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2016年4月17日 (日)

熊本大震災

地震発生の夜、東京でも小さな地震を感じたので、ふと、テレビをつけてみたら、はるか遠くの九州で震度7を超す大地震が起きていたことを知ることになった。
夜とあって、がれきが散らばる道路ぐらいしか写されず、被害のすごさは見えなかったが、翌日早朝、再びテレビをつけたら、そのすさまじい惨状、地中の怒りがほとばしり出ているような、自然破壊力の恐ろしさを映し出す画面に驚愕した。
熊本城の加藤清正が築いたと言われる石垣がくずれ、金の鯱はもぎとられ、瓦がはげた無残な姿、ゆがんで今にも崩れ落ちそうな市役所の建物、道路の亀裂、壊滅寸前の木造民家、生き埋めになった人々を救いだそうとしているレスキュー隊の奮闘ぶりなど、この地震、尋常ではないという不安におそわれたが、余震はなおも続き、200回余という驚異的な数字を知らせつつ、一夜おいて、未明に,今度はこれでもか、とばかりの本震がおそい、大分県までまきこんで、阿蘇の噴火をも引き起こした。
恐ろしかったのは土砂くずれで、阿蘇大橋が破壊され、その姿もなくなってしまった情景、道路をふさぐ土砂の山、阿蘇神社は完全に崩壊し、重要文化財の楼門も倒れていた。

インタビューに答えるひとたちは、抑制の効いた態度で、感想をのべる。「いろいろ問題山ずみだけど、みな同じだから・・・」とほほ笑む老婦人、阿蘇神社のそばに住む女性は自宅があぶないという恐怖より、この楼門を毎日眺めていたのに、と顔を覆う。
「自衛隊さんありがとう」と言う余裕の感謝の言葉もあちこちで聞かれる。

東日本大震災のときも、外国人がこういう日本人の沈着ぶりを絶賛していたが、今回も大きくうなずきたくなる場面が多かった。
日本人は立派だ、運命を受け入れ、耐えるということを見せてくれる。

熊本県人吉市には夫のいとこ達が住んでいる。電話は通じ、震度は4で、大丈夫だったという返事に安堵した。

今日17日のテレビでは、夕べ、雨が降る中、屋外に段ボールをしいて毛布にくるまれ、眠るお年寄りの寝顔を写していたし、体育館の中はプライバシーを保つことはまず、無理なほどの混雑ぶり、万と言う数字の被災者、医療の必要な人の数、千を超すという信じられぬほどの災厄。

場所が違えば、自分もそのうちの一人だったかもしれぬことを思えば、わたしたちの代わりに、この未曾有の災害に耐えている方々に、交通が復旧し、どうか一日も早く安らかな眠りを、と、ただ、ただ、祈らずにはいられない。

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コメント

突然の大地震、後から後から襲いかかる余震
そのただ中に置かれた人々の恐怖は如何ばかりかと想像するに余りありますが、
地震列島日本、これが自分の居る所でなかったことは、たまたまであり、
いつ巻き込まれるかもしれないことを思います。
こんなに目茶目茶になってしまうなんて、復興には時間とお金が要りますね。
デマが飛んだと云うことも報じられましたが、携帯電話などの便利な機能が裏目に
働いたようですね。一部の心無い人の行動が残念です。

tomokoさん
本当にそうですね。
いかに文明が発達しても、大自然の力には勝てないことを思い知らされます。
道路は寸断され、新幹線も動かず、空港も封鎖され(一部復旧はしたようですが)
生活水が足らず、被災者数は膨大、東京で、普通に生活していられるのが申し訳ないような気がします。なにをしていても、そのことが心によぎります。

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