほっと胸をなでおろしたのだった。

2016年6月19日 (日)

近隣の花たち

001
今や真っ盛りのルリマツリを愛好する日本人は多いが、イタリア人は雑草のような扱いで、毛嫌いする。粘着性が強いので、花の中にもぐったペットが紫だらけになって、往生したとか、洗濯物を洗いなおすのに、手間取ったとか・・・でもいったん根付くと手間いらず、繁殖してくれるので、眺めている分には、好ましいのである。
002
春はクチナシ、秋はモクセイ、香りのある木の花は季節を語る好ましい植物。でもクチナシは咲き始めはこのように美しいが、枯れたあとが薄汚く哀れである。

003

アジサイの中でもこの「隅田の花火」が一番好きだ。華麗ではないが、なんとも咲きっぷりが奥ゆかしく美しいのである。

2016年6月15日 (水)

ふりかけ求めて

近頃、いつもおいしいと思って食べていたものが、それほどおいしくない。自分の料理の腕はかなり自信があるのだが、それも出来不出来がある。

娘一家が、夕飯、ごちそうして、とやってくることになったので、チーズ入りチキンカツと、ラタトゥユ、サラダライス、トマトソーススパゲティなど、つくり、彼らは、おいしい、おいしい、と平らげたが、自分はあまりおいしいとは思えなかった。

健康上の問題ではなさそうなので、高齢現象のひとつかと推測しているのだが、こんなとき、白いごはんには、ふりかけをかけたくなる。茅乃舎の出汁からつくる自家製ふりかけにもちょっと飽きてしまって、なにかないかな、と思っていたら、きのうの『あさいち』テレビで熊本のふりかけが紹介されているのを観て、これだ、と思った。

歯科の予約,12時からのをすませたあと、早速、銀座へ。
ソニービルの角を曲がって日動画廊の隣、熊本アンテナショップに辿りつく。
さぞ行列が、と想像していたのだが、わたしのような高齢女性が大勢いたけれど、そのふりかけ、『御飯の友』はまだ残っていた。Photo

名前が不確かだったので、売り場のひとに、これってテレビで紹介されたものでしょ?とたずねたら、そのひとは不審そうな顔をしている。今朝『あさいち』観て、わざわざ来たのよ、と言うと、後ろの白髪の男性も、わたしもそうなんですよ、と大きくうなずく。
熊本で八十年続いてるって言ってたわ、と言うと、そうです、これです、と応えたので、二十パック入りを二つと、ゆずこしょうふりかけ、というのもついでに買った。

松屋デパートの田中屋でおそばを食べる、これも初めて食べたときのおいしさとちょっと違うような感じ。
さて今夜のごはん、味噌汁だけつくることにして、お総菜売り場をうろうろ・・・夫に高野豆腐の煮物と、肉じゃが、わたしはチキンの塩やき、コーンをゆでたのが冷蔵庫に残っているので、付け合せに使えばいい。そしてふりかけをごはんにかけて・・・

夫はめずらしく、買った惣菜をおいしいと言った。彼はふりかけなどかけない。男性にはふりかけをかける、あの売場で後ろに並んでいたひとみたいなタイプもいるし、夫のように真っ白ごはんだけを愛するひともいる。

『御飯の友』はおいしかった。おかずの味を邪魔しない程度に、ごはんをおいしくしてくれる、好ましいふりかけ、当分これが食欲不振を助けてくれそう・・・

2016年6月10日 (金)

