新国立劇場『ローエングリン』を観る
オペラは沢山観ているけれど、ワーグナーの楽劇は長い、むずかしい、疲れそうと決め込んで、敬遠していた。
昨年、メトロポリタンライブで『タンホイザー』は馴染みのメロデイ―が沢山あるから、わかりやすいかも、と期待し、ワグナーオペラを初めて観て、これまでの自分の偏見を恥じたのであった。
ワーグナーは劇作家としてもすぐれた才能の持ち主であるゆえにこその、構成の巧みさ、合唱の組み込みの的確さ、なによりも楽劇と称せられるだけのことはある、見事なストーリー運びの迫力に圧倒されるのである。
これはナマを観てみなければ、と決意し、『ローエングリン』のチケットを購入した。
延々五時間の超大作である。あいだに二度の40分の幕間。
少々はりこんで前から9列目の平土間席だったが、高齢のせいかそこでも顔の輪郭がぼやける。オペラグラス持参がのぞましかったと後悔。
三幕の、どの場面もドラマ性に満ちているので、眠気をもよおすことなどまったくない。
何よりも、タイトルロールのクラウス・フロリアン・フォークトの歌唱の素晴らしさに酔いしれた。
こんなテノールの声は初めてである。耳に吸い込まれるようにやさしい、しかも透明で、音程もこれ以上ないくらい確かな、それでいて、聞かせどころの張り上げる声は迫力に満ちている。白鳥の騎士役にこれほどの適役テノールはいない、と欧米で評価が高いのもうなずける。二枚目テノールのカウフマンをも、はるかにしのぐ魅力では、と感じた。
無実の罪に陥れられたエルザ姫が夢で見た騎士の出現、白鳥に導かれた騎士をどのように登場させるのか、花道もない舞台、息をつめて見守るうちに、騎士は上から宙乗りで登場、これも劇的でよかった。
舞台は抽象的なつくりではあるが、美しく、衣装や色調も現代風の粋が感じられ、エルザ姫の重なりの多いショートスカーのドレスも可憐さ、はかなさが強調されていて見事。
幕間の40分、ブルスケッダつきシャンパン、カプレーゼやバーニャカウダ、一皿パスタ、それにディナーメニューなど、ドルチェコーナーも充実していた。私はこんなこととは知らず、終演後のレストラン予約をしていたのだが、しまった、と思ってもあとのまつり。
ローエングリンサンドイッチなるひと箱ケースものもあり、長時間オペラの食は劇場内ですべて用が足りるのだと、今頃悟ったのだった。
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