ジュリアン・バーンズ作『終わりの感覚』を読む

一冊の本を読み終えたあとで、すぐまた、直ちに読みかえしたくなるという本はあまりあるものではないが、私はこの本にはそれをしないではいられなかった。

ブッカー賞を受賞した英国を代表する作家ジュリアン・バーンズの『終わりの感覚』

語り手の学生生活を語る数十ページは退屈しそうになった。授業での教師とのやりとりや、やがて大学に入ってからのガールフレンドとの付き合い、性的な欲望を持て余すエピソード、しかし読み終わってその部分がのちの事件のカギとなっているのに気づかされる。
語り手であり、この物語の主人公であるトニーが親しくなった秀才のエイドリアンがどれほど秀でていたかの叙述が多いのも、のちの事件の伏線となっている。彼が皆の期待どおりケンブリッジ大学に入学、トニーはブリストル大学の史学科で学ぶことになるのだが、しばらくは二人の友情は続く。
ところがトニーが付き合っていた女学生ベロニカとの仲がこわれ、しばらくして、エイドリアンがベロニカと付き合うことになったことを知らせる手紙を受け取ったとき、トニーは平静ではいられなくなって、高ぶった憤懣をそのまま文字にした感情的な手紙を書きおくってしまう。

大学を卒業して、アメリカの旅を終え、帰国したトニーを待ち受けていたのはエイドリアンの自殺の一報だった。その事件の全貌を確かめぬままに、時間は過ぎて、トニーが六十代半ばにさしかかったときから、物語は大きく展開しはじめる。

ガールフレンドを失った腹いせに鬱憤をぶちまけた手紙のもたらしたもの・・・結末に向かいながら衝撃の真実があらわにされるまで、活字から目をはなすことができなくなる。

時間に翻弄される人間の記憶というもの、作者の忘れがたい記述「年齢が進むにつれ・・記憶は重なり合い、行きつ戻りつし、虚偽記憶が充満してくる・・・老人の記憶は断片の集まりや継ぎはぎになる」人間は自分に都合の悪いことは忘れようとしてしまうのだろう。

エイドリアンに送った最後の手紙は彼の人生最初で最後の恋愛をぶち壊そうとした。「いずれわかる」などとしたり顔で書いたトニーは、時の力を過小評価していた・・・いずれわかるのは、二人のことではなく、トニー自身のことだった・・・
「私たちは自分の人生を頻繁に語る。語るたび、あそこを手直しし、ここを飾り、そこをこっそり端折る・・」

これまで生きていると、ふと立ち止まって思い当ることがいくつも出てくるものだ、深み十分の記述である。

78歳まで生きてきたいまの自分の人格を考えるとき、ちっとも向上していないじゃないか、と自己嫌悪におちいるときがある。作者はこう述べている。「実人生で・・・人は時間とともに態度や意見を変え、新しい癖や奇行を身につける・・・こういうものはいわば飾りで、人格とはちょっと違う・・・完成の時期は二十歳から三十歳のあいだか?そこで人格が出来上がり、以後はその人格で一生を過ごす」
そうなのだろうか、自分が思う自分と他人に見える自分との違いの意識が明確にされるこの物語。

人生の晩年に思いがけぬ友情を得て、この本を紹介され、考えさせられること、まことに多く、感動をおぼえた。
K子さん、ありがとうございました。

2016年6月 7日 (火)

ひざ痛レポート

膝の痛みが始まった一月から半年になる。
あのころ杖をついて、やっとのことで浅草まで出かけた、同じコースを、今日たどってみてかなり回復しているのを実感した。
膝の違和感がまったくなくなったわけではないけれど、歩行時の痛みはほとんどない。
地下鉄の出口から、浅草公会堂の通りに右折、公会堂手前を左折してしばらく進み、日之出せんべいを買い、大通りに出る。前回は歩くのがつらくなって、バスに乗ったけれど、その必要を感じなかった。
雷門は修理中なのか、幕が張られていたので、気が付かずに通り過ぎそうになったほどだ。
でも階段の上り下りはできるだけ避けたい。エレベーターやエスカレーター利用が多い。

カーブスはずいぶん慣れてきた。先週あたりから週二度、出かけている。12台の健康器具、なかなかよく考案され、組み合わされていると思う。機械に身体を合わせるわけだから、負けないようにしないと、痛みを感じるようなことになってしまう。器具の特徴をよく理解して、人間のほうが優位にたてるような、熟練が必要だと理解し、慎重な利用を心がけている。
器具使いの三十分を終えたあとのストレッチはよくプログラムされているので、これは自宅でも毎日寝る前に必ずするようにしている。

あとは水泳と水中歩行を週一度、肩こりを感ずることは、不思議なことにほとんどなくなったけれど、疲労感がつよいときにはマッサージも週一、二度通う。

そして寝る前、痛みがあったり、沢山歩いたあとなどには、湿布薬を膝、腰に貼ることを忘れない。

夫のケアマネージャーさんからのアドヴァイス、ゴムまりを膝裏に当て、ごろごろ転がして、痛みをやわらげること、これも毎日実行している。

先刻、恐る恐るそお~っと、正座してみたら、できたのに、驚き、喜びを感じた。

飼い猫チャイはどんどん弱っていて、体重減少はなはだしく、外に出なくなってしまった。排尿が近いけれど、律儀にネコ砂トイレでしてくれて、失敗はない。階段も降りるのが不安らしく、ニャオニャオ啼いて、おろしてほしいと要求する。洗面所の蛇口から水を飲みたいのだ。そのときはついていて、下してやらなければならない。飛び降りると足を容易にくじくほど、弱っているからだ。

夫の難聴が進んでいるような気がする。チャイが下で啼いていても聞こえていないことが多い。
幸いプロ野球のDeNAが強くなってきたので機嫌はいいのだけれど、夫とネコのことが気になるので、温泉行は当分実現しそうにない。

2016年6月 1日 (水)

メトライブ『ロベルト・デヴェリュー』を観る

『ロベルト・デヴェリュー』、ドニゼッテイのオペラとしては聞き慣れないタイトルである。
お目当てはノッティンガム公爵を演じるマリウス・クヴィエチェンだったのだが、思いがけない発見があった。
タイトルロールの、エリザベス一世の寵臣ロベルト・デヴェリューはむしろ脇役、主役はなんといっても、エリザベス一世、役名エリザベッタであったこと、そして、歌手ソンドラ・ラドヴァノスキーの,鬼気迫る名演と絶唱である。Photo

七十代の高齢にさしかかっている身体の危うさ、寵臣の反逆と、自分に対する愛の喪失におびえる心、それを秘めつつ、女王としての威厳を保とうとする努力、そういう感情を余すところなく、動作の細部にいたるまで表しつつ、素晴らしいコロラチューラを響かせる。

このひとは一体どういう経歴なのだろう? ~スキーと言う名から、ロシア人を想像したが、なんとシカゴ出身のアメリカ人、イタリア留学などをしておらず、ずっとアメリカでメトロポリタンオペラのコンクールで優勝したのみの栄誉、不遇時代を経験しているらしい。42歳、結婚していてカナダ住まいとか・・・
日本のウイキペディアには載っておらず、アメリカ版グーグルで調べた。

インタビューで、まだまだ歌うわ、と述べていたが、もっと彼女の舞台が観たい。楽しみがふえた。

クヴィエチェンは相変わらずのバリトン特有の敵役、無難にこなしてはいたが、ともかく、残り三人のメインロールは、エリザベッタの引き立て役に終わっていたように思う。Photo_2

Photo_3

ドニゼッティの音楽はやはり美しい。悲劇であっても、耳にやさしく癒されるものがある。

ともかく豪華な舞台、舞台装置もしっかりその時代をあらわし、衣装がまたスゴい。
最後に鬘をかなぐり捨てたエリザベッタ、室内着なのかネグリジェなのか、そのスモック刺繍一面のワンピースまで凝ったもので、見とれた。

メトはこういうものにお金を惜しまず、イタリーなど倹約一辺倒なのに、比べて、一番お金をかけているのではなかろうか。それだけに、歌手の寄せ集め、などと言う人がいるけれど、わたしは最近のメトに見応えを感じる。


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